―第二十六章:剣が持つ、奈落の深さ―
弥彦と雷十太との闘いは、場所を変えて行われた。
先程、鈴が小手調べと称して雑兵達をけしかけたその先の間である。存分に剣を振り回しても何の心配もないくらいに広く、そして高さのある畳敷きの和室。
そして当然、その中心で向き合って立つのは弥彦と雷十太だ。宗次郎と剣心は弥彦の、鈴は雷十太の後方に離れた場所に控えている。剣心は真剣な表情で、鈴はどこか楽しげに、そして宗次郎はいつもの柔和な笑みで、今まさに剣を交えようとする二人を見守っていた。
言い知れぬ威圧感を醸し出す雷十太を、弥彦はぎり、と奥歯を噛み締め睨みつけている。十年前に感じたあの怒りが、再び弥彦の胸の中に湧き上がってきている。
「・・・・闘う前に、幾つか聞かせろ」
怒りを無理矢理押さえつけたような声色で弥彦は雷十太に静かに問う。
弥彦を見下すように見ていた雷十太は、ほんの少しだけ顎を下げた。
「お前はあの時、剣心に剣客としての矜持を打ち砕かれたはずだったよな。それがどうして蘇芳なんかと手を組んで、この国の覇権を狙ったりなんかしてるんだ!?」
「勘違いするな、小僧」
静かに、だが冷たく雷十太は言い放った。そのどこか傲慢な様は、出会った頃の雷十太を思い出させる。
「吾輩の目的はあくまでも真古流。国の覇権などに興味は無いが、蘇芳がこの国の頂上に立てば、その目的には自ずと近付けるというわけだ」
真古流って何だろう、そういえば詳しくは聞いてなかったな、と宗次郎は思ったが、話の腰を折りそうなので黙っていた。ただ、隣に立つ剣心の顔が鋭くなったのを見て、彼にとっては好ましいものでは無さそうだということを悟る。
「・・・・雷十太。文明開化が進み、ますます剣を必要としなくなるこの国で、それでも今もなお殺人剣の再興を図る気か」
宗次郎の疑問に答えるわけではないだろうが、剣心は折りしも雷十太にそう語りかける。
殺人という剣術の本質を剣心は否定しない。だが、かつて雷十太に言ったようにその為に他の者を虐げ、潰そうとする所業は許すことはできない。
十年前、剣心は雷十太の剣客としての自信を粉砕した。剣客として再起はできない、そう思っていた。だがそれが過ちだったというのなら、今度こそこの男を止めなければ。
その思いは剣心も弥彦も同じ。けれど、同時に謎もまた浮かぶ。彼にその自信を取り戻させたのは、一体何だったのか?
険しい表情で自分を見据えてくるかつても対峙した二人の男に、雷十太は薄く笑みを向けた。
「確かに、この先も日本は西欧列強のようになっていくのかもしれん。だが、吾輩は日本剣術を決して滅びさせたりなどしない! 日本の誇る、殺人技術をな・・・・」
そうして、視線をスッと剣心の左腰に移す。
「この国は剣を必要としなくなる、そう言うお前とて未だ腰に刀を帯びているではないか。木刀などというふざけた代物ではあるがな。それに、そこの二人も、な」
雷十太は視線を再び弥彦へと戻す。そこの二人、が指すのは紛れもなく弥彦と宗次郎だ。宗次郎は何となく、己の左腰に納まった刀、天衣の方を見遣った。
「やはり、剣客から剣は切り離せぬものよ」
どこか恍惚とした雷十太の言葉に、そうかもしれない、と宗次郎もぼんやりと思う。もう人は斬らないと決めて、だからこそこの刃の無い刀を元の持ち主から受け取った。ずっと剣と共に生きてきたから、また剣と生きる道を選んだ。
剣心も、弥彦も、宗次郎と理由は違うが、ずっと剣を手にすることを選んだ。
三者三様に剣に刹那の思いを馳せる中、雷十太が三人の意識を引き戻すかのように再び口を開く。
「十年前、貴様らに敗れた吾輩は、それから生きる目的も見い出せぬまま当ても無く日本を彷徨った。その中で、あの男に、蘇芳に出会ったのだ」
「蘇芳さんに・・・・」
反復するように宗次郎が呟くと、雷十太は頷いた。
「剣客として生きていく自信を失っていた吾輩に蘇芳は言った。『剣は本来、人を斬る為の物。その為に使うのを、何故躊躇う必要がある?』と」
弥彦と剣心の表情が僅かに強張った。
「『奪った命の重さで奈落に堕ちると言うのなら、いっそ堕ち切って地獄の底まで行ってしまえ』とな。そうしたら今度こそ、吾輩の目指す真古流の時代が築けると―――」
