―第十二章:不協和音―
嫌な予感というものは、何故だかよく当たるものだ。
京都大火実行の時間が過ぎても火の手が上がらないのを不審に思い、京都方面を眺めていた志々雄や方治達の前に、馬車に乗って颯爽を現れたのは三つの人影。
一人は緋村剣心、もう一人は斎藤一。そして最後の一人は・・・・。
「知らんのが一人混じっているな」
「はい?」
志々雄は遠眼鏡を宗次郎に手渡しながら問う。受け取ったそれを覗いてみて、宗次郎は得心した風な声を上げた。
「ああ、あれは確か緋村さんの友達で、えっと・・・確か」
「相楽左之助。東京では名の知れた喧嘩屋だということですが、横の二人に比ぶれば遥かに劣る戦力です」
宗次郎の言葉を引き継いで方治が説明する。志々雄は大して興味が無さそうに一笑に付した。
「ふーん・・・・つまり、ただの雑魚か」
絶対的な強者のみが浮かべることができる、余裕の笑みだった。
東京で剣心達の情報を集めた時、その周囲にいた者達のそれも同じように調べた。だから宗次郎もも、左之助の存在は知っていた。
けれどいくら喧嘩屋として名が知れているとはいえ、志々雄からすればそんな存在は眼中に無いので、わざわざ報告してはいなかったのだ。
「宗、ちょっとそれ貸してくれる?」
「いいですよ」
も宗次郎に貸してもらって、遠眼鏡で港の方を見た。闇夜だったがどうにか、その三人の顔が確認できる。
嫌な予感が当たってしまったことに、やっぱりな、と内心溜息を吐きつつ、今度は遠眼鏡越しではなく自分の目でその三人を見据えた。
煉獄の上からでは、埠頭に立つ三人の姿は酷く小さく見える。
この場所を突き止め、追ってきたのは大したものだ。けれどいくら”抜刀斎”いえど、甲鉄艦を斬ることはできないだろう。
さて、志々雄と剣心は、どう出るか。
「で、これからどうします? 志々雄さん。新月村での決着、ここでつけましょうか?」
漠然と思考するの隣で、宗次郎は相変わらず穏やかに志々雄に問うた。
「そうしたいところだが、ここで時間を喰うわけにもいかねェだろ。だからといって、このまま出航ってのもまるで逃げるようで癪だからな・・・・」
志々雄は咥えている煙管を口から離し、白煙を吐き出した。そんな志々雄を、は腕組みをしながら見据える。
「じゃあ、一体どうする気?」
「ふっ、決まってるさ」
をチラッと見て、志々雄は不敵に笑む。
「方治、全員艦内に入れろ。それと外装の離脱準備。圧倒的な力の差を見せつけて、己の非力さを味合わせてからオサラバだ」
「ハッ!」
志々雄から命を受けて、方治はさっそくその準備に取り掛かる。近くの雑兵達にてきぱきと指示を飛ばし、自らもせわしなく動き回っている。
そんな方治を満足そうに見ながら、志々雄も由美を伴って艦内に入っていった。
「さ、さん。僕らもそろそろ行きましょう」
「うん。そうだね」
「それにしても・・・・」
「それにしても?」
連れ立って艦内へと入りながら、が宗次郎の言葉を鸚鵡返しに尋ねる。
「なかなか言える台詞じゃないですよね。『圧倒的な力の差を見せつけて、己の非力さを味合わせてからオサラバだ』なんて。流石は志々雄さん、かっこいいですよね〜」
「・・・・・・・」
志々雄の粋な言葉に素直に感嘆し、賞賛の声を上げる宗次郎。
はそんな感想を抱かなかったのか、ほんの少し不満気に眉根を寄せた。というよりも、複雑そうな表情だったかもしれない。
が、宗次郎はがそんな表情をした理由を、別の意味で取ったらしく、
「不機嫌にならないで下さいよ。大丈夫ですって、僕、ちゃんとさんのこと可愛いって思ってますから♪」
「・・・・・あのねぇ」
ズレた発言に、は思わず脱力する。
口を開きかけ何事かを言い返そうとして、けれどやめた。力が抜けたあまり、言う気まで無くなってしまった。
代わりに別の話題を返す。
「そんなことより、宗、残念だけど新月村での決着、つけられないみたいね」
「そうみたいですね。本当、残念だなぁ」
そう言いながらも、宗次郎は底抜けに明るい無邪気な笑顔である。
