<第三章:自分探し>



牛鍋屋・赤べこは、神谷道場からそう遠くない場所にある。
駆け続け、赤べこに着いた四人。さっそく弥彦が意気込んで中に入ろうとする。
「ここに、そのふざけた女どもがいるんだな!」
「待ちなさいよ、弥彦」
しかし、薫はそんな弥彦を止める。
「止めるなよ、薫」
「闇雲に飛び込んでどうするのよ。騒ぎ立てたら、それこそ赤べこの人に迷惑がかかるわ」
「怪しい人達が、またこの場所を狙うとは限らないですしね」
宗次郎ものほほんと言ってのける。二人に止められ、弥彦は苛立ちを隠せぬまま、
「じゃあ、どうしろっていうんだよ」
「まずは、ただのお客に混じって中に入るの。何も起こらなければそれでいいし、何か起こってもすぐに対処できるでしょ」
どう?と薫は弥彦に力強い笑顔を向ける。
「それは名案だね」
「・・・よし、それで行こう」
聖も頷き、ようやく納得した弥彦も、その作戦で行くことに決めた。
普通の客を装って、ごくごく自然に中に入って行く四人。入り口傍の座敷に腰を下ろし、品物の札を眺めたり、さりげなく他の客達に目を走らせていたりする。と、
「・・・にしても、意外だな」
「何が?」
ぽつりと呟かれた弥彦の言葉を耳にして、薫がそのまま聞き返す。弥彦はそれには答えず、顔を宗次郎の方へ向けて。
「あんたがさ、悪いことしてる奴を捕まえるのに協力してるってことがさ。日本を盗ろうとしてた、志々雄の配下だったってぇのに」
「・・・・・・」
宗次郎はほんの少し真顔になる。きょとん、とした顔をしている聖に、薫がこっそり耳打ちした。
宗次郎は、日本支配を企んでいた男・志々雄真実の懐刀だったということ。
それを止めようとした自分達と、敵対関係にあったということ。
(ああ、成程、それで―――)
聖はようやく合点がいった。宗次郎がその名を名乗った時、弥彦や薫の間に緊張が張り詰めた理由。弥彦が彼を敵意の篭もった眼差しで見た理由。
けれどなんだかんだで、宗次郎はこうして薫達に手を貸すこととなった。それが弥彦には不思議なんだろう。
「さっきも言いましたけど、知ってしまった以上、放っておけないでしょう?」
宗次郎は淡い笑みを浮かべる。こんな顔を見ていると、彼が悪人だったなんて、聖には到底感じられないのだけれど。
「それと・・・緋村さんと闘ってから、僕は旅をしているんです。僕にとっての真実は何なのか、本当の自分はどんな風なのか、それを見出すために」
そのきっかけを与えてくれたのが、緋村さんとの闘いなんです、と宗次郎は続ける。
「だから、同じように自分を探している、聖君が何となく気になって、しばらくは同行したいなって思って」
え、と聖は宗次郎を見る。目が合うと、宗次郎はにこっと微笑った。
自分探し。言われて気が付いた。そう、記憶を失っていて、本当の自分が分からない。なら、悪巧みをしている奴らを止めるだけでなく、記憶を取り戻すとこも、今の自分のやるべきことじゃないか?
