<第七章:借りは返す>
宗次郎が行って戻ってくるまで、半刻もかからなかった。
あっけらかんとした顔で、解毒薬、貰ってきましたよ、などと言って、薫にそれを手渡した。
「あ、ありがとう、宗次郎君! これで弥彦は助かるわ」
薫が弥彦の背を支えながら身を起こさせる。白湯を用意し、ゆっくりと口に含ませていった。
「でもコレ、本物なんだろうな?」
「勿論。ちゃんと百鬼さんに確認してきましたもの」
「・・・・まさか殺しちゃいないだろうな」
今の宗次郎なら恐らくそんなことはしないと思うが、一応、左之助は訊いてみた。
「嫌だなぁ。安心して下さいよ。ただちょっと脅してきただけですよ」
「ならいいんだけどよ」
(よくもないと思うんだけど・・・)
根が真面目な聖はついついそう突っ込んでしまう。が、今回の場合は事情が事情だし、向こうも卑劣な手を使ってきたので、まぁ仕方がないか、と自分を納得させる。何より、宗次郎がそうまでしてしてくれたおかげで、弥彦は無事に助かるのだ。手段はともかく、むしろ彼に感謝すべきだ。
「うう・・・・・」
「大丈夫、弥彦?」
薬が効いてきたのか、弥彦が声を漏らし、目を開けた。呆然とした顔で周りを見回し、呟く。
「こ、ここは・・・・俺、どうして・・・・」
「おお、意識が戻った。もう大丈夫じゃ」
村長も、安堵の溜息を漏らす。
「・・・・そうか、穴山にやられたんだっけ・・・」
「良かったね、弥彦!」
嬉しそうな満面の笑顔の薫に、弥彦はちょっぴり照れながら、だからこそ素っ気無く。
「ちぇっ、大げさなんだよ」
「まぁ、良かったじゃねーか。それより弥彦、お前、宗次郎に礼言わねーと。こいつが百鬼から解毒薬手に入れてきてくれたんだぜ」
「・・・宗次郎が?」
左之助の言葉に驚きを隠せない弥彦に、更に聖が言う。
「さっき、たった一人で鬼婆の谷まで行って、取ってきたんだよ」
「・・・・・・・」
弥彦は声を失う。
京都での闘い、その時宗次郎は敵だった。
直接相対したことはなかったが、それでも彼の強さ、剣術以外の、感情欠落の恐ろしさ。それは剣心や左之助達から聞いて知っていた。
紆余曲折を経て、今は同行しているが、かつては平気で人を斬っていた彼が、自分を救うために動いてくれたこと。それが意外で、信じられなくて、・・・・そして少し、嬉しかった。
「・・・そっか。ありがとな」
「いえ、いいんです」
宗次郎はやんわりと笑む。その顔が、心なし嬉しそうなのは、気のせいだろうか?
「でも、どうしてお前が行く気になってくれたんだ?」
疑問を、弥彦は素直に口に出した。それは内心、宗次郎の前身を知っている薫や左之助も思っていた事だった。
宗次郎はしばし考えて、言った。
「・・・正直、自分でも良く分からないんです。ただ、苦しんでる弥彦君とか、泣きそうな薫さんとか・・・・皆さんを見てたら、何か、こう・・・・何かをしなくちゃって、そんな気になって」
本当に、自分でも不思議なんですけど。宗次郎はそう続けた。
それを聞いて、左之助はある事を思い出した。
数ヶ月前、観柳に捕らわれた恵を助ける際、剣心が言っていた言葉。
”人が動くにいちいち理由が必要ならば、拙者の理由はそれで十分”。
その理由とは、恵の寂しそうな目。それだけでも、剣心が動くのに値した。
宗次郎が動いた理由も、”皆さんを見てたら、何か、こう・・・・何かをしなくちゃって、そんな気になって”―――彼が言っていた言葉がすべてで、それで十分なのだろう。
「そっか、まぁ、それでいいんじゃねぇか? 前のお前に比べたら、ずっと人間らしい感情だぜ、それは」
「人間らしいって・・・・僕、元々人間なんですけど?」
「そういう意味じゃなくてだな・・・・・」
左之助は心底そう思ったのに、宗次郎のすっとぼけた言葉にひっくり返りそうになる。けれど、まぁ、それが宗次郎らしいというか何というか。
「けどさ、ホントにありがとな。それとさ、これ見てくれよ」
弥彦がごそごそと懐を探り、何かを取り出してみんなに見せた。描かれている地図こそ違うものの、間違いなく、それは、
