―第十八章:さよなら―


無間乃間の戸が再び静かに閉ざされ、先を急ぐと言った二人の足音が遠ざかってから、どれくらい経っただろうか。
横たわる宗次郎と、それを支えるとを黙って見守っていた由美が、ふと声をかけた。
「もう大丈夫? そろそろ私も、先へ行かないと」
「先の心配はいりませんよ。奥のあの扉の向こうは、志々雄さんの部屋まで最短で直結している抜け道になってますから」
宗次郎はに膝枕されたままそう説明した。現に、宗次郎との二人はその通路を使ってここまで来たのだ。
剣心達が進んだ道は、確かに志々雄のところまで辿り着けるが、かなり遠回りをする入り組んだ道になっている。最短の通路を使えば、そちらの方が遥かに早く志々雄の部屋まで行ける。
「あれを使って、緋村さん達が着くより先に戻って志々雄さんに伝えて下さい。僕が見た、『天翔龍閃』の正体を・・・・」
も由美も驚きに目を見開いた。あの一瞬、二人には宗次郎と剣心の激突の瞬間は見えず、気が付いたら宗次郎が斬り上げられていた。
それなのに、天翔龍閃を受けた宗次郎は、その技の本質も見極めてしまったというのか。
「緋村さんの奥義、天翔龍閃の正体? そんなの、見えたの・・・・?」
「ええ・・・・あの一瞬、はっきり見えました」
宗次郎はゆっくりと身を起こした。が「大丈夫?」と尋ねたが、宗次郎は小さく笑って、そのまま緩やかな動作で立ち上がった。
宗次郎は語った。天翔龍閃は、左足で踏み込む抜刀術だと。
通常の抜刀術と違い、その一歩を加えることで刀に一瞬の加速と加重を与え、剣心の抜刀術を奥義・天翔龍閃に変えるのだと。
だから剣心の左足に常に気を払っていればいかなる状態でも天翔龍閃の発動を察知できるはず、と宗次郎は続けた。
「そうと分かったなら、早く志々雄様に」
「あ、ちょっと待って下さい。実はもう一つ、頼みごとがあるんですが」
急いで志々雄の所に向かおうとした由美を宗次郎は呼び止めた。宗次郎は奥の扉の方まで歩いていく。
不思議そうな顔をして、と由美もその後ろをついていった。
宗次郎は扉の横に置いてあった箪笥の前に立った。しゃがみ込もうとして、けれどその動作が辛いのか、力無く後ろの壁に寄りかかってしまった。そうして、申し訳なさそうな笑みを浮かべて言う。
「由美さん、悪いんですけど、その一番下の引き出しを開けてみてくれませんか?」
言われた通りに、由美は一番下の引き出しを開けた。
中には、大切そうに仕舞われた一本の脇差があった。由美がそっと両手で掴んで取り出す。
「これは・・・・?」
「ずうっと昔に、志々雄さんが僕にくれた脇差―――。この十年、大事な僕の宝物でした」
宗次郎は、遠い昔を思い出すような瞳で微笑んでいた。そうして僅かに天井を見上げて、続けた。
「それを、志々雄さんに返して下さい・・・・・・」
「坊や・・・・それじゃあ、あなた―――」
何かを察した由美に、言葉の続きを言わせずに、宗次郎は笑みを浮かべて。
「志々雄さんが間違っていたというんじゃありません。あの時、殺される寸前の僕を助けてくれたのはその脇差と志々雄さんだということ。それは紛れもない事実です」
はぎゅっと拳を握った。宗次郎の口から、そんなことを聞いたのは初めてだった。
さらりと宗次郎は言ったが、幼い身で殺されかけるなんて、それはどれ程の辛さだったろう。どれ程の心の痛みだったろう―――。
「でも、やっぱり緋村さんが言ったように、これからは自分一人で僕は本当の答えを探してみようと思います。だから、ここで、お別れします・・・・・・」
宗次郎は震える唇を笑みの形で引き結んだ。
大事な脇差を返すと言ったことから、もしかしたら宗次郎は志々雄と袂を分かつ気なのかと、も由美も何となく勘付いたが、それでも実際に彼の口から別れの言葉を聞いて、少し意外だった。
由美は僅かに呆気に取られたような顔をしていたが、やがて優しく微笑んだ。
「・・・・そうね。坊やにとって、それが一番いいのかもね・・・」
