―終章:『あなたは今、幸せですか?』―
月日は緩やかに、時には急ぐように、けれど確かに流れていく。
四つの季節は幾度も巡り、温かさを、厳しさを、喜びを、哀しみを、運んでくる。
今は、あれから何度目の、春だろうか。
「母様ー! 早く早く!」
「ほら、こっちだよ!」
響いてきた二つのあどけない声に、もういない家族達を思い出す。
『死んだ者が望むのは仇討ちではなく、生きている者の幸福だって―――』
操が教えてくれた、剣心の言葉。
それは正しかったのかもしれないと、今になってそう思える。
何故なら、きっと家族達は平凡で穏やかな日常を望んで―――その中で幸せを掴んで欲しくて。
温かく優しい家庭の中で、育んでくれたのだから。
あの頃は幸せだった。
彼と過ごした時も幸せだった。
そうして、今も―――・・・・・。
「どうしたんですか、さん?」
すぐ傍から聞こえてくる穏やかな声。
そちらに顔を向けると、自然な柔らかい笑みが、彼の顔に浮かんでいて。
この瞬間が何よりも。
幸せだと、思う。
「ううん。何でもないよ、宗。ただ、嬉しいだけ」
「ふぅん?」
首を傾げて、宗次郎は不思議そうな笑顔を浮かべる。
つられるようにして笑うと、宗次郎とが来るのを待ちきれない子ども達が、二人の傍に駆け寄ってきた。
「もう、早くって言ってるのに」
「ふふっ。そんなに急がなくても、京都は逃げないよ」
「だってさ、母様。僕、早く行きたいんだもの。葵屋でまた遊びたいよ」
「父様、それに京都って今、桜がすっごく綺麗なんでしょ?」
「そうだよ。お墓参りの時期とはちょっと外れてるけど、でも志々雄さんは桜も好きだったから、丁度いいんじゃないかなって。ねぇ、さん」
「そうね。向こうで由美姐さんと、お花見でもしてるんでしょうね・・・・」
「あはは、そうかもしれないなぁ」
何気ない会話の中に家族の温もりがあって。
かつて失くした二人だからこそ、尚更、それが大切だと思える。
それは、本当にどんなものにも変え難いもの。
平穏であることは、何よりも尊いと。
遠回りして、やっと気付くことができた。
果ての無い償いの人生でも、そのことに、ようやく―――・・・。
「ね、その人達って、父様と母様の大切な人だったんでしょ?」
そう言って見上げてくる男の子と女の子に、二人はにっこりと笑う。
苦楽を共に、この先もあなたと一緒に歩んで行きたい。
宗次郎とはどちらとも無く手を繋いだ。
空いている手に、それぞれ子ども達が纏わりつく。
伝わる温もりに表情が綻んだ。
掛け替えの無いこの穏やかな日々。
浮かぶのは、温かく優しい本当の笑顔。
空に広がるのは、済んだ水色と薄絹のような雲。
そして。
そして、二人の確かな幸せが。
―――今、そこにある。
<了>
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