このまま海に出てしまえば、向こうは手も足も出ず、志々雄が言う『圧倒的な力の差を見せつけて、己の非力さを味合わせてからオサラバだ』の言葉通りになるだろう。
京都から東京まで、陸路と海路では圧倒的に海路の方が速い。
剣心達が追いかけて東京に来た頃には、既に東京は無法地帯と化しているはずだ。
もし情報だけ先に東京に送って対策を練ったとしても、この甲鉄鑑相手に明治政府は何もできず、街中の人々は大混乱に陥ることに違いない。
あくまでも、すべてがうまくいけば、の話だが。
そうなる可能性は高かったが、ただが気になっていたのは。
胸に疼く嫌な予感が、まだ消えないということだった。
「外装離脱まであと十秒! 九、八・・・・」
方治の声が、艦内に張り巡らされたパイプを通って全艦に伝わる。
七―――
六―――
宗次郎とは近くの手摺りに掴まってその時を待つ。
「大丈夫ですよ」
宗次郎が、何に対してそう言ったのか。
には分からなかったが、その言葉は、少なくともを安心させた。
「うん・・・」
が笑って頷くと、穏やかな微笑を浮かべる宗次郎と目が合った。
三―――
二―――
一―――!
秒読みが終わると同時に響く轟音。元が甲鉄艦で、外装だけを離脱したためか、思ったより揺れは少なかった。
それでも揺れが収まった頃合を見て、二人は甲板へと出る。ぐるりと船を見回して、夜空の下に晒された煉獄の全景を見て、も思わず感嘆の溜息を吐く。
さしずめ、海上の砦とでも言ったところか。
「改めて見ると凄いね、これは」
「ねぇ。いくら緋村さん達でも、これは壊せませんよねぇ」
遠目では良く分からなかったが、埠頭の剣心達は大きく目を見開き、驚いているように見えた。
流石の彼らでも、まさかこれ程までの規模の船だとは思わなかったのだろう。
「煉獄、準備するの大変だったでしょ?」
が改めてそんなことを口にすると、宗次郎はいいえ、と笑って首を振る。
「この船を入手するために実際に動いてたのは方治さんだったから。外装とかだって兵隊達に任せてあったし、僕は出航の手配とか準備が仕上がってるかとか、確認したくらいですもの」
「それでも凄いよね、宗は。頑張ったよ」
「そうですか?」
率直に褒めると、宗次郎の顔はますますあどけなくなり、子どものような笑みを浮かべた。
にこにこにこ、という屈託のない笑顔に、も頬が緩む。
と、砲弾の風切り音が辺りに響く。そして遅れて轟く爆発音。
「な、何、今の?」
「多分、この船に装備されてるアームストロング砲ですよ。ほら、あそこ」
びっくりして身を竦めたに、宗次郎がさらっと説明する。宗次郎が指差した方向にが目を向けると、砲弾が着弾し黒煙を上げているのは、どうやら丁度剣心達が立っていた埠頭の場所らしかった。
「ちょっ、まさかさっきの大砲で殺っちゃったわけ?」
剣心達の姿が無くなっていたことに気付き、は驚きの声を上げる。志々雄は剣客として、あれほど剣心との闘いに拘っていたのに?
「いえ、跳んで避けてるのが見えましたよ。流石は緋村さんと斎藤さん」
のほほんと答えると、宗次郎はの着物の裾をくいと引っ張った。
「何?」
「多分、緋村さん達、煉獄に来るつもりでしょうから、僕達も志々雄さんがいるところに行った方がいいと思いますよ。行きましょう」
「う、うん」
志々雄は全艦に指示を出すため中心部にいたが、宗次郎とはそこから離れた場所にいた。二人は足早に甲板を歩く。
急ぎながらも、ふと、は幾つもの銃声が聞こえたような気がして、海の方を振り向いた。
そこには、例の、志々雄に雑魚扱いされてしまった相楽左之助の姿があった。波間を漂う板の破片の上に器用に乗り、雄たけびを上げて腕を振り上げている。
「宗! あれ!」
「え?」
に呼ばれ、宗次郎も足を止めて左之助の方を見る。左之助は、その右手から炸裂段のようなものを三つ、投げたところだった。
宗次郎はそれでも笑みを浮かべて、は幾らか狼狽した表情で、成す術も無くそれが船の外壁に当たるのを見ていた。金属音が三つ聞こえた、次の瞬間!
