―第十章:十本刀集結―


宗次郎とがアジトに戻った時には、もう空はとうに暗くなっていた。
何食わぬ顔をして八つ橋が入った箱を持っている宗次郎の隣を、も歩いていく。つやつやした板張りの廊下を進んでいくうちに由美と出くわし、宗次郎は朗らかに「ただいまぁ」と声をかける。その途端、由美は血相を変えた。
「坊や! !」
「どうしたんです? 血相変えて」
そのまんまなことを宗次郎は言う。由美はそれに構わず、憤然とした様子で続けた。
「どこ行ってたのよ、もう!」
「どこって」
宗次郎はスッと箱を差し出して由美に見せる。
「みんなこんな穴倉でじっとしてたら、気が滅入るでしょ。だから京名物でも買って配ろうかなって思って」
「・・・・それだけのために三日も空けたの?」
「どれがいいかアレコレと迷っちゃって」
「・・・・・・」
由美は俯いて額に手を当てる。は〜・・・・と重い溜息を吐いていることから察するに、どうやらこの言い訳を見事に信じてくれたらしい。
アジトを三日も空けた理由を八つ橋で済ませる宗次郎も宗次郎だが、それで通じてしまうのがすごいところだ。
まぁ、宗次郎ならこの言い訳で大丈夫だろう、という自信はにはあったのだが。
「私達の留守中に何かあったの?」
宗次郎やが任務やら何やらでアジトを抜けることはちょくちょくある。確かに、煉獄の準備に関しては密命だったこともあり、由美には何も告げずに出かけたが、それにしても彼女のこのお怒りぶりは。
「全くもう。あんた達が留守の間、宇水の奴が来て大変だったのよ!」
「宇水の奴がどうしたって?」
絶妙なタイミングで、由美の背後に宇水が現れた。
由美はさっと顔を青ざめ、素早く宗次郎の後ろに隠れる。気配も無く突然姿を見せた宇水に、も目を細めた。
魚沼宇水。かつては幕府側に雇われていた凄腕の剣客だったが、志々雄と闘い目を斬り裂かれ光を失った。そしてその復讐のために、志々雄の命を狙ってこの一派に属している。
志々雄を殺そうとしている。目的という点では、と宇水は一緒だと言える。
恐らく、由美の様子から察するに、また宇水が志々雄に斬りかかりでもしたのだろう。或いは、勝手に何かをやらかしたか。
「やぁ、宇水さん。お久し振りです。どうです、一つ?」
志々雄にも警戒される宇水だったが、宗次郎はまったく気にする風でもなく、逆に友好的な振る舞いをする。宇水は差し出された箱を見て(とは言っても、斬り裂かれた目に映るはずはなかったが)、意味深な笑みを浮かべる。
「八つ橋ねェ・・・・。君が志々雄の元を離れる時は、常に何らかの任務を負っているはずなんだが、ただの八つ橋とはねェ・・・・」
「・・・・・」
は宇水に剣呑な眼差しを向ける。
「何が言いたいの、宇水さん?」
わざと挑発的に、は宇水に言い放った。宇水は何も言わずを一瞥して、再び宗次郎に目を向ける。
「私の『心眼』は目に見えぬ人の心をすべて見通す。君のような感情がまともに働いていない心とて、その例外では無いぞ」
宇水は眼帯を捲り上げ、傷跡が痛々しく残る目をむき出しにして不敵に笑う。
それでも宗次郎は笑みを変えない。「は?」と、意味が分からない、といった風に宗次郎は聞き返す。それがわざとなのかそうでないのかは分からなかったが。多分、幾らか意図的に。
宇水は目を細めた。ぴりぴりとした雰囲気がふっと緩む。
「ま、お前達が何を隠してようが私には関係ないがな」
宇水は薄く笑むと、くるりと踵を返した。
アジトを空けたことに他に理由があるのを、恐らく宇水は見抜いている。宇水はと同じように、組織に属してはいてもどこか孤立した感があるから、深くは干渉しないかもしれないが。
「そうそう、忘れておった」
去りかけた宇水が足を止めて顔だけ振り向く。
「十本刀は大至急大広間に集合。残りの三人がたった今到着したそうだ」
志々雄か方治からの伝言であろうそのことを告げると、宇水は静かにその場を去って行った。宇水の姿が完全に見えなくなったところで、由美はほっと安堵の溜息を吐く。
