人々に力を沸き立たせるもの。
それこそがきっと、希望なのだ。


―第十五章:五つの大きな希望(後編)―



ライエルの参入により、魔法兵団は再び一丸となってドラムに総攻撃を開始した。
魔法兵がありったけの法力を込めた砲弾が、ドラムの周りで炸裂する。ライエルは魔曲の旋律を激しく弾き鳴らし、召還された火の鳥は高らかに舞い上がり、隙を付いてはドラムに飛び掛る。
エルやクラーリィもまた、攻撃魔法を放ち続ける。ドラムの巨大な竜の体には絶えず爆発が起こり、白く紅く輝くその光が途切れることは無い。
スフォルツェンドを守る為に皆力を合わせ戦い続けている。少しずつ、しかし確実にドラムの体力を削っている筈だった。ドラムが苦悶の表情に歪む様に、このまま押していけば勝てるかもしれない―――そんな淡い期待が微かに生まれつつあった。
だが。
「虫ケラの人間共めがあぁ! 貴様らウジ虫ごときが、この次期大魔王ドラム様に勝てると思ってるのかぁぁぁ!!」
それでも、ドラムのその地をも揺るがす醜い嘲笑もまた止むことが無かった。
ドラムの腕から伸びた龍が鞭のようにしなって、数十人もの兵士達をいとも簡単に薙ぎ倒す。瓦礫の上に投げ出された兵士達が呻く様に激昂したエルは、猛然とドラムに向かっていった。
「このっ・・・!」
再び襲い掛かって首長竜を、エルはギリギリまで自分に引き付けてから雷帝の魔法を詠唱した。間近で放たれた雷は、一つの首を確実に焼き尽くした。
その首は断末魔の叫びを上げて崩れ落ちはしたが、ドラム本体は大して堪えた様子も無く平然としている。
ライエルの魔曲もスフォルツェンド魔法兵団も虚を付いて攻めているのに、ドラムはその総攻撃にもビクともしない。元々、竜族は硬い皮膚と高い体力を誇る種族ではあるが、流石はその王、タフさも並大抵ではない。
兵団の多くは法力を打ち続けることで疲れ果て、ぜぇぜぇと荒い息を吐いている。精霊使いであるライエルも、ピアノを奏で続けていることと精霊を召還することで体力や精神力を消費し、更になかなか攻撃が通用しなくなったことで苦々しくドラムを見ている。
「くそっ・・・・なんてタフな奴なんだ・・・」
「全くだわ・・・まさかここまでの力を持つなんて・・・・!」
ライエルの素直な感想にエルも同感だった。耳障りな高笑いを上げ続けるドラムを忌々しげに見つめる。
「その上、こっちの攻撃はなかなか決定打にならないのに、奴は私達にあっさりと致命傷を与えることができる・・・・。兵団のみんなも、法力を打ち続けて疲れ果てているのに・・・・」
兵団の皆へと目を向ければ、誰もが疲労困憊といった様子で膝をつき、悔しげにドラムを見上げている。闘志に対し体がついていかない、そんな歯痒そうな表情だ。
体力の消耗という点では、明らかにスフォルツェンド側が不利。このまま戦いが長引けば、戦況がどちらに傾くのかは一目瞭然―――。
「このまま・・・では」
皆の思いを代弁するかのようにライエルが小さく呻く。エルは最悪の事態を思い浮かべながら、同時にそれを必死に胸の中で否定する。
(まだ、まだ負けたわけじゃないわ。思った以上にドラムは強かったけど・・・・・)
魔界軍王NO.2でもあるドラムだから、一筋縄では行かないだろうとは予測はしていたが、ここまで強大な力を持っているとは思いもしなかった。今までドラムがその本性を現して戦っている姿を誰も相手にしたことがなく、その情報が皆無だったこともあるが、何より。
十五年前、リュートがたった一撃の下にドラムを叩きのめしたという、その事実が大きかった。けれどそれは今にして思えば、ドラムが弱かったのではなく、リュートがそれ以上に強過ぎたのだ。今こうしてそのドラムを実際に相手してみて、エルはようやくその事を悟る。
魔人とも呼ばれたあの彼は、やはり人間という器を遥かに超えた力をその身に秘めていたのだと―――。
(もし・・・・今リュートがここにいたなら・・・・)
考えても詮無いことなのに、エルはどうしてもそう思わずにいられない。リュートを失い、一人で戦い続けてきた時も、いつも戦場で頭に浮かぶのはその事だ。
もしもリュートがここにいたらどうしただろう。どんな風に戦ったのだろう、と。
幾ら思ってみたところで、冥法王に囚われている彼が今ここでスフォルツェンドを守る為に戦うということなどありはしないのだけれど。
もしもリュートがここにいたなら、ここまでの苦戦は強いられなかったと思う。それ程までに彼は強かった。今、改めてそう感じる。
同時に痛感するのは自分の無力さだ。十五年、ずっと力を磨き上げてきたというのに、あの強さには遠く及ばないのか。このままドラムにむざむざと、スフォルツェンドを民を傷つけさせてしまうのか。それを止める力は、己には存在しないのか。
―――否。何としてもドラムの凶行を止めてみせる。ここで挫けたら、負けたら、リュートを助けることはおろか自分達の生まれ育った国とそこにいる人達を守ることすらできないではないか・・・・!
