<第二十七章:女装潜入大作戦!>


半刻後―――
見事に女装した聖達の姿がそこにあった。
「な、何でこんなことに・・・・・」
顔に縦線を走らせながら引きつった笑みを浮かべる聖。
薫曰く『いいこと考えちゃった♪』の”いいこと”とはこのことだった。すなわち、女装。
男性陣の中で比較的中性的な顔立ちの聖、剣心、宗次郎がその標的となった。
最初は躊躇した聖と剣心だった(宗次郎は別段反対しなかった)が、梢の姉を救うためだし、薫を一人で行かせるわけにもいかないので、涙を呑んで了承した。
そうと決まってからの薫の行動は早かった。近くの民家から女性物の着物を借り、聖達に着付けをして薄く化粧を施した。
三人は華やかな色の着物と袴を身に纏い、聖は額の鉢巻を外し、宗次郎は髪にリボンを付け、剣心は頬の傷を化粧で隠し長い髪は三つ編みで結っている程だ。
そんなわけで今、聖と剣心と宗次郎の三人は、どこからどー見ても女の子、といった姿をしていた。彼らを着飾った薫は「よく似合うわよっv」と上機嫌だ。
「似合ってもあんまり嬉しくない・・・・・」
げっそりとした様子で聖は呟く。
心からの本音だった。どんなに似合おーが女顔だろーが、自分は男だという事実に変わりはないのだし。
人助けのためだ・・・・と、何度も自分に言い聞かせるしかない。
「人助けとはいえ・・・・・何故二十八にもなってこんな格好を・・・・・・・」
流石の剣心も、おろろろろと情けない表情をしている。違和感無く似合ってしまう辺りが逆に悲しい。
運良く(?)女装を免れた弥彦と左之助も、三人のあまりにもハマっている女装姿に、半分同情し半分感嘆していた。
「はー、まぁ確かにこれなら、何とかなりそうかも知れねぇなぁ」
左之助も薫の作戦に納得しうんうんと頷く。
「でも女の子の格好するなんてなぁ・・・・・」
大分割り切ってはきたものの、まだまだ困惑顔の聖。ちらと着物の裾を見遣って、そこに施された可愛らしい花模様にハァと軽く溜息を吐く。
少々落ち込んでいる聖や剣心とは対照的に、宗次郎は相変わらずにこにこした笑顔だ。
「お前ぇは嫌じゃねぇのか?」
との弥彦の突っ込みに、宗次郎はあっさりと、
「前に鎌足さんに『宗ちゃんなら似合うわよ〜v』とか言われて、何度か女の人の着物を着たことがあるんですよ〜」
「へー・・・・・」
あのオカマにねぇ、と鎌足を思い出し、弥彦はげんなりとした顔になる。
何せ弥彦は有り難くも無いことに、オカマの才能あり!と鎌足に太鼓判を押されてしまったくらいだったので(注:アニメ版)。
「まぁとにかく、これで修道院の中に忍び込む人材は確保できたわ。行きましょう」
一人弾んだ声の薫を先頭に一行が歩き始めた時、例の少女が待って下さい、と声をかけた。
「わたしも連れて行ってください! わたしがいないと、誰が姉さんだか分からないでしょう?」
梢のその言葉に、薫も納得し頷いた。
「そうね。じゃあ行きましょう」
「中で何があるか分からぬから、十分に気を付けて行くでござるよ」
「・・・・・剣心、」
「何でござる?」
「その格好で怖い顔されても、何だか説得力が無いわね・・・・ぷっ」
「・・・・・ほっといて欲しいでござるよ」
