<第八章:深い地の底で>
霊山。漂う空気はどこかひんやりと重く、連なった木々がそれに拍車をかける。
近隣の村で宿を取り、準備を整えた聖達がそこを訪れた時、どこからともなく天狗姿の山伏が二人現れ、彼らに告げた。
「今すぐここから立ち去るがよい」
「でなくば、死より恐ろしい目に遭うことになろうぞ」
言い残すと、二人は忽然と消えた。
「鬼婆の谷と同じ・・・・やっぱり、ここにも何かあるに違いないね」
「そうだな、聖。行こうぜ!」
何度か森の中で迷いそうになりながらも、五人は山を登っていく。一刻は歩いただろうか、ようやく山頂に辿り着き、そこには、古びた寺があった。
中に入り、隠し部屋に隠された鍵を使って、奥の扉を開けると、その先には地下へと続く階段が待ち構えていた。
「いかにも何かあるって感じですねぇ」
「ああ、怪しい事この上ねーな」
地下の通路には、幸いにもランプの明かりがあちこちに備え付けられていて、それを頼りに一行は進んでいく。ぴちょん、と水滴の垂れる音が、静かな空間にやけに響き渡る。
「ん、あれは・・・?」
薫が指差した先を見ると、岩肌に穴がぽっかりと開き、中から光が漏れていた。何か、部屋のような空間になっているようだ。
五人は意を決して中に足を踏み入れる。そこで見た光景は。
「わぁ、綺麗・・・・」
白い花が、無数に咲き乱れていた。どこからか光が差し込み、淡く見えるそれは、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「でも、こんな地下に花が咲いてるなんて・・・・?」
聖はそっと花に近付いた。今までに見たことのない花だった。白く、小さく可愛らしく、それでいて甘い香りがする。
この花は一体?
触れかけた聖だったが、けれどその場に甲高い男の声が上がる。
「な、何をしているのですっ!」
「あっ・・・・ごめんなさい」
反射的に聖は謝った。しかし、だ。
突如やってきたその男は、僧の姿をしているが、手には薙刀を持ち、どう見ても怪しい。
情けないような顔をしているその男は、明らかに焦った口ぶりで言った。
「うう・・・隠しておいた鍵を見つけて、この地下庭園にまで来るなんて・・・生きて帰すわけにはいきませんっ」
男のその様子にピンと来て、左之助は、
「その焦り方・・・尋常じゃねェな。この花には、何か秘密でもあるってか」
「ななっ、そ、そんなっ!」
「図星かい」
不敵ににやりと笑う。反対にその男、誠真は顔を引きつらせて。
「うっうるさーい! かかれー!」
その声と共に、花畑の奥から、先程の天狗達が十人程現れた。錫杖を手に襲い掛かってくる。
誠真もまた、薙刀を振りかぶって聖に突進してきた。
「くっ!」
すぐさま聖は刀を抜き、応戦する。薙刀の柄を刃で受け止め、弾き返す。
相手は長柄武器、間合いを取られてはこちらが不利だ。聖は刀で薙刀を抑えたまま、誠真に足払いをかけた。
「わわわっ!?」
体勢を崩した誠真がよろける。その隙に、聖は拳打を思いっきり叩き込んだ。呆気なく誠真はのびてしまい、仰向けに倒れこんだ。
「そっちも終わったみたいね」
天狗達を片付けていた四人が聖の所へやってきた。花畑の前、天狗達が累々と横たわっている。
「やっぱり、この人も根津や穴山の仲間なのかな」
「でも、この花とどういう関係があるのかしら」
「さあ。でも、この人に訊けばはっきりしますよ」
聖、薫、宗次郎の言葉に、ぐったりしていた誠真が急にがばっと起き上がる。まずい、といった表情だ。
「おい!」
「い、言えませんっ!」
左之助に凄まれ、誠真はぶんぶん首を振って、座ったまま後ずさる。