「割符じゃねーか!」
「どうしたの、これ!?」
驚く左之助と聖に、弥彦は自信満々で説明する。
「ああ、倒れた時に穴山が近寄ってきたじゃん。その時スッたんだ」
その答えに一同は思い出す。確かに穴山はあの時、倒れた弥彦に近付き、胸倉を掴んだ。しかしそれは、ほんの数秒だったはずだ。
「あんた、あの僅かな隙に!?」
「おう。まだスリの腕は落ちちゃいなかったぜ」
「・・・・呆れた」
薫が、その言葉通りの顔をする。左之助がたしなめた。
「まあ、いいじゃねぇか。これで、弥彦もやられた分の落とし前はつけられるってもんだぜ」
「そうそう。穴山達のアジトも、ちゃんと載ってるんだぜ」
聖は弥彦の掌の中の割符を覗き込んだ。茂原の森と霊山の二箇所が記されている。聖も根津の割符を取り出し、穴山のと合わせてみた。根津の、東京などが記載された割符、その右側に穴山のを置くと、ぴたりと地図が繋がった。
「多分、茂原の森の方だろうね。新座村にも近いし」
「そうだな、聖。俺もそう思う。さっそく行こうぜ!」
立ち上がろうとする弥彦と、慌てて薫が止めた。
「今から? あんた病み上がりなのよ!?」
「大したことねーよ、こんくらい。穴山の野郎に借りを返さねぇと、気が済まねぇ!」
弥彦の様子を見る限り、もう毒や怪我の方は大丈夫そうだ。が、かといってすぐに出発するのは、心配性の薫としては、賛成できない。何といっても、ついさっきまで弥彦は臥せっていたのだ。
「あなたの気持ちも分かるわ。でも、もう少し休んで、準備を整えてからにしましょう。宗次郎君だって、走り通しで疲れてるだろうし」
僕は大丈夫ですよ、と声が聞こえたが、薫は構わず言った。
「二刻後、出発よ」
「行くというなら止めはせんが・・・・気を付けて行きなされ」
世話になった村長に厚く礼を言い、聖達は新座村を後にした。村の人達は、去っていく五人をその姿が見えなくなるまで、温かく見送ってくれた。
聖達は、割符を頼りに道を進んでいく。途中から道らしい道が無くなり、徐々に辺りの木の数も増えてきた。気が付いた頃には、一行はすっかり森に飲み込まれてしまっていた。それでも、獣道のようなところを迷いながらも歩いていくうちに、川へと出た。
明らかに人が作ったと思われる橋を渡り、砂利道を踏みしめて歩を進めていくと、行く手に屋敷が見えた。がっしりとした外見は、いかにもここがアジトである事を、感じずにはいられなかった。
現に、足を踏み入れた途端、雑兵と思われる男達が、何人も聖達に襲いかかってきた。
だが。
「オラァぁ!」
「覚悟をなさいっ」
「どきやがれっ!」
「雑魚に用は無いんです」
「怪我したくないなら下がってて!」
彼らの敵ではない。呆気なく返り討ちとなり、そこら中に転がっていく。あちこちで闘いを繰り広げながら奥へ進んでいくと、大広間に出た。
穴山と、小糸の二人が、その中央にドンと立っていた。
「ほほう、ここまで来やがるとはな。今度こそ、叩きのめしてやるぜ!」
「それはこっちの台詞だぜ!」
「はん、相変わらず生意気なボウズだ。どうやって助かったのかは知らんが、今度こそ俺が確実に息の根を止めてやるぜ」
三又の槍を手に、前に出ようとする穴山を、小糸は庇うようにして進み出た。
「穴山様、まずは、私めが・・・・」
「そうか、頼むぞ、小糸」
穴山の言葉に小糸は頷き、懐から扇を取り出し、ばっと広げた。一見するとただの扇だが、彼女が構えているところからすると、恐らく鉄扇なのだろう。
「さあ、どなたからでもおいでなさい!」
「私が戦うわ!」
威勢のいい声を上げたのは薫だった。聖が何事か言いたげに口を開く。
「薫さん、」
「同じ女同士、私に任せて」
本当は、敵とはいえ女の人に竹刀など向けたくはないが、神谷活心流の極意は相手を倒すことではなく、制すること。
穴山と闘うには、彼女を制す他無いのだ。
「行くわよ!」
ダッと薫は駆け出した。なるべくなら多くの攻撃を食らわせたくは無い。できれば一撃で仕留めたい。狙うは、人体急所!
