―第三章:同じ痛み―


倒れた雑兵達を冷たい目で見下ろしている剣心。と、剣心は振り向くと、今度はへとその目を向けた。
「お主は―――」
「オイ。こんな所で何道草食ってるんだ」
再度その言葉は第三者に遮られた。剣心とがその声の方を見ると、長身で細身の、けれど狼のように鋭い目をした警官がそこに立っていた。その傍らには忍び装束を着た活発そうな少女もいる。
少女の方は分からなかったが、警官の方にはには心当たりがあった。元新撰組三番隊組長、斎藤一。
斉藤は一瞬だけを見遣ると、すぐに剣心に視線を戻した。
剣心は静かに斉藤に問う。
「何故、お前がここに」
「仕事だよ。ここに放った俺の部下から、今志々雄がいると連絡が入ってな。討伐隊の京都到着までまだ時間があるから、少し足を伸ばしたわけだ。もっとも、そいつは行方知れずになっちまったがな」
剣心が何かに気付いたようにハッとする。
「まさか・・・あの少年の兄は警視庁の密偵・・・・・」
「少年?」
それでもピンと来た。先程まで泣き叫んでいた栄次は、俯いて暗い顔をしている。その肩を支えるようにして、忍び装束の少女、操が前に進み出た。
「そうか。三島栄一郎は元々この村の出身。だからこそ怪しまれずに入り込めるだろうと送り込んだが、恐らく正体がバレたのだろう。それでせめて家族だけでも守ろうとして―――・・・・」
斎藤はそこまで言うと、ふうと溜息を吐いた。
「馬鹿な男だ。俺の到着を待っていればいいものを」
はその言葉にカチンとした。はその死んだ三島栄一郎のことは知らないが、それでも家族を守ろうとして死んでいった人に、そんな暴言はあんまりだ。
「「ちょっとあんた、死んだ部下に対してそんな言い草ないんじゃない!」」
のその言葉は誰かの声とハモった。ふと横を見ると、と同じようにきょとんとした顔をしている操と目が合った。どうやら彼女も自分と同じことを思ったらしい。
と操、二人の少女にチラッと目を向けて、斉藤は剣心に尋ねた。
「オイ、何だこの―――」
斉藤の頭の中では、見知っている女性達が動物達に当てはめられていた。
「イタチ娘とじゃじゃ馬娘は」
「・・・・・・。」
は少し、敵ながら上手い例えだ、と思った。
「じゃじゃ馬娘・・・・ね」
苦笑した。
が、操の方ではそうではなかったようだ。
「殺す! ぶっ殺す!!(怒)」
「あーゆう男なんだ。イチイチ腹を立ててたらキリがないって」
苦無を構えて殺気立つ操を、剣心がそうなだめている。
成程、斎藤一とはなかなかの曲者のようだ。
「それより、」
改めて、剣心はに訊いた。
「お主は何者でござる?」
「えーっ? 緋村の知り合いじゃないの?」
操が意外そうな声を上げる。自分と意見と同じくしたを、どうやら敵側の存在であるとは考えていなかったらしい。
剣心と斎藤を前にして、この村の者だ、と誤魔化すことも出来なさそうだしそうする気も無かったので、はあっさりと正体を明かした。
「私は。志々雄サン側の人間よ。一応ね」
「なっ・・・・!」
その言葉に驚きつつも、ようやくを敵として認識した操は、構えたままの苦無を今度は彼女に向けた。が、剣心がそれを静かに制す。
「では、お主も栄次の両親を吊るすのに一役買ったわけでござるか」
剣心はさっき程ではないが、鋭い視線をに向けている。はちょっとだけ肩を竦めた。
「私はこれでも止めたのよ。尖角達は聞く耳持たなかったけど」
剣心と、二人の間に僅かな緊張が走り、沈黙が落ちた。
剣心はをまだ鋭い目で見据えたまま思った。どうやら、この少女が言っているのは嘘ではないらしい、と。嘘を吐いている瞳ではないし、何より彼女は、自分がここに来た時、吊るされている者達に手を伸ばしかけていたのではなかったか。
剣心は少しだけ、剣呑な雰囲気を解いた。
「ねぇ、緋村、あの子って一体・・・・」
操が眉をひそめて剣心に小声で話しかける。敵側の人間だと公言しておきながら、どちらかというと自分達に近いような、そんな印象をから受けたのだ。