(諦めるのはまだ早いわ。あの人だって、どんなに不利になっても、最後まで決して諦めたりしなかったもの・・・・!)
「確かに、ドラムはこっちの予想以上に強かった。けど、負けてなんかいられないわ!」
「スフォルツェンドは、スフォルツェンドは・・・・俺が守る・・・・!!」
エルの思いに同調するかのように、もはや全身に力の入らないクラーリィも、スフォルツェンドの隊旗を杖代わりに立ち上がる。自力でもう立つ事が叶わなくても、クラーリィのその瞳から強い光が消えることは無い。胸の内に灯る闘志とスフォルツェンドを守ろうとする強い意思は決して折れはしない―――。
「クラーリィ・・・さん。エルさん・・・・」
そんな二人の姿を見て、どこか諦めの気持ちの浮かんでいたライエルもまた、手にぐっと力を取り戻す。
けれど折りしもその時、伝令兵が酷く慌てた様子でクラーリィ達の下に駆けてきた。引き攣ったその表情から、恐らくは喜ばしくない事態である事をエルは瞬時に悟る。
「どうしたの!? 何が起きたの!?」
「たっ、大変です! 国境外に残っていた魔族達が攻めてきました!!」
「!!」
その報告にエルはさっと血の気が引いた。クラーリィとライエルも顔色を変える。
確かに、国境外には残りの幻竜軍や超獣軍が控えていたから、いつか攻めてくるかもしれないという懸念はあった。だが、よりによってこのタイミングで、と愕然とするしかなかった。ドラムと戦い続け、兵士達も皆疲労しているこの状況で更に後方から敵の援軍が来たら、スフォルツェンド勢はひとたまりも無い。
ドラムに対抗する力すら尽きかけているのに、無数の魔族を相手に成す術はあるのか。
魔族達の上げる時の声に流石のクラーリィも茫然とし、脱力したようにがくりと膝をつく。
「何ということだ・・・・ドラムだけでも・・・苦しいというのに・・・・」
クラーリィが歯噛みするように漏らした言葉は、恐らくスフォルツェンドで戦う者全てが抱いていた思いだったろう。先程までの勝利への活路から一転、絶望に叩き落されたような気分だった。
「くっ・・・・!」
クラーリィの嘆きは最もだと思う。エルとて同じような気持ちだった。ドラム一人にさえ手を焼いているのに、これ以上の援軍が来ることがどれだけスフォルツェンド側にとって厳しいか、それもまたエルは理解していた。
国境外に残っていた幻竜軍の数とて数万はいる。国境の守備が突破されるのも時間の問題だろう。
けれどここで諦めるわけには行かない。エルは精神を集中し、己の両手に再び法力を集めようとした。
と、その時、誰もが予測しなかったことが起きた。その数万の魔族が、上空に猛烈な勢いで吸い上げられ始めたのだ。
阿鼻叫喚の渦を吸い込んでいる方角へ一同が一斉に目を向ければ、そこには民家の屋根の上で何やら大きな箱を抱えている老人の姿があった。巨大なパイプをくわえ渦巻き眼鏡をかけ、口元には豊かな髭を蓄えている。
「オ、オリンじいさん!!」
誰とも無くそう叫んだ。
そう、彼はスフォルツェンドの者なら知る人ぞ知る、天才発明家だった。更に言うならば、オリンはかつて全ての悪を封じ込めたというパンドラの箱の創造者。もっともそれはホルンを始めとする地位の高い一部の者しか知らない事実ではあったが。
「な、何でオリンさんがここに・・・!?」
驚きながらも、エルは期待に目を見張った。彼の素性についてはエルも知っている。どうやら魔族を封印する発明品を持って駆けつけてくれたらしい。思わぬ加勢にエルは嬉しさが込み上げてきた。
(ありがとうオリンさん! 助太刀、感謝するわ!)
