懐かしい明日に







 しくじった。
 どうやら自分は警察を、相当に甘く見ていたらしい。

「っは…、まさか、いきなり有無を言わせず発砲してくるとは、思わなかったなぁ…」
 宗次郎は明るくも乾いた笑みを浮かべ、右の腕を押さえた。晩秋の夜の冷たい空気に、傷はずきりと痛む。
 国家転覆を企てた志々雄真実という野心家の下で、長年行動してきた懐刀。そんな自分に、瓦解した組織の生き残りとしても警察は目をつけて、捕縛、或いは抹殺を目論んでいるだろうと宗次郎は踏んでいた。組織の中枢にいた自分には警察や政府も何かと聞きたいことがあるに違いないし、存在を消すにしても、やはり色々と尋問してからだろうと。
 だから偶然出くわした警官隊が、今や一介の流浪人を元志々雄一派の瀬田宗次郎だと認識した途端に一斉射撃をしてくるのは、正直予想外だった。旅の中で仮に警察とぶつかり合うことがあってもこの脚力がある、そこへの自信もあった。しかし予期せぬ事態に、宗次郎の反応は一歩遅れた。その結果がこのザマだ。
 どの箇所も弾は掠ったくらいで幸い貫通してはいないが、宗次郎の腕や足、身体には十数箇所の傷。銃口が火を噴いて後の回避でそれで済んだのは、流石は志々雄の元精鋭部隊一の脚力と反射神経といったところか。それでも、充分に大怪我である。
 射撃後、宗次郎は即座に逃走して、建物や木立の陰に身を隠した。けれど陽のあるうちは道に残る血を目印にして、警察は執拗に追跡してきた。向こうからすれば宗次郎は大物の犯罪者だ、仕留めれば危険人物を排除できるだけでなく、相応の手柄を上げられる。故に、躍起になっているのだろう。
 その警察の手を避ける為に、宗次郎は逃げて逃げて逃げた。自分の旅には目的がある。ここで旅や人生を強制的に終わらせられるのは、御免だった。
 強ければ生き弱ければ死ぬ。いや、弱者は守り生かすもの。宗次郎に多大な影響を与えた、相反する二人の剣客のそうした思考。そのどちらでもない宗次郎だけの真実を、生き方を見つける為に、志々雄から離れ、自分の足で本当に歩み始めたのだから。
 それから、まだほんの三年と少し。当初の予定の十年にはまったく届かないし、何より自身の答えの尻尾すら掴めていない。だからやはり、ここで警察に見つかるわけにはいかなかった。
(殺すにしても捕まえるにしても、もう数年だけ待って欲しいんだよねぇ)
 なるべく足音を消して逃走を続けながら、宗次郎は心中で呟く。端から見れば身勝手な言い分ではあるが、今の宗次郎にとっての優先順位は、答え探しが一番なのである。
 何せ自分は罪人なので、捕まるなら捕まるで仕方ない、そうした気持ちはある。それによって償えることも、あるかもしれない。けれど出来得るのなら、その前に宗次郎は自分で見つけたいのだ。この先どんな生き方をすればいいのかを、重ねてきた罪の償いの道を。故に今は、逃げる。
 辺りは夜の闇が覆い、満月の月明かりが仄かに道を照らす。いかに文明開化の進む明治とはいえ、都市部を離れればその限りではなく、ガス灯すらもこの界隈には存在していない。こう見通しの悪い夜となれば警察の追跡も緩まるだろうが、油断は禁物だ(と宗次郎は昼間の経験から学んだ)。
 しかしこのまま逃げ続けるには、宗次郎は体力を消耗し過ぎていた。傷の手当ても満足にしていないから、未だ血は流れそれが更に体力を削る。
(ひとまず、どこかで休みたいなぁ。お腹も空いたし…)
 流石に足は重くなっていた。足を引きずるようにして宗次郎は歩く。闇雲に逃げていたから、ここがどこで何という街かも分からないけれど、民家や商店がぽつりぽつりと並ぶその裏道を、一応人目を気にしながら進む。
 普通の人間ならまず寝静まっている時間である。民家の灯りはほぼなく、やはり月明かりのみがささやかな頼りだった。宗次郎の影が砂利道の上に長く伸び、後を追うようにして時折血が落ちた。更にその後を、轍のような足の標が続いている。
 音もなく流れ落ちる血が地面につく瞬間までは把握できないし、また夜ということもあり、逃げ道の痕跡を消すのは宗次郎は諦めていた。体力も温存したかったので。