雷十太はニッと笑う。そのどす黒い笑みを見た弥彦の背に、さっと悪寒が走り抜けた。
そして、剣客としての直感が弥彦に知らせた。この男はもう、人を殺めている―――。
恐らくは剣心と弥彦に敗北したあの時から、そして蘇芳に出会ってしまったその時から、この男はゆっくりと、しかし確実に、冷静なまま狂っていってしまったのだと。
「どれだけ業が深かろうが構わぬ! 吾輩は真の殺人剣の強さを得たのだ! 今度こそ、貴様らに負けるわけにはいかん!!」
「てっ、てめえっ・・・・!!」
身勝手な雷十太の言い分に、弥彦は怒り心頭といった風に逆刃刀の柄に右手をかける。そのまま抜刀、雷十太に飛び掛った。
けれどほぼ同時に雷十太も刀を抜き放ち、すかさず袈裟懸けに振るってきた。
「ぬぅん!」
独特の風切音にそれが飛飯綱だということを瞬時に見切り、弥彦はそれを横に飛んで躱した。
弥彦の着地の場所を見越して新たな飛飯綱がまた迫ってくる。雷十太の間合いに入り込めるように今度は弥彦は前に出るが、近付けば今度は飯綱を飛ばさずに刀身に纏わせたままの技、すなわち纏飯綱の方が弥彦へと振り下ろされた。
「ちっ!」
舌打ちして避けながらも、弥彦はこの戦法は以前雷十太が剣心にも用いたものだったな、と思い出す。間合いの中では纏飯綱を使い相手に攻撃の隙を与えず、間合いの外からは飛飯綱で狙い撃ちにする。
剣術においては、己の間合いを制することこそが勝利へと繋がる。雷十太のこの飛飯綱と纏飯綱の連携攻撃の前には避け続けるしか術は無く、弥彦も己の間合いへと持ち込めない。
まして、少しでも触れれば手や足などばっさりと斬り飛ばされてしまう飯綱を相手に、神谷活心流の奥義である刃渡りは使えない―――。
「あの〜、もしかして弥彦君の奥義とあの飯綱って技、相当相性が悪いんじゃないですか、緋村さん?」
自分達の方にまで襲い掛かってくる飛飯綱の嵐をひょいひょいと身軽に避けながら、宗次郎は剣心に問う。
弥彦の会得している神谷活心流奥義・刃渡りは、以前見たことがあった。確か、手の甲で白刃取りし相手の刀を制止する『奥義の防り・刃止め』と、その状態から派生し手の甲を刃に滑らせて柄尻で穿つという『奥義の攻め・刃渡り』という二つの動きから構成された攻防一体の技だ。
宗次郎が得意とする瞬天殺が相手の先の先を取る技であるのに対して、弥彦のこの技はそれとは正反対に相手の後の先を取ることを昇華したもの。だからこそ極めれば相手に確実に勝つことができるが、飯綱相手ではそもそもその技を使うのは難しい。
剣心とてそれは承知のようで、同じく飛び飯綱を躱しながら険しい視線を弥彦に向ける。けれどそれは、状況の厳しさを見て向ける目ではなく。
「確かにそうかも知れぬ。だが、弥彦は絶対に負けぬでござるよ」
いつかは自分を越えて欲しいと、その成長を願った弥彦に向けるのは、どこまでも彼を信じる眼差し。
「おのれ猪口才なッ!」
どこまでも直撃を避け続ける弥彦に痺れを切らしながらも、それでも雷十太の剣速は衰えることは無い。雷十太がなかなか弥彦を仕留め切れずにいることに、鈴も背後でやきもきしている。
「あ〜もう、雷十太さんってばあんなすごい技持ってるくせになかなか極まらないんだからっ。手や足の一つでも切り飛ばせば、この先楽に・・・・おっ?」
あっけらかんと怖いことを言ってのけた鈴の期待に応えるようにか、弥彦の左の二の腕の辺りに鮮血が散った。ただし彼女が期待した通りにではなく、ほんの少し掠った程度のようではあったが。
「くっ!」
「ぬん!」
だがそれに顔色を変えること無く、雷十太は依然として飛飯綱を放ち続ける。前は掠っただけで一々喜んでいたのに、と弥彦も雷十太の変貌を改めて感じる。
「ぬん、ぬん、ぬぅぅん!」
甲高い風切音と共に、幾重もの飛飯綱が迫り来る。素早く躱し続ける弥彦だったが、だがそれでも左肩、右足といった場所にほんの少しずつ掠っていく。こうしてだらだらと体力を削られ続けていけば、間合いを制しきった雷十太が圧倒的有利な立場になるのは間違いない。
(このままじゃ埒が明かねぇ! こうなったら・・・・!)
