今は、分かってもらえなくても。
―第十一章:再会のノクターン―
ホルンとフルート、母子の再会から二日経った。
フルートは母との対面の驚きと混乱のあまり部屋に閉じこもり、外に出ようとはしなかった。
実の母親との突然の再会・・・・ショックを受けるのも無理もない、と彼女がいる部屋を心配そうに見つめながら、ライエルやオーボウ達は言葉を交わす。
フルートのこと。その優しさと強さ。
そしてどれだけ、自分達がフルートに救われてきたか・・・・。
ハーメルは腕を組み、壁に背を預けた姿勢のまま、何も言わなかったが。
その顔にはどこか歯痒そうな表情が浮かんでいた。
「しかし、このままではいかんのう」
「ええ、フルートちゃんの体にも悪いし・・・・」
フルートはこの二日食事もろくに取ってなく、それが更にライエル達を悩ませる。
丁度そこへ、軽食をトレーに乗せたエルがやってきた。彼らの表情を見て、事態が少しも好転していないことを悟る。
「その様子じゃ・・・・・フルート王女はまだ閉じこもったままなのね」
エルは気落ちした顔で重い溜息を吐き、トレーを近くの棚の上に置いた。
ホルンもまた、フルートから拒絶された驚きと悲しみで、ずっと塞ぎこんだままだった。二人のことが心配で、エル自身も母子の再会が望んだ形では無かったことに胸を痛め、落ち込んでいる。
「ホルン様もかなり気落ちしてるし・・・・・どうしてこんなことになっちゃったんだろう・・・・」
エルはうな垂れ、ぽつりと漏らす。ホルンはもちろんのこと、クラーリィもパーカスも、他でもないエルも、彼女らの再会を待ち望んでいたというのに、
どうして、逢えて訪れたものが悲しみだったんだろう。
しゅんとしたエルを見て、ライエルも幾らか遠慮がちに話しかける。
「あの、エルさん。あなたはフルートちゃんの従姉妹なんですよね。ならどうしてスフォルツェンドの町の中で、そのことや母親のことを先にフルートちゃんに伝えなかったんですか? あらかじめ知っていたら、もしかしたらフルートちゃんも、もう少し納得できたかもしれないし・・・・」
「・・・・そうね。そうかもしれないけど、私はホルン様とフルートに、最初に”再会”して欲しかったの。実際は、私とクラーリィが先だったけど、でも、親子の名乗りを上げるのは、ホルン様が最初であって欲しかった。ホルン様は母親だから。誰よりも、誰よりもフルート王女に会いたがってたから・・・・・」
そう、それが、自分のただのエゴかもしれなくても。
辛い運命に引き裂かれた母子の再会を、どうか誰よりも最初に。
「ううむ、そうであったか。じゃが、自分は母親に捨てられたと思い込んでいたフルートにとっては、突然の再会は酷だったかものう・・・・」
「捨てられた、ですって?」
オーボウの言葉を聞きとがめて、エルは鋭い眼差しになる。
「それは違うわ! ホルン様は、好きでフルート王女を手放したんじゃない! どんな手違いでそうなったのか知らないけど、ホルン様は本当は、ずっとフルート王女と一緒にいたかったんだから! ずっとずっと・・・・探してたんだから!」
溢れる感情と言葉を止められず、エルは一気に思いを吐き出した。この十五年のホルンの苦しみを、我が子を切望する想いを全部否定されたような気がして。
エルは目にじんわりと涙を浮かべ、唇を悔しそうに噛み締める。
今まで穏やかだったエルの感情的な面を見て、呆気に取られるライエルやオーボウ。エルはぎゅっと目をつぶり、心を落ち着かせてから再び口を開いた。
「・・・・ごめんなさい。感情的になっちゃって。でもさっき言ったことはフルート王女に、皆さんに分かって欲しいんだ」