剣心もそれは同様だったが、から殺気も感じられないことだし、そのことはとりあえず置いておくことにした。
「それより・・・・早く降ろして、弔ってやろう」
剣心な言葉が示唆するのは、栄次の両親のことだ。血に塗れた二人を目の前にして沈んだ顔をしている栄次を見て、操も静かに頷く。
「・・・・そうね」
「待て!」
けれど、それを許さない声が飛ぶ。声の方を見れば、この新月村の男達が並んで立ち剣心達を睨んでいた。真ん中にいるのは、確か村長だったろうか。
「それを降ろしちゃあならん! 勝手に降ろして、もし尖角の怒りに触れてみい。わしら村の者はひとたまりもない。尖角の許しが出るまで、それはそのままにしておくんじゃ!」
その手前勝手な言い分に、操が怒りの声を上げる。
「何言ってんのよ! 同じ村の仲間でしょ! その人達がこんな目に合っても、まだあんた達はその尖角とやらに従うっての!?」
「尖角に刃向かえば死・・・・じゃが・・・・刃向かわねば生きることはできる!」
村長は事も無げに言い放った。それも仕方ないとは思った。この村から希望を奪い、村人達が自分の命を守るためには他の者は平気で見殺しにしてしまうようになってしまったのは、志々雄の―――自分達の、せいなのだから。
これ以上ことを荒立てぬために、栄次に村から出て行け、と村長は更に言った。逆上しかけた操を抑え、斎藤は冷徹な目で村人達を見た。
「自分の命を懸けてまで、自分の誇りと尊厳を守ろうと出来る者などそうはいないもんだ」
ただ生きるだけなら家畜同然、誇りも尊厳もいらないからなと続けた斎藤に、村人達は他所者に何が分かる、と囁き合った。何と言われようと、今の自分達にはそれしか生きる術が無い、と。
「とにかく、遺体を降ろすのは我々が許さん。お前らはさっさと出て行け!」
けれど、剣心はすっと前に進み出ると、逆刃を返し二人を吊るしている縄を切った。村人達が顔色を変えても、剣心は構わずに遺体を静かに並べ、筵をかけた。その顔に浮かぶのは静かな、しかし確かな憤り。
「これがこの村の現状だ」
刀を納めた剣心に斎藤が言った。
「そしてこれが、志々雄が作る新時代の日本の姿だ」
村人達は暴言を剣心達に浴びせてぞろぞろとその場を去っていく。そんな光景を目の当たりにしながら剣心と斎藤、それから操は何事かを会話していたが、それをは半分聞き流していた。
彼女の瞳に映っているのは、両親の遺体を前にうな垂れている栄次だった。栄次はこちら側には背を向けていたのでその表情は分からなかったが、彼が今何を思っているのかは、には良く分かった。
『父様、母様・・・・・・兄様ぁ・・・・・・』
「オイ、そこのお前」
懐かしい記憶から現実に引き戻され、はハッと我に返った。声の方を見れば、斎藤がを睨んでいる。あくまでも強気には言葉を返した。
「何よ」
「志々雄の館の場所は割れているが、どうせだからお前、案内しろ」
「・・・・・・・」
その言い草には少しムッとしたが、特に何も言い返さずに頷いた。
「いいわよ」
言われなくてもそのつもりだった。人斬りの先輩に早めに挨拶しておきたい、と志々雄は言っていたし、目の前の敵をむざむざ逃がすわけには行かない。どちらにしろ、抜刀斎の存在確認の報は志々雄の耳にはもう届いているだろう。
「待ってよ、あたしも行くよ!」
「お前はダメだ。ここにいろ」
進みかけた剣心達の後を操が追う。が、斎藤は即座にそれを制した。
「何でよ! あたしだってあんなことする奴、絶対許せないわよ!」
「操殿」
「何よ! 誰が何と言おうとあたしだって―――」
「お主は栄次の、そばに居てやってくれ」
「―――・・・・・」
剣心の言葉に何かを悟ったのだろう、操はこくりと頷いた。
(・・・・この人、本当に人斬り抜刀斎?)
一連のやり取りに、は思わずそう思う。
緋村抜刀斎が人斬りをやめ、不殺の流浪人となったことは知っていた。けれど、彼は人斬り時代、本当にあの志々雄の前任者だったのだろうか?
人斬りをするにしては、彼は優しすぎるのではないだろうか?