「胴ォ!」
すばやく技を繰り出すも、小糸に扇で防がれてしまった。バシッという小気味良い音、やはりこれは鉄扇―――頭にでも食らったりしたら、かなりの怪我を負うに違いない。
一旦身を引き、間合いを取る。と、今度は小糸が仕掛けてきた。
「手向けの扇!」
ひゅんと振るってきた扇を、薫は竹刀で受け止める。ぐぐ、と力でのせめぎ合い。けれど力では、神谷活心流師範代をしているだけあって、薫の方が強かった。次第に押していく。
「そ、そんな・・・」
「悪いけど、負けられないわ」
弾き返し、動揺している小糸の隙をつき、薫は胴を食らわせた。人体急所の一つ、肝臓に向かって。
「ぐっ・・・・!」
小糸は膝をつき、倒れ込んだ。肝臓の辺りを押さえ、呻いている。
「あ、穴山様、申し訳、ありません・・・・・」
「気にすんな。俺がこいつらみんな倒せばすむことだ」
「そうはいくか!」
槍をぶんぶんと振り回しながら立ち塞がる穴山に、弥彦が吠えた。こいつには何としてでも、借りを返したかった。
「弥彦君!」
「心配すんなって、聖。こいつとは俺が闘う。みんな、手ェ出すんじゃねーぞ!」
「・・・・・・・」
弥彦とて、十分強い。それは分かっている。十歳としては信じられないくらい、彼は強いのだ。でも、穴山と弥彦の、あまりの体格差を見ると、心配せずにはいられない。何せ、穴山は弥彦の二倍近くデカいのだ。
「お前も男なら、弥彦のことを信じてやれよ」
「左之さん」
振り向き、見上げた先の左之助の顔は、じっと弥彦を見守る力強い目をしていた。
逆に、その隣の宗次郎はあっけらかんと、
「弥彦君なら大丈夫ですよ。まぁ、もしも危なくなったら加勢すればいいんだし」
「宗次郎、ふざけたこと抜かしてんじゃねーぞ! 穴山は、絶対に俺が倒す!」
「ふん、威勢だけはいいな。だが、それもいつまで続くかな?」
ずん、と穴山がその巨体を構えた。鋭い槍先が、弥彦の方へ向く。
「気をつけなさいよ!」
「分かってる。行くぜ!」
薫の言葉を背に受け、弥彦は穴山に向かっていった。途端、穴山の槍が、下方から弥彦に振り上げられた。
「虚空烈断!」
「おっと!」
素早い身のこなしを生かし、弥彦はそれを紙一重で避けた。仕留められなかった事に舌打ちをしながらも、穴山は次の技を仕掛ける。
「獣雷蹴!」
槍で反動をつけての蹴撃、かわす間が無かった弥彦は、今度はまともに喰らい吹っ飛んだ。板張りの壁に、その板が歪む程、強く叩きつけられた。
「弥彦ォ!」
「ウワーッハハハ! 他愛ねぇなぁ」
「弥彦君!」
「待て、聖!」
思わず駆け寄ろうとした聖、その肩を、がしっと掴んで左之助は止めた。弥彦が自力で立ち上がろうとしているのが分かったからだ。
「・・・・手ェ出すなって、言っただろ・・・」
ゆっくりと立ち上がり、キッと穴山を睨みつけた弥彦の目は、闘志は衰えていなかった。
「こいつは、俺が倒す!」
再び、穴山に飛びかかっていく。頭を狙い跳躍する。が、あっさりと槍の柄で守られてしまった。
「甘い甘い」
「まだだ!」
さっきのお返し、とばかりに、弥彦は穴山の顔を思い切り蹴りつけた。柄を両手で持ち、且つ弥彦の竹刀を止めている今の状態では、防ぎようが無かった。
「がはぁっ!」
鼻から血を流して穴山がよろめく。すかさず弥彦は、顎に向けて切り上げた。バシッと音を立てて、見事にそれは命中する。
顎も人体急所の一つ、穴山のその巨体は、どすんと床に仰向けに倒れた。
「うう、こんなガキに・・・・くそう、我ら、いま・・・じゅうゆう・・・の・・・・」
「穴山様! し、しっかりなさって!」
