兄妹として過ごした時間。どうか心で、憶えていて。




―第三章:夜想曲―




「ほらほらフルート、高い高ーい!」
「びえええええん!」
「ダメか・・・・じゃあフルート、これはどう? そーれ、ぐるぐるぐる〜」
「うわああああん!」
「うーん、困ったなぁ、どうしたらいいんだろう・・・・・」
泣き止まない妹を抱えて、心底困った、といった感じのリュートの様子にエルは苦笑した。
七月、爽やかな夏の日に、月満ちて待望のホルンの第二子が産まれた。それも、リュートの望み通りの、可愛らしい女の子が。そしてその子には、リュートの言っていた”フルート”という名が贈られた。
案の定、リュートはフルートにべったりで、公務や警備の無い時には常に妹と過ごしていた。妹といる時のリュートは、本当に嬉しそうで、エルはそれが嬉しい反面、少し妬けてしまうところもあった。
(―――って、赤ちゃんに妬いてどうするのよ)
と、こんな風に自分で自分に突っ込みを入れてしまったりもする。まぁエルも、リュートの気持ちは分かるし、フルートは可愛くて彼女にとっても従姉妹とはいえ歳の離れた妹といった感じであったから、本人自覚の無いうちに彼に負けず劣らずにフルートを猫っ可愛がりしていた。
フルートが産まれてはや半年が過ぎて、首も座り表情もはっきりしてきて可愛い盛りだ。今は、ホルンが外交の用事でいないため、二人でフルートの相手をしているところだった。もう空には月が輝く時間だというのに、騒がしい声が部屋中に響いている。
さて、リュートはというと、困り果てた末にある案を思い付いていた。
「よーしフルート、お兄ちゃんがとっておきの魔法を見せてあげるよ! えーと、ブラッディ・デス・イー・・・・」
「わ―――っ!!!」
エルはすんでのところで慌ててフルートを彼の手から引ったくる。フルートを喜ばせようとしたのを邪魔されて、流石のリュートも少し不機嫌になる。
「エル、どうして邪魔するのさ?」
「どうしてって・・・・」
その理由が全く思い当たらない、といった風のリュートに、エルは思いっ切り脱力する。
しっかりしてるようで、変なところで天然なんだから。
そんな彼に呆れながらも、エルはきっぱりと言ってやった。
「あなたが今フルート王女にかけよーとしたの、ブラッディ・デス・イーターの魔法でしょーが!!」
「それが?」
「それが?じゃないわよ・・・・。あの魔法じゃ、王女を怖がらせる事はできても、喜ばせる事は到底できないって。下手すりゃ王女死ぬわよ!」
「そうかなぁ・・・・絶対喜ぶと思うんだけどなぁ・・・・・」
エルの説明に今一つ納得していないリュートに、彼女はまたも脱力する事になる。
(ったく、”人類の守護神”って言われてる割に、暗黒魔法好きなんだからっ)
そうなのだ。何故かリュートは暗黒魔法を好む。しかもセンスの無いやつを。
今までにも、フルートにブラッディ・デス・イーターの他、”一度喰らいついたら最後・地獄の餓鬼魂”とか、”地獄の闇の中に引きずり落とし吸い込む”魔法だとか、その辺りの魔法をかけようとしてはエルやホルンに止められているのであった。そして時々制止が間に合わずフルートがその魔法を食らうこともあるのだが、大怪我をするだけで命に別状は無い(タフな赤ちゃんである)。その度に、リュートはフルートに泣いて謝っている。
リュートはフルートを喜ばせたくてしている事なのだから(悪気が無いのが逆に性質の悪いような気もするが)、彼を責め過ぎるのは良くないとは思うが・・・それでも、ちょっとは考えて魔法をチョイスして欲しい、と願って止まないエルだった。リュートはまだ一度もフルートに笑顔を見せてもらった事が無いので、彼の焦る気持ちも分からなくは無いのだが。
「ふえええええん!」
と、エルの腕の中でフルートがまた泣き声を上げた。そっとゆらゆらしてあげながら、エルはフルートに優しく声をかける
「よしよし。フルート王女、もしかして眠い? ゆらゆらしてるから、ねんこしてもいいですよ〜・・・」
エルに抱っこされながら静かに揺らされて、ゆりかごの中にいるようで気持ちがいいのか、フルートはすぐに寝入ってしまった。フルートの笑顔を愛おしそうに見つめるエルに、リュートが言った。
「やっぱり女の子だからかな。エルはそういうの手馴れてるね」
「手馴れてる、って程でもないわよ。ただのホルン様の真似」
言いながら、エルはフルートをベッドに寝かせた。すうすうと、小さな寝息が聞こえてくる。
エルとて、初めはフルートをうまく抱く事もできなかった。だが、ホルンの見様見真似でやっているうちに、いつの間にか抱き方が様になっていた。
女の子が小さな者を、可愛く、愛しく思うのは、やはりその内に秘めた母性本能のせいだろうか。
この子―――フルートも、今はまだ小さな赤ちゃんだが、いつか大きくなった時に、その母性と優しさで、誰かの心を癒すのだろうか。
「ねぇ、エル・・・・」
「ん?」
どこか寂しそうなリュートの呟きに、エルは振り返る。
「フルートは、いつになったらボクに心を開いてくれるのかな」
普段は滅多に見せない辛そうな顔。それだけフルートの事が大好きで、その妹が笑顔を見せてくれない事が辛いのだろう。
「・・・・さあ、ね。私にも分からないよ、それは」
エルにはそれしか言えない。確実に答えが出る問いでは無い、エルの正直な気持ちだった。
「でも、」
けれど、エルはそうして逆接の言葉を繋ぐ。
「一生懸命やってたら、いつかは通じるんじゃないかな?」
フルートのために、どれだけリュートが頑張ってるか知っている。どれだけリュートが妹を大切にしているか知っている。だから、その想いはいつかフルートに届くはず―――届いて欲しい。もう一つの、エルの正直な気持ちだった。
「そう、かな?」
「うん、そうだと思うよ」
力強い肯定の言葉に、リュートは見る見るうちに元気になる。
「そっか・・・そうだね。ありがとう、エル!」
無邪気に笑うリュートを見ながら、エルは心の中でフルートに語りかける。
―――フルート王女。リュートは色々と空回りしちゃってるところもあるけど、本当にあなたの事を大切に想ってるんだよ。どうかそれを、分かってあげてね。
「よーしフルート、お兄ちゃんは頑張るからねっ!」
「しーっ! フルート王女起きちゃうわよ!」

慌てて両手で口を塞ぐリュート。フルートはすやすやと気持ち良さそうに眠ったままだ。リュートとエルは、ほっと安堵の溜息を吐く。
そのタイミングが同時だった事が可笑しくて、二人は思わず顔を見合わせて、くすくすと笑った。








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ハーメルン本編でリュートについてあまり描かれていなかった頃、その頃から既に彼のファンだった私は、リュートは普通に優しいいいお兄ちゃんしてるんだろーなーと想像していたので、過去編で彼のフルートに対する仕打ち(苦笑)を見た時はちょっと色々とショックでした。まぁ、センスと悪気が無いだけで本人は一生懸命なんですけどね・・・。
この章は、リュートとフルートとエルのほのぼのを目指して書きました。




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