何が正しいのかなんて人それぞれだ。けれど今までの価値観が全部覆されて、自分にとってのそれが何なのか宗次郎にはまた見えなくなった。
だから、弱肉強食に拘るのではなく、勝負で決めるのでもなく、自分で歩いて探して、己の生き方を見い出してみたいと、宗次郎はそう思ったのだろう。
宗次郎にとってはその選択が一番いいと、もそう思った。
そしてそれは宗次郎だけではなく、自分自身にも言えることだと。
、あなたは、どうするの・・・・?」
「私は・・・・」
けれど今、一番したいことは。
「私は、ここでもう少し、宗と話がしたい」
「そう・・・・」
の答えに、由美は静かに頷いた。ある意味では宗次郎以上には複雑な心境なのだろうと、そう感じたのだ。
「ゆっくり話しなさい。時には言いたいことを全部吐き出すことも、大切なことよ」
由美の言葉には笑顔を浮かべた。
志々雄との別れは、由美との別れも意味する。宗次郎もも、ここから彼女とは違う道を歩き出すのだ。
姉のように、接してくれた人。
「・・・あのね、由美姐さん。私、姉様はいなかったけど、由美姐さんは本当の姉様みたいに、思ってたよ」
優しくしてくれてありがとうとか、今まで色々とごめんねとか、女として憧れる部分がいっぱいあったよとか、言いたいことはたくさんあったけれど。
うまく纏まらなくて、一番言いたかったことを伝えた。
短い言葉でも、それでも思いは伝わったのだろう、由美はそれこそまるでの家族のように、母性的な笑みを浮かべた。
。私、あなたのことを、志々雄様の命を狙うなんてって思ったこともあった。けど、それでものこと嫌いじゃなかった。私もあなたを妹みたいに思ってた。どうしてそう感じたのか、私自身、良く分からなかった。けど、今日やっと、何となく分かったわ・・・・」
由美は思ったことを率直に言った。遠回しではなく、そのはっきりとした物の言い方が由美らしく、そしてそれがは嬉しかった。
「それじゃあ、私はもう行くわ」
「志々雄さんのこと、よろしく頼みます」
「あら、私なんかによろしくされなくても、志々雄様は無敵よ」
洒落っ気を交えて由美は宗次郎に言葉を返す。けれども、存外宗次郎は真面目な顔付きになった。
「いえ・・・・そうじゃなくて・・・・」
宗次郎の言葉の本当の意味に気付いたのだろう。
由美はふっと微笑んだ。
「・・・・分かってる。じゃあ、二人とも、元気でね」
そうして由美は、通路の戸を開き、その奥へ消えていった。
ゆっくりと戸が閉められると、再び静寂が場を支配する。宗次郎とは、並んで壁に背を預けていた。側に寄り添うわけではなく、一尺ほどその距離は開いている。
由美が去った後、は視線を落とし、ただぼんやりと畳を見つめていたが、ふと宗次郎の方へ顔を向けた。
宗次郎は声も無く、微笑んだまま泣いていた。
とは違って、宗次郎は純粋に志々雄を慕っていたから。弱肉強食の真実が、宗次郎にとって絶対じゃなくなっても、志々雄への気持ちは変わらないから。
だからこそ、寂しいとか悲しいとか、或いは今までの感謝の念とか、そういった感情が志々雄との別れに際して動き出したのだろう。
「宗・・・・・」
「ははっ。こんな風に泣くのも久し振りだな」
の視線に気付くと、宗次郎は涙を流したままの笑顔をそちらに向けた。
しばらくは溢れる涙をそのままにしていたが、やがてそれを手で拭った宗次郎は、笑顔のままで僅かに俯いてぽつりと。
「・・・・負けちゃいましたね」
「うん・・・・・」
剣心を斃すための闘いだったが、蓋を開けてみれば二人とも敗北という形で終わった。
それも、ただ負けたのではなく、ただ剣を交えただけではなく、自分の本心に気付かされ、自分の新しい生き方を行くきっかけを与えてもらった形で。
は壁に背を預けた姿勢のまま、天井を見上げた。
「ねぇ、宗」
「何ですか?」
そうして、今度は宗次郎に目を向ける。
「宗・・・・緋村さんに言ってたよね。『あの時あなたは、僕を守ってくれなかったじゃないですか』」って・・・・」