「なっ・・・・!!?」
白い閃光が迸り、夜空を一瞬だけ明るくした。同時に船全体に起こる凄まじい揺れ。
それは人が立っていられなくなる程で、もまた揺れに耐え切れず壁の方に投げ出された。
突然のことで受け身を取れず、壁にぶつかる!と思ったその刹那。
「・・・・大丈夫ですか?」
予想していたような痛みは、襲ってこなかった。
代わりに柔らかな衝撃があり、すぐ傍から声が降ってきた。がハッとして顔を上げると、目の前に宗次郎の顔がある。
どうやら自分は宗次郎に抱きとめられたらしい、とが気付くのに約二秒の時間がかかった。
「そそそそ、宗ッ!?」
「びっくりしましたねぇ」
いきなりのことには動揺し、顔もぼんっと赤くなった。にも関わらず、宗次郎はこの呑気さ、である。
「ええええ、えっと・・・」
「さんが壁にぶつかりそうだったのを見たら、咄嗟に体が動いちゃったんです。でも良かったぁ。さんに怪我がなくって」
それを聞いて、は再びハッとする。つまりは宗次郎は自分が壁にぶつかりそうなのを庇ってくれたということだが、それはつまり。
「私のことはいーけど・・・・宗の方こそ大丈夫!? 背中、痛いんじゃない!?」
「これくらい平気ですよ」
「いいからっ!」
もう、揺れは大分収まっていた。
は宗次郎から身を離し、彼の背後に回り、じっとその背中を見た。背中を壁に打ちつけはしたようだが、特に怪我は負っていないようで、はとりあえずほっとした。
「良かった、怪我してなくて。・・・ごめんね、私のせいで宗に痛い思いさせちゃって」
しゅんとしてが謝ると、宗次郎は笑って頭を掻いた。
「嫌だなぁ。さんが謝ることじゃないですよ。二人とも無事だったんだから、良しとしましょうよ。ね?」
「・・・・うん」
屈託のない微笑を向けられると、もそれ以上謝れなくなってしまう。
「・・・・ありがとう」
その代わりに、ではないが、まだ口にしていなかったお礼の言葉を素直に宗次郎に贈る。
宗次郎は何も言わず、ただニコッと笑みを深めた。
はそれで充分だった。
「でも・・・・僕らは良かったけど、船の方は無事じゃないみたいだなぁ」
宗次郎の呟きに、もそちらの方を見遣る。
船尾の方角からは、もうもうと黒煙が上がり続けていた。雑兵達もあまりの事態に混乱し、騒然としている。怒号や悲鳴が、船のあちこちから聞こえてきた。退艦命令を方治に求める声も上がる。
黒船を彷彿とさせた煉獄も、こうなってしまっては沈むのを待つばかりのただの鉄の塊だ。
「あーあ・・・・」
の口から思わずそんな声が漏れた。志々雄は左之助のことを雑魚扱いしていたが、ここまでその雑魚にしてやられるとは思いもしていなかっただろう。
この船を入手するために動き回っていた方治も、きっとおかんむりだな、とは思った。
「これじゃ東京に行けそうもないね」
「そうですね。緋村さん達とここで決着つけちゃえるかなぁ。まぁ、何にしても志々雄さんに聞いてみないと・・・・急ぎましょうか」
宗次郎とは改めて志々雄の元へ向かう。
マストの裏に志々雄がいる、という所まで来た時、二人はふと足を止めた。何故なら、志々雄の怒りと屈辱が入り混じった声が聞こえてきたからだ。
「確かに直接的にはあの男の意外性にしてやられた。だが、この二重作戦を逸早く見破り、煉獄の位置を突き止めた緋村抜刀斎の読みと、警察の機動力と人員を駆使し事前策を整えた斎藤一の判断、そしてこいつらを甘く見ていたこの俺、志々雄真実の隙が最大の原因だ!」
歯軋りの音までもが、宗次郎とのところにまで届いた。は、志々雄のこんな声は聞いたことがなかった。
煉獄一隻は高い代償になったが、この国を盗るにはまず先に剣心と斎藤、そして相楽ら三人を葬ることは必須、と志々雄は続けた。
