―第二十八章:邂逅―
「聖なる魂で発動する宝剣と、宝石……そんなものがあるだなんて……」
重々しくエルは呟く。
スフォルツェンド城内、作戦会議室。エルは勇者一行やスフォルツェンドの今現在の状況を、ホルンから改めて聞くこととなった。
エルが本国を離れている間に、やはり事態は目まぐるしく変化していたらしい。その一つ一つにエルは驚かざるを得ない。
魔族達は何でも斬ることが可能な剣を手に入れ、それによりパンドラの箱を壊し大魔王ケストラーの復活を目論んでいるということ。その為には宝剣にはめる宝石と聖なる魂が必要で、魂の持ち主としてフルートが狙われているということ。宝石は亡きダル・セーニョ王シュリンクスが守護していて、ヴォーカルをはじめとする魔族達はそれを手に入れる為にダル・セーニョに向かっているということ…。
室内の大きな水晶球には、ちょうどそのダル・セーニョの光景が映し出されている。月光の薄明かりの下、激闘が繰り広げられていた。既にフルートはヴォーカルによって捕らえられ、彼女を取り戻すためにトロン・サイザー・オカリナらが奮戦していた。勇者ハーメルやライエルの姿が無かったが、ライエルは負傷のために戦線離脱、ハーメルには事態を知らせており、彼もまたダル・セーニョを目指している所らしい。
サイザー達の連携攻撃の前にも、ヴォーカルはびくともしない。その戦闘の凄まじさは見ているだけでも伝わってきた。
今この場で見ているだけで何もできないことをもどかしく感じながら、エルは連日の魔族達の動きを思い出す。
「国境外に攻めてきた超獣軍は、魔族達が宝剣を探索している間、それを悟らせないようにする囮だったのかもしれない…。私達は、まんまと敵の策に引っかかってしまったというわけね…」
とんだ失態だ。スフォルツェンドが狙いだとばかり思っていたが、まさかこんな搦め手を使ってくるとは。
エルは悔しげに唇を噛む。進軍と後退とを繰り返す超獣軍を不審に思いながらも、その真の狙いに気付けなかった。そしてそのためにフルートや勇者一行達が危険に晒されている。
自分を責めるエルに、しかしホルンは静かに首を横に振る。
「魔族達が宝剣の情報を入手し、それを利用しようとしているなどとは、考えも及びませんでした。これは私の落ち度です。
そして…そのせいでフルートが、危険な目に……」
ホルンは涙声で言い淀んだ。フルートはヴォーカルにも怯むことなく毅然と言い返し、そのために手酷い殴打を受けたという。その為に彼女の可憐な顔は今無残に腫れ上がっている。
勇者一行の一人、と言っても、フルートはエルのように第一線で戦う戦士ではない。ヴォーカルの一撃はどれだけ痛かったことだろう。そして娘が暴力を受けているのを見ているしかなかった母の心も……。
「ホルン様! 私は加勢に行って参ります。こんなことを聞いて、じっとしてはいられません!」
エルはそう声を上げた。
水晶球の光景を見ている限り、その場にはオル・ゴールも来ている。卑劣な手で勇者一行を追い詰めたあの道化師…そして彼は今度はお得意の死霊攻撃で、ダル・セーニョの人達を操っているようだった。祖国のために戦い、無念の中で命を落とした者達を。その中にはトロンの父母、シュリンクス王・ショーム王妃も含まれていた。これではトロンはまともに戦えない、戦えているのはサイザーだけだ。一度はそのダル・セーニョを滅ぼすために一役買った、サイザーが……しかし彼女の瞳には強い意志が感じられ、何かの覚悟の下戦っているということが、エルにも何となく伝わってきた。
今までは勇者一行ならば何とかするだろう、と、彼らの力と成長を信じて静かに見守るという選択もしてきた。しかしこの一連の状況を知って尚、じっとして座していられる性格のエルではなかった。
だがそんなエルに対して、ホルンは冷静に制止の言葉を向ける。
「いけません、エル。あなたは超獣軍との持久戦を終えたばかりで疲れも溜まっているでしょうし、法力も回復し切っていないでしょう。そんな状態で行っても、満足に戦えるかどうか…」
「でも、ホルン様、」
ホルンの言葉にエルは反論しかける。確かに彼女の言っていることは的を射ていた、自分の体の調子は何よりも自分がよく分かっている。それでも、たとえ100パーセントの力を出せなくても、この場で見ているしかないなんてもどかし過ぎる。
「クラーリィも、先程の戦いで大怪我をしていて今は動ける状態ではないわ…でも、今コルネットが出陣の準備をしている筈よ」
「コルネットが?」
そういえばコルネットについても聞いた。怪しげな黒魔法の失敗か何かで、彼女の体は魔族と化してしまった。いつしか心まで魔に染まり、その為にクラーリィの命を狙い、スフォルツェンドもたびたび苦しめたという。
俄かには信じがたい話だが、ホルンやクラーリィが言うのだから、まぁそういうことなのだろう。
そして憑き物が落ちたように清らかになった彼女は、フルートを助ける為に立ち上がったのだとか。
