―第十一章:熾火―
松代の予測した通り、宗次郎が雷十太を打ち負かしてから、京都の町を騒がせていた道場破りはぱたりと姿を消した。それ以来、特にこれといった事件も無く、京都はただただ平穏を保ったままだ。
それはきっと、市井の人々にしてみれば願ってもいないことなのだろうけれど、生憎と宗次郎にとってはそうではなかった。
(困ったなぁ。あれから丸二日、何の手がかりも無し、か)
大して困った風でもなく、宗次郎は心の中で独白を漏らす。
そうなのだ。
雷十太の起こした騒ぎが収まったことで、同時に蘇芳の手がかりもまた消えてしまった。操や蒼紫達、京都隠密御庭番衆もその情報網を駆使して蘇芳のことを探しているのだが、依然としてその消息は掴めていない。いみじくも『時が来れば、自ずと蘇芳の方から姿を現す。そうでなくば、蘇芳は決してお前の前に現われはしない』という雷十太の言葉通りに。
じっとしていた方がいいのかなぁ、と思うのと同時に、かと言ってじっとしてもいられない、という思いもまた宗次郎にはある。日中は葵屋を出て、心当たりの場所を幾つか回ってはいるのだが、やはり蘇芳の居所は分からないままだった。
今日はどうしようかな、やっぱりじっとしていた方がいいのかな・・・・と宗次郎が思いあぐねながら葵屋の廊下を歩いていると、後ろの方からトタタタと軽快に駆けてくる足音が聞こえてきた。宗次郎が振り向くと同時に、袴の裾をがっしと掴む小さな手があった。翠だ。
「やぁ、翠ちゃんおはよう」
「宗兄ちゃん、おはよう!」
翠もまた、宗次郎を見上げながらにこにこと挨拶をした。
雷十太の一件が解決し宗次郎が葵屋に厄介になったその日から、翠は彼のことを『宗兄ちゃん』と呼んでいる。宗次郎が、自分や操達のことを(直接的ではなくても)守ってくれた、と翠は幼い頭でも認識して、彼に親近感を覚えたらしい。ただ単に、自分を構ってくれる年上の人という遊び相手ができたことが嬉しいというのもあるのだろう。
そんなこんなで翠に懐かれてしまった宗次郎ではあるが、別に悪い気はしない。上半身を少し前に傾けて翠の顔を上から覗き込むようにして、のんびりと会話を続ける。
「どうしたの、こんな朝早くに」
「宗兄ちゃん、今日もお散歩に行くんでしょ? 連れてって♪」
にっこり、と翠は操そっくりに笑う。
ただの散歩なら宗次郎も二つ返事で了承するのだが、今はそういうわけにも行かない。
(参ったなぁ。散歩って言って誤魔化してたのが裏目に出ちゃったな)
穏やかな笑顔を少しも変えないまま、宗次郎は内心呟く。
ここ二日、宗次郎は蘇芳の居場所を探っていた。操達は当然そのことを知っているが、まだ幼い翠には言うわけにもいかず、宗次郎はただの散歩だという方便を使っていた。が、翠はすっかりその方便を信じ込んでいて、『ただの散歩ならあたしも行きたい!』と思ってしまったらしい。
「ねぇ、いいでしょ?」
「う〜ん・・・・・」
返事をし兼ねて、宗次郎は笑顔のままぽりぽりと頭を掻く。
と、そこへ丁度一人の老人が通りかかった。
「良いではないか。たまには気晴らしに二人で散歩に行ってみたらどうじゃ?」
「翁さん」
振り返りながら、宗次郎はその人物の名を呼ぶ。
いかにも隠居した老人、といった風の外見の彼の名は、通称『翁』こと柏崎念至。丸みを帯びた帽子、先に小さなリボンを結わえた長い白髭、と、どことなくお茶目な雰囲気も漂わせている。
けれどその実、この好々爺はひとたび怒らせたら隠密御庭番衆最恐とも謳われており、その実力は方治が選りすぐった梟爪衆をあっさりと返り討ちにし、酷な拷問を科したことからも窺い知れよう。十年前の闘いの際には修羅道に堕ちようとした蒼紫を止めるために、御庭番衆の御頭であり同志でもあった彼をその手で潰す覚悟までしていたという。