うわ言のように呻く穴山に小糸が近付く。穴山も、自分も、これ以上闘える状態ではない。
「ここは、一度退きましょう」
小糸は聖達を鋭い眼差しで睨みつけると、煙幕を放った。白い煙に穴山達の姿が飲まれ、抜け道でもあったのだろうか、視界が開けた頃には彼らの姿は消え失せていた。
「また逃げられましたね」
「けど、これで新座村に手出しすることはなくなるんじゃないかな。それより・・・」
聖は弥彦を見た。すごい、と思った。窮地に追い込まれても決して諦めず、機転を利かせ。その尽きることの無い闘志で、弥彦は穴山を破ったのだ。
聖が見ている事に気が付くと、彼は力強くニッと笑った。
「やったね」
「ああ、何とか借りは返せたぜ」
「苦戦してたけどな」
「うっせー、左之助!」
耳から湯気を出して怒る弥彦。しかし左之助の言葉は事実なので否定しようが無い。
あれ?と、薫がふと何かに気付いて呟いた。
「そういえば、あの百鬼って奴、いなかったわね」
「へっ、大方、宗次郎に脅されて、怖気づいて逃げたんじゃねーの?」
大当たり。
「それより、もうここに用はねーな」
「一旦東京に戻るか?」
「でも、確か穴山の割符には、ここ茂原の森と、もう一箇所描いてあったよ」
聖が道具袋の中から穴山の割符を取り出す(水晶玉や割符は、聖が持つことにいつの間にか決まっていた)。
「ほら、ここだ」
指差す先に記された場所を、聖は読み上げた。
「―――霊山」
第八章へ
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斎藤さん、全面カットでごめんなさい。
彼を出すか否か、ギリギリまで迷ったのですが・・・・でも、当初の予定でもこのアナザーストーリーに斎藤さんは出さないつもりだったので(宗次郎が出てしまっているしそれが故のパラレルストーリーなので)、斎藤さんが出るのを期待していた方、本っ当にすみません。
この穴山編は、もう半分くらいオリジナルですね。五章はともかく、特に六・七章。
六章サブタイトルの「Profile」については・・・今回の話は、聖の、左之助の、宗次郎の、ひとつの側面を描いているから、そんなタイトルにしてみました。正直いきなり英語ってどーよな気もするけど・・・・まぁ、この小説の副題からして英語だしねぇ(汗)。まぁそんなわけです。
左之助が悪一文字を背負っている理由、何となくは分かっていても、言葉ではうまく説明できないことに気付き(遅いよ)、原作を読み自分なりに解釈して短くまとめた結果、ああなりました。あれでいいんだよね?(自信なし(汗))
そもそも、あの聖と左之助が話をするシーンは、もっと短くするつもりだったのですが。夜中にたまたま目を覚ました二人が、百鬼達についてちょっと話をする、そこへ悲鳴が・・・みたいな、次の場面への繋ぎのシーンだったのです。
それが、聖がいきなり悩みだしちゃうわ、左之助が聖を気にかけちゃうわ、と、キャラが勝手に動き出し、あんなに長く・・・。
宗次郎の解毒薬調達に関しては、半分は考えていた流れでしたが、もう半分は宗次郎が自分で動いて喋ってくれました。
穴山編では、全体的にキャラが勝手に動いてくれました。そんなわけでオリジナルシーン多しです。ストーリーが進むにつれて、もっと増えるんだろうか。ううむ(汗)。いいような悪いような・・・。
とまぁ、後書きまで長くなってしまいましたが、これで穴山編は終了です。
次は清海・伊三編です。
2004年6月20日
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