一か八か、弥彦は賭けに出ることにした。剣心のように間合いの外から攻撃する手段を持っていない以上、弥彦が選択する手は一つしかない。
「うおおおおッ!」
気合の声と共に弥彦は前へと踏み出した。自分の方へと攻め入ってきた弥彦に雷十太は僅かに驚きながら、けれど次の瞬間には勝利を確信したかのような笑みを浮かべる。
「馬鹿め! 自分から纏飯綱の間合いに入ってくるとは!」
渾身の力を込め、雷十太は刀を振り下ろす。少しでも触れれば真っ二つに体が裂かれたのであろうそれを、
弥彦は紙一重で避けた。
「くっ!」
だが、雷十太とて抜かりは無い。即座に第二撃を加えようと刀を振り上げかけ、けれどその刀身を弥彦が頭の上で逆交差させた手で白刃取りしていた。そう、奥義の防り・刃止め。
この奥義を得る為に弥彦が熱心にこなした修行が、雷十太の動きよりも速い拳の振りを可能とした。そして闘うたびに得てきた実戦経験が、恐れずに相手の懐に飛び込むことを可能とした。
弥彦はそのまま手の甲を雷十太の刀に滑らせた。そしてその勢いのままに、雷十太の喉笛に思い切り柄尻を叩き込む。間髪入れず上方へ柄尻を打ち上げ、顎にも第二撃を入れた。刃止めから派生する攻め、これこそが神谷活心流奥義・刃渡り―――!
「ぐあっ・・・・!」
雷十太は口から血と共に醜い悲鳴を吐き出した。そのまま後ろへとどさりと倒れ、刀を手放しはしなかったが、あとはぴくりとも動かなかった。いかに筋肉の隆々と盛り上がった体を誇る雷十太とて、喉と顎という急所を突かれては一溜まりもない。
弥彦は刀を納めないまま雷十太に近付いた。体が動かない代わりに、満身の力を瞳に込めたのか、血走った目がぎょろりと弥彦を睨んだ。またしてもこんな小僧に敗れたのか。その目はそう言っていた。
「・・・・確かに、刀は人を斬る為の物だけどよ・・・」
弥彦は息を整えながら、雷十太に静かに語りかけた。不思議ともう、怒りは湧いてこなかった。今度こそ実力で彼を打ち負かしたからか。けれど何故か、達成感よりも空しさが勝る。
ただ、こいつは結局、刀をその為に使うことしかできなかったのか。そう考えるとほんの少し、哀れみすら覚えた。
「だからって、身勝手に人を斬っていいわけないだろーよ・・・・」
かつて蘇芳に投げつけたのと同じ言葉を、弥彦は口にした。相変わらず自分を睨みつけたまま、けれど動こうとしない雷十太を見て、弥彦はようやく納刀した。その頃にはもう、宗次郎に剣心、鈴の三人は彼らの側まで寄ってきていた。
どちらかというとその『身勝手に人を斬ってきた』区分に入る宗次郎は、ちょっと耳が痛いなぁと思いつつも、にこっと弥彦に笑いかける。
「お疲れ様です。正直、大丈夫かなぁって途中思いましたけど、無事に勝てて何よりです。いやぁ、弥彦君は流石ですねぇ」
「・・・・褒め言葉として受け取ってやるよコノヤロウ」
正直なだけで他意は無いであろう宗次郎の言葉に、素直に喜べない弥彦は苦虫を噛み潰したような顔で笑う。
けれどその宗次郎の傍らにいる剣心は、浮かぬ顔でただじっと雷十太を見下ろしている。視線に気付いた雷十太もまた、今度は剣心を睨みつける。
「・・・・雷十太、お前の日本の剣術を憂う気持ちに間違いは無かった」
ごく穏やかに、剣心は雷十太に語りかける。
そう、剣術の未来を悲観する雷十太の気持ちは、剣心も剣客、分からなくも無い。新時代という激流の中で、刀という物の重みは徐々に、だが確実に失われている。
けれど剣術を後世に伝えたいと願う者がいる。剣術は確かに殺人のために発達した技術、けれど竹刀剣術のように人を殺さなくとも強くなろうとする者達もいる。