蒼紫とこの翁とが決別するよう煽った宗次郎としては、『あの時のご老人かぁ』と彼と顔を合わせるのも何となく妙な気持ちになったものだった。けれど、操がうまく取り成してくれたこともあり、翁としても十本刀最強でしかも剣心の刀まで折ったというこの青年が、果たしてこの十年でどう変わったのか、それを自分の目で見極めたいというのもあり、存外すんなりと宗次郎が葵屋に来ることを受け入れたのだった。
それはさておき。
「向こうは時が来れば出て来ると言っておるのじゃろう? なら焦ることなど無いわい」
「ええ、それはそうなんですけど、」
「男は常に正々堂々と構えていればいいんじゃ。ひょ〜っひょっひょ♪」
「はぁ・・・・」
変に説得力のある翁の一言に宗次郎は頷くしかない。十年前、剣心も翁に同じようなことを言われて妙に納得していたりもするのだが、それはまた別の話。
「翠も瀬田君と遊びたがっておるようじゃしの」
「うん、行きたい行きたい!」
翁という強力な味方が自分についたことで、翠もどこまでも食い下がらない。
そんな二人に、宗次郎は案外あっさりと「ま、いいか」と承諾した。確かに翁の言う通り、向こうが時が来れば姿を現すと言っている以上、これ以上蘇芳の探索を続けても仕方ないのかもしれない。
「それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「行ってきま〜す!」
意気揚々と翠は宗次郎と手を繋ぎ、翁に軽く手を振った。翁もまた気を付けてな、と笑顔で二人を見送る。
二人が廊下の先を曲がり、すっかりその姿が見えなくなった頃、翁はぽつりと呟いた。
「しかし、あの青年が元十本刀とはのう・・・・見ただけでは普通の青年と変わらんわい」
それは、初めて宗次郎を見た時も感じたことだった。
十年前、剣心や操から話を聞いてその身体的特徴について知ってはいたものの、本当に彼は一見すると人の良さそうな青年といった風で、多くの人を手にかけてきたようには到底見えなかった。どこか幼い子どものようだという印象も持った。けれど同時に、だからこそ危ういのだろう、とも翁は思った。
闘気も殺気も持たない、あまりにも無邪気過ぎたかつての宗次郎。その頃の宗次郎と翁は直接会ったことは無かったけれど。
剣心から話を聞いて分かった。情を持たずに剣を振るう、それはあまりにも危険だと。通常の剣客なら、たとえどれだけそれを感じずにしていようと誰もが持つ相手を殺すことへの躊躇いが、その青年には無いのだと。だから彼は恐るべき剣客なのだと。
宗次郎が剣を持っても、幼い子どもが玩具を手にした時のような無邪気さしか感じられなかった、と剣心はそう述べていた。宗次郎が剣を振るう様は、例えば幼い子どもが悪気も無くわざと蟻を踏み潰すような、それと近いものがあるのだと。
悪気無く人の命を奪う、それ以上の罪悪があるだろうか。
情を持たぬ、極上の腕を持つ剣客。確かにそれは最強の修羅と呼べるだろう。志々雄が彼を重宝した理由も、翁は分かる気がした。人を大勢殺させるのにそれ以上の人材はいない。
操の話によれば、宗次郎は剣心との闘いをきっかけに、弱肉強食の理念に縛られること無く、本当の自分と答えを見つけるための旅に出たのだという。十年前と十年流浪した後の、宗次郎の実際の闘いぶりを見ていた操は言っていた。『今の瀬田と、あの頃の瀬田は違う』、と。
操はおてんば娘ではあるが、ああ見えて案外聡明だ。人を見る目もある。その彼女が言うのだから、確かに十年前の彼と今の彼とは違うのだろう。翠とああして和やかに会話を交わしている姿からは、確かに血の臭いなど微塵も感じられない。普段は穏やか、というと剣心もそうだが、宗次郎のそれはまた質が違う。どこか幼さを含むのだ。