つまり、その三人を始末しない限りは国盗りは不可能、ということか。
「志々雄さん、新月村の決着、やっぱりつけます?」
宗次郎はすっと前に進み出た。その途端、それまで志々雄を捕らえていた剣心と斎藤の目線が、鋭く宗次郎に向けられる。
も宗次郎の隣に立つような形で、剣心達の前に姿を現した。剣心はそれに敏感に反応し、をも見据える。
『死んだ者が望むのは敵討ちではなく、生きている者の、幸福だって・・・・・』
操が言っていた、彼の言葉がふっと思い出される。
はほんの少し、苦い顔をした。
「殿・・・・」
「・・・・・・・」
剣心の呼びかけを受けても、は何も答わなかった。
ふい、と顔を背け、志々雄に先程の宗次郎と同じ問いかけをする。
「で、どうするの志々雄サン? 新月村での決着、やっぱりつける?」
「ああ・・・・ただし、」
志々雄は頷きながらも条件をつけて続けた。
「場所は比叡山の北東中腹、六連ねの鳥居の叢祠―――俺達のアジトでだ。そこでなら一切の邪魔は入らん。もちろん当方は俺と十本刀だけで迎え撃つ!」
静かに闘志を燃え上がらせながら志々雄が言い放つ。
その言葉を受けて、斎藤は挑発するように不敵に口の端を上げた。
「・・・・つまり十対三の決闘か。それはそれで一向に構わんが、どうせなら二対二の方が手っ取り早くないか。船が沈むまで、」
「ちょっと、志々雄サンも斎藤さんも、私の存在を忘れてるわよ。私だって闘うんだから」
「そうですよ。女の子だけど、さんは強いんだから。油断してると酷い目に合っちゃいますよ」
数に入れてもらえなかったが不満の声を上げると、宗次郎も笑いながら口を挟む。
が、話の腰を折られた斎藤は声には出さず『阿呆が・・・・』と呟いただけで、
「・・・船が沈むまで、まだ時間はある」
何事もなかったかのように会話を続行した。
そのまま、左手で鯉口を切りかける。だがその手を剣心がすっと制した。
「・・・・何の真似だ」
「比叡山、六連ねの鳥居の叢祠でござるな。委細承知した」
斎藤の訝しげな視線に構わず、剣心は鋭い目で志々雄を見据え、毅然と言い放つ。
無言のまま、しばし睨み合う志々雄と剣心。
「志々雄様、脱出の用意できました。さ、早く!」
雑兵の一人が息を切らせて志々雄に告げにきた。それでも志々雄は動かない。
以前、剣心と視線を交錯し合い―――けれど、ふっと踵を返す。顔だけは、まだ剣心に向けたまま。
「抜刀斎、今も昔もあんたは俺にとって、国盗りついでの余興に過ぎん。だが、それは今この時からこちらも命を賭けるに値する余興になった。この先俺に隙は無い。
覚悟して、かかって来い」
最後に、酷く殺気を秘めた恐ろしく冷たい目で剣心を睨みつけ、そうして志々雄はようやく剣心に背を向けた。部下が用意した脱出用の通路に降りて行き、剣心と斎藤、そして宗次郎とがその場に残される。
「僕らも行きましょうか」
「宗は先に行ってて」
予想外の答えに、宗次郎の目がほんの少し丸くなる。
「え、でも、」
「いいから。私も後で行くから」
にしては珍しく、宗次郎に有無を言わせぬ口調だった。
面食らった宗次郎が言葉を返せないでいると、は笑顔を作って、今度は穏やかに、ゆっくりと。
「私も必ず行くから。宗は先に行ってて。・・・・ね?」
彼女は剣心に言いたい事があった。何となく、宗次郎にそれを聞いて欲しくなかった。
言葉や表情には出さなかったが、その思いが通じたのか。
宗次郎は、それでようやく、頷いた。
「分かりました。でも、すぐに来て下さいね」
「うん、必ず行くから」
宗次郎は一度だけ振り返り、そうしてその場から去った。
と、剣心と、斎藤と。
誰もが口を引き結んだままで、聞こえてくるのはただ、穏やかな潮騒と煉獄の崩壊していく響き、そして炎のはぜる音。
