必ずあなたに逢えるその日信じて。




―第十九章:新たなる旅立ち―



大戦の勝利の祝宴から数日後。
フルートは、再び北を目指した勇者ハーメルを追って、再びスフォルツェンドを旅立った。
フルートはこの城に残ってスフォルツェンドを継ぐものとばかり思っていたパーカスは、その事実を知るなり泡を吹いてひっくり返り、大騒ぎになったりもしたが・・・・ホルンも娘の気持ちを汲み、送り出したのは納得した上でのことであったから、彼女を始めエルも、クラーリィもそれでいいのだと思ったいた。
「でも、エル。あなたは本当にこれで良かったの?」
「え? 何がです?」
スフォルツェンド城のバルコニーで、フルートが元気いっぱいに城外へと続く道を走って行くのを見届けた後、しばしその場に留まっていたホルンは唐突にエルにそう切り出した。
ホルンはエルに振り向いて、微苦笑を浮かべつつ言う。
「本当は、一刻も早くリュートを助けるために、勇者ハーメルの旅について行きたかったんじゃないの?」
「そりゃあ、その気持ちが無いって言ったら嘘になりますけど・・・・・」
エルは視線を上に向けながら答える。今日はこれ以上にない程のいい天気だ。
エルは内心、ホルンの指摘通り、北へ向かうハーメルに同行したいという気持ちはあった。後で聞いた話では、クラーリィもそう感じていたという。
けれど、エルもクラーリィも、スフォルツェンドを守るという使命がある。ドラムを撃退した後も、国内のあちこちにこの大戦の傷跡がある。それを放って旅に出ることなどできようか。
無論、リュートのことはすぐにでも取り戻したい。けれど、今はまだその時では無いのだ、恐らくは。
だからもうしばらくは、エルはこの国を守ることに力を尽くそうと思う。自分とあの人とが生まれ育ち、愛おしく思うこの国と、そこで暮らす大切な人々を。
「痛手を負ったこの国を、再び立て直すのは私の役目でもありますから。それに、ホルン様?」
エルは凛々しい表情を一変、今度はいたずらっぽく笑う。
「私はあの二人のお邪魔虫にはなりたくないですから」
「あらあら」
おどけてみせたエルに、ホルン声を上げて笑う。
そうして二人はまた、眼下に広がるスフォルツェンドの街並みへと視線を移した。ホルンの瞳は、何かを危惧するような真摯なものである。
「まだ、魔族との戦いは始まったばかり・・・・。フルートも、五つの希望達も、これからの旅は苦難に満ちていることでしょう」
「ええ・・・・」
エルもまた真剣な表情でこくんと頷く。今回のスフォルツェンドの戦いには、結果的にドラム、ギータ、そしてサイザーと三人の魔界軍王が絡んできた。ドラムは何とか撃退したものの、この先はますます、彼らとは鎬を削る戦いになることだろう。
むしろ魔界軍王の一角が崩れたことで、魔界軍はますます必死に攻めてくるのかもしれない―――。
「・・・・エレクトーン=スフォルツェンド。あなたにお話があります」
「何ですか? ホルン女王陛下」
ホルンの畏まった真剣な声色に、エルも僅かに顔を強張らせて彼女へと向き直り、姿勢を正した。ホルンは毅然とした振る舞いで、威厳を以って佇んでいる。
そうしてその、美しくも厳しい顔つきのホルンから、女王としての言葉が紡がれる。
「あなたの魔法兵団としての使命は、このスフォルツェンドを守ることです。ドラムとの大戦が終わった後も、残党は多くいることでしょう。彼らを駆逐し、人々の安全を確保して下さい。皆が、心穏やかに過ごせるように・・・・」
「畏まりました、ホルン様」
エルは深く頭を下げた。言われるまでもなく、自分のその役目は理解しているが、改めてホルンから告げられたことにより身も心も引き締まる思いだ。一方で、どうして突然そんな話を、と疑問を抱きはしたが、自分の果たすべきことをエルはしっかと再認識した。
頭を垂れたエルに、ホルンもまた深く頷く。
「でも・・・・・」
ホルンはそこで一度言葉を切った。女王としての顔が、母親のそれへと緩やかに移り変わった。
「もし、勇者達が・・・・彼らが苦しむことがあったら、彼らの力になって欲しいの、エル」
穏やかな声に、エルは顔を上げた。
視線の先のホルンは慈愛と悲哀とを同居させたような、淡い微笑みをただ湛えていた。
「その時あなたは、スフォルツェンドを守るという任に囚われることなく、ただあなたの思うままに行動なさい。そしていつか、五つの希望達と共に、あなたが一番救いたいと願う人に、あなたの力を惜しみなく使いなさい。あなたがずっと助けたいと祈り続けた、あの子のために・・・・!」
「ホルン様・・・・!」
エルの目が驚きに見開かれた。それは今すぐにでは無いとはいえ、ホルンから旅立ちの許可を得たも同義だった。
「あなたは十五年間ずっと、我慢し続けていた。でも、あなたが待ち続けていたその時が、もうすぐ訪れようとしている。だから、私はあなたのことも、寂しいけれど喜んで送り出すわ。それが、あなたに母親として何もできなかった私ができる唯一のことだから・・・・」
「いいえ、いいえ、ホルン様!」
エルは震える己の手を握り締めながら首を振った。ホルンの心遣いを心から嬉しく思い、同時に彼女が感じている呵責を否定したいからだった。
「ホルン様は私に充分過ぎるほど良くしてくれました! 今もそう・・・・私の我儘をお聞き下さって、本当に、ありがとうございます・・・・・!」
「エル・・・・!」
ホルンはふわりとエルを抱き締めた。あれから十五年経つのに、全く変化していないもう一人の娘の体。それこそが彼女が時の流れを破った証であり、そしてその報いが今も、彼女の寿命を削り続けている。