二日前、操に宗次郎を紹介された時、翁が面食らったのは事実だ。けれど、孫娘同然の操が宗次郎を信じてみるというのなら、翁もまた彼を信じてみたいと思う。
何より、翠があんなに宗次郎に懐いているのだ。子どもは結構敏感で、自分に害を仇なすものは何となく分かるものなのに。
(老兵の出番は終わった・・・・が、もう一度、一肌脱いでみるかのう)
十年前の闘いで世代交代を実感し、自分は表舞台から完全に身を隠すつもりでいた。けれど、またこの国に動乱の予感があり、それを宗次郎が止めようとしているというのなら、協力するのも悪くない。
翁はフム、と一人ごちて頷くと、顎鬚を扱きながら自室へと戻っていった。
宗次郎と翠が京都の町をあちこち散歩しているうちに、いつしか陽は高く昇っていた。
「お腹すいたね〜。そろそろ葵屋に戻ろっか?」
「うん、そうしようか」
くいくいと腕を引っ張る翠に、宗次郎はにこにこと笑って答える。
今日は完全に蘇芳探しを諦め、ただのらりくらりと歩き続けていたのだが、それだけでも翁の言う通り気晴らしにはなったかもしれない。のんびりと、秋の涼しく、けれど程良く温かい空気の中を散歩するのは、本当に気持ちがいい。
道を歩くうちに目に入る町の人々も、ある者は商いに精を出し、またある者は家か仕事場に行く途中なのか、大きな荷物を抱えている。こういったごく普通の人々の生活の営みを見ていると、
(もし京都大火が成功してたら、こんな光景も無かったんだろうなぁ)
と、かつての宗次郎なら気にも留めなかったであろうことを、ふと思わずにはいられない。そういった思考ができるようになった自分に、何となく苦笑したい気分だ。
そんな宗次郎の複雑な思いも知らず、翠は帰路を急ごうと宗次郎の手を更に引っ張る。
「早く行こうよ、宗兄ちゃん」
「あはは、分かってるって。・・・・ん?」
翠に明るい笑顔を向け、しかし宗次郎は何かに気が付いたようにふっと顔を上げた。
そうしてきょろきょろと辺りを見回す。
「どうかしたの?」
「いや・・・・」
不思議そうに見上げてくる翠に、宗次郎はそちらを見ないままで曖昧な返事を返す。
視線を感じたのだ。誰のものかは分からない、けれど、自分を強く睨みつけるような視線。
周りを見てもその視線の主らしき者はいない。皆自分の生活を続けている。宗次郎が志々雄や剣心くらいそういったものを鋭く察知できるならきっと視線の出所も分かったであろうに、残念なことに宗次郎はそこまで相手の行動や感情に敏感ではない。
だから、首を傾げながらも『気のせいかな?』で済ませてしまった。
「何でもないよ」
「?」
何事も無かったかのように言う宗次郎に、翠はますます目を丸くするばかりだ。
「さて、それじゃ葵屋に帰ろっか」
「うん!」
そうして話題を逸らすかのように、再び葵屋への帰路を行く。
―――宗次郎は気が付かなかった。気付けなかった。けれど確かに、宗次郎を睨みつけている存在はいた。
彼は宗次郎がその場を立ち去った後も尚、彼をじっと、鋭い視線で穿つように見ていた。物陰に隠れるようにして、それでも瞳には昏い光を宿して。
もし宗次郎が、その視線の意味を鋭く察知できたなら。彼が宗次郎を見る目に殺意と憎悪と怨恨とが、どす黒い負の感情が含まれているのに気付いたろうに。
けれど宗次郎がその視線の主と相対するのは、もうしばしの時を要する。
「ただいまぁ」
そんなことは露ほども知らない宗次郎は、翠と共に葵屋へと戻っていた。
玄関の戸を開けた途端、どたどたと騒がしい足音を立てながら操が廊下を駆けてきた。
「瀬田、あんたどこ行ってたのよ!」
「どうしたんです? 血相変えて」