「わはははは、どうじゃあ我がパンドラの洗濯機の威力はああー!」
オリンは自信満々に笑いながら次々に魔族を洗濯機に封印していく。魔法兵団の歓声が一際大きくなった。
何故家電に封印しとるんだという疑問は残るが、それでもひとまずピンチは脱したわけである。
「むっ!? いかん、もう満タンか・・・!」
しかし洗濯機の封印許容量をオーバーしてしまったようで、オリンは自分の背後をごそごそと漁るとまた何かを取り出した。
「そりゃあああパンドラの便器じゃーい!!」
「ぎゃあああ〜やめてぇ〜〜〜!!」
こともあろうか洋式便器だったので、敵も見方も一斉にひっくり返った。
魔族達の制止の悲鳴が一層せっぱつまったものへと変わった。
「はぁ…あの人も相変わらずねぇ…」
前言撤回、とエルは頭を抱えて溜め息を吐いた。真面目にやっていればまともな のに、どうしてあーなのだろう。
クラーリィとライエルもまた呆れる中、オリンは絶好調な様子で尚も魔族達を便器に封印していく。オリンのその姿にしばし呆然としていたライエルだったが、はたとあることに思い当たり表情を輝かせる。
「オリンさんが、ここに来てる。・・・・と、いうことは・・・・」
「もしかして、ハーメル君もここに!?」
期待を滲ませたエルの言葉に、ライエルは大きく頷く。
「多分、そうだと思います。オリンさんがここに来たってことは、ハーちゃんのバイオリンもきっと直ったってことでしょうから」
「じゃあ、奴は一体どこにいるんだ?」
オリンの側にハーメルの姿が無いことを不審に思ったのか、訝しげな表情でクラーリィは問う。ライエルは微苦笑して、ちらとスフォルツェンド城の方を見遣る。
「もしかしたら、真っ先にフルートちゃんのとこに駆けつけたのかもしれないですね。ハーちゃん、あんまり素直な性格じゃないけど、今回はフルートちゃんのこと、本当に心配してたみたいだったんで」
「へぇ〜・・・・ハーメル君てばなかなかやるじゃない」
どこか含んだような笑みをエルは浮かべた。思えばハーメルのフルートに対する態度は確かに素直ではなかったが、もしかしたらそれはハーメルの照れ隠しなのかもしれない(もしそうだったとしても素直じゃないにも程があるが)。
「ライエル君、あなた流石はハーメル君の親友なだけあるわね。彼のことよく分かってるじゃない」
「はは・・・・まぁ長い付き合いですから」
再度苦笑してライエルは答えた。入り混じっていたのは恐らく、謙遜だけでは無かったろう。
「そっか。じゃあフルート王女のことは彼にまかせておけば大丈夫ね」
エルもまた城の方を見て胸を撫で下ろし・・・・かけたが、昨夜の天の岩戸騒動を思い出しハーメルに関して若干不安になり、
「・・・・多分」
と冷や汗まじりで付け足した。
「ま、まぁそれはさておき、まずはあいつを何とかしなくちゃね」
気を取り直したエルが見据えたのは、相変わらず我が物顔でこの国を荒らし回るドラム。醜い雄叫びを国中に響かせ、腕から生やした竜で人々をいとも簡単に葬り去っている。
「少なくとも、ハーメル君達がこっちに駆け付けるまで、時間を稼がなくちゃ」
「そうですね。でも一体どうやって・・・・?」
ライエルのもっともな疑問に、エルはにっこりと頷いた。
「引き続き、ドラムに対して集中攻撃。あなたはその火の鳥で、クラーリィは魔法兵団に適切な指示をお願い。私はまだ体力に余裕があるから、あいつに一番効果的な接近戦でね」