何はともあれ、聖達四人は梢をつれて修道院の中に忍び込んだのだった。









修道院の中は、ひたすらに洋風の雰囲気が漂っていた。調度品や壁の装飾から何まで西洋の物で取り揃えられ、聖母像といった宗教絡みの物もあちこちに置かれている。
「この中に、静姉さんがいるんだわ・・・」
梢はきょろきょろと辺りを見回す。紺色の衣を纏ったシスター達は、椅子に座り手を組んで何やら祈っている。
幸いにも、先程梢を門前払いしたあのシスターはいなかった。
「どう、梢ちゃん、静さんはいそう?」
小声で薫は梢に声をかけた。梢は眉根を寄せて首を振る。
「分からないわ。みんな同じ格好だし、俯いちゃってるし」
「あなた達、そこで何をしているのです?」
背後から話しかけられ、聖達は跳び上がるほど驚いた。
逃げるのも何だか不自然なので、恐る恐るそぉ〜っと振り向く。
聖書を抱えた若い二人組のシスターがそこにいた。
「いや、あの、その・・・・」
うまい言い訳が思い浮かばず聖が口篭っていると、宗次郎はしれっと、
「修道院を見学に来たんですけど、道に迷っちゃって」
お得意の笑顔を浮かべながらそう答える。
シスター達はしばし聖達の姿を眺めた後、ふっと微笑みを浮かべた。
「そうでしたか。失礼な事を言ってごめんなさい」
聖は内心ふうと息を吐いた。それにしても、どうやら五人中三人が男だということは、どうやらばれていないらしい。
ほっとしたような悲しいような・・・・何だか複雑な気分の聖だった。
「でも、可哀想に。何も知らずにこんなところに来てしまって。」
一人のシスター、沙樹は目を閉じ、突然祈りを捧げた。
「ああ、神よ・・・・・哀れな子羊達を、魔物の手から救いたまえ」
「魔物?」
聖は眉をひそめる。もう一人のシスター、亜樹は頷き、悲しげな瞳で聖達を見遣った。
「この修道院には、魔物が出るのよ。神に仕える修道女を、食べてしまう魔物がね」
「魔物って、神様を恐れるんじゃないですか!?」
驚きの声を上げる梢。しかしシスター沙樹はゆっくりと首を振る。
「あの魔物は平気みたいね。もう私達には、ここで祈り続けるしか方法が無いのよ」
「どうして逃げないのでござ・・・・・・とと、どうして逃げないんですか?」
危うくござる口調で話しそうになって、慌てて剣心は言葉遣いを直した。
「そうよ。危ないのなら逃げればいいじゃない。何でここに・・・・?」
薫もその疑問を口にする。
悲観して祈ってばかりで、どうしてシスター達は行動を起こそうとしないのだろう。
この修道院の中の空気は何もかもが閉鎖的、そんな気がした。
「いいえ、祈り続けていれば救われます」
けれどシスター沙樹は、きっぱりとそう言った。シスター亜樹も続ける。
「ここにいても、外に逃げても、神を信じきれないものは魔物に襲われるのです。シスター霞はそうおっしゃいました」
「シスター霞って?」
「ここにいるシスターの中で一番神に近き者。私達を導いて下さる、異人のシスターです」
「もしかして、さっきの・・・・・」
聖の脳裏に、先程修道院の扉の前で応対したシスターが思い浮かぶ。
それにしても、修道院の中でも外でも、神を信じていない者は魔物に襲われるという話は、出来過ぎていないか?