も警戒を解き、明るく笑った。
「そっか、みんな集まったんだ。じゃあ行かなきゃね」
「ええ。・・・・・と言いたいんですが、何だか落とし物しちゃったみたいで。ちょっと取ってきますね」
と由美にそう言い残すと、宗次郎は元来た方向へと戻っていった。八つ橋の箱を抱えたまま。
由美はまた呆れたような溜息を吐いていたが、には分かった。箱の内側に書いた志々雄への言伝に、宇水のことでも書き加えに言ったのだろう。宗次郎は懐に矢立を持っていたから、物陰でささっと書き込めるはず。
案の定、宗次郎はすぐに戻ってきた。
「お待たせしました。じゃあ行きましょうか」
「うん」
は宗次郎に目配せして、悪戯っぽい笑みを向ける。
「そういえば、さっきの続きだけど、宇水さんはまた何かやらかしたの?」
が歩きながら由美に尋ねると、彼女はきょろきょろと辺りを見回し、宇水がいないのを確認してから答えた。
「侵入者まがいの真似をして、兵隊を五十人も殺したのよ。そういう時に限って留守なんだから・・・・全く」
「そうだったんですかぁ」
再び憤然とする由美に、宗次郎は相変わらずにこにこにこ〜と笑って言葉を返す。
「志々雄サンのことも殺そうとしてた?」
「ええ・・・・でも、狙った一太刀は志々雄様が見事に捌いたけどね」
そんなことを話しながら歩いているうちに、大広間が見えてきた。足を踏み入れると、すぐ側に大鎌を携えた少女の姿があった。
「やぁ、鎌足さん」
「あらぁ、宗ちゃん、ちゃん、お久し振り!」
鎌足と呼ばれた少女は、明るい笑顔を二人に向けた。宗次郎の横では、由美が「げ」と顔を引きつらせている。
「相変わらず元気そうだね!」
久方ぶりの再会にが喜んでいると、
ちゃんも元気そうで何よりv 相変わらず志々雄様の命狙ってるの?」
鎌足は明るい笑顔を崩さないままでに問う。
「もちろん。当たり前のこと聞かないでよ」
「そっかぁ。でも、そう簡単に志々雄様は殺らせなくてよv」
鎌足のノリに引きずられて、の声も若干弾んでいるが、何だか物騒なやりとりである。
鎌足は十本刀の一人で、志々雄のことを慕っている。つまり、志々雄を殺そうとしているは敵にも等しかったが、鎌足も由美同様、彼女を嫌いではなかった。明るい性格のためもあるのだろうが、何故か鎌足とは馬が合って仲良しだった。
「そ・れ・よ・り〜・・・・宗ちゃんとちゃん、二人でお出かけしてたんですって? 本当に仲睦まじくて羨ましいわ〜v」
鎌足はにやっと笑って、肘でをツンツンとつついた。直球な鎌足の言い方に、も照れて少し赤くなる。
「ま、まぁね」
「いいなぁ、ちゃんは。ねェ、由美さん」
鎌足はくるっと由美に向き直る。ニコッと笑う鎌足に、由美は冷や汗混じりの笑顔を返す。
「由美さんもオヒサシブリ」
「ええ・・・・」
「今度こそ、どっちが志々雄様の心を奪うか決着つけましょうね」
「そうね。男のあんたにだけには絶対負けなくてよ。このオカマの鎌使いめ」
静かな闘志を燃え上がらせる女の闘いだった。
性格には、女と―――オカマの。
「あのやりとりも相変わらずだねぇ」
由美と鎌足を見て、は微苦笑を漏らす。志々雄を巡っての二人の争いは、端から見ている分には楽しかった。当人達は楽しいどころの騒ぎじゃないだろうが。
その鎌足の他にも、この大広間には十本刀が既に集まってきていた。体が大きすぎてアジトに入れない、「破軍(乙)」の不二を除いては。
「よし、全員集まったな」
奥の扉の開く音が聞こえ、そちらに目を向けると、志々雄と方治の姿があった。話を切り出そうとする方治に構わず、宗次郎は前に進み出る。
「すみません志々雄さん。勝手に三日も空けちゃって」
「おう」
「これおみやげです。おいしいですよ」
宗次郎は箱を開けて八つ橋を志々雄に見せた。正確には、八つ橋と箱の内側に書いた密書を見せるために。
『船の準備完了しました。いつでも出航可能です。宇水さんが少し勘付いたようですが、多分大丈夫でしょう』