それは何よりもリュートのための、彼女の強い想いの現れだった。再度の危機からスフォルツェンドも救われ、リュートの予言通りに五つの大きな希望が現れた今、ホルンはエルのかねてからの願いを叶える時だと、そう感じていた。
フルートにもそうして欲しいと願ったように、エルにも、大切な人のために力を使って欲しいと。
「その時は、私に遠慮しないで、行ってらっしゃいね・・・・」
「・・・・分かりました・・・・ホルン様。必ず、リュートと、フルートと・・・・みんなも一緒に、戻って参ります・・・・!」
エルの涙声の返事に、ホルンも瞳に涙を滲ませる。
本当は今すぐにでもリュートを助け出したい、という思いは、ホルンもまた同じだった。けれどホルンには、人類の女王という責任を果たすという義務がある。それを捨て置くことはできはしない。また、勇者達も北の都へと攻め込むには、まだ時間が必要だろう。もっと彼らが力をつけ、人々の信頼を勝ち取り、真の勇者となるには―――。
その時こそホルンは彼らの援護を存分にしたいと願い、エルにもまた、積年の悲願を果たして欲しいと、ただそれだけを祈るような気持ちで思っている。
「・・・・・それにしても、エル」
「何ですか?」
「あの子はどうして・・・・氷縛結界を使ったのかしら」
物憂げな声色のまま話題を切り出したホルンに、エルもはっと顔を上げた。遠い空へと目を向けるホルンから体を離し、エルも静かに答える。
「それは・・・・やっぱりリュートがこの国や人々を守ろうとして、」
「いえ、そういう意味ではなく」
エルの返答をホルンは静かに遮った。そうして何歩か前へと進み出て、バルコニーの手摺りにその身を預ける。
「ベースがリュートに用いた反魂の法は、邪悪な術者の魂のみがその相手に投影されます。いわばリュートは、ベースの人形のようなもの―――」
辛そうに語るホルンに、エルは唇を噛み締めた。我が子が魔族に捕らわれた彼女の悲しみや怒り、憤りを思うと喉の奥がぐっと詰まる。そうして彼女が抱える苦しみは、きっとエルのその比では無いのだろう。
「それなのに、ベースの意志を無視してリュートは氷縛結界を放った。・・・・それだけ、あの子の意思が強いということなのかしら。それとも・・・・」
「十五年前、ギータからフルートを助け出した時のように、魂はなくとも肉体に宿る残留思念があの人の体を突き動かした・・・・?」
ホルンとエルは真剣な表情を突き合わせた。彼女らの背後の青空には白い雲が流れ、眼下からは未だ勝利を喜ぶ街の人々の声が聞こえてくる。ただ二人の周りだけ、一瞬すべての音が途絶えたかのようだった。
しばしの沈黙の後、ふう、とホルンは力無く溜め息を吐いた。
「・・・・・どちらも、推測の域を出ないこと、だけれどね」
「でも、きっとそこにリュートを取り戻す鍵があるはずです!」
けれどエルはそう言い切った。悲痛な表情はすっかり影を潜めてしまっている。
エルのその明るさを取り戻した表情に、ホルンもまた力付けられた。この度の戦いでは多くの哀しみも生まれたが、同時に、掛け替えのないものがもたらされた。―――そう、何よりも五つの大きな希望達に。
五つの希望は紛れもなく、希望だった。スフォルツェンドを魔族から救った、そういう意味だけでなく、この国にも、人々にも、文字通り希望そのものを、彼ら彼女らは残していったのだ。
そうしてそれは、エルにも、また。
「ホルン様。そろそろお城の中に戻りましょう。あんまり無理してもいけませんから」
「・・・そうね。戻りましょうか、エル」
ホルンの体を支えながら、エルはゆっくりと歩き出す。
その途中、エルは青い空を見上げた。彼らもきっと、この空の下でそれぞれが北へと向けて歩いている筈だ。
彼らには少し遅れるかもしれない。けれど、いつか必ず自分もまた北の地には降り立つのだと、エルは改めて思う。
エルは旅立っていったハーメルやフルートにもしばし、想いを馳せて、そうしてスフォルツェンド城内へと戻っていった。
 



 
 
 
 
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本当は十八章の終わりにエルとホルン様の会話(主に「私は二人のお邪魔虫にはなりたくありませんから」あたり)を数行だけ入れて終わる、予定だったんですが、長くなっちゃったので章を分けました。タイトル及び章前コメントはアニメ版ハーメルンからお借りしました。
原作のホルン様はどっかリュートを諦めてるような節があるけど、実際は違うんだろーなと、そうだと思いたい。
我が子に縋ることも女王としての責務がそれを許さないんだけだと、そう思いたい。
そんなわけでこのオリハ内ではエルがいるのでホルン様のそんな思いを彼女に託すシーンを入れたかったわけです。


予想以上に長くなっちゃいましたが、第二次スフォルツェンド大戦編、これで終了です。
この後はスラー編、オル・ゴール編、ヴォーカル編など原作に絡めつつしばし勇者パーティとは別ルートでさくさく進んでいく予定ではありますが・・・・多分今後は、今までが割と原作沿いだったのに対し、ますます原作が大きく捻じ曲がっていくかとは思われます。
が、今後もお付き合いいただけたら幸いです;;



2008年5月23日





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