まるで意図的にシスター達を修道院の中に繋ぎ止めておこうとしているような・・・・・。
「現に魔物に襲われた人はいるんですか?」
との宗次郎の質問に、二人のシスターはこくりと頷いた。
「魔物が現れる前には、必ず不思議な事が起きるのです」
「そして何人かのシスターが消えてしまう」
「待って! あなた達は、静という人を知っていますか? わたしの姉さんなんだけど、ここに入ったっきり戻ってこないの」
梢の問いに、シスター達は困ったように顔を見合わせた。
「そう・・・あなたはシスター静の妹なの。でも、彼女も先日魔物に襲われて姿を消したわ」
「嘘! そんな、嘘よ!」
シスター亜樹の言葉を打ち消すように梢は首を振る。そんなこと信じられないし、信じたくもないのだろう。
けれど無情にも、シスター沙樹は言葉を紡ぐ。
「残念だけど、本当のことよ」
「嘘・・・・姉さん・・・・・」
梢はがっくりと膝をつき、涙を流す。薫がその背中をそっと撫で、慰めてはいるが効果はあまり無いようだ。
シスターの言葉を認めたくないのは聖達も同じだった。
「その静さんは、一体どこで姿を消したの?」
「礼拝堂よ」
「案内してもらえますか?」
「え・・・でも・・・・」
聖の言葉にシスター達は戸惑った様子を見せる。聖は更に一押しした。
「お願いします! 何か、魔物の手がかりがあるかもしれないし」
聖の熱意に押され、シスター達は不承不承頷いて、その礼拝堂に案内してくれた。
扉を抜けた先には、美しい光景が広がっていた。
ステンドグラスから陽光が差し、室内を淡く美しく照らし出している。奥の祭壇は細かい細工を施された立派な物で、大きな十字架が掲げられていた。
魔物が現れるようには見えなかったが、いや、そのその魔物という存在自体、何やら裏がありそうだと聖達は思った。
と、どこからか突然光が迸った。
聖はシスター沙樹の言葉を思い出した。魔物が現れる前には、必ず不思議な事が起きる、と。
現に二人のシスターは取り乱し、手を組んで祈りを捧げている。
「魔物が来たわ! ああ神よ! 我らを救いたまえ!」
一瞬の後、場は暗闇に包まれ、そこに光が戻った時には聖達の姿が消え失せていた。
シスター達は狼狽した風に呟く。
「あの人達が・・・・いない?」
「おお、神よ・・・・」












気が付くと、そこは牢屋の中だった。
ずきりと痛む頭を抑えて聖は起き上がる。
覚えている。あの一瞬、暗闇の中で突然床が抜け、自分達はそのまま落下したことを。
落とし穴。それで確信した。これはやっぱり、絶対に魔物の仕業なんかじゃない。
剣心達も意識を取り戻し、聖はまだ気を失っている梢を揺り起こした。
「う・・・・ん、ここ、どこ?」
きょろきょろと周りを見回し、薄暗さに不安げな顔になる。
「怖い・・・・。わたし達、魔物に捕まったの?」
梢の心配を消すように、聖はきっぱりと言い切った。
「いや。これは明らかに人の仕業だよ。何の目的かは分からないけど」
「同感でござるな。ここはどうやら牢屋のようでござるが、もしも魔物だとしたら、そんな所にわざわざ拙者達を閉じ込める必要はないでござろう?」
聖と剣心の言葉に梢も納得して、ほっと胸を撫で下ろした。
「そうか・・・・魔物じゃないなら怖くないわ。こんなところ、さっさと出ましょうよ」
梢は扉のところへ向かうが、鍵がかかっているようでびくともしない。
見たところ頑丈そうで、簡単に壊せる代物でもなさそうだ。
と、宗次郎が何かを発見したようだ。
「あ、分かりづらいけどここに穴が開いてますよ。僕達くらいの体格なら、何とか潜り込めそうですね」
彼の示す場所を見ると、成程壁にその通りの穴が開いている。多分通気口か何かなのだろう。
そこは狭く通り抜けるのに苦心したが、どうにか五人とも無事に出ることができた。そうして道なりに進んでいくと、奥の大きな扉の前、何やら話声が聞こえる。
扉に耳を当て盗み聞きすると、こんな会話が聞こえてきた。



「私達をどうする気です!?」