「ホウ、もっと痛い目に合いたいって言うんだな?」
「ひいいいっ」
誠真は更に後ずさり、観念したようにペラペラと語りだした。
「い、言います!こ、この地下庭園の花には幻覚作用があります。わ、私達はこの花を栽培するのが仕事なのですぅ」
「何ですって!? それで、この花を増やして、どうするの!?」
薫も詰め寄り、誠真はさらに早口で、
「こ、工場に持っていって、加工して・・・より純度の高い、強い作用を持つ薬を作るそうです」
「工場って、どこにあるの?」
「わ、私は知りませんっ。ご主人様なら、きっと知っているでしょうが・・・・・私は知らないんですっ」
「主人だと?そいつぁ、この近くにいるのか?」
「い、いますともっ! も、もう許して下さい。これ以上は喋れませーんっ!」
色々と限界が来ていたのか、誠真はそう言い残すと、脱兎の如く逃げ出した。けれど、彼から聞き出せた情報は、かなりの収穫だった。
「十分だな」
「一応、花を摘んでいこうか?」
何かの参考になるかもしれない。
皆も同意し、聖はそっと一輪の花を手折った。大事そうに懐紙に包んで、道具袋の中にしまう。
「さて、ご主人様とやらを探しに行くか」
「そうですね」
五人は地下庭園を後にし、まだ探索していない通路へ向かう。右手の奥にずっと進んでいった時、不自然にぽっかりと開いた穴と、どうやらそこからどかしたらしい、大岩があった。
「多分、ここに逃げ込んだんだな」
そのまま、奥へと進んでいく。階段があり、下りていくと洞窟に続いていた。
鍾乳石の立ち並ぶその洞窟は存外広かった。また、あちこちに見張りの雑兵が潜んでおり、幾度か戦闘も繰り広げられた。しかし五人にとっては大した敵でもないので、そんなに苦戦することなく、どんどん最深部へ向かう。
洞窟の地下二階、深い谷の上を渡る大きな橋に差し掛かったところで、彼らは現れた。
「何だてめぇらは!」
「ハハァ、根津の言ってたのは、お前らのことだな? 愚僧共を嗅ぎ回る怪しい奴!」
一人はあの穴山よりも一回り大きい男。赤く巨大な数珠を首にかけ、険しい顔付きによく似合う棍棒を手にしている。
もう一人は、その男とは対照的に、随分小さい男。弥彦よりも背は低く、けれど子どもではない。剃髪した頭に、鉢巻を巻いていた。
「何が怪しい奴だ! お前らの方が、よっぽど怪しいじゃねーか! あの坊さんの言ってた主人てのは、お前のことだな!」
弥彦は竹刀を構え、
「てめえら、根津の仲間だろ? けったいな花作りやがって・・・・一体、何を企んでやがるんだ!?」
左之助が怒鳴りつける。
と、小さい男の方が、クックックと笑い声を漏らした。
「クックック・・・・我が名は清海。そして弟の伊三だ」
「兄弟だったんですか? 随分似てない兄弟ですねぇ」
「宗次郎っ、空気を読め、空気をっ!!」
相も変わらず呑気な宗次郎を、左之助が思わず叱り付ける。もっとも、宗次郎が感じた清海・伊三についての印象を、左之助も(他の皆も)抱いてはいたのだっが。
「ふん、確かに我らは似てはいないが、それもどうでもいいことだ。我らが望むのは、我らが生きていた時代を再び取り戻すことのみ!」
「あなた達が生きていた時代?」
どういう意味だろう、と聖が尋ねようとした時、伊三の大声が響いた。
「お喋りは終わりだ! 行くぞ!」
伊三は、棍棒を五人に向けて思い切り振り下ろしてきた。皆、散り散りになってそれをかわす。地へ叩きつけられたそれは、洞窟全体を揺るがした。着地した足に振動が伝わる。と、聖は背後を見た。
ここは橋の上。すぐ側に谷が迫っている。下手に動けば、下に落ちかねない!