ホルンが、ずっとフルートを想っていたことを。リュートを魔族に奪われ、絶望の中、たった一筋の光ともいえるもう一人の我が子に、この十五年間どれだけ会いたがっていたかを。
それは、エルも同様で、フルートに逢い、いずれはリュートとも再会することを、どれだけ渇望しているか。
―――もっとも、今の状況ではリュートのことなんて、到底フルートやハーメル達に伝えられそうになさそうだったが。もし、ホルンとフルートの再会がうまく成っていたとしても、すぐにリュートのことを教えるのは憚られたに違いない。何せ今のリュートは、魔界軍王の一人、冥法王ベース。
それを知った時、フルートはともかく、ハーメル達はどんな反応をするか・・・・・。
「・・・・とにかく、いつまでもこのままではいられないわね」
エルは軽く首を振って、気持ちを切り換えた。本当は、リュートのこともすぐにフルートに教えてあげたかったが、今はそれどころではない。
まずは何といっても母親であるホルンと、分かり合わなくては。
そしてそれはホルンもエルも―――きっとリュートも望んでいる。
「フルート王女」
硬く閉ざされたドアをノックして、エルが呼びかける。反応はない。
エルは軽く溜息を吐いて、それでもフルートに向かって。
「ごめんなさい。いきなりの親子の再会で、混乱するのも当然だよね・・・・」
本当に、無理も無いと思う。いくらこちら側でどんなに会いたいか望んでいたとしても、フルートにとっては突然の再会であることに違いは無い。
けれど。
「でもどうか、これだけは知っていて欲しい」
ただ一つ、これだけは。
そう強く想い、エルは尚も語りかける。
「ホルン様は・・・・・あなたを捨てたわけじゃないってこと。ずっと、あなたを想ってたんだっていうことを・・・・」
紛れもなく、それは真実だから。
だからどうか、これだけは知って欲しい。今は母親や皆の気持ちを理解できないかもしれないけれど、せめて、知っていて欲しい。
「ホルン様だけじゃない。クラーリィも、パーカスも、お城の人達はみんな・・・・もちろん、私も」
―――リュートも。
「あなたを想ってたんだっていうこと。ずっと、会いたがってたってこと・・・・・」
エルはぐっと瞳を閉じた。こつん、とドアに額をつける。
様々な面影が浮かんでは消える。その中にはもちろん、あの人の姿も。
「・・・・・今は認めたくないかもしれないけど、どうか、分かって・・・・・・」
中にいるフルートが、聞いているかどうかは分からない。けれどエルは心からの思いを伝えた。少しでも伝わって欲しいと、そう願って。
周りにいるハーメルやライエル達も、しんとしてエルの胸の内を聞いていた。
しばらく無言でいたエルは、やがてふうっと溜息をついてドアから離れた。エルの真剣な表情に、オーボウはふと微笑んでぽつりと感想を漏らす。
「おぬしはフルートのことを大切に思っているんじゃのう」
エルも答えるように淡く笑んだ。
「・・・そうね。フルート王女は、私にとっても妹みたいなものだから・・・」
”私にとっても”。
オーボウやライエルはその含みのある言い方が少し引っかかったが、どこか遠くを見つめているようなエルの瞳に、それ以上追求するのは気が引けた。深くは訊かず、それにしてもと話題を変える。
「フルートをこのままにしておくわけにはいかんのう」
「ずっと出てこない気かもな、フルート姉ちゃん」
「何とかしないと・・・」
その時、今まで事の成り行きを黙って見ていたハーメルが、ようやく口を開いた。
「オレに考えがあるぜ」
「ハーちゃん?」
「ハーメル君?」
