<第九章:炎、燃ゆ>
つい先程辿ってきた道を、五人は逆走していた。洞窟を抜け、そしてその先、上へと続く階段の手前、ぽっかりと抜けた空洞で。
清海は、待ち構えていた。
「クックック・・・・待っていたぞ。今度こそ、貴様らの最期だ」
不気味に笑いながら、清海は手にしていた松明を放った。それが地に付いた瞬間、ボッと辺りに炎が燃え広がった。恐らく、油でも撒いてあったのだろう。
「・・・・っ」
聖は息を呑んで炎から後ずさった。身を焦がす勢いのそれが、熱かったせいもある。けれどそれ以上に、彼をそうさせたのは。
頭の奥を掠める、炎への嫌悪感。
(何だこれ・・・・・分からない。けど、前にどこかで、あったような・・・・?)
揺らぐ炎。美しさを感じさせるほどの真紅。
目の前に、朱い景色が広がる。
「あ・・・・・」
「聖君?」
軽く眩暈がして、聖はよろけるようにして宗次郎にもたれかかる。
「どうしたの? 大丈夫?」
「あ・・・うん、平気。ごめん、ちょっと眩暈がしただけ」
残景を振り払うように聖は頭をぶんぶんと振った。
もしかしたら、記憶の手がかりだったかもしれない。でも、今は、清海と決着をつけなければ。
「クク・・・もう熱さにやられたか? このままではお前達は焼け死ぬ。いや、窒息するのが先かもしれんな。
とにかく、我々を倒さなければ、お前達に未来は無い!」
清海がさっと手を上げ合図すると、彼の背後の出口から、ぞろぞろと天狗達が現れた。四人。今までの天狗より、ずっと体格がよく、屈強そうだった。
「・・・あの人とは、ぼくが闘う」
聖が、すっと前に進み出た。その目は強く清海を見据えていた。
聖は思ったのだ。彼とは、自分が闘いたいと。
何故そうしたいのか、聖自身にも、理由は掴めなかった。けれど、それを敢えて挙げるとするなら。一つは事故であったとはいえ伊三の事で清海に対して負い目があるという事。
そしてもう一つは、一瞬浮かんだ記憶の片鱗に、炎の中に浮かぶ清海の姿が見えたという事。
「分かった。あいつはお前に任せるぜ」
「フン、小童が相手とは、ワシも舐められたものだな」
清海の首には、恐らく伊三のと同一の物だと思われる数珠が掛かっていた。清海の小さい体が、その数珠を更に大きく見せる。
「キエエェエエイッ!」
天狗の一人がそう叫びながら左之助に向かっていく。それを封切りに、他の天狗たちも跳躍する。
それぞれの武器がぶつかり合う音と、炎の燃ゆる音が響く中、聖と清海は対峙していた。
「クックック、さて、それではワシらもそろそろ始めようかの」
「・・・・・・」
聖は無言で刀を抜き放つ。済んだ刀身が炎を映し、ほんのりと赤く煌めいた。
「ハッ!」
先に仕掛けたのは聖だった。右手で刀を持ち、清海に斬りつける。が、
「甘い甘い」
「くっ・・・」
巨大な数珠を前に差し出すようにして、清海は身を守っていた。そのまま聖の刀を弾き、すぐさまその数珠を己の体に纏う。
「大回転強襲撃!」
体を回転させ遠心力を付けて、清海は聖に体当たりを仕掛けてきた。予想外の攻撃に、聖の反応は間に合わない。
巨大な数珠に体を打たれ、その勢いのまま聖は吹っ飛ばされた。
「がっ!」
投げ出され、体は地に擦られた。まともに数珠を食らった脇腹が痛み、顔や腕にも擦り傷ができ、血が滲んだ。全身がズキズキする。
「く・・・そッ!」
それでも、聖はすぐさま起き上がった。いつまでも寝てはいられない。痛みくらい、耐えれば済む事!
(攻防一体に使える数珠か・・・どうすればいい?)
清海は体が常人より小さい。そしてそれを、巨大な数珠で守っている。つまり、清海に攻撃を当てにくい。
自分の攻撃を清海に届かせるためには―――。
(あの数珠を、壊すしかない!)