それは志々雄と方治以外には見えなかったが、書いてあった内容はも分かる。宗次郎ならではの策に、も得意気な笑みが浮かぶ。
宇水以外、怪しむ者はいないだろう。
「ありがとよ、御苦労だったな。後でおいしく頂くぜ」
志々雄は受け取った箱を方治に手渡す。宗次郎もぺこっと軽く会釈してその場から下がり、の横に戻ってきた。
うまくいきましたよ、といった風な視線を向けてくる宗次郎に、もニッと笑ってみせた。
「みんな長旅御苦労。そして、随分待たせたな」
志々雄が皆の前に改めて向き直り、話を切り出す。
「予定外の出来事で張を一人欠くことになったが、とりあえずこうして無事集結は完了した」
言いながら、志々雄はぐるりと一人一人の顔を見回した。
「俺を慕う者。俺を殺そうとする者。明治政府に失望した者。己の力量に絶対の自信を持つ者。思いは人それぞれだが、いよいよ一つとなって決起する時は来た」
『天剣』の宗次郎、『大鎌』の鎌足、『盲剣』の宇水、『明王』の安慈、『百識』の方治、『丸鬼』の夷腕坊、『飛翔』の蝙也、『破軍(乙)の才槌、『破軍(甲)』の不二。
そして、十本刀ではないが『夜伽』の由美と・・・・・『樋刀』の
「明晩十一時五十九分を以って、京都大火を実行に移す」
目を見開き志々雄は言い放つ。氷のような冷徹さと、炎のような激情が入り混じった声。そこから滲み出る志々雄のカリスマ性に、一同の闘志も燃え上がる。
明日、京都の街を紅蓮の炎で焼き尽くす、と。
だがその裏に別の狙いがあることを、ほとんどの十本刀は知らなかった。
「・・・・東京砲撃?」
十本刀が解散した後、は自室で宗次郎から京都大火の真の狙いを聞いた。
兵隊五百人が四方八方に同時に火を放ち、京都を完全に焼け野原にするのと共に、火災に紛れて京都中の御偉方を十本刀で完全に抹殺。それが志々雄の京都破壊計画の筋書きだった。
けれど、それはあくまでも作戦の第一段階。煉獄を用いての、海上からの東京砲撃こそが真の狙いだという。
戦艦『煉獄』が作戦の切り札だとは聞いていたが、その目的まで知らされていなかったので、は少なからず驚いた。
「ええ。僕は志々雄さんと一緒に船に乗って東京へ向かうんですけど・・・・さんはどうします?」
「もちろん、行くに決まってるでしょ」
即答で言葉を返す。
宗次郎はやっぱりなぁ、といった風にニコニコっと笑った。
「あはは、そうですね。聞くまでもなかったかな」
「でもさ、宗、それって一応極秘の作戦なんでしょ? 他の十本刀にでさえ内緒な程の・・・・。私に話しちゃって良かったわけ?」
話してくれたことは嬉しいと思う。が、その作戦にが参加するか否かは、恐らく志々雄が決めることであろうし、話だって彼から下りてくるはずだ。
独断で作戦を明かしてもいいのだろうか、と率直な疑問が浮かぶ。けれど。
さんだから話したんですよ」
柔らかい笑顔と共に向けられた言葉。
それだけで疑問は吹き飛び、その代わりの胸は温かい気持ちで満たされる。宗次郎以外の者がたとえ同じ言葉を言ったとしても、これ程まで胸がいっぱいになることはないと思う。
その言葉を言ってくれたのが、きっと宗次郎だから。
の顔は思わず綻び、安堵の笑みが漏れた。
「・・・・・そう」
今度は素直に、嬉しかった。
「志々雄さんだって、さんが行くことに反対しないと思いますよ。何となくだけど」
「ま、反対されたとしてもついてっちゃうけどね。宗だけ行って、私だけ置いてけぼりなんて真っ平だもの」
これは本音だった。もし宗次郎や志々雄から作戦を知らされなかったとしても、は宗次郎についていっただろう。志々雄がどんなに反対しても、きっと宗次郎についていくだろう。
それに―――。
「それに、志々雄サンを海の上なんかに逃がしはしないわ。そんなとこ行っちゃったら、仇が討てないじゃない」
は拳をぎゅっと握り締めた。
様々な思惑を乗せて、京都大火が明日に迫る。







第十一章へ





戻る