場の沈黙を最初に破ったのはだった。
「何となく、あなたが来るような気がしたんだけど、当たっちゃったな」
まるで独り言のように。
その言葉が向けられたのは、当然、緋村剣心その人。
「・・・・殿。拙者も、お主がこの船にいるような気がしていたでござるよ」
剣心は静かに言葉を紡ぐ。志々雄に向けたものよりも随分と和らいだ、穏やかな瞳がを見据える。
煉獄の崩れていく音が、まるでノイズのようだった。
「栄次君のこと、操ちゃんから聞いたよ。緋村さん、あなた栄次君に言ったんだってね。
『死んだ者が望むのは敵討ちではなく、生きている者の、幸福だ』って」
剣心は肯定の意を示し、の目をじっと見つめた。剣心は口を開きかけ―――けれどそれを遮るようには笑った。
「操ちゃんにも言ったけど、その言葉が本当だとしたら、」
それは、酷く歪んだ、自嘲の笑みだった。
「だったら私は、間違ってなんかいないから」
ぴしゃりと、は剣心にその言葉をぶつけた。
のその態度と言葉に、剣心は訝しげな顔つきになった。
「殿、お主・・・・?」
「だからもう、邪魔しないで。」
は剣心の言葉を撥ねつけ、くるりと背を向けた。
それから、丁度志々雄がしていたように、顔だけで振り向いて、剣心を冷たく見据えた。
「今度会った時は、その時は、あなたの最期よ」
言い残して、は足早にその場を後にする。もうここに用はない。
先程志々雄と宗次郎が通ったであろう脱出用通路を進んでいくと、程無くして、宗次郎と合流できた。
宗次郎はの姿に気がつくと、ぱっと明るい顔になった。
「さん!」
「おまたせ。さっきはごめんね」
は笑った。
今度こそは自然と浮かんだ、華が綻ぶような心からの微笑みだった。
「何やってたんですか?」
「ん〜・・・・。緋村さんに、ちょっと言いたいこと言ってきたの」
「ふぅん?」
意味深な返答に、宗次郎も笑って小首を傾げる。
いつもの彼女にすっかり戻っていたので、宗次郎もにこにこと無邪気な笑みを心置きなく浮かべている。
「それじゃあ、行きましょうか」
「うん!」
宗次郎とは幼子のように手を取り合って、脱出用の船まで急いだのだった。
「・・・・・あの少女」
沈みゆく煉獄。
まだ海水には浸からないその甲板の上で、剣心は暗い海に遠く消えていく数隻の小船を見てぽつりと呟いた。
「あのじゃじゃ馬娘がどうかしたのか」
斎藤はさして興味も無さそうに剣心を一瞥する。
剣心はまだ波間を見つめたまま、
「いや・・・・新月村の時も気にかかってはいたが、何故、彼女は志々雄一派に属しているのでござろう」
志々雄達の乗り込んだ小さな小船。首領である志々雄の船に同席しているのは、由美と方治、それから、宗次郎と。
夜の闇に紛れきってしまう前に、彼らの姿を遠目でどうにか確認できた。
「ああ、確か家族の仇討ちのためだろ。仇討ちは法律じゃあ禁止されちゃいるが、女の身で見上げた根性じゃないか。最も、まだ志々雄の首は取れちゃいないようだがな」
斎藤は事も無げに言い、それ以上のことは話題に出そうとはしなかった。
剣心とて、が志々雄一派に属している理由は知っている。
家族の仇である志々雄を討とうとしていること。
宗次郎と共にいたいと望んでいること。
けれどその他にも、には何か理由があるように、剣心には思えてならないのだ。
はっきりとした確信は無かったが、剣心にそう思わせていたのは、新月村の時に彼女に感じた違和感と、そしてもう一つは。
『だったら私は、間違ってなんかいないから』
―――この言葉に秘められた、本当の意味は一体何だろうか。
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