戻れるのなら、もう一度あの日に。
―第五章:Yesterday once more―
その日は城内で、来賓を招いたパーティが催されていた。優雅な衣装に身を包んだ男女が、グラスを手に会話を楽しんだり、流れるワルツに合わせて踊ったりと楽しんでいた。
その中でも、勿論注目の的はホルンとフルートだ。
「キャハハハッ」
「フフ・・・・ほらフルート、お母さんですよー」
明るく元気で、可愛らしく笑うフルートと、嬉しそうに我が子をあやすホルン。愛らしい母娘の姿に、客達の目も細まる。
「女王陛下、ただいま戻りました」
と、そこに現れたのは、いつものように国内の警護をしていたリュートとエルだ。魔族の動向が怪しい今、宴の日でも気は抜けない。幸い今日は何事もなく、こうして戻って来たというわけだ。
リュートは普段の法衣を着ているが、エルも今日は髪を下ろして、ドレスを纏っていた。蜂蜜色のドレスが、彼女の薄緑色の髪によく映える。
エルはリュートに、
「今日くらいは着飾ったら」
と告げたのだが、リュートは、
「いつも通りの方が気楽だし」
こう言って、結局法衣のまま出席したのだ。
「ご苦労様です、リュート大神官、エル隊長。どうです、そちらの方は・・・・」
「はい。常時兵団の警護に当たっています。平穏そのもの、心配はございません」
ホルンに一通り状況を報告すると、リュートは彼女の腕の中のフルートに話しかけた。
一瞬で彼は、大神官から兄へと変わる。
「フルート、ただいま。元気にしてたかい? お兄ちゃんだよ」
フルートを抱っこして話しかける。フルートはきょとんとした顔をしていたが、リュートは始終ニコニコ笑顔だ。
「いい子にしてたかな? フフ・・・・」
フルートの顔を覗き込むエルも、満面の笑みを浮かべている。頭を撫でると柔らかな髪の感触が伝わってきて、大きな瞳で見上げるフルートを、可愛いなぁ、と心底思う。
ホルンと、リュートと、フルートと、そしてエル。
フルートと中心として温かな輪を描くこの四人を、来賓達は”幸福を絵に描いたよう”と称した。
その情景を見れば、誰でもそう思っただろう。それぞれが微笑を浮かべフルートを囲んでいる姿を、幸せとはまさにこのことだ、と。
リュートは愛おしそうにフルートを抱きしめる。
「こうしてると、君の温かさが伝わってくるよ、フルート。そう、まるで希望に満ちた未来のような、暗闇を灯し出す太陽のような、そんな魂の輝きが君にはあるんだよ!」
子どものように笑ってフルートに語りかけるリュート。こんな無邪気な笑顔がリュートの本質なのではないかと、エルは思っている。
「そうさっ、ボクには分かるんだ! その輝きによって君の未来が・・・・。
来たるべき未来の地で、”北”の地だ・・・・そうだな、十五年後に、君はその優しき慈母の”魂”によって、力強い仲間達と共に、人々を苦しめる悪しき魂を持つ魔族を打ち払い、人類を平和に導く・・・・。そんな光を、そんな輝きを君は持っているんだよっ・・・!」
リュートの熱い言葉に、周囲から拍手が起こる。
リュートの言っていることは、大袈裟かもしれない、けれど、それだけ彼がフルートのことを大切に思っているからだろう。
ホルンとエルも、思わず笑みを漏らした。
(リュート・・・・・)
「そうだっ! そんな君に、お兄ちゃんステキな産衣を用意したんだよっ!」
どこからか紙袋を取り出したリュートは、がざがさと中から産衣を引っ張り出した。
「ほらっ、きれいだろ! 希望に満ち溢れた君にふさわしい白鳥の柄の産衣さっ!」
ぽいっ。
リュートはその産衣を投げ捨てて、次の物を取り出した。
「こんなのもあるよ、スフォルツェンドの紋章の入った十字架の柄の産衣! 王女様っぽくね! あーでも、ちょっと地味っぽかったかな?」
ぽいっ。
「わ―――っ!!?」
エルはリュートに投げ出されたフルートをダイビングキャッチした。
産衣と一緒にフルートを放ってしまったのだが、産衣選びに夢中なリュートは気が付かない。
「こっちはどお? 水玉柄の産衣! それとも女の子っぽくピンクの花の産衣とか・・・・・えーっと、これなんかもいいなぁ!