もっとも、そうだったとしても、彼の剣気やその腕が確かなものであることに変わりはないのだけれど。
それでも、多分敵わないだろう。今の彼では志々雄や―――宗次郎には。
そしてそれは、の望むところでもあった。
「じゃあ、行くか」
斎藤が踵を返し、に先を行くよう促した。先を歩きながら一度だけ振り向くと、剣心と目が合った。
剣心は鋭い目に、その時は穏やかな色を浮かべた。
「よろしく頼むでござるよ、殿」
「・・・・・敵側の女にまで敬称つけるなんて、変な人。」
率直には感想を漏らした。それからは振り向かずにスタスタと志々雄の館の方に歩いていく。背後の二つの足音に、ちゃんと二人がついてきていることを知る。
館が見えてきた時、その前に見知った者が前に立っているのが目に映った。後ろの二人は勝手についてくるだろう、と判断し、はその人物に駆け寄った。
「宗!」
「遅かったじゃないですか、さん。早めに戻ってきて、って言ったのに」
ほんの少しすねたような笑みを浮かべる宗次郎に、も顔を綻ばせて素直に謝った。
「ごめん。ちょっと色々あって。それより、宗は何でここに?」
「志々雄さんに出迎えを頼まれたんですよ。緋村抜刀斎さんと、斎藤一さんの」
宗次郎はそうしてにっこりと笑ってその二人を見る。剣心と斉藤は宗次郎とから少し距離を置いた辺りで立ち止まり、鋭い目線を向けていた。
「気をつけろ斎藤。あれが大久保さんを暗殺した男だ」
「嫌だなぁ。今日はただの案内役ですよ。ほら、武器は一切持ってませんから」
宗次郎はにこにこと笑って手をひらひらさせて見せる。はその言葉に独りごちた。
「宗が案内頼まれてるなら・・・・・私の案内もここまででいいか」
「え?」
宗次郎が聞き返している間にも、はすっと歩を踏み出している。
「後は宗に任せるわ。私はまだ、用事があるから」
「えぇ? また行っちゃうんですか? つまらないなぁ・・・・」
言葉通りの笑顔を浮かべる宗次郎に、はふふっと口元を緩ませた。
「ホントごめん。でも、今度こそなるべく早く帰ってくるから」
「きっとですよ」
「うん。約束ね。それじゃあ、また」
の方も少し名残惜しそうに手を振って、ようやく宗次郎の側から離れた。
剣心と斎藤の横をすり抜ける時、は一応、軽く会釈をした。
「ここから先は宗に案内してもらってね。私はこれで。じゃあね」
そのまま去っていったを、剣心はほんの少し唖然として見送っていた。
「・・・・・変わった女だ」
溜息を吐いて斎藤はそう漏らす。
「さてと。さんにも頼まれたことだし、ここからは僕が案内します。
奥の間で志々雄さんが待ちかねています。さあ、どうぞ」
宗次郎のその言葉に、剣心は何かを考え込むような顔になる。斎藤は不敵に口の端を吊り上げた。
「警戒したところで事は始まらんさ。行くぞ」
重々しく館の戸が開き、そしてそれは三人の姿を飲み込むと、またゆっくりと閉じていった。










その頃、両親の埋葬を終えた栄次は、兄の形見の刀を手にしていた。刃こぼれが酷かったが、そんなことは関係なかった。自分みたいな子どもに出来る出来ないかも関係なくて―――大事なのは、やるかやらないか、それだけだった。
「俺はもう独りだ。命なんて惜しくねェ」
言い放った栄次の瞳は、修羅の色に染まっていた。
初めは反対していた操も、栄次の気持ちに同意し、助太刀することにした。
(気持ちは分かるよ。あたしだって、もし御庭番衆が殺されてたりなんかしたら、命を捨てても絶対仇を討つ!
悪いけど緋村、あたしはこのコに力を貸すよ!)
そうして森を進んでいた二人の前に、彼女が姿を現したのだ。
先程、剣心と斎藤を志々雄の館へと連れて行ったはずの―――。敵である彼女のいきなりの出現に、操と栄次は戸惑いを隠せない。それぞれが刀と苦無を構え、じっとを見据える。
けれどもは、言ったのだ。
「志々雄サンの館に・・・・・尖角の所に、行くんでしょ? 私が案内してあげようか?」
『許さない、絶対に・・・・・あいつは私が殺してやる!』
「尖角を殺して、仇を取りたいんでしょ?」
その顔ははっきりと、笑っていた。










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