せめて私が、もっと強ければ良かったのに。
―第四章:守護神と戦乙女―
魔族が国々を攻めぬ日は無い。どこかの国に魔族が侵攻している、という情報を聞くたびに、リュートとエルは戦場へと赴いた。
今日もそうだ。戦力の足りない小国は、リュートとエルが守ることで何とか危機を脱している。それは、それだけ二人が―――いや、むしろリュートが強いからであっただろう。
「・・・・どうしたの?」
魔族を壊滅させ、そのまま何かを考え込むかのように立ち尽くしていたリュートを不思議に思って、エルは呼びかけた。
「ん、ちょっと考え事」
振り向いたリュートの髪がふわりと揺れる。魔族の血の匂いがした。
「・・・もう半年以上も前、母さんをグロッケン=シュプール帝が訪ねていたんだ」
「グロッケン=シュプール帝? グローリアー大帝国の?」
唐突にリュートの口から飛び出したその名にエルは首を傾げる。
グロッケン=シュプール帝。スフォルツェンドと肩を並べる程の大国、グローリアー大帝国の王だ。古の精霊の加護を持ち、軍事力も備えているその国の皇帝が、何故?
「母さんに言ったらしいんだ。『今こそ魔族を攻めるべき、大神官リュートを人類の旗頭として各国で兵を挙げ、魔界軍を討ち滅ぼすべきだ』って」
「・・・・・・・」
「母さんは、それは危険だからって反対したみたい。それに持久戦をした方が個々の国の被害も少ないって。でも・・・・」
リュートはそこで一旦言葉を切った。
「でも、それによってリュートへの負担が大きくなっているって、母さん泣いてたんだ」
リュートは辛そうに笑う。ああ、とエルは内心溜息を吐いた。
どうしてこの人は、こんな時にも笑うのだろう。
それが彼の、周りに心配をかけまいとする優しさから来ているのは分かっている。けれどそれを分かっているからこそ、彼が一人で辛さに耐えていることを思うと苦しいのだ。
戦いでのことだってそうだ。彼は人類史上最強の法力使いと謳われるほどの法力を有している。世界中のどの勇士よりも、彼はずば抜けて強過ぎた。”戦乙女”と称されるほどのエルですら、彼の半分の力も無いのだ。
彼は今までに数え切れない魔族を倒し、その屍を見下ろしてきた。そこにまったく感傷が無いと言ったら嘘になる。
ただ、彼は優しい。魔人とまで呼ばれる程の力を持ちながら、リュートは限りなく優しいから。その優しさ故に、リュートは大切なものを守るためなら、敵に対していくらでも非情になる。そうでなければ、守り続けられなかった。
誰よりも平和を愛しその尊さを知っていた彼が、誰よりもその手を魔族の血で染めたというのは、何という皮肉だろうか。
それでも、リュートはそれで構わないと笑うのだろう。皆の幸せのためなら、自分は汚れても構わない、と。
そしてそれを思うたびエルは辛かった。彼と共に在りたいと願い、共に戦ってきたつもりだった。けれどそれでも、彼には遠く及ばない。
側にいるのに、なのに彼を孤独にしてしまう―――。
「ボク自身、分からないんだ。このまま持久戦を続けていけばいいのか、北の都に攻め込むべきか・・・・」
長い沈黙の後、リュートはそう言った。
世界中の誰もが、魔族に怯えることの無い本当の平和を望んでいる。
それを得たいと思うのは、ホルンやグロッケン=シュプール帝、それに勿論リュートやエルも、人々の上に立ち、民を思う存在なら尚更だったろう。
でも、とエルは思う。エルはリュートの気持ちもホルンの気持ちも、両方分かる気がした。
エルだって、リュートを危険な目に合わせたくない。各国が兵を出すとはいえ、リュート一人を担ぎ上げて北の都に攻め込むだなんて賛成はできない。リュートと同等の力を持つ者が他にも何人もいるのならともかく、そういった対等に戦える仲間が、彼にはいないのだから。
けれど、かと言って持久戦に持ち込めば国々の被害は少なくてすむが、確かにリュートへの負担が大きくなる。エルにとってもそうなるが、彼女は彼を一人で戦わせることよりも一緒に戦うことを選んだのだから、戦うのは辛くなど無かった。
むしろ、こうして苦しんでいるリュートを見るのが辛いのだ。その苦しみを彼が隠してしまう分、余計に。
「・・・なんてね。どちらがいいのか分からない以上、これまで通り戦い続けるのが一番いいんだろうね。
ごめん、こんな話をしちゃって。でも、こんなことエルにしか言えないから」
「ううん、いいんだ。逆に、話してくれて嬉しいし」
エルは笑って首を振った。
彼にしか分からない苦しみを隠して一人で耐えているのよりは、話してくれた方がずっといい。
だって、そうすればその痛みを分かち合えるから。
『エルにしか言えない』
その言葉だって、切なさを含んでいるけれど、嬉しかった。
「私はあなたの力になりたい。そう思ってる。だから、愚痴でも何でも言ってくれて構わないんだよ?」
明るく言った言葉だが、想いは真剣だった。
リュートも、エルのそんな気持ちを汲み取ったのか、ありがとう、と微笑った。
「さあ、そろそろ帰りましょうか。可愛い妹君も待っていることだしね」
エルはそう言って転移魔法の陣を描いた。
リュートとエルは互いに、お互いが唯一の対等な存在。
戦場でも対等の強さでいられればいいと、エルはずっと思っていた。
もっと私が強かったなら、強さ故の彼の孤独もその痛みも、真に理解できたのに、と。
第五章へ
25巻のコミックス発売時の帯が、”我、孤独に陥らず、その孤高を共にせん”とかそういうアオリ文で、当時は「何言ってんのリュートは一人じゃないっての、何でこんな合わないアオリ文つけてんだ」とか思ってましたが、何年か経ってからようやくその意味が分かってきました。
確かに彼の周りに人はいっぱいいるけど、共に戦う仲間ってのは誰もいないんですよね・・・・彼が強過ぎたがために。
もし、彼もハーメルみたいに共に戦う仲間をたくさん持っていたのなら、彼はもっと救われたのかもしれない・・・色んな意味で。
そんな思いもあってエルのキャラができたので、彼女は悩んじゃってますが、一緒に戦っているだけで、それでもリュートにとっては救いになっているんだと思う、きっと。
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