―第四章:二人の少女―


「尖角を殺して、仇を取りたいんでしょ?」
のその言葉に、操と栄次は半ば茫然と驚いていた。敵側であるはずの彼女が、どうして突然そんなことを言い出したのか、その真意が掴めなかったからだ。
表情を固くする二人に、は相変わらず笑みを浮かべたまま。
「そんなに深読みしなくてもいいよ。言葉通りの意味だから」
そう言ったに、栄次はぴくっと反応する。
「もしそうだったとしても、何でお前が俺達をわざわざ尖角のとこに案内するんだよ?
お前、志々雄や尖角の仲間だろ!?」
「そうよ! うまいこと言って、実は何かの罠だったりするんじゃないの!?」
操もまた警戒を解かない。二人は刀と苦無を持つ手に一層力を込める。
栄次は更に、敵意をむき出しにしてに言葉をぶつけた。
「お前なんかに・・・・・俺の気持ちが分かるかよ・・・・・!」
その暗い瞳に篭もるのは、憎しみと怒り、そして悲しみ。
陰鬱な村であったとしても、栄次は平穏な暮らしとそして家族を、今日ですべて失ったのだった。そしてそれは志々雄や尖角の―――達のせいで。自分達は何も悪くはないのに。だから尚更を許せず、歩み寄れるはずもなく。
けれど、だからこそ。
「・・・・分かるわよ」
きっぱりと、は言い切った。
そう、だからこそ分かるのだ。には栄次の気持ちが、痛い程に。何故なら。
「私は、私にはあなたの気持ちが分かる。
だって私も、志々雄サンに家族を皆殺しにされたんだから」
その瞳は、先程の栄次の瞳に似ていた。
憎しみと、怒りと、悲しみと。それは限りなく深く、暗い色。
あまりにも強い負の感情に、操の背をぞくっと悪寒めいたものが走った。
「それって・・・・本当に?」
嘘を言っているのでないことは、の表情から分かっていた。けれど操は敢えて訊いた。
その時にはもう、の顔はいつもの凛としたものに戻っていた。
「本当のことよ。だから私は志々雄サンと一緒にいる。家族の仇を取るためにね」
「―――・・・・・」
操はすぐに二の句を告げられなかった。もし、の言うことが本当に本当であったとして、そうだとしたら彼女は敵討ちのために、憎い仇敵と行動を共にしているのか。
自分がに感じていた、敵側であるのにどちらかと言えば彼女は自分達に近い側でいるような、そんな感覚もそのためなのか。
「それが本当でも嘘でもどっちでもいい。俺を尖角の所に連れてってくれるって言うなら、乗ってやろうじゃねぇか」
操が逡巡している間に、栄次は早くも答えを出していた。どちらにしても志々雄の館へと行こうとしていた身。道案内がいるのならその方が早く着く。そう思ったのだ。
「そうこなくっちゃ」
もその返答にニッと笑う。それはどこかうきうきしているようにも、不敵に笑っているようにも見えた。
「・・・分かったわ。案内してもらおうじゃないの」
操も苦無を引っこめた。完全に気を許せたわけではないが、ずっと苦無を構えていることもなさそうだ、と判断した。
そうした栄次と操に、は今度は満足したような笑みを向けて。
「じゃあ行きましょうか。確か栄次君と、操ちゃんだったよね」
「操・・・・ちゃん??」
「あ、嫌だった?」
「嫌・・・・じゃ、ないけど・・・・・」
びっくりした。
あくまでも敵側の相手にそう呼ばれるとは(いくら歳が近そうとはいえ)。
「ならいいじゃない。ほら、行こう。志々雄サンの館はこっちよ」
まだ驚き顔の操を先導して歩く
館へと続く道を進みながら、も自分の言葉を意外に思っていた。
(操”ちゃん”か・・・・・)
『敵側の女にまで敬称つけるなんて、変な人』
自身、先程剣心にそう言い放った。それなのにそんな自分が、無意識のうちに操のことはちゃん付けで呼んだ。
どうしてだろう。疑問符を浮かべる自分の中で、確かな答えもまた浮かぶ。
多分、同じ年頃の女の子と話すのが久しぶりだったから。
普通の友達と呼べる人はもういないから。
だからきっと、それだけだ。きっとそれだけだ。他の理由なんてあるわけない。
だから、絶対に―――友達が欲しかったからじゃない。
(そう、深い意味なんて無い)
自分に言い聞かせるようには思った。今はそれ以上、そのことを考えたくなかった。
「ねぇ、そういえば、緋村達は?」
隣に並ぶようにして歩いている操が、不意に尋ねてきた。足を止めないままは言葉を返す。
「志々雄サンの館にちゃんと案内したよ。ただ、館の中の案内は宗に任せてきちゃったけど」
「無事でいるの?」
「さぁ・・・・私も分からないな。まぁ志々雄サンのことだから、最初は尖角に相手させとくだろうね。だとしたら、十中八九緋村さんの勝ちでしょ」
もし志々雄サンや宗が相手だったら、十中八九負けるだろうけど。
思っても、言葉の続きは声に出さなかった。
「尖角って弱いの?」
「弱くはないけど、たいした強さでもないな。だから緋村さんには敵わないよ、絶対」
「・・・・ちゃんは、強いの?」
迷いながらも操もをそう呼ぶことにした。やっぱり敵でも、完全な敵であるとは思えない。
操のそんな思いを知る由もなく、そう呼ばれたことにも少なからず驚いた。でも表情には出さない。
「女の子としては、強いんじゃないかな。志々雄サンを殺すために、剣の腕を磨いてきたから」
他ならぬその志々雄に、剣を習って。
「まだまだ宗には届かないけどね」
笑って溜息を吐くに、操は更に質問を投げかけることにした。
何かあたし、さっきから聞いてばっかだなァ・・・・と少々自分に呆れつつ。
「ねぇ、さっきからちゃんが言ってる宗って、誰のこと?」
「瀬田宗次郎。志々雄サンの懐刀。宗は強いよ、文句なしにね」
話をしているうちに、いつの間にか館に到着していた。簡単に答えながら、は門の戸を押し開けた。その顔に浮かぶのは、誰かを想う笑顔。
「もうすぐ、操ちゃんも会えるよ」
ここから先は、志々雄の館となる。









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