「あたしと散歩に行ってきたんだよ〜」
息急き切って話す操とは対照的に、宗次郎と翠はどこまでも落ち着いている。
そんな二人に操は『あ〜もう!』と内心頭を抱えながら、興奮覚めやらないといった様子で答えた。
「緋村よ! 緋村が来たのよ、薫さんや弥彦と一緒に!」
「!」
それを聞いて、宗次郎の顔も心なしか明るくなった。そのうち京都に到着するだろうと思ってはいた、けれど、それがまさか今日だったとは。
「緋村さん達、いつこちらに見えたんですか?」
「ついさっきよ。みんなあんたが来るの待ってるんだから、早くしなさいよ!」
剣心達が京都に着いたことが操も嬉しいのだろう、早く早くと宗次郎を急かす。草鞋を脱ぐと操は待ちきれない、といった風に宗次郎の手を引っ張って客間へと連れて行った。
「ほら、ここよ」
操は足を止め、何となくうきうきした顔で宗次郎を見る。翠もそんな母親に纏わり付きながら、同じような顔で宗次郎を見上げている。
宗次郎は軽く笑って息を一つ吐いて、その客室の障子戸を開けた。
落ち着いた緑色の畳が十二畳程敷き詰められた和室に彼らはいた。蒼紫と翁は既に上座へと座っていて、用意された紫色の座布団の上に座っているのは、弥彦、薫、剣路といった面々・・・・そして丁度、宗次郎の真正面にいたのは、確かに緋村剣心その人だった。
「お久しぶりです、緋村さん」
自然と頬が緩み、宗次郎の顔には微笑が浮かんだ。彼と会うのは、以前東京を訪れた時以来だから、もう二年ぶりくらいになるだろうか。
十年前とは違う短い髪、少し小さくなった十字傷、もう腰には帯びていない逆刃刀。彼もまた十年という時を経て、変わったところは幾つもある。それでも、外見こそ変われど剣客としての信念を捨てることは無く、優しさと厳しさとをその穏やかな瞳に秘め、ただ静かな笑みを湛えている。彼らしいところは何一つ、変わっていないのだ。
不思議な懐かしさを宗次郎は覚える。彼という存在が無かったら、今ここにこうしていることも、きっと無かったのであろうから。
「久しぶりでござるな。お主も元気そうで何よりでござるよ」
にっこりと剣心は笑う。彼は確か今年で三十八だということをうっかり失念してしまいそうな笑顔である。もっとも、彼と同じく童顔である宗次郎がそれを言える立場ではないが。
「とりあえず葵屋に来てみたらさ、操が宗次郎もここで泊まってるなんて言うもんだから、びっくりしちまったよ」
「弥彦君」
真っ直ぐな笑顔を向けて来る弥彦に、宗次郎もつられるように笑顔を向ける。確かに弥彦もびっくりしたことだろう、何せ宗次郎が葵屋に世話になることに、その本人が一番驚いていたのだから。
そうして宗次郎は視線をすっと剣心の左隣にいる人物に移した。
「薫さんも剣路君も元気そうですね」
「ええ。本当に久しぶりね、宗次郎君。ホラ、剣路もご挨拶なさい」
すっかり母親らしい顔になっているが、それでも少女らしさの抜けきっていない薫。薫もまた北海道での事件以来の既知である。傍らの息子に挨拶を促すが、肝心の剣路はというと宗次郎を一瞥して、ふん、とそっぽを向いてしまう。
剣心と薫の一人息子である剣路は幼い頃は泣き虫だったのだが、今では誰に似たのやら、少し捻くれていて万年反抗期といった性格らしい。外見は幼い頃の剣心にそっくりなのだが。
「―――で、だ。肝心の宗次郎も来たし、本題に入ろうじゃねーか」
その剣路の更に隣に座っている弥彦が、力強い笑みを浮かべて宗次郎を見る。操が部屋の隅から座布団を運んできて、宗次郎と自分と翠の分を置く。
宗次郎はその上にきちんと座って、剣心や弥彦に向き合った。宗次郎はほんの少し微苦笑を浮かべて、こう切り出した。