 とにかく、撃たれたあの場から遠く離れ、身を隠し休まないと。別に外でも構わないが傷のことを思えば、できれば室内がいい。そうそう都合のいい場所なんてないだろうけど、などと思いつつ、宗次郎はそれでもあわよくばと、街の中を物色する。
 最中、一軒の大きな屋敷が目に留まり、宗次郎は思わずその前で足を止めた。大きな、といっても地方の豪商、或いは豪農程度の規模の民家だ。けれど、宗次郎が立ち止まらずにはいられなかったのは、……そこは幼少期に宗次郎が過ごした米問屋の屋敷に、どことなく似ていた気がしたからだ。
 夜の空気を飲み込み、宗次郎は月明かりの下、屋敷を改めて眺める。
 あの家とは、この茅葺きの屋敷は土地も造りも、広さも違う。―――が、気になる。強いて言うなら、何となく感じた、雰囲気が。
「……」
 うまく言葉にならない感覚を覚えながら、宗次郎は何かに引き寄せられるようにして、ふらりとその屋敷に近付く。
 門はあれど門扉までは無かったので、宗次郎はこっそりとしつつも悠々と表門から入った。足音や土埃を立てないように庭を歩く。やはり屋内で眠っているのだろう、家人の気配は無かった。
「……」
 宗次郎は軽く息を吐く。
 たとえば、この家に限らずどこかの家に押し入って、そこにいる者を脅して匿って貰うのは簡単だった。食事や着物も提供して貰って、手当てをして人心地ついたところで住人を始末して、口を永遠に封じてしまえば良い。それが手っ取り早く効率がいいというのは、志々雄から教わった。
 けれど今その方法を取るつもりは、宗次郎には無かった。答えが見つかるまではひとまず、誰かを殺すことはやめようと宗次郎は考えていたし、弱肉強食から一転そうした思考になったのは、緋村剣心との闘いの中で、思い出したからだった。
 人を殺める痛みや罪の重さ。ずっと心の底に押し込めていた悔いや悲しみ、そういったものも。長らく意識していなかった、感情の欠片達を。
 人を殺め続けていれば、罪を更に重ねるだけでなく、本来の自分が望んでいたであろう生き方や、答えから遠ざかってしまうようにも思えていた。なので今の宗次郎は刀を手放し、ただ心の赴くまま、行動している。
 宗次郎は小さく微笑んだ。何故この家が気になってしまったのかは、分からない。近くで見てみれば、やはりあの家とはまったく違うのに。
 単に気のせいか、気まぐれか。だとしても、せっかく何かが引っ掛かるのだから、もう少しだけ、いてみてもいいかもしれない。
 その気まぐれに任せて、宗次郎は屋敷の周りをぐるりと歩いてみた。その過程で気付く、正門からみれば右手の奥の方、そこに一つの米倉があった。白い息を零し、血に濡れる足で歩み寄る。懐かしさとも何とも言えないものを覚えて、宗次郎はそれを見上げる。
 見上げてみても、あの家の米倉よりはずっと小さい。それとも自分の背があの頃より大きくなったから、そう見えるのか。
(……変なの。この程度の家なんて、米倉なんて今まで何度も見てるのに)
 米倉など珍しくもない。志々雄といた頃もこの流浪の旅路でも、其処此処で見掛けていた。なのにどうして、今はこんなに気になっているのだろう。
 傷だらけになって、警察に追われて、昔の名残にいつになく過敏になっているのかもしれない……、多分、きっと、それだけだ。
 そう思って、そう思うことにして、宗次郎はまた笑みを零して、踵を返した。もう出よう。ここじゃないどこかに、身を隠さないと。
 身体を反転させた宗次郎は、しかし少なからずぎくりとする。振り向いた先に、月明かりに輪郭を浮かび上がらせる少年がいた。
 宗次郎はぽかんとその少年を見下ろした。少年の方も、ぽかんとした顔を宗次郎に向けていた。戸惑わないわけではなかったが、宗次郎は咄嗟に人差し指を立てて自分の唇の前まで持ってくると、にこやかに言った。
「こんばんは」
「……っ!」
 こんな状況下で、小声とはいえごく普通に挨拶をかました宗次郎に、少年はびくっと震えた。
 歳は七、八歳といったところか。恐らくはこの家に住む子だろうが……それにしてもこんな時間に外にいるなんて?