それを言った時の宗次郎の声と表情が、の脳裏に鮮明に甦ってくる。
―――あの時あなたは、僕を守ってくれなかったじゃないですか。
あなたが正しいと言うのなら、何で守ってくれなかったんです―――
あれは確かに、怒りの表情だった。けれど、ただの怒りではなく、まるで大人に裏切られた幼い子どもが痛みをぶつけているようにには思えた。
何故なら、その言葉を裏返すと。
「宗が言う『あの時』に、何があったのかは私も知らない・・・・でも、
本当は、宗は誰かに守って欲しかったんだよね・・・・?」
そうでなくては、あんな風に、剣心に言ったりしないだろう。
人は人に不満をぶつける時は、ただ自分の感情を吐き出すだけではなく、誰かに何とかして欲しいという気持ちもあるから、自分の気持ちも分かって欲しいと、その思いもあるから。
「・・・・さぁ、分からないなぁ」
確かめるようなの言葉に、宗次郎は笑みを浮かべて曖昧な言葉を返す。
却って胸が締め付けられて、は俯いた。自然と涙が目尻に浮かぶ。
「・・・・ごめんね」
喉の奥が苦しくて、掠れた声しか出なかった。
息をするだけでも涙が溢れそうだったけれども、それでもは続けた。
「ごめんね。私、ずっと自分のことしか考えてなくて、宗の辛さ、分かってあげられなかった。ずっと、傍にいたのに・・・・・」
宗次郎の過去に何があったのかを、は知らなかった。訊かなかった。
宗次郎が話そうとしなかったのもある、それでも、知ろうとはしなかった。訊こうともしなかった。
自分の心地いい居場所を失うのが恐ろしくて、宗次郎の心の奥まで、探ろうとしなかった。
彼もまた、と同じく、悲惨な過去や自己矛盾に苦しんでいたというのに。
いつも浮かべている笑みの向こう側に何が隠されているのかさえ、考えようともしなかったのだ。
自分にとっては本当の笑顔だと、己のことしか考えずに。
「・・・・気にしないで下さいよ、そんなこと」
宗次郎の言葉には顔を上げた。涙で歪んだ視界にぼんやりと飛び込んできた宗次郎のその顔は、やっぱり笑顔だった。
ただ幾らか、申し訳なさそうな気持ちを含んだ目をしていた。
「だってそれは、僕だって同じなんですから。僕、さんのこと、何も分かってなかった」
はほんの少し目を丸くした。
呆気に取られた顔をするに、宗次郎はにこっと笑って。
「だから、おあいこです」
本当に屈託なく宗次郎は笑った。誰もが忘れてしまったけれど、彼だけはまだ浮かべることができる、そんな幼く、無邪気な笑顔。
唖然としていたも、その笑顔を見ているうち、つられて笑みを浮かべだ。頬が自然と緩み、不思議なくらい安心を覚える。
今の状態を壊すのが怖くて相手の心に踏み込めなかったり、本当の自分を曝け出すのが怖かったり、本心さえも偽ったり、隠したり。
そうしてそれは、もしかしたら多かれ少なかれ誰もが持っているものかもしれなくて。
相手との距離を縮めるには、その壁を乗り越えることも大切で、けれども二人ともそうしなくて、ただ現状を守りたいだけだった。
は自分のことしか考えていなかったけれど、それは宗次郎も多分同じで、だからこそ彼は『おあいこ』だと言った。
その表現が幼くてあどけない響きで彼らしくて、心の中に温かいものが満ちる。宗次郎への後ろめたい気持ちが、大分薄らぐようだった。そんな宗次郎が、本当に有り難くて。
は思う。やはり彼の存在は、自分にとっては救いだったのだと。
「・・・・で、これからどうします? 僕はとりあえず、外に出ますけど」
ひとしきり笑った後、宗次郎はそう切り出した。宗次郎としては、も一緒に外に出るのだろうと踏んでいたのだろうが。
「宗は先に行ってて」
さんは?」
予想通りでない言葉に聞き返す。は前を見据えて、気丈な表情を浮かべて。
「私は志々雄サンと緋村さんの闘いの結末を見届けてから行く。新しい生き方を行くにしても何にしても、志々雄サンとの因縁に、決着をつけていきたいの」