「食らえぇえっ!」
清海が高く跳躍し、聖を襲撃する。迎え撃つ体勢を取りつつも、聖は冷静に見極めていた。攻撃の軌道を・・・・そして、狙いを。
「タァッ!」
掛け声と共に聖も跳び上がる。下段からの攻撃、迦陵の型。その鋭い斬撃は、確実に数珠の珠と珠の間を通り抜けた。ブツッと音を立てて、珠を通していた紐は切れた。
中枢を失って、数珠は無情にもばらばらと零れ落ちる。
「な・・・・」
「今だ!」
攻めと守りの術を失った清海に、聖は肘打ちを極めた。胸元にまともに食らった清海は、目を見開いてその場に倒れ込む。痛みに脂汗を滲ませながら、悔しそうにくそぉ、と声を絞り出した。
その時、とっくに雑魚を退散させ、心配そうに聖と清海の戦いを見守っていた薫達が、こちらに駆け寄ってきた。
「聖君、大丈夫!?」
「結構擦り傷から血が出てますね。後で手当てしないと」
「大丈夫だよ、これくらい」
聖は淡く笑みを浮かべた。確かに体は痛んでいるが、そんなに大した怪我ではなさそうだ。
刀を鞘に収めながら、今度は清海に目を向けた。
彼もまたよろよろと立ち上がっていた。愕然とした顔をして。
「くっ・・・・か、勝てないのか・・・。
もう駄目だ、に、逃げるしか・・・・・・・」
武器も失い、もう勝てないと観念したのか、清海はダッと出口へ駆け出した。次の瞬間。何かで空気が切り裂かれた。
「ぎゃあああっ!」
気付いた時には、小柄が、清海の喉に突き刺さっていた。どうやら彼に向けて放たれたらしい。驚く聖達の目の前で、清海はゆっくりと倒れていく。
「何ィ!?」
「誰かいるんですか?」
弥彦と宗次郎が、小柄が飛んできた方向に向き直るが、誰もいない。
聖と薫がばっと清海に駆け寄るが、もうすでに清海は事切れていた。
「・・・気配がしねぇ。誰だか知らねぇが、もういないみたいだな・・・・・チッ」
左之助が忌々しげに舌打ちする。その声を背後に、聖はまた後味の悪さを感じていた。
(敵だったとはいえ―――・・・・)
この霊山に巣食っていた幹部の二人が死んだ。清海を殺したのは誰だか分からないが、どうして、こんなあっさりと彼を葬る必要があった?
白目を剥いた清海を見下ろしながら、聖は遣る瀬無さに捕らわれていた。
「・・・多分、清海さんと同じ一味の人でしょうね。清海さんは逃げようとしていた。裏切り者を切り捨てるのは、組織としては当然のコト―――」
「な・・・・」
さらりと言ってのける宗次郎に、聖が目を丸くする。
非情とも思えるその口ぶりに、左之助が声を荒げる。
「何でそう言い切れンだよ!?」
「だって、僕も今までしてきたことだもの」
「・・・・・っ!」
皆が息を呑んだ。火の粉の弾けるパチパチとした音が辺りに響く。
そう、宗次郎は元々、どちらかと言えば、聖達より、根津や穴山、清海達に近い立場・・・・・裏の世界で生きて来た者。当然その手は血に染まっていて、そしてその血は、かつての仲間のものであったことも数える程では無いのだ。
宗次郎の顔からは笑みが消え、何かを思い出しているような瞳が幾度か瞬く。
「・・・・でも、」
静かに。宗次郎は再び口を開いた。
「でも、こうして人がそれをするのを改めて見ると・・・・。
何だろう、何か・・・・嫌な気分だ」
普段の宗次郎は、感情をあまり顔に出さない。否、出せない。それは彼の幼少の頃の体験がそうさせるのだが。剣心との戦いを経た今では、少しずつ感情も表情も、取り戻しつつある。
そんな彼の今の表情を表すのなら、困惑という言葉がよく似合う。
「・・・・そうだな。胸糞悪ィな。もし本当に、清海の仲間が奴をやったんならな」
「いつか、その人と対面する日も来るのかな」
聖は清海を見遣った。その死に顔は安らかとは言えない。そっと瞼を伏せさせ、手を胸の上で組ませた時、彼の懐から割符がはみ出しているのに気付いた。
「割符だ・・・」
「確認は後だ、聖! そろそろ時間切れみてーだ」
左之助の声にはっと気付く。もう、出口の方まで火の手が延びようとしていた。ぐずぐずしていては、脱出の機会が無くなる。
それに、酸素が無くなってきたのと、立ち上る煙とで、少し息苦しい。
「このままここにいたら、みんな危ないわ!」
「そうだね。出よう」
ゴオッと逆巻く炎を避けるようにして、五人は出口へ急いだ。階段へ踏み出しかけ、聖は振り向いた。
炎に包まれる清海が見えた。
「・・・・・・」
何か彼に、最後に言葉をかけようと思ったが、何を言えばいいのか分からず、何て言えばいいのか分からなくて。
ただ目を閉じて、そっと黙祷を捧げて、そして聖は階段を駆け上がった。
