ひさしぶり、だね。




―第九章:再会のエチュード―



スフォルツェンド城門の兵士達は混乱していた。
何故なら、今目の前にいる五人の者達があまりにも奇怪な姿だったので。
「うっ・・・・・・うう〜・・・・・・」
冷や汗がたらたらと流れる。もっともそれは、兵士達だけでなく、その五人(一人除く)もそうだったのだが。
謎の青年貴族ポヨニール三世とダチョウのボナンザちゃんと謎のタンス売りの美少女と不自然な程でかい竹ボーキと。
そんなあまりにも怪し過ぎる格好をしているこの五人こそが、ホルンが予言した五つの大きな希望・・・・・辺境最強の勇者ハーメルとその一行だった。
超特大バイオリンを奏で敵を倒す勇者ハーメル、黄金のピアノの旋律で精霊を召還する愛の勇者ライエル、ダル・セーニョの王子トロン・ボーンと言葉を話すカラスのオーボウ。
そして一行を支えるスタカット村の少女フルート。そう、その少女こそが十五年前行方不明となった、スフォルツェンドの王女だった。当の本人はそのことを知らず、知っているのはトロンとオーボウだけだ。
そんな五人だったが、今は前述の通り妙な旅姿に成り果てていた。
スフォルツェンドは今警戒が厳しく、他所者の怪しい奴は入れてくれないというので、怪しまれないように変装したハーメル達だった・・・・・のだが、兵士達は勿論そんな事情を知る由は無い。ただ、ホルンから伺っていた話とあまりにも違うので、皆落胆の色を隠せないでいた。
「うう〜・・・・・・・。入って・・・・よし!」
こんな奴らを本当に入れてもいいものか、という思いが交錯する中、何はともあれハーメル達は城門を通ることを許された。
遠ざかって行くその姿を見ながら、兵士達は囁き合った。
「本当に、あれが五つの大きな希望達なのか・・・・?」
「女王陛下様のお話だから・・・・間違っちゃいないとは思うが・・・しかし」
「ダメだ、こりゃ・・・・」