ライエルとエルが不思議そうに視線を向けると、ハーメルは不敵にニヤッと笑ったのだった。
「お前ら・・・”天の岩戸”の話を知ってるか?」
「―――で、何でこんなことに・・・・」
エルは目の前で繰り広げられている光景に、ジト目で脱力するしかなかった。
軽快に鳴らされる太鼓、どこからともなく現われたお立ち台、そしてその上で踊る三人のバニーガール・・・・。実際はライエル・トロン・オーボウが女装しているのだが(お世辞にも美しいとは言えない)。プラス、半ば無理矢理協力させられているスフォルツェンドの人達。
そうしてそのどんちゃん騒ぎの中心で、勇者であるはずのハーメルはどっかと座って酒を飲んでいる。
「ぎゃはは、楽しーなー! えーどえーどぉ!」
「親父ですか、あなたは!」
声を上げて心底楽しんでいる風のハーメルにエルは思わず突っ込みを入れる。その辺り、流石はフルートの血筋だ、とライエルは密かに思った。
フルートのため、とはいえ、バニーガールというキワドイ格好をさせられている男三人は、とめどなく涙を流しながらひたすら踊っている。
流石に王族ということでエルには遠慮してか、彼女はこの騒ぎに強制参加させられることは無かったのだが(同じ王族でもトロンは別にいいらしい)、いきなりこんなことを始めたハーメルの真意を問いたださずにはいられない。
「何を考えてるの、あなたは!?」
「フフフ、宴会の楽しさと踊り子の美しさに気を引かれて出て来たところを捕まえる、名付けて『天の岩戸作戦』ー!!」
「あ、あのねぇ・・・・」
自信たっぷりに答えるハーメルに、エルは再度脱力する。有効な作戦かもしれない、と思う反面、だからといってこれ(=ライエル達のバニーガールの扮装)は無いだろうとも思う。
「それにしても楽しーわい。おい、酒つげ、酒。フルートなんてもうどーでもいーや!」
「あ、あのねぇ!」
高笑いを上げるハーメルに、エルは思わず詰め寄る。フルートを部屋から出すための作戦なのに、発案者がそんなことを言い出しては本末転倒だ。
しかしハーメルはそんなエルにも構わず、今度はライエル達に向かって更に爆弾発言をした。
「お前ら馬鹿じゃねーの?」
「「「やかましい!!!」」」
三人の怒りの声が見事にハモった。
「余は・・・余はフルート姉ちゃんの事思って仕方なくなー!!」
「そーだよ! 大体ハーちゃんの作戦はいつもいつもー!!」
「他にやり方はないんかいドアホ者ー!!」
ライエル達の主張はもっともである。この反応を見る限り、三人はいつもハーメルにろくでもない目に合わされているらしい。
(い、五つの大きな希望って・・・・)
流石のエルも思わず呆れてしまう。もっとも、多少の(いやかなりの?)ボケに関しては、リュートのおかげで耐性がついていたのだが。十五年も彼らを待っていたのに、信じていたのにその実態がこれかい・・・と肩を落とさずにはいられない。
ハーメルとフルートにはもっと深い絆があると思っていたのに見込み違いだったかな、とエルは深く溜息を吐く。
とその時、ほんの僅かだが扉が開き、フルートが顔を覗かせた。
「いっ、今だぁ!」
「へっ?」
無茶苦茶な作戦とはいえフルートが出てきたことに驚いたり喜んだりする間も無く、ハーメルはどこからか取り出したバズーカ砲を構えてダッシュした。
そうしてそれを即座に発射。どっごおおん、という音と共に、フルートの部屋は吹き飛んだ。
「なっ、なっ・・・・・」
驚いて腰を抜かすフルートに構わず、ハーメルは更に手榴弾を投げつける。更にマシンガンや火炎放射器まで持ち出し、そこら中に撃ちまくる。
「うりゃあぁぁー! だりゃぁああー!!」
どががががっ! しごぉぉおおお!