「一応、気を付けてたつもりだったんだけどなぁ…。見られちゃったからには仕方ないか、あはは」
「……」
 呑気に笑う宗次郎とは対照的に、少年は顔を強張らせ息を呑んでいた。この少年への疑問は色々あったが、事こうなってしまったからにはと、宗次郎は少年を少々利用させて貰うことにした。
「ねぇ、君…悪いんだけど、どこかこの辺で隠れられそうな場所とか、なかなか人に見つからない場所とかないかな? あぁ、無かったら別にいいんだけどね。自分で違う場所を探してみるから…」
「……」
 素直に教えてくれるかどうかは分からないが、ものは試しだ。少年が教えてくれればそれでいいし、母屋に向けて大声を出すようなら、宗次郎もここから退散するだけである。
 怯えながらも窺うような顔付きで宗次郎を見上げていた少年は、黙ったまま、ややぎこちなく動き出した。彼はこちらの方へと歩いてきたかと思うと、宗次郎の横をすり抜けて米倉の前まで行く。
 宗次郎は少しばかり目を丸くして、確認した。
「ここ?」
「……」
 少年は無言で頷くと、その入り口の戸を横に引いた。がらら、という音が思ったよりも響いたが、屋敷の方から誰かが出てくることは無かった。
 米倉かぁ、と内心ちょっと思いながら、宗次郎はそこに足を踏み入れる。
 中は暗く埃っぽい臭いがして、壁沿いに米俵が積み上げられているのが、上方の窓からうっすらと差し込む月光で分かった。ごく一般的な米倉だろう。やはりあの家の米倉ほど広くはないが、人一人が隠れる場所くらいは確保できそうだ。
「ありがとう。ここならそう簡単には見つからないかな。君が喋らなければ」
「……」
 宗次郎は笑みを向けたが少年は引き続き無言で、今度は宗次郎のあちこちにある傷をじっと見ているようだった。そうだ、この怪我もいい加減に、どうにかしなければ。
「もう一つお願いがあるんだけど、もし包帯とかあったら、持って来て貰えるかな。食べ物もあると有り難いなぁ、なんて」
 流石に図々しいことは多少は自覚していたので、冗談めかして宗次郎は頼んだのだが、少年はこくりと頷き、素直に応じてくれるつもりのようだった。少年は米倉を出て、小走りで母屋の方に向かっていく。
 あの少年が、宗次郎がここにいる間に怪しい人物の来訪を家人に知らせる、という可能性はある。けれど宗次郎は、少年はそうした行いをしないように思えていた。彼は米倉を開け放ったまま母屋に向かった。米倉の戸を閉め、宗次郎を閉じ込めるような真似はしなかった。
 そして何より、一種の勘と経験則とが、宗次郎にそう思わせていた。この家だけでなく、少年とのやり取りにも先程から覚える、既視感。
 宗次郎は肩を竦める。
 月夜の出逢い。逃亡者と少年。米倉への隠蔽。
「……何だか僕、あの時の志々雄さんみたい」





※ ※ ※





 宗次郎が米倉の内壁に背中をつけて座りぼんやり、もとい休憩していると、体感時間で二十分ほどの後に、少年は戻ってきた。少年が手にした盆の上には包帯や軟膏、握り飯といった宗次郎が所望した物がちゃんとあり、宗次郎は妙な感慨を覚えながらも、頬を綻ばせた。
「うわぁ、助かるなぁ。やっと手当てができるよ。それにお腹がぺこぺこで」
「……」
 少年は今度は入口の戸を閉めた。外の冷たい風が入らぬようにだろう。そうして、宗次郎から少し離れた正面に座った。