雷十太の剣術を憂う気持ちに間違いは無かった。ただ、雷十太はそのやり方が間違っていた。他者を虐げてまで殺人剣を復活させようとする、それは己の身勝手な欲望に過ぎない。
「お前は覚えているか。塚山由太郎という少年を」
それまで弥彦や剣心の言葉に反応を示さなかった雷十太だったが、その名前にはぴくりと反応した。自分を慕う気持ちを散々利用し、挙句切り捨てた少年のことを、雷十太はそれでも、記憶の隅には留め置いたのだろうか。
「由太郎はお前に腕を斬られた後、二度と剣術のできない体になった。それでも由太郎は諦めなかった。ドイツにまで渡って右腕を治し、前と同じようにとまではいかなくとも剣を振るえるようになった。そして、この弥彦と共に神谷活心流の師範代を務めるまでにもなったんだ」
雷十太は呻き声一つ上げず剣心の言葉をただ聞いている。他の面々もまた、誰も口を挟めずに、いや挟まずにいた。
剣心はなおも雷十太に話りかける。どこまでも相容れなくとも、同じ剣客同士、分かり合いたいと願う心も確かにそこにあるのだろうか。
「この十年で、由太郎は大きく成長した。無論、弥彦もな。だが、それに比べてお前がこの十年でしてきたことは何だ?」
静かながらも、剣心の声がやや鋭さを増した。射抜くような剣心の視線に、雷十太も僅かにたじろいだかのように見えた。
「この十年、お前は新たな罪を重ねただけだ。奈落に堕ち、強さを得たところで何になる? そんなものは真の強さだとは呼べぬ。言ったはずだ、奪った命の重みで己が奈落に堕ちる剣、それが殺人剣だと」
今度こそ、雷十太は打ちのめされたような表情になった。
目はカッと見開いたまま、けれど口は何事かを言いたそうにパクパクと開閉を繰り返している。ただ、そこから音は紡がれない。
剣心は目を細め、ほんの僅か憐憫の情をかけるかのような色をその双眸に乗せた。この男がたとえ剣の道しか知らなくとも、もう少し違う生き方ができていたなら。
そうして、再び強き意思を瞳に込めると、言った。
「もう刀の時代ではなくとも、それでも剣術を担い続ける者がいる。いつの日か、剣術が必要とされない時代も来るのかも知れぬ。それでも、次世代を背負っていく者達が、何らかの形で剣術を後世に伝えていくのなら、それでいいと拙者は思うでござるよ」
何より、この国がいつか剣術だけでなく、他の武力も必要としない時代が来るのなら、それは平和であるという証だから剣心はその方がいいとも思う。最も、それはまだ見ぬ遠い遠い未来の話ではあろうが。
「・・・・そういえば、この刀を打った人も、そんなこと言ってました」
宗次郎だった。天衣を腰紐から外して左手で鞘を持ち、右手で柄を握り、スッと引く。刃の無いその刀身がほんの少し顔を出した。
「この刀を打った人は獅堂さんっていうんですけど、獅堂さんは本当は幕末の動乱の頃に刀を打ちたかったんですって。でもその頃は半人前で刀は打てなくて、一人前になった時にはもう、動乱は終わってしまってて」
流浪の旅の途中でこの天衣を譲り受けた時、当の獅堂から聞いた話だ。粋っぷりのいい壮年の男だった。『新井赤空みたいに、時代を動かせる刀を作りたかったのによ』。もう維新から十年以上も時が経っているのに、心底悔しそうに呻いていた姿が印象的だった。
「だから獅堂さんは新時代に相応しい刀を打ってみたんですって。それがこの、刃の無い刀、天衣」
刀で人を斬る時代でなくなったのなら、ならば決して人を斬ることのない刀を作ろう。そうした思いが込められているのが、天衣だった。
宗次郎と獅堂はお互いの旅の途中で出会った。その時イザコザに巻き込まれ、期せずして宗次郎はその剣の腕前を披露することになったのだが、獅堂はその闘いぶりを見て、加えて彼がどうして流浪れているのかその理由を知って、刀を譲りたいと言い出した。