「まさか静岡での事件の時は、こんなに大事になるとは思わなかったなぁ」
今この部屋にいるのは、剣心、弥彦、薫、剣路、蒼紫、操、翠、翁、そして宗次郎の総勢九名。
元々は静岡での辻斬り事件に宗次郎一人が興味本位で乗り出したのに、その事件を起こしていたのが旧知である蘇芳だったから、結果的にその場に居合わせた弥彦や志々雄と縁のある剣心達をもこうして関わらせることになってしまった。
かつて志々雄一派と闘った者達とはいえ、結局巻き込む羽目になっちゃったなぁ、と思う。自分がケリを着けることだからと、一人で静岡を出てきたのに。
「ちょっと瀬田、あたし達は自分で決めてあんたに協力してるんだからね。それを忘れないでよ!」
「そーだぜ! 静岡の時も言ったけど、俺はあの蘇芳を野放しになんてできねーからな!」
まさか宗次郎の心中を読んだわけなのではないだろうが、操と弥彦があまりにもナイスタイミングで言い放った。宗次郎が思わずきょとんとしていると、剣心もまた頷いて静かに口を開いた。
「志々雄の事が絡んでいるのなら、拙者達にとっても他人事ではござらん。十年前の闘いが終わっても、まだ見えぬところに動乱の火種が残っていたというのなら、それを消し止める役目をお主一人だけに背負わせるわけにはいかぬ。拙者達も、及ばずながら力になるでござるよ」
そうして剣心は再び穏やかに笑む。
確かに、蘇芳との因縁は宗次郎にしか無いのかもしれない。けれど、その蘇芳がこの日本に再び動乱を起こそうとしているのなら、たとえ闘えない身でもそれを放っておくことなど剣心にはできない。
十年前の志々雄一派との死闘。市井の人々はそんな闘いがあったことすら知らず、江戸から明治にかけての激動の歴史の流れの中、ようやく訪れた新時代の中で誰もがただひたむきに生きている。たとえ歴史の表には出なくても剣心達が志々雄一派を阻止しなければ、そんなささやかな生活すらもやがては崩れていったことだろう。
そうして今、再びこの国とそこに住む人々は蘇芳という脅威に晒されている。
ならば流浪人として、この国を人々を守りたい。剣と心を賭してこの闘いの人生を完遂する、それが剣心の見い出した答えであり、生きる道であるから。この命続く限り、闘い続けようと。
そして、あの志々雄真実と駒形由美の遺児だという、真由と真美。十年前は彼らの存在など剣心も知りもしなかったが、彼らにしてみれば自分は紛れもない『親の仇』。彼らが自分を恨んでいたとしても、否定は出来ない―――あの雪代縁と同じように。
再び剣を取って闘わねばならないのは、宗次郎だけではないのだ。
「・・・・・・」
宗次郎はただ微笑む。こんな時ですら、どんな表情を浮かべればいいのか分からない。きっと、すごく心強く感じているのに。
だから微笑む。知らず知らずのうちにそれが嬉しそうな色を含んでいることに、宗次郎自身が気付くことは無くても。
「そう、ですね。これは僕だけの問題じゃないんですね」
「ああ。だから教えちゃくれねぇか? 昔、お前と蘇芳の間に何があったのか」
皆を代表するように、弥彦が核心を突いた質問を宗次郎に投げかける。
宗次郎はまたにこっと笑って頷くと、ほんの少し中空を見上げた。遠い昔に思いを馳せるように。
「・・・・あれは、十三年前のことでした。僕がまだ十本刀だった頃、それに、蘇芳さんもまだ一派にいた頃の話です」
少しずつ、宗次郎の口から二人の過去の因縁が紡がれていく。
あの時は、蘇芳が志々雄一派から離れる原因となった闘いをした時は、今こんな風になるとは少しも思ってはいなかった。
あの頃はただ、弱肉強食の理念だけを信じていた。
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