ファーストデート狂想曲
今日は初デート。
紆余曲折を経て、やっとのことで辿り着いた、椎名との初デート。
ここまでくるのはそりゃあ大変だったさ。
何せ椎名はめちゃくちゃ可愛い。イコール、ライバルが多い。そいつらが手を出さないように牽制したり、俺自身も椎名に何とかアプローチしたり。
で、その努力が見事実ったのか、告白したらOKだった。
正直、ダメ元だったんだけどな・・・でも、OK貰えて、その時は嬉しくて嬉しくて堪らなかったな。
そんなわけで、今日は記念すべき初デートなんだ。
ちゃんと身だしなみは整えてきたし、髪も気合入れてセットして、眉毛だって手入れしてきた。
待ち合わせの時間に遅れないように、実は30分も前からここにいたりする。
早く椎名来ないかな、って、どうにも落ち着かない。待ってる時間ってのは、何ていうか変に緊張するな。
もう、待ち合わせの時間の5分前になる。そろそろ来てもいいと思うんだが・・・?
「水野〜!」
高めの少年声が聞こえて、俺は振り向いた。そこにいる人物の姿を認めて、俺は思わず破顔する。
椎名だった。
薄紫色のシャツにジーパンというシンプルな格好だけど、それが逆に椎名の可愛らしさを引き出してる・・・と思う。
首にはクロスのネックレスも下げていて、とにかく、すごく可愛い。
私服の椎名と会ったことはほとんどないから、とても新鮮に感じる。
「ごめん、待った?」
駆け寄ってきた椎名は、俺を見上げて言った。
「いや、丁度今来たところだ」
陳腐な台詞。でも、ずっと密かに憧れていた台詞。
まさか椎名相手に、言える日が来るなんて。
あーもう、それだけでもすごく幸せ。
「そっか。じゃあ行こっか。早く行かないと始まっちゃう」
「そうだな」
並んで歩き出す。・・・本当は、腕でも組みたいところだけど、いきなりじゃ椎名は引くだろう。それはもうしばらく先のお楽しみにとっておこう。
俺達が行くのは、今話題の映画がやっている映画館。母さんがそのチケットを商店街の福引で当てたとかで、それをありがたく活用させていただくことにした。
椎名が映画が好きってのは、黒川に聞いて知ってたから。初めてのデートの場所は、絶対に映画館にしようって、決めてたんだ。
「楽しみだな〜。どんな映画なんだろ。水野、本当にありがとねv」
にこっと、満面の笑みで椎名が俺に話しかけてくる。
くっ、可愛い!! 生きててよかった!!
思わず、心の中でガッツポーズ。
今まで、一体何度この笑顔を独り占めしたいと思ったことか。
椎名が、黒川や風祭にその笑顔で話しかけるたび嫉妬して、苦しくて。俺にもその笑顔を向けてくれって、どんなに思ったか。
でも、今は、椎名の一番傍に、俺がいる。本当に、なんて幸せなんだろう。夢みたいだ。
「ふふっ」
そんなことを考えてると、椎名が不意に笑った。
「どうしたんだ?」
「だってさ、ホントにデートみたいだから」
そういう椎名の顔は、すごく嬉しそうで。
「水野って、変なところで度胸ないから、万が一俺のこと好きだったとしても、絶対告白してこないって思ってた。それなのに、好きって言ってくれて、こうしてデートもできて、嬉しいんだ」
「それはこっちのセリフだよ」
椎名が俺のこと選んでくれるなんて、本当に嬉しくて。
「ね、水野、もう他人行儀はやめようよ。俺、お前のこと竜也って呼びたい。お前も、俺のこと翼って呼んでいいから」
「ああ、分かったよ、翼」
俺だって、ずっと椎名のこと、翼って呼びたかった。飛葉の奴らや風祭が、ずっと羨ましかった。
それなのに、こうして翼って呼ぶことができて・・・・・ああ、幸せ。
本日何度目だろう、この呟き。
・・・・でも、幸せはそう長く続かないのがお約束というもので。
「あら〜? そこにいるのは、姫さんとタツボンやん」
突如響いてきた第三者の声に、俺はぎくっと足を止めた。
振り向かずともその声の主は誰か分かる。
声質はもちろん、関西弁に妙なアダ名。こんな喋り方をするのは、あいつしかいない。
「佐藤? どうしてここに?」
俺より一歩先に振り向いた翼がその姿を確認する。
ああやっぱり・・・と思いつつ俺も振り向いた。
案の定、そこにいたのはシゲ。普段ならともかく、今日は絶対に会いたくなかったのに。
「奇遇やなぁ。2人してどこかにお出かけか?」
「ああそうだよ。そういうお前こそ、どうしたんだ?」
さりげなく、翼を守るように俺は立ち塞がった。こいつだけは、シゲだけは油断ならない。
シゲだって、翼のことを狙っていた輩の一人。そしておそらく、一番の強敵。
え? 黒川はどうしたって? いや、黒川は風祭とできちゃってるから、とりあえずアウトオブ眼中なんだよ。
シゲの場合は、本っ当に油断できない。多分、まだ翼のことを諦めてない。だからこそ、どうやって知ったのかは分からんが、こうしてデートの邪魔しに来たんだ。
くそっ、せっかくの初デートだってのに。ええい、忌々しい!!
「おー怖っ! そんなに睨むなや、タツボン」
尾花沢監督もびびらせた程の目付きで睨みつけるも、こいつにとっちゃ暖簾に腕押し。
いつだって飄々とかわしてしまう。悔しいが、こいつの方が俺より一枚上手なんだ。
「俺はただ暇やったから、街をぶらぶらしてただけやで。ところで姫さん、これからどこ行くんや?」
何故俺じゃなく、翼に訊く。
「映画館だよ」
「ほー、そりゃー乙やなぁ。俺も一緒に行ってええか?」
何っ!?