「フッ・・・・。完璧・・・・だったな。この天才ハーメルの作戦はな!」
どこからか取り出した扇子で自分をあおぎながら高らかに笑うハーメル。ライエル達はげっそりとその笑い声を聞いていた。
もう変装は解いてしまっているが、こうして国内に入れた今でも、何故通れたんだろう・・・・という疑問が頭から離れない。
「感謝せーよ、感謝!」
「あーもう分かったよハーちゃん!」
「何でじゃあ〜何でなんじゃ〜・・・・・ぬっ?」
長い城門を潜り抜けると、スフォルツェンドの町へと出た。大きな建物が立ち並び、人々は活気に満ち溢れている。今まで通ってきたどの町よりも栄えている様子に、ライエルは素直に驚嘆の声を上げる。
「へェ・・・・・ここがスフォルツェンドの町かぁ」
ライエルとハーメルは物珍しそうにスフォルツェンドの町中を見回している。その様子を横目で見ながら、オーボウはトロンにこそっと話しかけた。
「しかし・・・・・フルートがこの国の王女とはのう・・・・」
「ああ・・・・」
トロンも神妙な顔で頷く。まだ話していなかった詳しい事情を、トロンはオーボウに告げていく。
スフォルツェンドが昔、とある事情で王女を手放さなくてはならなかったこと。その王女には王家の証である十字架を持たせていたこと。手違いで王女が行方不明になってしまったこと。王家の血族には代々背中に十字架型の痣があること・・・・・。
「十字架の痣? 変じゃの。昔フルートの背中を見たときは無かったが・・・・?」
「湯に浸かると浮かび上がるんだ。正体を隠すための魔法だろーよ」
先日トロンは、フルートが本当にスフォルツェンドの王女がどうか確かめるために、彼女と一緒に温泉に入っている。ハーメルには何やらすごく誤解されて(というか単にヤキモチを妬いていたのだろうが)マセガキ呼ばわりされてしまったが、まぁとにかく。
「ぬう・・・・フルートがのう・・・・・」
オーボウが呻いたところで、はたと気付く。そういえばそのフルートの姿が、さっきからどこにも見当たらない。
「そっ、そーいえばっ・・・・・! フルート姉ちゃん、さっきから見えないけど・・・・・! フルート姉ちゃ〜ん!」
「フルートぉ!!」
声を上げるトロンとオーボウ。それに気付いたライエルが、不思議そうに二人に問いかける。
「どうしたんだい? トロン」
「フルート姉ちゃんが見当たんないんだ!」
「はぐれたのかもしれん!!」
「そっ・・・・・そういえば・・・・・・」
ライエルもその事にようやく思い当たる。焦った三人は必死でフルートの名前を辺りに呼びかけた。
「フルートちゃんー!」
「フルート姉ちゃん!」
「フルートぉ!!」
「・・・・フルートならここにいるが」
冷静に事の成り行きを見守っていたハーメルが一言。見れば、彼はダチョウのボナンザちゃんに乗ったままではないか。そしてその中身は、言うまでも無くフルートである。
「「「だあぁーっ!! 何やっとんじゃああおめーはあ!!」」」
三人揃ってハーメルに突っ込みを入れる。ライエルがボナンザちゃんの着ぐるみの中からフルートを救出すると、彼女はえぐえぐと泣いていた。無理もない。
「まったくお主とゆー奴はぁ!!」
「そーだぞ! この大クズ勇者が!!」
オーボウとトロンが揃ってハーメルを怒鳴りつける。彼の普段の非道な行いは目に余るものがあるが、今回のフルートに対する仕打ちもかなり酷い。
現にフルートは、つかつかとハーメルに歩み寄ると。
思いっきり、平手でハーメルをひっぱたいた。
「へっ?」
状況が飲み込めず唖然とするハーメル。
いつもハーメルはフルートに酷いことをする。今までは怒るだけですんでいたが、今回のはすごく、悲しかった。だからフルートは、更に言ってやった。
「ハーメルなんか・・・・・・大嫌い!!」
そのまま踵を返して走り出す。口元を押さえたフルートは、もしかしたら泣くのを堪えていたかもしれない。
叩かれたことに初めは驚いていたハーメルだったが、カッとなってフルートを追いかけた。
「待てよ、こら!!」
フルートの左手首を掴む。フルートはハーメルの手を振り解こうともがくが、ハーメルはそれを許さない。
「何よ、放してよバカ!」
「何だとぉ、勝手に殴っといてよ!」
「こっこれ・・・・・」
往来の真ん中での喧嘩に人々がざわつく。オーボウが何とか諫めようとするも、二人は聞く耳持たない。
「何よ! いつも酷いことばっかやってぇ!」
「うっせーなぁ! いーじゃねーかよ、人が何しよーがよ!」
「何よ! その勝手な言い方は!」
二人の喧嘩は止まるところを知らない。勢いが更に増していく。
「てめえだってこの前、トロンと勝手にフロ入ったじゃねーかよ!」
「まだそんなこと言ってんの!? トロンは子どもでしょ!」
「おっ、オレはな・・・・・」
押し黙る二人。ハーメルはぱしっとフルートの手を放した。
「フ、フン! 別にてめーみたいなチンチクリンが何しよーが知ったこっちゃねーがよ!」
「わっ・・・・私だって・・・・・」
ハーメルのその言葉に、フルートは今までずっと抱えていた思いを吐き出した。
「私だって、女の子なんだからね・・・・・」
ぽろぽろと涙を零したフルートに、ハーメルはハッとして目を見開いた。
確かに、いつも自分はフルートを酷い目に合わせてしまうが、結局フルートは突っ込みを入れたり怒ったりしてそれを許してしまう。だから気付かなかった。自分の行いが、フルートをここまで思い詰めさせていたことに。
何と言葉をかけていいのか分からず、ハーメルはその場に立ち尽くした。
次の瞬間、背後から魔物が飛び込んできた。
「なっ、何っ!?」
鋭い鉤爪と硬い鱗を持ったその魔物は、どうやら竜族であるらしかった。が、そんなことを認知する間も無く、その魔物はフルートに襲いかかる。
「ガハハハ、ハーメル! てめぇら皆殺しにしてやるぜぇ! まずは・・・・・小娘からだ!!」
座り込んでいたフルートは、危険だと分かっているのに、体がすくんで動けなかった。迫ってくる鋭い爪を茫然と見ているしかない。
切り裂かれる、と思った刹那、ハーメルがフルートを抱えて跳んだ。
「ハーメル!」
「バカヤロー・・・・てめえみたいな足手まといは・・・・引っこんでやがれ・・・・・」
「なっ、何よ!」
いい草にムッとしてフルートは声を荒げた。けれども目の前のハーメルが、左腕を負傷している事に気付く。
フルートを庇って、代わりに負った傷だった。
「二人まとめてぶっ潰してやるぜェ!」
魔物の腕が二人を襲う。ハーメルはばっと立ち上がると、両手でその攻撃を受けた。凄まじい力にハーメルは押される。何だ、この力は!
「ワシらをそこいらの魔物と一緒にするなよ! 竜族は魔族でも最強の眷族よ!」
魔物はハーメルを殴りつけ、建物ごと吹き飛ばした。瓦礫の上に横たわるハーメルに、フルートが悲痛な声で彼を呼んだ。
ハーメルとトロンも加勢するべく武器を構える。が、間に合わない。
(まずい・・・・こいつは強敵だぜ・・・・体が動かねぇ・・・・・)
身動きが取れなくなくなったハーメルが覚悟を決めかけた、その時。
自分を爪で殺そうとしていたその魔物が、爆発して消えた。
「なっ!?」
いきなり魔物が何者かに倒され、フルート達は驚きの声を上げる。町の人々は違う。歓声を上げている。
「おおっ、いいところに来てくれたな!」
「いいぞ、魔法兵団!」
そんなことを口々に言い合って喜んでいる。見れば、先程倒された魔物の後ろ側に、十字架の模様が入った法衣を身に纏った兵士達が大勢いた。
その中心には、魔法陣を片手に魔物のいた場所を睨んでいる青年がいた。そのことから、魔物を倒したのは恐らくこの青年であることが分かる。腰の下まで金髪は長く伸びていて、少しタレ目だがその端整な顔立ちには、冷静な表情が浮かんでいた。
そしてもう一人。こちらは薄緑色の髪をポニーテールで結った少女で、構えこそしないが長い錫杖を持っていた。凛とした顔に穏やかな表情を湛えている。
この二人は勿論、クラーリィとエルだった。
茫然としているハーメル達に、エルはにっこりと微笑みかけた。







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約2ヶ月ぶりの更新ですみません・・・・(汗)
ここら辺はあえてハーメル一行視点で。といっても、ほとんど原作通りですが。


2005年2月27日





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