―第七章:Starless―


ようやく志々雄と由美に追いついた宗次郎と。宗次郎と剣心の抜刀術の打ち合いで粉々になった刀を見て、志々雄はほう、と感嘆の溜息を吐いた。
「僕が悪いんじゃありませんよ。怒るなら緋村さんを怒って下さいね」
「そうそう。それに宗は緋村さんの刀を折ったんだから、褒められこそすれ、怒られる筋合いはないわよ」
笑ってポリポリと頭をかく宗次郎と、しれっと言ってのける
けれど志々雄はそんな二人の言葉も耳に入らないようで、じっとその刀の刀身を見続けている。
「逆刃刀でまさか『長曾禰虎徹』をここまで壊すたあ、少し甘く見ていたか・・・・・」
「コテツ?」
まったく存じません、といった風に笑顔で首を傾げた宗次郎に、由美は正真正銘の溜息を吐いた。
「腕は立つのに頭はパーなのねぇ。名刀『虎徹』、大業物三十一工の一つで名のある剣客ならノドから手が出るホド欲しがる逸品よ」
「へぇ、物知りだねェ。でも、由美姐さん? いくら由美姐さんでも宗をパー呼ばわりしたら、私怒るよ?」
ニコニコニコ〜と笑うだったが、声には怒りが滲み黒い雰囲気も漂っている。由美は慌てて「ごめんごめん」と謝った。
そんなやり取りを別段気にする風でもなく、志々雄は宗次郎に、
「宗次郎、一つ頼まれてくれねーか」
「弁償以外なら何なりと」
「『十本刀』を全員、ただちに京都に集結させろ」
その言葉に、由美はさっと顔色を変えた。
十本刀。それは志々雄直属の特攻部隊。
宗次郎を初めとするその精鋭十人を、京都に集結させるということはつまり―――志々雄が本気になったということを意味する。
「力づくでも『緋村剣心』の中に押し込められてる、『人斬り抜刀斎』を引きずり出したくなった」
どこか狂気じみた不敵な笑みを志々雄は浮かべる。
流浪人の彼でもこれ程までの強さなら、人斬りの彼とはどれだけ面白い闘いが出来るだろう。志々雄の中の人斬りの血がたぎり出す。
「西日本の奴らには俺が知らせておく。お前は東日本にいる十本刀を集めてこい」
「ハイ。分かりました」
と、宗次郎は素直に頷く。それから一言。
さんも一緒でいいですよね?」
「ああ、構わねぇぜ」
「良かったぁ」
志々雄の返答に、宗次郎は子どものように笑みを深くする。そんな宗次郎を見ているとの方も嬉しくなる。
ただ、志々雄が何と言おうが、は元より宗次郎と一緒に行くつもりではいたが。
「それじゃあ、行ってきますね、志々雄さん」
そうして二人は、そのまま東日本の十本刀を集める旅に出た。志々雄と由美もまた、すぐに京都に向けて出立するだろう。
「誰のところから行きますか?」
「安慈さんでいいんじゃない? 前に下諏訪の辺りで修行する、とか言ってたから」
そんなことを話しながら宗次郎とは歩いていく。
もうすぐ志々雄一派の一斉蜂起「国盗り」が始まる。十本刀召集はその先駆け。国盗り最大の障害の緋村剣心を十本刀を駆使して葬ると同時に、明治政府をも転覆させる、それが志々雄の狙いに違いない。
十本刀の内、宗次郎は一番の剣の使い手で、『天剣の宗次郎』の字名を持つ。天剣、それは『天賦の才による剣』のこと。その剣の腕前と、感情欠落と、あともう一つの能力故に宗次郎は十本刀最強と名高い。
それから、。彼女は十本刀ではないが、それに準ずる立場にいる。そして彼女もまた、少女の身でありながら相当に強い。
一見、そんな風には見えない二人。だが二人は自分達と同じく血の匂いがする仲間達を求めて、東日本を巡って行く―――。