「接近戦!? でも・・・・」
ライエルとしては、自分と大して歳の変わらぬように見える彼女が、あのドラムに接近戦を挑むのが危険であると感じたからであろう。けれどライエルの狼狽に構わず、エルは軽やかに笑ってみせる。
「心配しないで。スフォルツェンドの戦乙女の戦い振り、とくと見せてあげるわ 」
そうしてすぐさま表情を鋭いものへと豹変させると、どこか陰を帯びたような笑みをエルは滲ませた。
「それに、ドラムには個人的に恨みもあるし・・・・ねっ!」
言い終えるや否やエルは地を蹴り、ドラムの本体へと向けて疾走していく。単身ドラムの元に乗り込んでいったエルに、ライエルも目を丸くする。
「わぁっ! そんな一人で飛び込んでいくなんて・・・・!」
慌ててライエルは黄金のピアノの鍵盤に指を滑らせ、火の鳥の旋律を奏で始める。激しく雄々しいピアノのメロディを聴きながら、クラーリィは至って冷静にエルの動向を見守っている。
「俺の体の自由が利かない今、勇者ハーメルが到着するまではエル様に頼るしかない。・・・・ま、俺はあいつのことをまだ信用しとらんがな」
胡散臭いハーメルの姿を思い出し、クラーリィはジト目で溜め息を吐く。ライエルはハハ・・・・と力無い笑みを浮かべるしかない。
二人の視線の先にいるエルは、錫杖を振りかざしながら同時に魔法の詠唱を始めていた。
「聖なる光よ。風にその数多の輝きを乗せ、邪を払い滅する結界となりて我を守 り給え!」
その言霊に応えるように、錫杖の先の十字架から黄金色に輝く小さな光が無数に生まれ、エルの周囲を舞い始めた。彼女を守る光の粒は、実はそのすべてが邪を弾く法力。
「―――光砂風陣!」
凛とした声で詠唱を終えると、エルは更にドラムの懐へと飛び込んでいく。法力を拡散させ気流に乗せることで己の身を守る結界とする、光砂風陣は氷華風乱同様にエルが独自に編 み出した風の魔法だ。
「しゃらくせぇ、小娘がああぁっ!!」
向かってくるエルを煩わしく思ったのか、ドラムは左腕の竜すべてを一気に繰り出してきた。凄まじい速さで迫り来る三頭の竜、けれどエルはまったく臆するこ となく、それどころかむしろ不敵に笑った。
エルの眼前にまで迫ってきた三頭の竜は、けれどエルの体に触れることはできず、光の連なる風に遮られその輝きに身を焦がされた。意外な反撃にドラムは 思わずぎゃあっと声を上げ、手酷い傷を負った竜を引っ込めた。
「な、何だとぉっ!?」
「残念だったわね。この法力の壁がある限り、あんたは私に触れることはできないわよ」
エルは真正面からドラムを睨みつけ、にっと口の端を吊り上げた。舌打ちするドラムに、エルは冷たい視線を向けたままで話しかける。
「・・・・久しぶりね。ま、あんたのことだから私のことなんか覚えちゃいないだろうけど。こっちはあんた達のことを忘れたことはなかったわよ」
「な、何言ってやがんだ、この女ぁ。俺様はてめえになんざ会ったことねぇよ」
不思議そうに首を捻るドラムに、エルはあぁと一人ごちる。
「あぁ、そうか。直接会ったことは無かったわね。あの時あんた、リュートの一撃でのされてたし」
「い、いつの話をしてやがる・・・・!?」
自分でさえ忘れかけていた恥辱を思い起こさせたエルに、ドラムはぎょっとしたように目を見開く。
そんなドラムに構わず、エルは怒りを押さえつけたような声で語り出した。