「そうか・・・自分探し、か・・・。ぼくも、少しずつ自分を見つけていけるかな?」
「ええ、きっと。大丈夫ですよ」
「そうよ、聖君! 前向きに頑張ろう!」
宗次郎と薫の言葉を受けて、聖も笑みを浮かべる。分からないことだらけで、不安だったけど、心は未だ、不安定なところを歩んでいるけれど。
何だか少し、希望が見えてきたような気がした。
「まぁ何にせよ、その理由を聞いてちょっと安心したぜ」
やっぱりまだ、ちょっぴり素直じゃない弥彦。弥彦同様、宗次郎も剣心によって生き方を変えられたというのに。だから、なのかもしれないが。
「すみません、お客さん。ただいま満席なんですよ」
若い女性の店員の声にはっと意識を向ける。店の中に、新たな客が入ってきたようだ。茶色の着物を着た、三十代くらいの厳つい顔付きをした男。
「申し訳ありませんが、少々お待ち下さ・・・きゃっ!?」
その男に店員は突き飛ばされ、店内が一瞬ざわめく。
「おい、ひでえことしやがるな」
「乱暴はよせよ」
薫達が声を上げる前に、そんな声があちこちから飛ぶ。と、男はにやりとし、懐から何かを取り出して、床に打ち付けた。
その途端、店内に充満する白い煙!
「いけない! 息を止めて!」
薫の声に聖達は息を止めて手で口元を塞ぎ、身を屈めた。
目の前が霞む。何だ、これは? 白い粉?
「な、何だ!?」
「い、息が・・・!」
混乱した人々で、店内は騒然とする。が、それもしばらくするとぴたりと止まった。
「・・・これでいいだろう」
あの男は一人、平然と立っている。
「さあ、お前達。我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え。我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え・・・・・」
呪詛のように繰り返し呟く男。その言葉に呼応するように、倒れていた客や店員達が、むっくりと起き上がる。
「な・・・一体これは・・・」
「しっ! 今は、様子を見ていたほうが良さそうですね」
立ち上がりかけた聖を宗次郎が制す。薫や弥彦も同意見のようで頷く。
彼らにはしっかりとした意識がある。あの煙を吸わずにすんだおかげだろうか。
我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え。我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え・・・・・」
男は唱えながら店を出て行く。ぞろぞろと、客や店員も、全部で十数人だろうか、その後をついていく。その中に妙や燕の姿がなかったことに薫と弥彦は安堵して、
「妙さんと燕ちゃんは、大丈夫みたいね。今日は非番だったのかしら」
「多分な。それより、俺らもついて行こうぜ」
四人はそっと立ち上がり、先を行った者達の後を追う。少し距離を保ちながら、それでも彼らを見失わない程度に。
我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え。我が配下となれ。我が配下となり、我が後に従え・・・・・」
一定の間隔を開けて聞こえてくる言葉。聖達に影響はないが、白い煙を吸ってしまった者達には確実に影響しているようで。雨が降ってきたにもかかわらず、もう町外れの森に足を踏み入れているにもかかわらず、この行進は止まらない
「どうやらあの繰り返してる言葉が、呪文の代わりになっているようね」
「煙と呪文の二本立てか・・・」
「念の入った話だね」
先頭を歩く男に悟られないように小声で話す聖達。ふと、木に覆われていた視界が開けた。
聖が顔を上げると、古ぼけた石の階段があり、同じく古い造りの寺がその上に立っていた。ゆっくりと階段を上っていく男、その後を何の躊躇いもなくついていく人達。
