『ねえ、宗はどうしていつも笑ってるの?』
もう遠い昔、出会って間もない頃、は宗次郎にそう尋ねたことがあった。
宗次郎は、やっぱり笑顔を崩さないままで、こう答えたのだ。
『何でだろう。僕も分からないや』
その少年は、常に笑みを絶やさないのに、自分でも良く分からないと言う。
けれど、
『でも』
と彼は続けた。
『どんなに苦しいことがあっても、どんなに辛いことがあっても。
笑ってれば、平気なんだよ』
宗次郎はそう言って、本当に楽しそうに、ただにこにこと笑うのだ。
は何か複雑なものを感じながらも、それ以上何も訊こうとはしなかった。
宗次郎も、それ以上何も言わなかった。
ただそれでも、は宗次郎の笑顔が好きだった。
―第十三章:アゲハ蝶―
「ついに決闘か・・・・」
自室から志々雄の部屋へと戻る帰り道、は誰にともなく呟いた。
「そうですね。やっと緋村さんと決着をつけられるなぁ」
宗次郎はにこにことしての呟きに答える。
闘いに備え、二人は自室から愛刀を持ち出してきていた。宗次郎の刀は白塗りの鞘に納まっており、のは対照的に黒塗りの鞘だ。の刀の方が宗次郎の物より幾らか短い。
煉獄が撃沈させられ、剣心達がこのアジトへ向かっているという情報も入り、直接対決の火蓋が切って落とされた。
当初は剣心、左之助、斎藤の三人と志々雄と十本刀、それにの三対十一の決闘であったが、それは方治の発案により変更された。
すべては志々雄の完全勝利のため、剣心達三人にぶつけるのは十本刀の三強、宗次郎、安慈、宇水に絞ると。そうして残りの十本刀は、葵屋の者を抹殺すると。
十本刀ではないは、またも数に入れられなかったが、つまりそれは自分で割り振りを決めてもいいということ。アジトに残るか葵屋へと赴くか、選ぶ道は決まっていた。
は勿論、アジトに残る方を選んだ。
方治は、今までの作戦失敗の影には葵屋の京都御庭番衆の暗躍があったと看破し、作戦を変更してまで彼らの抹殺を図ろうとした。
それを聞いた時・・・・は一瞬、操の顔が頭に浮かんだ。
葵屋に向かうのは、数を集めただけの雑兵ではなく、特攻部隊『十本刀』。それも、鎌足や蝙也のような実力者だけでなく、常人では太刀打ちできない巨体の不二までいる。仮に鎌足達を打ち破れたとしても、不二には到底敵うまい。
操達の死は明らか―――・・・・。
はそれに気付いた時、背中にひやりとしたものが走るのを感じた。が、あえて無視した。
もう、回り出した歯車は止まらない。
例えどこかが歪んでいても、例えどこかが欠けていても。
軋んだ音を上げながら、それでも歯車は回るのだ。歯車自身が、狂っているのに気付いても、自分でそれを止めることはできないのだから。
「何を考えてるんですか?」
隣を歩いていたはずの宗次郎が、不意にの前に回りこんだ。ほんの少し身を屈めて、見上げるようにに目を向ける。
からすれば、いきなり上目遣いで覗き込まれたようなもので、思わずどきっとする。
「べ、別に」
「そうですか? 何か眉間にシワ寄ってましたけど・・・・」
「そんなことないって」
言い返しながらも、は内心、頭を振る。
もう操のことは考えないようにしよう。余計なことも。
ここまで来てしまったからにはもう、今歩いているただ道を進むしかないのだ。
これまでだってそうしてきたのに、何を今更、躊躇うことがある?
剣心を斃して、邪魔する者をみんな消して。
今まで通り志々雄の元で、宗次郎と一緒に居れればそれでいい。
「ねぇ・・・・宗」
「何ですか?」
「絶対に、勝とうね」
毅然と言い放ち、は強気に笑む。それは少女のというよりも、あたかも戦場へと向かう剣士のようで。
気丈なその笑顔に、宗次郎は一瞬きょとんとしたような顔になって、それでも、
「やっぱり、その方がさんらしいや」
次の瞬間には、子どものようなあどけない笑みを浮かべた。
―――感情欠落。
人間なら誰でも持っている喜怒哀楽の感情の、楽以外を宗次郎は欠落していると、志々雄に聞いたのはいつだったろうか。
嬉しいから、ではなく、ただ楽しいから宗次郎は笑う。
どんなに苦しくても、どんなに辛くても、そう、例えどんなに悲しくても。宗次郎は楽しいとしか感じず、いつもいつでも笑っている。
上辺だけの笑顔とも言えるかもしれなかった。けれど、はそうとは思わなかった。
にとっては、宗次郎の笑顔は紛れもなく本当の笑顔だったからだ。
「宗・・・・」
は宗次郎に身を寄せて、その肩に頭を預けた。温もりに安堵を覚え、はそっと瞼を閉じる。
新月村を出た後も、確かこうしていた。子どもが親の胸に顔を埋めて甘えるのと同意義だったかもしれない、にしてみれば。
そっと左手を伸ばし、宗次郎のシャツを縋るように掴んだ。
「もう少しだけ、こうしていたい」
宗次郎は淡く微笑して、の髪をそっと梳いた。
「ねぇ、さん?」
「何?」
「僕も、この闘いには絶対に勝ちたいって思ってるんです。志々雄さんのためだけじゃなくて、さんとまた、楽しく過ごせるように」
は、目を伏せたままで笑みを浮かべた。そうしてまた、宗次郎のシャツを強く握り締める。
願わくば、血に濡れる闘いの前に、甘く安らいだ一時を。
―――例えそれが、刹那的なものであったとしても。
第十四章へ
戻る