えーい、フルート何が着たい? ボクなんか個人的にはこの☆柄なんか・・・・」
両手に産衣を差し出して、ようやくリュートははたと気付く。
「あ、あれっ? フルートは? フルートぉ、どこ行ったんだい?」
「・・・・・・・ここよ」
ひときわ低い声がして、リュートはそちらに振り向く。
泣きそうな顔をしたフルートを抱っこしたエルが、リュートを睨んでいた。
「あれ? 何でエルのとこに?」
「何で、じゃないわよ! あなた、フルート王女を産衣と一緒に放ったのが分からなかったの!?」
「・・・・・・・・・あ、」
言われてようやく思い当たったようで、リュートの顔が真っ青になる。
「びええええええん!」
「ご、ごめんよ、フルートっ!!」
火の点いたように泣き出したフルートに、リュートは必死で謝っている。
(一生懸命になるのは分かるんだけど、周りのこと見えなくなるんだから)
まったく、とエルは小さく溜息を吐いた。
「ごめんね、ごめんねフルート!」
「うわああああん!」
フルートはなかなか泣き止まない。エルがホルンにフルートの抱っこをバトンタッチしても、フルートはぐずっている。
困ったように頭を掻くリュートだったが、そうだ、と手を鳴らした。
そうして懐から道具を取り出して、シャボン玉を吹いた。虹色のシャボン玉が室内で舞う。
「どうしたの、リュート、シャボン玉なんか・・・?」
「フフフ、見ててよ、母さん・・・いくよ!」
リュートは掌の中に法力を集め始めた。次の瞬間、ぽんという音と共に、シャボン玉が鳥へと変化していた。
次々にシャボン玉が鳥に変わっていく。キラキラと輝く透き通った鳥に、来賓達も賞賛の声を上げる。
「すごい、リュート! こんな魔法、いつの間に・・・・?」
「フルートを喜ばせたくて、練習してたんだ」
リュートはエルにウインクしてみせた。
エルは今度は感嘆の溜息を吐いてシャボン玉の鳥を見上げた。リュートが鳥を生み出す魔法が使えるのは知っていた、けれど、それをまさかシャボン玉に応用して使うだなんて、考えもつかなかった。
やっぱり、リュートはすごいなと、改めて、そんな風に思う。
鳥達は羽の形をしたシャボン玉を撒き散らしながら、ゆっくりと飛び回っている。
一羽の鳥がフルートの前に来た時。フルートは、鳥を捕まえようと精一杯腕を伸ばして、そして。
満面の笑みを浮かべた。
「・・・・フルート!」
リュートは感極まって、フルートを抱き上げる。それでも、まだフルートはキャッキャッと声を上げて笑っていた。
初めて自分のために見せてくれた笑顔に、リュートの胸が一杯になる。
「フルートが笑ったぁ!」
「やったね、リュート!」
大喜びのリュートを見て、エルも我が事のように嬉しかった。
フルートのために、どれだけリュートが頑張っていたか知っている。どれだけリュートが妹を大切にしているか知っている。だから、その想いがいつかフルートに届いて欲しかった。
それがこうして、叶ったのだ。
嬉しかった。
「おめでとう、リュート王子!」
「スフォルツェンド万歳!」
来賓達も、花を散らして祝福してくれた。その様子を、ホルンは微笑を湛えて眺めている。
本当に、幸福を絵に描いたようだ。
―――こんな幸せが、いつまでも続いて欲しい―――。
「・・・・キャアアアッ!?」
それが破られたのは、一人の兵士の来訪からだった。
全身血まみれのその兵士の姿に、場は騒然となる。
リュートはフルートをホルンに預けて、急いでその兵士の元へ向かった。エルもそれに続く。
「へ、陛下・・・報告いたします・・・・」
「君は・・・・魔法兵団第三師団の、カスター将軍じゃないか・・・!」
リュートが愕然とその名を呼ぶ。エルもその人のことは知っていた。国境を警備する第三師団の中でも、屈指の法力の使い手だ。そんな彼が、何故大怪我を負ってここに・・・・?
「お伝えします・・・・国境を警備していた我が第三軍は・・・・全滅いたしました・・・・・」
「何だって・・・・!?」
リュートが驚きの声を上げる。魔法兵団第三師団と言えば、兵団の中でも並ぶものがないといわれた最強部隊。だからこそ、リュートは国境の警備に当たらせていたのだ。
つい先程見回りに行った時には、異常なんて何も無かったのに!
「我が軍の戦力が・・・成すすべもないまま粉砕されました。・・・・まるで紙の軍隊のように、奴らの前で潰されていきました・・・・」
カスター将軍の報告を、リュートとエルは息を呑んで聞いていた。
並みの魔族なら、第三師団を全滅させることなどできないはず。となると、”奴ら”とは、まさか・・・・・。
「奴らは全軍を率いてスフォルツェンドにやって来ました・・・・ですが、炎の中に立つ四つの影だけに葬られてしまったのです・・・・。あれこそ、まさに、
・・・・・魔界軍王・・・・・」
リュートが目を見開く。
その刹那、爆音が響き、城全体が揺れた。衝撃で人々は床に叩きつけられ、あちこちで叫び声が上がる。
すぐさま起き上がって、窓の外を見たリュートとエルは表情を凍りつかせた。
目に映ったのは、砲弾による攻撃を食らい黒煙を上げるスフォルツェンド城と、鈍色の空に浮かぶ無数の魔界軍の戦艦―――。
避難する人々の悲鳴と、外の魔族の咆哮が交錯する中で。
幸せがピシッと壊れる音を、エルは聞いた、ような気がした。
第六章へ
ついに第一次スフォルツェンド勃発です。だからこそ、その直前のシーンは幸せに書きたかった(書けてる・・・・といいな(^^;))。
サブタイトルは某名曲から・・・でも、あんまり歌詞は内容と関係ないかも(汗)
2004年11月28日
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