「あああ・・・・」
暴走するハーメルに、エルは成す術も無く立ち尽くすしかなかった。いや、むしろあまりの事態に頭と体がついていかない。ライエル達もそれは同様のようで、皆一様に目を見開いて固まってしまっている。
その中で、ただ一人彼を止められたのは。
「えっ・・・えーい、人を殺す気かいー!!」
涙目でハーメルの胸倉を掴み上げながらも、思いっきり突っ込みを入れたフルートだけだった。その隙を見逃さず、ハーメルはフルートの襟首を掴む。
「ふーっ。みんな生け捕ったぞ〜〜!」
(こ、こいつは・・・・)
あまりにも無茶苦茶で型破りすぎるやり方に皆脱力せざるを得なかった。
が、一方でエルは、この作戦が成功したことに感心もしていた。敢えて大騒ぎをやらかすことでフルートの関心を引き、突っ込みに出て来たところを捕まえる・・・・やり方がどうであれ、フルートが部屋から出てきたのは事実。彼女の性格を掴んでなければできないことだ。あんまりなやり方に違いは無いけれど。
しかし、エルたちが安心したのも束の間、フルートは思いっきりハーメルの手を振り払った。そして、涙目で叫ぶように言う。
「何よ! 私の気持ちも分からないくせにー!!」
吐き捨てて、そのまま逃げるように走り去るフルート。トロンがダッとその後を追う。
残されたライエルやオーボウは言葉も無く立ち尽くし、ハーメルは舌打ちをし、歯噛みするように悔しげに俯く。
その横顔を見て、ハーメルも(表現の仕方がどうであれ)、フルートのことを心配しているのだろうな、とエルは思った。自分の殻に閉じ篭もるフルートを、歯痒く思っているのかもしれない。
エルの内心は複雑だった。フルートは今は自分の心の整理で手一杯なのであろうことは分かる、けれどホルンのことを、母親のことを分かって欲しいというのは、フルートにとって気持ちの押し付けにしか過ぎないのか。
『私の気持ちの分からないくせに』、とフルートは言った。確かに、エルにも、ライエル達にも、そしてハーメルにも、フルートの本当の気持ちなど分からない。突然の母親との再会に、それも捨てられたと思い込んでいた相手との再会に、何を思っているのかなんて。
だからこそ、自分だけで抱え込まないで気持ちを話して欲しい。そう思うのに、今の彼女には周りの人の言葉を聞き入れる程の心のゆとりが無いのか。
感受性が豊かだからこそ・・・・人の心を敏感に感じ取れるからこそ、自分の心の動きにもまた、時にその強い感情の波に抗えない。フルートの心が不安定な今、苦楽を共にした仲間にですら心を開けない今、彼女が落ち着くのを待つしかないのだろうか。
(リュート・・・・あなたならこんな時、どうしたんだろう・・・・)
祈るような思いで、エルは窓越しに満天の星空を見上げる。
今のフルートにとって何をしたら一番良いのかが分からない以上、エルも自分がどうしたらいいのかも分からない。
ただ、母親のことを知っていて欲しいと、それを伝えはしたけれど。
今のエルにはきっと、それしかできない。だからこそ、もしリュートだったらどうしたんだろう、と、その夜は思わずにはいられなかった。
ハーメルのバイオリンを直すことを条件に、フルートが王女であることを認め彼との別れを果たした、とエルが知ったのは、その翌朝のことだった。
第十二章へ
一年以上越しの更新・・・ホントすみません;;(滝汗)
途中までは書いてたんですが、その先がなかなか進まなくて。ずっとお待ちしていた方がいらしたら、本当に申しわけないです。
この時のフルートの気持ちは分からなくは無いけれど、きっとハーメル達は気が気じゃなかったんだろうなぁ・・・。エルも、十五年前の戦いを知っているから、ホルン様のことを、どうしてもフルートに知っていて欲しいのですよ。今は分かってもらえなくても。
次回辺りから第二次スフォルツェンド大戦に突入・・・できるといいなぁ(汗)
止まってた分、この先さくさく進んで行きたいと思ってます。
2006年11月19日
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