「・・・・十五年前の話よ。あの時もあんた達魔族は、この国とこの国の人達を滅茶苦茶にした。そうして今も、長年かけて復興したこの国を滅茶苦茶にしている」
エルはぎゅっと錫杖を握り締めた。遠い背後からは戦火が生む轟音と、ドラムの腕の竜の唸り声と、そして多くの人々の呻き声が聞こえてくる。
状況こそ違えど、風景は十五年前のあの時と限りなく酷似している。
「けっ・・・・てめぇらの都合なんざ知るかよ。俺はただ、スフォルツェンドをぶっ潰して、次の大魔王になれればそれでいいのよ」
自分のペースを取り戻したのか、ドラムはぺっと唾を吐き捨て事も無げに言う。ドラムのその返答に、エルははんと笑って挑発するように言い放った。
「あんたみたいな単細胞が次の王ですって? 笑わせるわ。第一、そんなことを口に出してることが知れたら、ベースが黙っちゃいないでしょう」
ベースに睨まれるとまずい、というのは図星なのか、ドラムはうぐぐと言葉に詰まる。エルはまだ冷たい目のまま、畳み掛けるようにドラムに問う。
「・・・・ベースは元気? まぁ元気なんでしょうねあいつのことだから。今回の戦いはあんたの独断じゃないんでしょう? 超獣軍まで引き連れてえらく大事だしね」
ケストラー不在の今、魔界軍王が指示も無しに単独で動くことなどまず有り得ない。ならば今回のスフォルツェンド侵攻の命令を下したのは誰なのか、エルは容易に想像がついていた。
「私の読みが正しいなら、恐らく今回の侵攻を指示したのは・・・・冥法王ベース」
憤怒を押し殺すようにエルは歯噛みした。
口にしたその人物は、現在の魔界軍全てを指揮する最高指導者で、エルにとっては長年追い求めた仇敵で、そして同時に、誰よりも大切な人で。
エルの心情など露程も知らないドラムは、あっさりとその事実を認める。
「あぁ、その通りだぜ。邪魔な人間どものはびこるスフォルツェンドを消して来い、ってな」
魔界軍王という立場は同じでも、ドラム以下の三人はベースには頭が上がらない。ケストラーを除けばベースのその力は魔族でNO.1だ。ドラムとしては、ベースが偉ぶっているのを苦々しく思う時もある。が、好戦的なドラムにとって今回のスフォルツェンド攻略はたまらなく魅力的であり、加えてここで手柄を立てればケストラーに更に気に入られるという思惑もあり、喜んでそれに乗ったのだ。
そんな裏事情などエルは知る由も無い。ただ、スフォルツェンドを侵略することを指示した者をはっきりと確認し、エルの体は怒りで打ち震えた。
「そう・・・・やっぱりそうなの。あいつはリュートの掌の上で、そんな残酷な命令を吐いたのね・・・・!」
ベースの傀儡と化しているリュートが、何かに心を動かすことなど無いのかもしれない。けれど己の祖国が再び危機に瀕していることを知ったら、リュートはどんなにか嘆き悲しむことだろう。それを思い、エルの中に堪えきれない怒りが湧き上がる。
「ますますあんた達が許せない。先だってダル・セーニョを落としたのも、全ては人類の砦であるスフォルツェンドを崩すためなんでしょう? そうやって着実に人々を追い詰めていくのね・・・・!」
「さっきから何なんだてめぇはよ!? ごちゃごちゃとうるせぇ女・・・・さっさと死にやがれえぇぇぇ!!」
埒の明かない会話に痺れを切らせたドラムが、今度は右腕の竜を一気に放ってきた。向かってきた竜をエルはひらりとかわし、錫杖の先端の円十時に法力を集中させる。
(この侵攻がベースの指示なら、尚更こいつなんかに負けられないわ!)