「ぬおおおおおっ!」
伊三は再び棍棒を振るった。壁際にいる弥彦と宗次郎を狙っている。二人はさっとそれをかわし、次の瞬間、棍棒は壁に叩きつけられていた。彼らがそれまでいた場所には、石つぶての雨が降っていた。
「避けてるばっかじゃ拉致があかねぇ! 俺が行くぜ!」
左之助がざっと伊三の前に立ち塞がる。伊三のほうも、左之助をまず標的にすると決めたようで、棍棒を肩に担ぎ上げ、にぃと笑った。
「ぬああああああぁっ!」
振り下ろされる棍棒。それを見ながら左之助は、一瞬で考えていた。
伊三の体格からして、この棍棒は超重武器に分類してもいい。かつて自分が用いていた斬馬刀と同じ―――そしてそれら超重武器の弱点は、威力が大きい代わりに、動きが空振りした時の隙も大きい、という事。
狙うのは、その一点!
「うおおおっ!」
ギリギリまで引き付けて、左之助は後ろへ跳躍した。足が地に着くとすぐさま前へ飛び、驚いている伊三の脇腹に、強烈な拳をお見舞いする。間髪入れず、砂煙と共に豪快に蹴り上げた。
「ぐあああああっ!」
「まだまだァ!」
止めとばかりに、左之助は伊三の頬を思いっきり殴った。伊三はその勢いで吹っ飛び、巨体を壁にしたたかに打ちつけた。ぐう、と呻いている伊三の体に、ぱらぱらと石が落ちてきた。
「へっ、どんなもんでぇ!」
「く・・・・・ぬおおっ! こ、これしきのことでぇっ!」
伊三は痛みに顔を歪ませながらも立ち上がり、棍棒を振り上げた。もう誰でもいいから仕留めようと、聖達の方へ突進する。
「うわっ」
「おっと!」
単純な動きな分、聖達にとってはかわしやすい。易々とかわされるのを見て、伊三は更に激昂して、聖達を睨みつける。
後先考えず暴れまわる伊三に、清海が青くなった。
「や、やめんか、伊三! お前の巨体がこんな洞窟の中で暴れ回ったら・・・・」
「ぐおおおーーーーっ!」
しかし伊三は頭に血が上っていて、清海の言葉など耳に入らない。勢いがつき過ぎて、己が壁に激突しても尚、執拗に聖達へ攻撃を仕掛ける。
「落ち着け、伊三!」
清海が伊三の前へ回り込んで必死に説得する。しかし伊三は、くるっと向きを変え、聖と薫めがけて走り出す。
「!」
二人はその場から飛びのいた。それでも勢いづいた伊三は止まれず、そのまま突っ込んでいく。その先に、足場が無い事にも気付かずに。
「うおおおっ!?」
「伊三ーーーーっ!!」
伊三の驚愕の声と清海の叫び声が重なる。谷へ落ちかけつつも、伊三は何とか橋へ手を掛けようとした。が、その手は何も掴めないまま、伊三の姿は谷底へと飲み込まれていった。
聖は慌てて谷底を見下ろした。そこは薄暗く、何も見えない。ずしん、と何かが地に当たった音が、聞こえたような気がした。
「い、伊三・・・・馬鹿めが」
清海が吐き捨てるようにそう言い、
「我ら十勇士の邪魔をした事、きっと後悔させてくれる!」
捨て台詞を吐いて、ダッと逃げ出した。怒りに満ちた表情をしていた。
「逃がすか! 追うぞ、聖!」
「う、うん・・・・」
追わなければいけないことは分かっていた。けれど、聖はすぐ動く気にはなれなかった。目が、暗い谷底から離せなかった。
伊三が死んだと決まったわけじゃない。
直接手を下したわけではない。兄の言葉も受け入れず、自業自得と言えばそうなのかもしれない。
それでも・・・・・―――。
「・・・気にすんなよ、聖。お前は悪くない」
聖の気持ちを汲み取ったのか、左之助が慰めるようにそう言った。聖が今抱いていた思い、それは多分、この場にいる皆が感じていたことでもあるから。
「行くぞ。清海って奴も止めなきゃ、もっと沢山の人達が苦しむことになる」
「・・・うん、そうだね」
どこか後味の悪さを覚えつつ、五人は清海を追った。
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