 場違いに明るく笑う宗次郎に、少年は怪訝そうな目を向けてはいるものの、同時に気遣わしげな顔付きで、おずおずと手拭いを差し出してきた。受け取ると、それは既に水で湿らせてあると分かる。宗次郎は着物やシャツをはだけ、その手拭いで身体中の傷の血を拭いていく。
 それぞれの傷口が綺麗になったところで、軟膏を塗り、包帯を巻いていった。宗次郎がそんな風に自らの怪我を手当てする様を、少年はじっと見つめていた。
「うん、やっぱり手当てすると大分違うね。随分楽になったよ」
 宗次郎はにこっとし、包帯を巻いた腕を曲げ伸ばしする。傷口を洗ったりきちんと消毒をしたり、といったことができないのは致し方ないが、この状況下なら充分恵まれている。
 身支度を整え、手拭いの汚れていない場所で手を拭くと、宗次郎は「それじゃあ、いただきます」とやっと握り飯にありついた。玄米の固い握り飯であっても、今の宗次郎には御馳走だった。かじりつき、よく咀嚼し味わった後に飲み込んで、ぷはぁと息と感想を吐く。
「んー、美味しいや。あぁ良かった、本当にお腹空いてたから…」
 更に有り難いことに、握り飯は二つあった。ご機嫌な宗次郎がもう一つの握り飯に手を伸ばそうとすると、少年に湯飲みを手渡される。
 飲み水も用意してあったらしい。随分と気が利く。逃走と出血とで身体の水分が足りていなかった宗次郎が、それを一気に飲み干したのは言うまでもない。
「…はぁ。本当に人心地ついた〜って感じ。色々ありがとう。助かったよ」
 残りの握り飯もたいらげて宗次郎が微笑むと、少年も微かに笑ったように見えた。
 少年は盆や湯飲みを端に寄せると、米俵の上にかかっていた筵(むしろ)を手に取り、それを纏って宗次郎とは別の内壁に背中を預けた。ぼろの着物を着る細い身体を、少しでも寒さから守るように。
 怪我も空腹も落ち着いたところで、宗次郎はこの少年と話がしてみたくなった。
「僕は瀬田宗次郎。君は?」
「……」
 少年は逡巡した素振りを見せた後に、筵を纏ったまま膝で歩くようにして宗次郎に近付いてきた。宗次郎から見える場所の壁に、少年は指で字を書いているようだった。
(この子、喋れないのかな)
 会ってからこれまで、少年が言葉を発したことはない。最初は怯えていたにしても。
 宗次郎がそんなことを考えている間に、彼の名は綴られていた。“平太”
「そう。平太君っていうんだ」
「……」
 宗次郎の穏やかな呼びかけに、平太はやはり無言で頷く。それからまた、もそもそと先程の位置に戻ろうとしていたのだが、その前に宗次郎が再び問いかける。
「平太君は、どうしてこんな夜更けに家の外にいたの?」
「……」
 平太は動きを止め、無言で宗次郎を見つめ返す。宗次郎は笑みを湛えたまま、畳み掛けた。
「当ててみせようか? …そうだなぁ、君は何かヘマをやらかして家から締め出された。けど、そういうのは今日に限った話じゃなくて、日頃も家の人達からちょっと不当な扱いを受けてる。…違う?」
「……なんで分かるの?」
 平太は目を真ん丸にして、疑問を口にした。あどけない声だった。
 やっぱり、という思いより「なんだ、君喋れるんじゃない」という感嘆が先行し、宗次郎はそれをそのまま告げた。すると、平太はハッとしたような顔をして、宗次郎から慌てて目を逸らした。
「本当は話せるのに、どうして黙ってるの?」
「……」
「単に僕が怖い? そうじゃないなら、何か他に理由でも?」
「……」
「まぁ、別にいいけど」