「だからここは、ひとまず彼女に任せて、あなたは一度休みなさい。連日の戦いで、精神的にも疲弊している筈よ」
「……」
ホルンは穏やかに微笑んで、エルの肩に掌を置く。一度休んで体力を回復させた方がいいのは、言われなくても分かってはいる、しかしこの状況でその言葉に大人しく従えるわけもなく、エルは何かを言いたげな表情のまま、無言で水晶球を見上げるしかない。
崩壊したダル・セーニョを闊歩する死霊の大軍、大怪我した体を押して戦うサイザーの姿、その様に何かを感じ取り、勇ましく立ち上がるトロン。
一騎打ちの上についには父を破り、死霊達は皆また静かに地に伏せる。けれどそれにより魔に捕らわれていた魂達は解放され、安らかに天に昇っていった……。
先程までからは考えられない感動的な情景に、会議室にいる一同の頬が綻ぶ。しかし人間達と同様に思うような魔族ではなく、このままではヴォーカルらがまた猛攻を仕掛けてくるのは間違いないだろう。
勇者一行がこんな状況なのに休んでなどいられない、しかし加勢もできないのならば、せめて彼らの動向を見守りたかった。
歯痒く拳を握り締めるしかなかったエルは、しかし水晶の奥、遠い背景に写り込んだものを見て、大きく目を見開いた。
空を分断する程の大きな十字架。十五年前にも目にした忌まわしきシルエット。
冥法王ベースの巨大戦艦、皇帝の十字架―――カイゼルクロイツ。
(ま…さか……)
ぞっとしたものが一気に背中を走り抜けた。
『この体はもう儂のものだ。諦めろ、エレクトーン王女』
あのおぞましい声が、耳の奥でありありと蘇った。黒い人影がその十字架の前に降り立つ。その姿に会議室内も一気にざわめき出した。ここにいるのは古参の兵士達ばかり、十五年前のあの時の事を知っている者がほとんどだ。
実に十五年振りに目にするその姿に、ホルンの顔も青ざめる。エルの体も一瞬、金縛りにあったように硬直し、すぐさままるで全身の血が逆流するような昂ぶりと、怖気とを同時に感じた。
黒い軍服を纏い、右手に生首を手にしたその影は間違いなく―――
冥法王ベースであり、スフォルツェンド第一王子リュートだった。
(リュート……冥法王ベース……!)
あの憎い仇敵とこの上なく慕う人が、水晶越しとはいえ目の前に現れた。
北の都からほとんど出てこようとはしなかった彼がどうして今ダル・セーニョに、という疑問や、ヴォーカルという強敵がいる上にベースまで、という懸念がもっと冷静だったら浮かんでいたかもしれないが、今のエルの頭には無かった。
十五年もの間追い求めた仇が、すぐ手の届く距離にまで来ている。
理由はそれで充分だった。エルは半ば無意識のうちに、転移魔法の陣を展開し始めていた。
「あ…!」
それにいち早く気が付いたのはホルンだった。椅子から立ち上がるような勢いで、矢継ぎ早にエルに忠告をする。
「気持ちは分かりますが、早まってはなりません! 何の準備や策もないまま冥法王に挑もうとするのは無謀です…!」
正論だった。確かに、真っ向からベースに挑むのは危険だろう。そもそも今このタイミングでベースが来襲するなど、まったくの予想外の出来事なのだ。本来ならば北の都の奥深く、大魔王ケストラーに到達するための最後の砦として彼は立ちはだかっている筈だった。
ベースの…リュートの強さは良く知っている、だからこそその時は万全の準備をして、その時のためにずっと力を磨いてきて、―――けれど今、本当に思いがけずベースが現れたのだ。連日の戦いの後で法力も体の調子も万全の状態とは言い難い、無謀なのは全くその通りだった、けれどかといってのこの機会を黙って見送るなど、エルにはできなかった。
彼の姿を、この目ではっきりと見てしまったからには。
五つの希望の存在の予言があったからこそ、十五年も待った。けれどもう待てない。万に一つでも今彼を取り戻すチャンスがあるのなら、どうしてそれを手放すことなどできようか。
よどみなく転移魔法の陣は組み上がった。制止するホルンの声が次第に遠ざかるのを感じながら、エルは異空間に身を任せた。
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ベース来襲。
ベースとのやり取りを続けようかと思ったのですが、長くなりそうだったのでとりあえずここで切りました。
原作じゃ、ここでホルン様静観してるんですよねー…。
クラーリィは大怪我している+この時点ではリュートと面識ある設定じゃなかった筈(それを言っちゃあ…)なので仕方ないにしても。
魔族に奪われた息子とそれをした仇敵を十五年ぶりに見てるんですよ…何かもっとアクション欲しかったところです。
まぁそんなところからもエルのキャラが生まれたわけですが。
次回はずっと書きたかったシーンの一つなので、力入れて書きたいです。
2014,4,12
初稿:2014,1,24
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