幼い時に交わした約束。決して忘れはしない。
―第二章:夏の日の思い出―
二人がいつものように戦いを終え、スフォルツェンドへと帰る途中。
今回は近隣の国の戦場だったので、魔法ではなく、徒歩で帰ろうということになった。もしかしたら、穏やかな空気に誘われたのかもしれないが。
「いい天気ね」
エルは目を細めてうーんと伸びをする。スフォルツェンドの夏は、どこかの島国のように蒸し暑くない。何せ長袖のローブでも普通に過ごせるのだから、爽やかな暑さが容易に想像できることだろう。
緑に覆われた野原を歩く二人。周りはそう深くはない森が取り囲み、何だかピクニックにでも来ている気分になる。
「そういえば、この辺じゃなかったっけ」
「何が?」
ふと思い出し、エルが呟いた言葉にリュートは首を傾げる。
その様子が可愛らしくて(と言ったらリュートは怒るかもしれないが)、エルはくすくすと笑った。
「五歳くらいの頃、二人でお城を抜け出して、遊びに来たじゃない」
「ああ、そういえば」
リュートも思い当たったようでぽんと掌を叩く。
彼らの頭の中に広がるのは、自分達が小さな子どもだった時の記憶だ。
王家の人間、という事で、二人はなかなか城の外に行かせて貰えなかった。ごくたまに外出する時は仰々しい程の家来が側に控え・・・・息苦しい事この上無かった。
そこで、脱走を提案したのはエルである。ほんの少しの間だけ、お城を抜け出して、二人だけで自由に遊ぼうと。それを実行したら、大騒ぎになる事は目に見えていたのに、二人とも子ども特有の好奇心には勝てなかった。窓からカーテンを伝って外へ出る、という古典的な方法を使って、二人はこの野原へと遊びに来たのだ。
「あの時は楽しかったね。変にドキドキワクワクしちゃってさ。・・・まぁ、一時間もしないうちに見つかって連れ戻されちゃったけど」
「そうそう! ホルン様やパーカスにみっちり怒られたよね」
思い出し、笑い合う。あの時は、自分達をこっぴどく怒る大人達が怖かったけど(心配から来ている事は分かっていてもそれでも怖いものは怖い)、今となっては笑い話だ。
あの頃は自由に外に行けなかったのに、今はこうして”世界を守る”という大義名分の下、様々な国を飛び回っている。それを過去の自分が知ったらどう思うだろう、と考えて、エルはまた笑みを漏らした。
「楽しそうだね?」
「そういうリュートこそ。・・・そういえばさ、」
エルはリュートに向き直った。高い位置で結ったポニーテールが風でなびき、さらさらと流れた。
「ここでした約束、覚えてる?」
「約束?」
再び首を傾げるリュートに、エルは今度はぷうっと頬を膨らませた。
「忘れてるの? 私はちゃんと覚えてるのに!
・・・・・ま、しょうがないか、五歳の時の話だもんね・・・・」
エルはそう自己完結し踵を返した。そう、ずっと前の事。リュートが忘れていても無理は無い。ただ、少しショックで。
エルは溜息を一つ吐いて振り返らないままスタスタと歩いていく。怒ってはいない。ただ、少し寂しいだけ。
「エル!」
背後から自分を呼ぶ声が聞こえ、エルは足を止めた。少しに間を置いて、エルは振り向いた。
目に飛び込んできたのは、リュートの柔らかな笑み。
「ボクも、覚えてるよ。忘れるわけないじゃないか」
『ボク、大きくなったらみんなを守るんだ!』
『みんな? みんなってだれ?』
『母さんでしょ、パーカスでしょ、お城のみんなでしょ、国の人達でしょ、・・・それに、もちろん、エルのことも!』
『そっかぁ! じゃあ、わたしはリュートを守るね!』
『えっ?』
『リュートがみんなを守るから、わたしはみんなを守るリュートを守るの! ね、これ、二人の約束だよ』
あの時の約束はずっと覚えていて、今でもそれは変わらない誓いだった。
リュートに、『あなたの大切なものは何ですか?』という問いをしたら、リュートはきっと『みんな』と答えるだろう。昔も、今も。そう、彼はみんな大切なのだ。家族も、国の人々も、世界も・・・・・自分を除いて。
スフォルツェンド王家ならではの自己犠牲精神の強さとでもいうか、リュートはみんなの幸せのためなら、命だって投げ出せる人なのだ。命に代えても、と、真剣に言える人だ。もし、自分の命と他者の命が天秤にかけられたら、リュートは迷い無く他者の命を取るだろう。
リュートのそんな部分は、エルは正直、好きではなかった。何故なら、リュートもまた、掛け替えのない一つの生命なのだから。自分の命を軽々しく見て欲しくない、もっと自分自身を大切にして欲しい―――。だからエルは、全てを守るリュートの全てを、守りたかったのだ。
「あは・・・・そっか・・・」
不意に涙腺が緩む。涙が零れ落ちないように我慢しながら、エルは無理矢理笑顔を作ってみせた。
「それならそうと早く言ってよね!」
「痛っ!」
ぱしっと軽くリュートの肩を叩くと、声に出すほど実は痛くは無いのだろう、リュートも笑っていた。
二人の上には空が限りなく広がり、透けるような青を浮かべていた。
あの日の空と同じように。
『ボクはみんなを守る』
『わたしはみんなを守るリュートを守る』
『『約束だよ?』』
第三章へ
対等な立場で話せる二人を書けて嬉しいです。ホラ、リュートってそういう存在、原作じゃいなかったじゃないですか・・・・。
リュートの自己犠牲精神・・・尊敬する部分でもありながら、彼の嫌な部分でもあります。もっと自分を大切にしてくれよと。
まだ二章ですが、見事にエル視点オンリーですな(その予定とはいえ)。リュートの心情も少しは入れなくちゃな。
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