けれど聖達はその列からさっと離れ、木陰に身を潜める。
「おそらく、あの寺の中には、今回の騒ぎの首謀者がいるでしょうね」
「ああ。覚悟はいいか、聖?」
「もちろん!」
「じゃあ、行きましょう」
相談するまでもなく、意見は一致。
四人はさっそく寺の中に乗り込んでいく。慎重に辺りを見回しながら、雨に濡れた足跡を辿って二階へと上がる。
二階には部屋がたった一つ、その中から話し声が聞こえてくる。四人は薫・弥彦、聖・宗次郎に分かれ、入り口の陰で中の様子をうかがった。
「我らはあなた様のしもべ・・・あなた様のご命令に従います・・・・」
複数の声が混じって一度に聞こえてくる。生気が無く、ただ喋らされているような。
「それでいいのよv さあ町へ行って、一暴れしておいで」
今度は若い、というより幼いといった感じの少女の声。一暴れ、の単語に眉をひそめる聖。と、部屋の中からゆっくりと人影が現れた。幾つも幾つも。さっきの客と店員達だ。聖達の存在にはまったく気付かず、ふらふらとした足取りで階下へ下りていく。
くすくす、という笑いが部屋から聞こえてきた。
「根津様から頂いた水晶玉、ホンットに効き目があるわよね」
「そうそう、さすが根津様よね」
「くふふv あんたもご苦労だったわね。しばらくしたらまた行っておいで」
「はい・・・・」
最初に聞こえた少女の声と、似たような声が他に二つ。微妙に感じは違っているが、それでもほぼ同じよう。そして、さっきの呪文の言葉を唱えていた男の声。
薫が向かい側にいた聖と宗次郎に目配せをした。乗り込むわよ。その目はそう言っていた。頷く二人。弥彦も、竹刀を持つ手に力を込める。
そのまま、四人は部屋の中に飛び込んだ。
部屋の中には、先程赤べこに来た男と、それからそれぞれ赤、青、緑の忍び装束を着た、十三、四くらいの三人の少女がいた。髪形こそ違うものの、顔は皆ほぼ同じつくりをしており、おそらく彼女たちは三つ子なのだろう。
いきなりの侵入者に、男は仰天して声を上げる。
「な、何だお前らは!?」
「それはこっちの台詞だぜ!」
「町の人たちを操って、一体何をするつもり?」
薫も勇ましく竹刀を構える。が、
「くふふ、正義感ぶって乗り込んできちゃって、バーカだv」
「わたい達が何しようと勝手でしょ」
「そうそう、わたい達に万が一勝てたら、教えてあげるv」
キャハハと笑う少女三人。余裕の態度を崩さない。弥彦はムカッときて、
「ああ、分かったぜ、そーいうことならやってやろーじゃねーか!!」
「ちょっと待って、挑発に乗ったら相手の思う壺ですよ」
けれど今にも飛び掛りそうだった弥彦を宗次郎が止める。肩を押さえられた弥彦は不服の表情だったが、宗次郎はそのまま少女達に向き直って。
「要はあなた達を倒せば、あなた達の目的を話してくれるってわけですか?」
「そゆことv でも、なかなかかっこいいお兄さんねぇ、名前くらいは教えてもいいかもv」
「そうだね〜v」
「ね〜」
「・・・おい、俺の時とはずいぶん態度が違うじゃねぇか」
「まぁまぁ」
きゃっきゃと騒ぐ少女達をジト目で睨み小さく呟く弥彦、それをなだめる聖。
「わたいは、茜!」
赤い装束で、長い髪を頭の上の方で二つに分けて縛っている少女はそう名乗った。
「わたいは碧っ」
緑の装束、短髪の少女も己の名を告げる。
「わたい、藍!」
最後に、青い装束で、髪は二つのお団子で結っている少女。
(同じような名前に同じ顔か・・・)
内心、ちょっとややこしい、と思ってしまった聖だった。
「わたい達に逆らうなんて、愚かねぇv」
「わたい達、強いんだから!」
「一対一、行くよっ!」
茜達はそう叫ぶやいなや、聖達に飛び掛ってきた。聖と茜、碧と弥彦、藍と宗次郎、そして薫と男が相対する形となった。
短刀を持って向かってきた男を、薫はさっとかわし、軽やかに居抜き胴を決めて見せた。崩れ落ちる男の姿を確認し、振り返った薫が見たのは、細い刀を二本構えた碧と弥彦が対している場面だった。
