いちばんの薬



らしくなく、その日成樹は寝込んでいた。
「あ〜・・・だる〜・・・」
季節の変わり目に引く風邪は、意外にタチが悪いものである。
普段丈夫な彼にしては珍しくダウンし、昨日の夜からずっと布団の中だ。なかなか熱が下がらないのである。
もっとも、気紛れな成樹のこと、学校や練習に行けないのはまぁ別にええか、くらいに思ってはいたが、熱による頭痛や身体の気だるさはどうにもこうにも辛い。慣れていないだけに余計に、だ。
まして、成樹は医者嫌いときている。
和尚や同居している者達が再三病院に行けと勧めても、頑としていうことを聞かないのだ。そのために治りが遅くなっているということもあるかもしれない。
とは言っても、風邪は薬を飲んでぐっすり眠るのが一番良く効く。だからこのまま寝ているのだって、そう悪くはないのだが。
「姫さんは今何やっとるやろ・・・」
ぽつりと呟く。
こんな風に体が弱っている時は、精神的にも不安定になる。不思議と人が恋しくもなる。
しかし残念なことに、彼にとって今一番会いたい愛しの恋人、翼は今の時間ならおそらく学校のはずである。卒業まで間もなく、その上、翼の性格からして、見舞いだなんて殊勝なことは期待できない・・・とも思ってしまう。
何より、翼は成樹の具合が悪いことさえ知らない(成樹がそのことを連絡していないのだから、当然といえば当然であるが)。
そんなわけで、成樹は少し自嘲気味に笑って、再び眠りに付くことにした。
早く風邪を治して、自分から翼に会いに行こう。そう思って。
そうしてしばらく経った頃。
成樹が夢の世界へ足を踏み入れつつあったその時。
『ピンポーン』
静寂を破る、玄関のチャイムの音。
運悪く、皆出払っていて誰もいない。来客の相手をするのは成樹しかいないのだ。
誰も出てこないのを不安に思ったのか、もう一度チャイムの音が響く。
「ったく、一体誰や・・・」
眠ろうとしたのを妨げられたこともあり、成樹は少し苛立たしげな気分で布団から出た。重い身体を漸く起こし、ゆっくりと玄関に向かう。
(これで新聞の勧誘とかやったら、怒るで)
そんなことを考えながら、成樹は玄関の戸をがらりと開ける。
途端に目に飛び込んできた人物は、意外な相手。今会いたいと思っていた、けれど会えるはずのない翼だった。
思わず成樹の目が丸くなる。それは翼も同様で。
「な・・・どうして姫さんがここに」
「それはこっちのセリフだよ。具合悪いくせに何で起き上がってるわけ? 無理してまた熱が上がったらどーすんの?」
翼の口調はキツイものの、成樹のことを心配して出た言葉。成樹にはそれが分かる。
長い付き合いから、翼の言外の思いも汲み取ることができる。成樹は、それで思わず嬉しくなった。
「何笑ってんだよ。・・・まぁいいや。とにかく、部屋戻って寝ろよ。風邪は寝てるのが一番いいんだからさ」
半ば強引に、翼は成樹を家の中に押し戻す。成樹はそれにおとなしく従った。翼はそのまま成樹をぐいぐいと引っ張って、彼を元のように布団の中に寝かせた。
その横に、翼はちょこんと座って、成樹の額に手を当てる。熱があるせいか、成樹は翼の手をやけに冷たく感じた。
「結構熱あるみたいだな」
「そういえば、姫さんは何で俺が寝込んでるってこと知ってるんや? 俺、言うてないよな?」
「ああ、聞いてないぜ。・・・その秘密主義、なかなか直んないな」
苦笑する翼を見て、成樹は思わずはっとなる。
成樹は人に弱みを見せない。”藤村成樹”となって、それは改善されたように思われたが・・・。
昔からの癖というものは、そう簡単に変わるものではないのかもしれない。
「大事な奴の身体の状態ぐらい、知っておきたいもんなんだぜ」
翼は成樹の額に置いたままの手を、そのままそっと上の方へ動かした。金色の髪が指をくすぐる。それを優しく絡め取る。
「・・・俺にはさ、自然体で接してくれよ」
呟いて、翼は成樹の額にキスを落とした。普段は温かく感じる唇も、今日は何だが冷やりとしていて。
身体を離そうとする翼の腕を捕らえ、成樹はそのまま抱き締めた。こうして肌に触れ合っていると、安心する。ましてそれが、最愛の人なら・・・。
「姫さんに心配かけたくなかったから、って言うたら、嘘になるな。会いたいとは思っても、どうしてか言えんかった。ごめんな・・・」
翼を抱き締めて、その顔は見ないままで成樹は語りかけた。
腕の中の翼が、小さく首を振るのが分かった。
「ん・・・いいよ、別に。もう気にしてない」
言って、翼は身を起こした。
「ただちょっと、言ってくれないのが寂しかっただけだから」
成樹の身体の上からよけて、また元の位置に座る翼。
そんな翼に小さく謝りつつも、ふと、成樹はあることに気付いた。
「そーいや、さっきの質問に答えてもらってないなぁ。姫さんが、俺が寝込んでることを、何で知っとるんかってこと」
ああ、と思い当たったように翼が声を上げ、それから話し出した。
「将が電話くれたんだよ。『シゲさんの具合が悪そうだったから、良かったらお見舞いに行ってあげてください。そしたらシゲさんも喜ぶでしょうから』ってな。だから学校終わったら飛んできたんだよ」
「さよか。カザがそんなこと言ったんか・・・」
成樹は感慨深げに呟く。自分の身体の不調に、あの少年はちゃんと気付いていたのだ。
己以外の人のことも考える、彼らしいと思った。
「『それがシゲさんにとって一番の薬じゃないですか』、だなんて、将の奴、笑って言ってたけど、」
「案外、その通りかもなぁ。姫さんに会えただけで、俺めっちゃ元気出たし」
成樹は笑って、茶化した口調でそう言ったが、本当は心底そう思っていた。好きな人の顔を見ると、それだけでも嬉しいものだ。
「あ、そう。じゃあこれはいらないかな」
成樹につられて笑顔になった翼は、少しわざとらしく、持ってきたバッグの方へ目を遣った。
「せっかくおかゆ作ってきたんだけどなぁ・・・」
「!! 姫さんが?」
はっきり言って、これは成樹には驚きであった。
「それだけ元気あるなら、いらないよね」
「いや、食べる、食べるって! 姫さんの手料理、食べないなんて罰当たるで!」
「そう? ならどーぞ」
素っ気無い物言いとは裏腹に、翼はすごく嬉しそうである。これだけ成樹に喜んでもらえたのだから、作って来た甲斐があるというもの。
一方の成樹も、翼がそれだけのことをしてくれたことに感激である。
風邪を引くのも、たまには悪くないな・・・と思った成樹だった。






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高瀬ゆんさんに捧げる、7777ヒットキリリク小説でした〜。
シゲ翼or水翼、ということだったので、シゲ翼にしてみました。
遅くなった上に短い話ですみません(汗)
こんな小説でも、喜んでいただけたら幸いです。