仇を討つ気が無くなっても、志々雄が家族の仇であることに変わりはないから。
何をどうするか、具体的には分からなくても、志々雄とのケリをつけてから歩き出したい。
「いいですよ。さんがそうしたいなら」
宗次郎は案外あっさり頷いた。
もしかしたら、がこう言うであろうことも、予測していたのかもしれない。
「・・・・外で、待ってますから」
「うん」
はっきりと交わさなくても、それは確かな約束。
は笑って頷くと、外へ出ようとする宗次郎とは反対の方向、先程由美が通っていった通路に向けて歩き出す。
が、ふと足を止めて引き返した。畳に刺さったままの愛刀、樋刀の所へ行き、それを引き抜く。深く樋の掘られた刀身をしばし見つめ、はそれを鞘に納めた。
そうして今度こそ、志々雄の元へ向かう。宗次郎と歩いた暗い通路を、今は一人で歩く。足音が酷く、冷たく響いた。
やがて辿り着いた志々雄の部屋。そこはもぬけの殻だった。が、はピンと来た。
恐らく志々雄は、彼専用の闘場、大灼熱の間にいると。気付くやいなや、は駆け出す。
きっと、剣心と志々雄が闘っていることだろう。由美や方治もそばにいるはず。左之助や斎藤、もしかしたら蒼紫もその場にいるかもしれない。
崖の合間を抜け、巨大な鉄の扉をくぐり、燃え滾る篝火の中をは走る。
どうして走っているのかは分からない、ただ、何となく急がなくてはいけないような気がして―――。
闘場の入り口の戸は突き技か何かでぶち抜かれたようになっていた。だから、闘いの光景はの目にすぐに飛び込んできた。
胸から血を流し、横たわっている由美。驚きながらも歓喜の表情を浮かべている方治。手出しをせず、闘いの行く末を見守っている左之助、斎藤、蒼紫の三人。
そして、互いに傷付き、体中から血を流しながらも己の刀をしっかりと握り締め、対峙している志々雄と剣心。
「死ねない! 死ぬわけにはいかない!! 俺にはまだ、俺の帰りを待っている人がいるんだ!! 生きる意志は何よりも・・・・何よりも強い!!」
荒い息で、けれどはっきりと言い放った剣心の声は、のところにも届いた。
志々雄と剣心がどんな戦いを繰り広げたのかは分からない。どうして由美が動かないのかも分からない。
それでも二人の様子を見れば、相当の激闘であったことが分かる。それこそ、いつ二人が斃れてもおかしくない程の。
赤い蒸気を全身から立ち上らせ、ボロボロになった志々雄を見て、今まで彼がしてきた所業を思えば自業自得だという感じもした。家族を志々雄に殺されたばかりの頃のだったら、様は無い、と思ったに違いない。
けれど、今のはそうではなかった。罪も無い家族を殺された恨みを、あれ程志々雄に思い知らせてやろうと思ったのに。自分の手で殺してやるとまで思ったのに。
ただただ、胸が痛かった。
「・・・・違う。何より強いのはこの俺!!」
忘我状態だった志々雄は、剣心の言葉を否定し、刀を振り上げた。
「所詮この世は弱肉強食、強ければ生き弱ければ死ぬ!! 生きるべき者はこの俺だ!!!」
そのまま、志々雄は渾身の力で刀を振り下ろす。剣心の刀とぶつかった衝撃で、剣風が迸る。
烈風とも言えるべきそれが辺りに吹き荒れる。熱く鋭い風がの髪を吹き上げ、その勢いに両腕で顔を覆う。
「この俺の糧となりて、死ね! 抜刀斎!!」
志々雄の執念めいた声に、は両腕を顔から離す。志々雄は全身全霊の力で剣心を刀ごと叩き斬ろうとしている。剣心は逆刃刀で何とか押し戻そうとしていた。剣心を倒すべく、志々雄が刀に更に力を込めたその時―――
志々雄の体は、灼熱の炎に包まれた。
「し、志・・・・々雄様・・・・・!?」
方治が愕然と膝をつく。志々雄が炎に飲まれたその光景に、誰もが息を呑んだ。そう、も、また。
体中を走る地獄の熱に、流石の志々雄ものたうち回る。彼の炎は由美をも巻き込み、尚も熱く、強く、燃え続ける。
「人体発火・・・・。限界を超えて、異常体熱が自分の脂と燐分を燃やした・・・・」
蒼紫の声が、の耳にもぼんやりと入ってきた。