「爆!!」
爆裂魔法で一つの首を吹き飛ばし、追尾してきたもう一体の竜は体当たりをして弾き返す。光砂風陣を纏っている間は体当たりですら強力な攻撃方法となる。
しかしエルが奮戦している間にも、ドラムは次々に竜を腕から生み出し、手当たり次第魔法兵団に攻撃を仕掛けている。勢いの衰えないドラムに、エルは内心舌打ちする。
(こいつの体内の竜は無尽蔵なの? きっと限界がある筈なのに・・・・)
丁度その時、エルを援護するようにライエルの火の鳥がドラムに向かって火炎攻撃を仕掛けた。ドラムが怯んでいる間にエルは軽やかにクラーリィとライエルの元に舞い降りる。無事に戻って来たエルにライエルが目を見開く。
「大丈夫ですか!?」
「何とかね」
「ならいいんですけど・・・・それよりエルさん、さっきドラムと何を話していたんですか? ボク、ピアノの音でよく聴こえなくて・・・・」
ライエルのその言葉にエルは一瞬言葉に詰まったが、聞こえてなかったのならまだ敢えて言うことは無いのかもしれない、と判断し、
「ちょっとね、喧嘩を売ってきたの」
とだけ答えた。ライエルはますます不思議そうな顔をした。
「ガァハハハ、バカがぁ、クズ共がぁぁぁ!」
ドラムは相変わらず人間を軽視する暴言を吐きながら、十数はあろう首でスフォルツェンドの街を火の海にしている。
クラーリィやエルがざっと向き直るも、彼らの上で大きく口を開いた竜は喉の奥から熱い火炎を吐き出す。直撃こそ免れたが、激しい熱風にクラーリィは僅かにたじろぐ。が。
「シーザースラッシュ!!」
威勢の良い声の主によって、その火炎竜の首は斬り落とされた。一同が驚きに目を見開く中、その声の主はたっと高い民家の上に降り立つ。
果たしてそこにいたのは、紛うかたなき五つの大きな希望―――。
彼は今は亡きダル・セーニョの王子トロン・ボーン。
その背後には、特大バイオリンを構えた辺境最強の勇者ハーメル。そして、その彼の傍らには、凛々しい表情のスフォルツェンド王女フルート―――。
「フ、フルート王女。ハーメル君・・・・トロン王子まで」
彼らの何とも頼もしい出で立ちに、エルは思わず顔を綻ばせる。ハーメルのバイオリンが直っていることを目の当たりにし、ライエルも感激に目を潤ませた。スフォルツェンドの兵士達も、フルートが無事であることに胸を撫で下ろす。
「ダル・セーニョの、チビ・・・・」
そしてクラーリィもまた、戦う前は恐怖で震えていたトロンが、勇ましく剣を構え一人前の剣士としての顔立ちをしていたことに、彼を認めるような笑みを浮かべる。まるで、以前とは別人のようだ。
この短い間に何があったのかは知らないが、彼はきっと男としての大事な何かを、この戦いの中で乗り越えたのだろう。例えば、十五年前スフォルツェンドを守ることを誓った、あの時の自分のように・・・・・。
「しかし・・・何でフルート王女の頭にたんこぶができてるんだ?」
「そっ、そーいえば・・・」
「ううっ! こっこれは・・・・・」
兵士の指摘通り頭に大きなたんこぶを作っていたフルートが焦りの表情を浮かべる。すかさずハーメルがツッコむ。
「バカが調子こいてあんな高いとこから飛び下りるからじゃ」
「何よーっ!」
「ギャグキャラじゃなかったら死んでたな」
「誰がギャグキャラじゃい!! そーゆーあんたこそね・・・・」
「何だよ!」
「何よーっ!」
ハーメルとフルートのやりとりに、兵士達は「五つの大きな希望って・・・・」と呆れ返っていたが、エルとクラーリィは二人のそんな姿にむしろ安堵していた。
フルートに悲しげな表情はもう見られない。本来の明るさを取り戻し、生き生きとハーメルとボケと突っ込みの応酬を楽しんでいる。
フルートが元気を取り戻したことに、言葉にはならない思いを二人は抱いていた。とりわけ、エルはハーメルとフルートが再び一緒にいること、そして何よりフルートが本調子を取り戻したことを、本当に嬉しく思っていた。あと心配があるとすれば、それは母ホルンとの関係だろうが―――・・・・。
「あっ、エルさーん!!」
と、その心配が聞こえたわけではないのだろうが、エルに気付いたフルートが大きく手を振ってきた。突然のことに、エルは思わずどきっとする。