 平太はまただんまりになってしまった。気にならないわけではないが、かといって何が何でも追及したいわけでもないので、その点については宗次郎はとりあえず訊かないことにした。
 代わりに、彼の疑問に答える。
「ええと、僕がなんで君が置かれてる状況が分かったか、だっけ。それはね、僕も経験者だから」
「……」
 平太は無言のまま、もう一度目を見開いてからまじまじと宗次郎を見た。
 宗次郎の方は、平太を観察するように眺める。ぼさぼさのざんばら髪に、擦り切れた着物。痩せこけた手足のあちこちにある傷。今もっと明るければ、恐らくは肌の痣だって確認できただろう。
 半分、鎌をかけたという心積もりは宗次郎にはあった。もう一方で、平太の身なりから、彼がかつての自分と同じような状況にいるであろうことが、見て取れたのだ。―――まさか、本当に昔の僕と似た境遇なんて。
 感嘆なのか呆れなのか、よく分からない溜め息が宗次郎から漏れた。とはいえ、家の厄介者が邪険にされるのは、どこの集落でも存在する光景だ。
「昔、僕も家の人の言いつけを守れなくてね。外で寝るように言われたことがあったんだ。こんな風に肌寒い時期だったなぁ…しばらく米倉で寝泊まりしてたよ」
 昔を思い出しつつ体験談を語ると、平太はまたハッとしたような表情になって、羽織っていた筵を剥ぎ取ってそれを宗次郎に差し出してきた。そんなつもりで言ったのではない宗次郎は、キョトンとした後で「あははははっ」と朗らかに笑った。
「嫌だなぁ。この状況で君から筵まで強奪したら僕、極悪人じゃないですかぁ。……まぁ実際、極悪人なんだけどね」
 手まで振ってのんびりと言う。しかし宗次郎の言葉の中の剣呑さに、平太が神妙に目を歪ませる。何を考えているのか、どこまで本当のことを言っているのか……、そうしたことを探るような表情だ。
 平太のその様に構わず、宗次郎はあくまでも穏やかに言葉を紡ぐ。
「こんな時間にこんな傷だらけでいることからして、僕が只者じゃないってことは君も察しがついてるだろうけど。……どうする? 追い出す? それとも、家の人達に言う?」
 宗次郎はただ、それを問うた場合の平太の反応が知りたかっただけだった。幼き日の自分が極悪人と知りながらも志々雄を受け入れたように、この少年も自分を受け入れるのか。或いは、拒絶するのか。
 もっとも、宗次郎は意図していなくても、この穏やかさが相手の耳には脅迫のように届くこともある。冷たい米倉の中に満ちたのは静寂。平太は唇を結び、宗次郎を見て何か考えている様子だった。それからややあって、
「……」
 首を小さく横に振る。言葉を発さずとも、彼は宗次郎をこの場所に留め置く選択をした。その時、宗次郎は無意識だったが、複雑なものが混じった安堵のような笑みを、表情が描いていた。
「…そう。有り難いや。じゃあしばらく、ここで厄介になるから」
 平太に告げ、宗次郎は壁に背を預けたまま、眠りやすいように姿勢を崩す。疲労の蓄積した身体は素直に休息を求め、眠気を呼んだ。宗次郎はふわぁと欠伸をする。
 それを目にした平太が筵を被り直したので、宗次郎はもう一度微笑んでから瞼を下ろした。
「お休みなさい」
 あの時と逆の立場で、米倉で眠る不思議さを思いながら。




















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