宗次郎自身は、剣客としてどうのとか剣術がどうのとか刀がどうのとか、難しい話は良く分からない。
ただそれでも、刃の無いその刀があれば、振るっても人を斬らなくて済むんだと単純にそう思った。それに、その時は咲雪の一件の後でもあり、人の命を奪うことについて考えていた時期でもあった。斬りたくないではなく斬らないと、おぼろげに考えつつあった時期だった。この刀があればそれについて、いつか自分なりに結論を出せるのかもしれない。
かくしてその刃の無い刀は、かつては天剣とも称された彼の天衣無縫の剣技を見た獅堂によって『天衣』と名付けられ、以降は宗次郎の腰に落ち着くことになる。
「もう刀の時代じゃないんだなぁってことぐらい、僕でも分かります。でも、散々人を斬ってきた僕が刀を手放しちゃうのも、何だかずるいなぁって気もして」
無論、刀を持たずに生きていくことはできた。流浪人となった後なら可能だったろう。
けれど宗次郎はそうしなかった。たとえ刃が無くても、刀と共に行く道を選んだ。
「だって、僕がたくさんの人を殺してきたっていうのは事実ですから。でも完全に刀を手放しちゃったら、その事実から目を背けちゃうようなものだと思うんですよね」
この考え方を他人はどう思うか知れない。けれど、宗次郎がこの十年で自分なりに考えたことだがら。
確かに、刀は人を斬るための道具である。それでも今の宗次郎にとっての刀は、闘いの為に使うことも勿論あるけれど、どちらかといえば自分の生き方について考えさせる媒介とも呼べるかもしれなかった。
最も、この宗次郎のこと、刀があった方がいざって時に便利だよねという考えも、ちらっとあったりする。
「・・・・あ、すみません。何だか話が大分逸れちゃいましたね」
はた、と気が付いて宗次郎は声を上げる。弥彦は腰に両手を当て息を吐きながらも、別に呆れてはいない。
「別にいいって。それより、お前がその刀を持ってるのってそんな理由だったんだな」
静岡で再会した時から、弥彦は実は密かに宗次郎が天衣を持つ理由が気になっていた。少なくとも弱肉強食の理念に戻ってきたわけではないだろうとその時は思ったが、こうして理由が宗次郎の口から明言され、何となく胸のつかえが取れた気分だ。
「さて皆さん、もういいかな? そろそろ次の間に行きましょうか」
頃合いを見計らったかのように鈴が宗次郎達に声をかけてきた。どう見ても勝敗は明らかで話も着いたようであるから、鈴としてはもう先へと進みたいらしい。一応、同志のよしみか、
「雷十太さん、お疲れ様。頑張ってたけどダメだったね、けど、後はあたし達や蘇芳さんに任せてね♪」
とどこまで本気か分からないような明るい声音で声をかけてはいたようだったが。
宗次郎は異存なかったし、剣心も頷いた。弥彦も「ああ」と声を上げ、けれど次の間に向かう前に一度雷十太の方を振り向いた。
雷十太は体を畳に投げ出したまま、虚空を見つめてぼんやりとしている。
「雷十太。もしお前がそれでも剣を手放せねぇってんなら、それでもいい。・・・・ただ、もう人殺しはすんじゃねーぞ。お前自身の為にもな。これ以上堕ちちまったら、今度こそ、這い上がれなくなっちまうぜ」
果たして、弥彦のその言葉は、雷十太の耳に届いただろうか。
反応の無い雷十太に溜息を吐きつつ、それでも心の中で、
(これ以上まがい物野郎になるんじゃねぇぞ、由太郎も失望するからな)
とこっそり思ってから、弥彦は宗次郎達の後を追ったのだった。
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