「な、なぁに?」
「ごめんなさい、私、お母さんのこと本当に誤解してたーっ!」
遠くからでも声が届くように、フルートは口の横に両手を当ててエルに話しかけてくる。フルートの真剣な表情に、エルもそれを真摯に受け止める。
「でも、やっと分かったの。エルさんの言ってた通り、お母さんは、私のことずっと想っていてくれた・・・・! やっとそれが分かったの。だから・・・・酷い態度とったりして、本当にごめんなさいーっ!!」
フルートはきっと、一刻も早く、そのことを伝えたかったのだろう。フルートのその姿に、エルは熱く胸を打たれる。
母を拒絶していたフルートはもういない。ホルンの、我が子を想う気持ちがようやくフルートに伝わって、そしてそのことをフルートは理解したのだ。エルはそう思った。
エル達がドラムと死闘を繰り広げていた一方で、二人の間に何があったのかは分からない。けれどその時間は、二人の絆を確かめ合うのにきっと充分な何かがあった。
十五年前の戦火の中で引き裂かれた母子・・・・けれど奇しくも同じ戦火の中で、長い時を経てやっと、ホルンとフルートは真の再会を果たした。やっと巡り逢えたのだ。
それはホルンの長年の悲願が叶った瞬間であり、そして、リュートが命をかけてフルートを救ったことが報われた瞬間でもあった。
その二つの想いに、エルは目頭が熱くなる。
エルにとっては、それが何よりの希望だった。
「いいわよ、別に謝らなくてもーっ! 誤解が解けて、ホルン様との仲を取り戻せたのなら・・・・それが何よりよ!」
エルもぱっと明るい表情になって、フルートに向かって呼びかける。エルの返事に、フルートもほっと笑みを浮かべたようだった。
(それに、ハーメル君が帰ってきて、あなたも元気を取り戻したのならね!)
それは言葉には出さずに、エルはフルートに向かってにこにこしながらひらひらと手を振った。
「ゲヘ・・・・ゲへへへェェ・・・・・ついに現れたかよ。勇者ハーメル」
けれどそんな人間達のやりとりにはお構いなく、ドラムは醜悪な笑みをにたりと浮かべる。獲物を見つけた獣と同質の笑みを浮かべて、ドラムはハーメルを睨みつけた。その場の空気が一瞬にして、緊張に満ちたものへと変わる。
「待ってたぜぇ、てめえが来るのをよォ。てめえをぶっ殺せる時をよおおーっ!!」
吠えると同時にドラムは腕の竜を伸ばし、ハーメル達に襲い掛かる。間一髪その攻撃を避けたものの、足場を壊された三人はたっとエル達の近くに飛び下りてきた。
ハーメルはその足でライエルのところまで走ると、バイオリンを携えて高らかに宣言する。
「ライエル、久しぶりにやるか・・・!」
「えっ?」
最初こそ戸惑ったものの、ハーメルの笑みにライエルはすぐにそれが何を意味するかに感付いたらしい。すぐさまピアノに向き直ると、鍵盤に指を乗せる。
エルもフルートも、二人のそんな姿には目を丸くするばかりだ。
「ゆくぜっ!」
「OK!!」
二人の魔曲使いが背中合わせに立ち並び、ここから人々の反撃が始まる。









第十六章へ

















書きかけで一年以上放置プレイしてました・・・・ホントすみません(爆)
シェルクンチク始まってハーメルン熱がごうごうと再燃しているので、どんどん続き書いていきたいですね。
久々にスフォルツェンド編読み返したら、もう楽しくて楽しくて。ああ、やっぱり好きだハーメルン。




エルは思考の根幹にどーしてもリュートの存在がありますね。何だかんだいって結局リュートのことを考えてしまう。
でも原作状況下にそういうキャラがいなかったからこそ書いているのがこの物語なので、この章は特に十五年前の戦いを念頭に置いたキャラ視点、って感じですね。
またまたエルのオリジナル魔法が出ましたが、『光砂風陣』は『こうさふうじん』と読みます。



さて、次はいよいよあの大序曲です・・・・!



2008年5月6日






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