「弥彦!」
「ケッチョンケチョンなんだから! 飛鳥翠爪裂!」
碧から繰り出される上段の技、けれど弥彦は、竹刀で何とか刃を止める。
「く、そっ!」
弾き返し、間合いを取る。弥彦は一瞬躊躇したが、自分から仕掛けた。狙ってきた刀を紙一重でかわし、竹刀で思い切り碧を打ちつけた。小さく悲鳴を上げて、碧は座り込んでしまう。
一方、宗次郎は鎖分銅を持つ藍と闘っていた。藍の鎖分銅は器用に宗次郎を捕らえようとするが、それを易々と喰らう宗次郎ではない。それでも藍は高笑いを上げて。
「アハハハハッ、踊鳥藍打襲!」
すばやく何度も、鎖分銅を振り下ろす。おそらく、藍とっておきの乱打技、しかし宗次郎には通用しない。スッと背後に回り込むと、一撃を叩き込んだ。倒れこみ、悔しがる藍。
「碧、藍! よくも・・・あんた達、たたじゃおかないからね!」
自分以外の皆が倒されたことを知り、怒りに燃える茜。大きな輪をかたどった、現代で言えばフラフープのような武器を手に、聖に猛然と襲い掛かる。異形の武器に戸惑う聖だが、刀や体術を駆使して攻撃を防ぐ。と、茜がいったん身を引き、
「翔鳥紅脚!」
蹴技を放ってきた。意外な攻撃を避けきれず、腹に軽く痛みが走った。けれど聖は倒れない。何とか耐え、刀を持つ手に力を込める。そのまま床を蹴って茜に向かっていく。
(負けるわけにはいかないっ!)
茜は輪を突き出してきた、しかし聖は左手でそれを弾き、そのまま右手の刀で茜を打つ。茜は尻餅をつき、驚きの表情をしている。
「・・・これで全員倒したよ。約束通り、あなた達の目的、教えてくれる?」
聖は浅い息を吐きながら、静かに茜に話しかける。茜は碧と藍を見遣る。勝敗は明らかだった。座り込んでいる自分達、大した傷も無く、しっかりと立っている聖達。
「そ・・・そんなぁ」
「わたい達が負けるなんて・・・」
「ふえ〜ん、根津様ぁ・・・・」
「いいから、さっさと言いやがれ!」
茫然としている茜達に業を煮やして、弥彦が怒鳴りつける。茜達は三人で目配せし、すっくと立ち上がった。
「わたい達三人の目的は、」
「根津様から頂いた薬と水晶玉で、東京の街を混乱させることよ!」
「いいわね、わたい達の目的は言ったわよ!」
そのまま、三人は脱兎の如く逃げ出した。男も慌てて後を追う。
ころん、と掌に収まるくらいの水晶玉が転がった。
「あっ、おい!」
「待ちなさい、弥彦!」
追いかけようとした弥彦を薫が制す。
「あの子達のことも気になるけど、操られてる人たちを先に何とかしなきゃ」
「ぼくもそう思う。さっきの子達、水晶玉がどうこう・・・って言ってたよね。きっとこれのことじゃない?」
落ちていた水晶玉を拾い上げ、聖が言う。とても澄んでいて、淡く水色に色づいているようにも見える。
「それが操られてる人たちに関係してるってか? まぁ持ってってみるか。何かの役に立つかもしれないし」
弥彦も納得し、四人は部屋の中をくまなく調べてから寺を出た。雨はもう止んでいた。
「じゃあ、東京へ戻りましょうか」
ぬかるみを避けて歩きながら薫が言う。その隣で、弥彦がう〜んと唸りながら、
「それにしても、あいつら・・・確かに目的を話しはしたけど、あいつら三人の目的だけだったよな。何だかはぐらかされたな・・・・根津様、とか言ってたから、まだ何か裏があるんだろうぜ」
「多分そうだろうね。でもまぁ、目的の一端が分かっただけでも良しとしない?」
「まぁな。でもあいつらが、俺と宗次郎の時とで態度が変わったのが気にくわねぇ」
「あはははは」
「笑ってごまかすなよ・・・」
更にその隣を行く宗次郎と、どこか楽しげに会話しているのを見て。
聖はくすっと、笑みを浮かべた。





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