そうして二、三週間の時を経て、宗次郎とは東日本の十本刀を集め終えた。『明王』の安慈、『飛翔』の蝙也、『丸鬼』の夷腕坊の三人である。
筋肉質の僧、全身黒尽くめの覆面男、巨漢で腹に大きく『夷』の文字・・・・と、外見も中身を一癖ある者ばかりだったので、はっきり言って一緒に歩いてる宗次郎との方が浮いてしまっていた。格好だけなら、宗次郎は書生だし、は女学生風なので。
そんなわけで、かなり人目を引くこの五人だったが、無事に京都へと辿り着いた。
太陽の光が眩しい朝、久しぶりの京都で、宗次郎とは同じく久しぶりにある者を見かけた。
「ねぇ、さん、あれ四乃森さんじゃない?」
「あ、ホントだ」
少し離れた通りを歩いていたが、あの長身と外套、加えて長刀とくれば見間違うわけがない。東京で自分達の一派へと誘った人物、四乃森蒼紫だった。
「やっぱり京都に来てくれんだ」
「どうする? また一派に誘う?」
「うーん。しばらく様子を見てみましょうか」
というわけで。
朝からずっと、宗次郎とは(もちろんバレないように距離を置いて)蒼紫をずっと影から監視していた。蒼紫もただ闇雲に京都の街を歩いていたわけではない。途中、何かの手紙を「葵屋」という所に届けてくれと、すれ違った三人の少女達に渡していた。
それから動き出して、縁日で賑わう通りを歩く。一軒の茶屋に立ち寄るとそこの柱に寄りかかり、人を待つ姿勢を見せた。
そうしてしばらくした後に現れたのが、髭を生やしリボンで結わえ、手には杖を持った人の良さそうな老人だった。
会話の流れから察するに、この老人と蒼紫は元は隠密御庭番衆の仲間同士らしかった。蒼紫は老人に剣心の情報を求め、けれど老人はそれを教えようとはしない。剣心は既に葵屋を出て、所在不明だと。
それはそれとして、には一つ気になったことがあった。老人と蒼紫の会話の中に、操の話が出たことだ。新月村で出会ったあの少女が、まさか蒼紫の関係者だったとは思いも寄らなかった。
自分達が蒼紫を志々雄一派に引き入れようとしていること。それを操が知ったらどう思うだろうか?
『家族の仇を取りたいんなら、あたし達と一緒に行こうよ! あたし達と一緒に、志々雄を倒せばいいじゃない!』
あの時のように、やっぱり引き止めようとするんだろうか。相容れぬ存在でありながら、不思議と気が合って、友達のように名前を呼び合った操・・・・・・。
「あ、四乃森さん話し終わったみたいですよ。そろそろ当たってみましょうか?」
「え、あ、そうだね」
思考に沈んでいたは、宗次郎の言葉で我に返る。操のことも気になるけど、今は蒼紫を一派に誘うのが先だ。とりあえず、操について考えるのを、は一度中断した。
そうして宗次郎とは安慈達三人と一緒に先回りをして、蒼紫が歩いている対面方向から歩いていく。間も無く道の真ん中でばったり出くわした蒼紫に、宗次郎は『いかにも偶然出会いました。』風に声をかけた。
「あれェ、奇遇ですねぇ」
その白々しさには思わず笑いかけたが、それを何とか我慢して彼女もまた蒼紫に声をかけた。
「久しぶりね、四乃森さん」
「やっぱり京都に来たんですね。良かったぁ」
宗次郎は明るい笑顔を蒼紫に向ける。蒼紫はそれを一瞥するとふっとそのまますれ違って歩いて行ってしまう。
「白々しい。今まで一部始終を見ていたのはどこのどいつだ」
(バレてる!)
流石は御庭番衆御頭。老人と彼の会話を盗み聞きしていたことなどお見通しらしい。
表情には出さないが感心していた。が、宗次郎は表情も変えず動揺もせず、にこにこして言葉を返す。
「疑り深いなぁ。僕達が京都に着いたのは今朝ですってば」
「成程、奇遇だな。俺が影からの視線を感じたのも確か今朝からだ」
(バレてる!!)
慎重に尾行していたのに流石は御庭番衆御頭。全部お見通しらしい。
の顔は思わず引きつり、宗次郎の笑顔も珍しく固まってしまった。しかしそのまま宗次郎はつつつ・・・と蒼紫の前に歩いていくと、下手に謝りながらこう言った。
「ごめんなさいごめんなさい。すみません、謝ります。謝りますから、ちょっと僕達について来てもらえませんか?」
この会話の流れは宗次郎ならではだろう。けれど蒼紫は視線を宗次郎に合わせないまま答える。
「言ったはずだ。俺は誰ともつるむつもりはない」
「いやだなぁ。つるむとかつるまないとか、そんなんじゃありませんよ。ただ一度、是非あなたに志々雄さんに会ってもらいたくて」
そこでようやく、蒼紫は目線だけを動かして宗次郎を見た。駄目押しとばかりに宗次郎は話を続ける。
「さっきの交渉、決裂したようですけど、でも情報収集なら僕達も半端じゃないですから、それだけでも一見の価値ありますよ」
その言葉に、蒼紫は何事かを考えているようだった。しばらくの沈黙の後、答える。
「・・・・いいだろう。案内しろ。望み通り、志々雄真実に会ってやる」
「決まりですね! じゃあ、さっそく行きましょう」
蒼紫の気が変わらないうちに、とでも思ったのか、宗次郎はさっと彼の前に立ち案内し始める。もまた、宗次郎の隣を歩き、同じく蒼紫を先導する。
東京では、蒼紫は志々雄にあまりいい印象を持っていなかったようだが、実際に会ったらどういった反応をするだろう。
素直に一派に入るとは思えないが、何らかの形で関わるのだろうか。それとも、やはり葵屋というところに戻るのだろうか。そんなことを考えながらは歩く。
は知らない。
操の想い人が、四乃森蒼紫であるということを。
はまだ―――知らなかった。











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