「幕末の炎から出し修羅が、再び炎を纏って地獄へ還っていく・・・・・」
その言葉を聞きながら、は、ああ、そうかもしれないな、と思った。
体中の力がすうっと抜けていくのが分かった。それでも、足は勝手に動いた。
熱にのたうつのを止め、何かの覚悟を決めたかのように立ち尽くし、高笑いを上げ続ける志々雄。
緩やかに歩いていき、剣心の横を通り過ぎ、志々雄の前で立ち止まった。
それに気が付いたのか、志々雄の高笑いが一旦止まる。
は志々雄をじっと見つめた。それは時間にすれば、数秒にも満たなかったかもしれない。
それでも、その間の脳裏には、今までのことが甦ってきた。血の海に横たわる家族達。その仇を討つことを決め、志々雄と宗次郎についていった幼い自分。初めて海に行った日。志々雄との剣の修行。命じられるままに人々を殺してきたこと。志々雄や由美、宗次郎、十本刀のみんなと過ごした時間。
彼に抱いた憎しみ、怒り、憎悪、殺意、そして―――思慕と憧憬。
色んなことが浮かんでは消えた、刹那の思い出。
「もう、誰かを見殺しにするのはこれが最後」
ははっきりと、志々雄に向けて言った。炎の上がる音にかき消されないように、志々雄にちゃんと届くように。
家族の仇だったけれど、居場所を奪った憎い者だったけれど。
それでもこの人は、私にとっては―――・・・・・。
「・・・・・さよなら、志々雄サン・・・・・」
言いながら、は泣いていた。自覚は無かったが、表情は、もしかしたら哀しみの顔になっていたかもしれない。
炎に身を焦がす志々雄に、それが見えていたかどうかは分からない。ただ、の別れの言葉を聞いて、志々雄は確かに不敵に笑ったのだ。
「フ・・・・フフフ・・・・フハハハハハハハッ!」
そうして再び高笑いに戻る。
その高笑いが何を意味したのか、剣心も、方治も、左之助達も、そしても、誰にも分からないまま。笑って、笑って、笑い続けて、炎がすべてを飲み込むまで。
最期まで彼に添い遂げようとした由美と共に、志々雄は炎となってこの世ではない場所へと去った。
その炎は、夜の帳が下りようとする頃まで収まることは無かった。それを誰もが声も無く見守り・・・・・・ようやく炎が消えた後にはただ、かつて志々雄と由美であった炭の塊が、煙を上げているだけ。
「・・・・認めぬ!! 私は認めぬ!! この勝負、志々雄様は勝っていた!!」
方治が両の拳を床に打ち付け、腹の底から搾り出すような声で叫んだ。
「違うな。この勝負、生き残った方が勝ちだ。強ければ生き、弱ければ死ぬ。奴自身が言っていることだ―――・・・・」
斎藤が冷静にそう述べる。方治はぼたぼたと悔し涙を流していた。
「過去から現在へと繋がる時間の流れが・・・志々雄真実に勝利を許さず、抜刀斎に味方をした・・・・」
コツ、と何かが床に擦れる音がした。振り向くと、剣心が壊れた懐中時計を拾い上げていた。
時を刻まなくなったその時計は、由美がいつも、肌身離さず持っていた物。
は志々雄だけではなく、由美にも、心の中で別れの言葉を贈る。
彼女はどんな風に死んだのだろうか。志々雄と共に逝けて幸せだったろうか。そうだったらいい。
いや、きっとそうだろう。志々雄についていくことが、彼女の幸せであり、愛の形だったから。
「時代が・・・生きるべき者を選んだんだ・・・・」
蒼紫の声を聞きながら、は燃え尽きた志々雄と由美に再び目線を戻した。白煙が空に、高く、高く昇っていく。
「ー――あの人らしい最期だったね」
は白煙を追って夕闇が迫りつつある空を見上げた。
あの人らしい最期。
本当に、こうとしか表現できない。
炎から生まれ、また炎へと還っていった、弱肉強食に拘り、実際に誰よりも強かった人。
誰に言うわけでもなく、或いは自分に言い聞かせるように。
「これで良かったんだよ。これで・・・・・・」
はぽつりと、そう言った。








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