神様、今なんて言ったのこのバカは?(バトロワ千草風)
「悪いけど、チケット2枚しかないんだよ」
映画には俺と翼の2人で行くんだよ、ということを強調するように俺は言った。邪魔されてたまるか。
「さよか。せやけど、俺ちゃ〜んと金持ってるんや。チケット代は自分で払うで」
シゲはバッグから財布を取り出し、俺達に見せた。・・・そうきたか。
「だけど・・・」
「いいじゃん水野、佐藤も一緒に行こうよ」
俺が渋っていると、後ろから翼がひょこっと顔を出した。
「もうすぐ映画始まっちゃうしさ。一緒に映画観るくらい、いいじゃん」
よくな―――い!!!
叫びだしたいのを必死で堪える。
俺が煮え切らない態度でいたのが裏目に出たか。まさか翼の方からシゲを誘うとは。翼は、シゲの下心に全っ然気が付いてないから、邪険にしちゃ悪いだろと思ってそう言ったんだろうが・・・ああもう!!
こんなことなら、最初っからはっきりと邪魔するなって言っておけばよかったよ、まったく!! 今更言えないし!!
「よっしゃ、そーゆーことなら急ごうで!」
悶々とする俺をよそに、シゲは、あろうことか翼の手を引いて走り出した。
ああっ、なんて奴だ!! 俺だってまだ手を繋いだことないのに!!
一歩遅れて走り出したせいか、なかなかシゲに追いつけない。というか、追いついてもフェイントでかわし、翼を引き離す隙を与えない。
この野郎・・・(怒)
「悔しかったら、取り返してみぃ!」
「調子に乗るな! 翼は俺のだ!」
挑発するような言葉に、俺もかっとなって言い返す。しかしそれは紛れもなく本心。
いつの間にか、俺達は公園のようなところまで走ってきてしまっていた。その広い空間を利用して、俺はシゲの横に回り込んだ。
そして、シゲの服を掴んで何とか止め、呆気に取られてる翼を引き離す。そしてそのまま、翼を俺の背後に押しやった。庇うように。
全速力で走ってたせいか、息が荒い。声を出すのもやっとだ。それでも、
「シゲには悪いが・・・翼は、渡せない」
ようやく、言えた。
好きな奴を諦めたくない気持ちは分かるよ。それでも、俺だって、ようやく手に入れた翼を、誰にも渡したくない。
シゲの方も、しばらくは息を整えていて、でも、やがてふっと笑った。
「ようやくその言葉が聞けたな。ほな、邪魔はこれでお終いや」
え?
どういうことだ?
頭の中が?マークだらけだ。けれど、翼はきっと俺以上だろう。未だ呆気に取られたままボーゼンとしてる。
そんな俺達に構わず、シゲはさらっと話を進めていく。
「タツボンの片思いならいざ知らず、姫さんと両想いになったんなら、手を引くってのが筋ってもんやろ?
・・・せやかて、悔しいやん。姫さんをまんまとタツボンに取られて。やから、ちょお意地悪したくなったんや」
堪忍な、と、大して悪びれた様子もなくシゲが言う。
「せやけど、タツボンが立派なこと言うてくれたからなぁ、やっぱ諦めるしかないんやろな」
「え、佐藤、それってどういう・・・?」
イマイチ自体を飲み込めない翼の言葉に、シゲはそっと微苦笑を浮かべて、
「お幸せに、ってことや」
そのまま、俺達に背を向けて去ろうとする。おいおい、何だよそれ。俺達のこと、掻き回すだけ掻き回しといて、格好良ぎだろ、それ。
その思いは、どうやら翼も同じだったようで。
ぼんやりと、俺達はシゲの後ろ姿を見送っていた。
「おい、シゲ・・・!」
呼びかけに、シゲは振り向かないまま手を振って答える。そのまま、見えなくなった。
あいつ・・・。
邪魔したのはちょっと許せないけど、でも、結局認めてくれたってことか?
「映画、もう始まっちゃったね」
ぽつりと、翼が呟く。その言葉に、慌てて腕時計を見ると、確かに、上映時間は過ぎていた。
「ごめん、翼っ!」
俺もだけど、翼も相当楽しみにしてたんだろうに。
謝ると、翼はその可愛らしい顔に笑みを浮かべて。
「いいよ。次の回観よう。佐藤にちょっと邪魔されはしたけど、身を引いてくれたみたいだし、何たって、初デートはまだ始まったばっかりなんだから」
これからだっていくらでも取り返しはつくよ、と翼。
「それにね、竜也が、”翼は渡せない”って言ってくれて、嬉しかったんだ!」
照れ隠しなのか、翼はたたっと歩いて行ってしまう。しばらく行ったところで振り返って、「何してんだ、置いてくよ!」と、俺に言う。
そうだ、デートはまだ始まったばかり。
翼とだって、むしろこれからなんだから。
”お幸せに、ってことや”
シゲの言葉が甦ってくる。言われなくても、分かってるさ。
俺はふっと笑んで、翼の元へ歩き出した。そして翼に追いつくと、そっと、その手を握った。
<END>
キリ番8000を踏んでくださった、竜希さんに捧げます。
「水翼でシゲと水野の翼を取り合う話」・・・とのリクだったんですが、あまり取り合ってなくてすみません(><) なんかシゲが損な役回りだ・・・。
その上、すご〜く待たせてしまってすみません!(あわわ・・・)
こんなヘタレ小説でも、少しでも喜んでいただければ嬉しいです・・・。
