<第三十四章:In order to find my truth>
決戦から数日後。
東京の町の上には、見事な青空が広がっていた。
―――結果的に、今十勇士は石岡の洞窟で全滅した。駆けつけた警官隊は、炎の消えた後に倒れていた四人の死体を発見した。根津と名乗っていた若い男、穴山と名乗っていた大男、それから自称海野と自称望月。彼らは結局、身元不明と発表された。
そして焼け跡からは、真田の死体だけがどうしても見つからなかったという―――・・・・。
「結局、この一連の事件の真相を知ってるのは俺達だけってことかよ」
左之助がその事について書かれた瓦版をクシャリと握り潰す。薫も浮かない顔をしている。左之助が言った事も関係あるが、それ以上に。
弥彦も、似たような顔で聖を見ていた。橋の上に立つ聖は旅姿だった。
「本当に、旅に出ちまう気かよ」
「・・・・うん」
聖もまた弥彦をじっと見つめ返して、頷いた。あの闘いの後、何度も何度も出して考えた結論だった。
「俺はてっきり、剣心組が一人増えるのかと思ったぜ」
左之助も苦笑して聖を見る。弟分のような聖の旅立ちは、左之助にとって結構残念なようだ。
「まぁまぁ、いいではござらんか。人にはそれぞれ選んだ道があるでござるよ。若いうちに旅をして見聞を広めたいというなら、それもまた良し」
木に寄りかかった剣心が、年長者らしく達観したことを言いながら聖の方に歩み寄った。
勿論、薫達とて彼の言うことは分かる。それでも。
「それは分かるけど・・・・寂しくなるわね。だって、宗次郎君もまた旅に出ちゃうんだもの」
そう、旅に出るのは聖だけではない。元々旅をしていた宗次郎もまた、ここを離れ流浪れ始めるのだ。
聖も宗次郎もすっかり神谷道場に馴染んでいたので、その二人が同時にいなくなってしまうことに薫は寂しさを隠せない。当の宗次郎は、実にあっけらかんと笑っているのだが。
「お土産でも持って、またそのうち遊びに来ますよ」
言葉通り、またここを訪れるつもりだった。何となく立ち寄っただけなのにそれが長い滞在となり、そしてそれは、彼にとっては「楽しかったなぁ」と素直に感じさせる程だったから。
「うん・・・・ぼくも、またみんなに会いに来るから」
聖もにっこりと笑う。
剣心達といて、本当に楽しかった。この先も、ずっと彼らと一緒にいたかった。
けれど聖が選んだのは、彼らとは違う道だった。旅をして、もっと多くの事を知って学んで、自分自身がより大きくなれる道。
「聖。お主はもう、二度と一人ぼっちになることはない。拙者達がいるでござるからな」
剣心は聖の肩に手を置き、満面の笑みを浮かべた。
最初は・・・・そう、この町で初めて逢った時には、聖はたった一人だった。でも、今は違う。たとえ遠く離れていても、共に過ごしてきた皆が、仲間達がいる。
歩む道は違っても、彼らの存在が聖の胸の内から消えることは無い。
「宗次郎。お主も、そうでござるよ」
「・・・・はい」
剣心の言葉に、宗次郎も微笑を浮かべて頷いた。渋川町でも剣心は同じようなことを言ってくれた。それが宗次郎にとっては、きっと凄く有難いもので、この先の旅でも、忘れ得ぬことだろう。
「その通りだぜ。色んなことを知って、色んなものを聞いてよ・・・・それで戻ってきたくなったら、いつでも戻ってくりゃいい。俺達は共に闘った、同志ってやつなんだからよ」
左之助は軽く聖を小突いた。聖はまた笑った。その言葉が嬉しかった。
そう、永久の別れじゃない。彼らが仲間であることに変わりはない。生きている限り、会おうと思えばまた会える。
「そうね。お土産話、楽しみにしてるわ」
「今度会う時は、お前より、剣心よりもっと強くなってやる!」
薫と弥彦も元気を取り戻し、聖にそう告げる。
聖は笑みを深くした。
「うん。みんなも元気で。
・・・・・またね!」
それだけ言うと、聖は駆け出した。橋の端で一旦立ち止まり、手を振った。
そしてまた身を翻し、軽やかに駆けて行く。
「じゃあ、僕もこの辺で失礼します」
お元気で、と言葉を残すと、宗次郎もまた聖の後を追うように足早に歩き出した。
遠ざかっていく二つの後ろ姿に、薫と弥彦は「体に気を付けてねー!」「またなー!」と口々に呼びかけていた。
そうして彼らの姿が完全に見えなくなった頃、左之助がふと話を切り出した。
「・・・・けど、真田って奴の言う通り、本当に聖の記憶が封印されてるなら、ここに残って普通の生活をすることもできたんじゃねぇのか?」
それも一つの選択肢だった。聖はそれを選ばなかった。それでいいと剣心は思う。
「いや、これでいいのでござるよ」
「でもよ・・・・」
まだ何か言いたげな左之助を、剣心は笑って制した。
「聖が自分で決めた事だ。これ以上何か言うのは野暮でござるよ」
他ならぬ聖自身が決めた生き方。ならば自分達は笑って送り出してやるべきだと、そして帰って来た時は温かく迎えてやるべきだと。
「宗次郎も、いつかきっと、自分の生き方の中から真実を見い出せるでござるよ」
剣心は空を仰いだ。どこまでも澄んだ青い空。
皆、同じ空の下にいる。どんなに遠く離れていても。
「聖の・・・・聖自身の未来は、彼のためにあるのでござる。聖が望むのなら、何も彼を縛り付ける物は無い・・・・」
例えるなら風のように。どこにでも、どこまでも行ける。流浪れていく。
そんな二人を思って、剣心は笑んだ。
「―――拙者と同じ、彼らも流浪人でござるからな」
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