「ここまで来れば、多分大丈夫だろう」
霊山の頂上、寺の外へ出たところで、一同は浅い息を整えていた。
炎が広がっていたあの空間は地下だし、燃える物もそんなには無いから、恐らくあれ以上燃え広がることは無いだろう。今頃は、もう案外、下火になってるのかもしれない。
「う〜ん・・・」
「どうしたの、宗次郎さん?」
上を向いて何やら考え事をしている宗次郎に聖は声をかけた。もしかして、さっきの事かな、訊いちゃまずかったかな・・・と思っていた聖だったが。
「いえね、清海さん、伊三さん。それに、根津さん、穴山さん。この名前、何だかどこかで聞いたことがあるような気がして・・・」
「ああ、それは俺も気になってたんだ。何だっけか?」
左之助も同じように首を傾げる。
根津。穴山。清海。伊三。
その四人の名前を呟いていた薫は、ふと思い出して、ぽんと手を叩いた。
「―――分かった! 真田十勇士よ!」
「「ああ!」」
宗次郎と左之助も、納得したように手を叩く。聖は、というと、まったく分からない。
「あ、もしかして、聖君は知らない? じゃあ教えてあげるわ。真田十勇士って言うのはね・・・・」
ぽかんとした顔の聖に気が付き、薫が真田十勇士について説明する。
時は戦国時代。
全国を手中に収めつつあった徳川家康に最後まで立ち向かっていた一人の武将がいた。真田幸村。そしてその彼を影に日向に支えていたのが、十人の男達。それが真田十勇士である。
「あの人達が、その真田十勇士と同じ名前?」
「そう。でも、」
「何百年も前の話だしな。そんな奴らが、この世にいるわけねぇ」
「でも、あの人達・・・”我らの生きていた時代”を取り戻すって言ってましたね」
「けっ!再び戦国時代に逆戻りしようってか。くだらねぇ。単なる偶然に決まってらぁ」
「うん・・・そうよねぇ・・・」
口々に言い合う。
確かに、戦国時代の人間が、この明治の世にいるわけは無い。しかし、彼らの名と、その言葉と・・・それがどうにも引っかかる。
本当に、ただの偶然なのだろうか。
「あ、そうだ、聖君、さっきの割符、見せてくれない?」
「ああ、」
そういえば、まだ見ていなかった。掌に入ったままの割符を、指を広げて、皆に見せた。
「もしかして、工場が載ってたりして」
誠真の言葉を思い出しながら薫が言った。
「そうかもね」
聖も頷き、改めて割符を見る。
清海の割符に載っていたのは、下妻という町と、その隣にそびえる山々。葉隠山、というようだ。
この割符は、東京の割符の上に位置するようだ。
「この下妻町ってのが怪しいぜ」
「よっしゃあ、さっそく行って見ようぜ」
さっそく行き勇む左之助だったが、薫が制止の声を上げる。
「まって、割符を見る限り、ここから直接行くより、一度東京に戻ってから向かう方が近いわ。地下で手に入れた花も、恵さんに調べてもらいたいところだし、一度東京に戻りましょう」
「そうだな」
「異議なし!」
こうして一行は、霊山を後にした。
下山の途中、聖はずっと考えていた。
根津達と、真田十勇士、彼らの名前が同じなのは、偶然なのだろうかと。我らの生きていた時代を取り戻す、その言葉の意味を。
そして。
炎の中で垣間見えた、自分の記憶の事を。
第十章へ
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清海・伊三編、元々と一章だけで一気にばーっと書き切ってしまう予定でしたが(そんなに長い編でもないし)、やっぱり聖が色々と悩んでくれてちょっと長くなってしまい、二章に分けました。
伊三の死に様に関しては、ゲームをやりつつも、何かこれは聖達にも非があるみたいで嫌だなぁ・・・と常々思っていたのですが、伊三に限らず、他の死んでしまう十勇士達に関しても、直接手を下さなくても、結果的に聖達の存在のせいで死に追いやられてしまうのですよね。敵だとは言え、何か遣る瀬無い・・・。その辺の後味の悪さを、聖や他のみんなも思っていた・・・・・という感じを書きたかったのですが、何だかあまりうまく書けなかったです(爆)。精進しよう・・・。
次はいよいよ剣心登場&聖の過去が明らかになる海野編!
書きたいシーンも盛りだくさんで、早く書きたくはあるのですが、その前に。
今まであまり描けなかった日常パートと、明るいノリも書きたくて、番外編的に、平八郎イベントの章にしちゃいます(笑)
明るく楽しく、書けたらいいなぁ。
2004年7月4日
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