「諦メロ。オ前達ハ、海ノ向コウニ売ラレル運命ダ・・・・・」
「売られる!?」
「余計なことを教えるのではないです」
「シ、失礼シマシタ!」
「口数の多い男は出世しないものです」
「あなたが首領ね! 魔物だなんて言って、私達を脅かして・・・・酷いわ! ここから帰して!」



どうやら二人の若い女性と異人の男と、そしてもう一人の人物が話しているようだった。
そしてその声は、あの門前払いしたシスターの声に酷似していたように思えたのだが。
梢はそれどころではなく、若い女性の声にさっと顔色を変えた。
「この声、姉さんだわ!」
「あっ、梢ちゃん!」
薫の制止を振り切って、梢は扉を開け中に飛び込んでいく。
聖達もすぐさま後を追った。壁にランプの灯された広々とした空間の中に、先程の声の主かと思われる若いシスター二人と金髪の異人、そしてあの異人のシスター・霞がいた。
「静姉さん!」
梢はシスターの一人に飛びつく。その女性は確かに、梢と良く似た顔をしていた。突然現れた妹に目を丸くする。
「梢、どうしてここに!?」
「黙っていなくなっちゃうんだもん、心配で探しに来たのよ!」
姉をやっと見つけて、張り詰めていた緊張が解けたのか、梢は年相応の幼い顔に戻って目に涙を浮かべた。
静もまた、健気な妹の姿に胸を打たれ、その体をぎゅっと抱きしめる。
「ごめんなさい、心配をかけてしまって。でも、私も悩みを相談したらすぐに帰ろうと思った。でも、家に帰れば家族も魔物に襲われると脅かされて・・・・・」
「そうだったの・・・・」
姉妹はぎゅっと抱き合う。
梢と静、もう一人のシスターを後ろに下がらせると、聖は突然の闖入者に驚いているシスター霞に詰め寄った。
「悩んで修道院に来た人を、あなた達は人買いに売ってたんだね。しかもそれを、魔物のせいにして・・・・・!」
薫も前に出て、キッとシスター霞を睨みつける。
「あなたはシスター! 神に仕える者が、こんなことしていいの!?」
「う、うるさいです! お前達も道連れです!」
うろたえるシスター霞の前に、金髪の男が立ちはだかった。遠慮なく聖達の顔立ちや体格をジロジロと眺め回している。
「な、何?」
戸惑う聖に、男はにっと笑って、
「コイツラ、ナカナカ美人ダゼ。高ク売レソウダ」
「だからそんな風に言われても嬉しくないってば!」
聖は半分脱力して言った。本当は男なのだからそんな風に品定めをされても困る。
「それに、修道院を利用して人身売買を行うなんて酷すぎる! 許さないからね!」
聖は隠し持っていた刀を抜き放った。剣心達もそれぞれの武器を構える。
それに気付いたシスター霞が合図をすると、その背後からざっと十数人の男達が現れた。金髪の異人も、細身の剣を構えている。
「へぇ・・・・男は入れない、とか言ってた割りに、随分たくさんいるんですね」
宗次郎のその一言に、シスター霞は一瞬焦った様子を見せたが、すぐに鼻で笑った。
「ふん、行きなさいっ!!」
その指示が飛ぶと、男達は一斉に聖達の方へと向かってきた。が、彼らはその辺のゴロツキ程度の強さでしかなく、あっという間に聖達に返り討ちに合い、地を這う羽目になった。
聖達は慣れない女物の着物でいつもより動きは鈍い、というハンデがあったのにも関わらず、である。彼らを倒すには力が足りなさ過ぎた。
頼りの部下を失って、シスター霞は真っ青になってじりじりと後退した。頬に手を当てて叫ぶ。
「ああ、何てことだ!」
聖はふと、シスター霞の違和感に気付き、その衣を切り裂いた。修道着が取り除かれたその下からは、大柄な異人の男が現れた。
まさか向こうも女装していたとは!
と、聖はちょっと驚いた。
「男!? あなた偽者だったのね! 許せない、成敗ーっ!!」
「うぎゃあああっ!」
薫の強烈な竹刀の一撃を脳天に食らい、シスター霞、いや偽シスターは呆気なく気絶した。
そうして偽シスターとその一味を蹴散らした一行は、静達も連れて修道院を脱出した。入り組んだ迷路のようになっている地下道を潜り抜けるのには多少骨が折れたが、それでも何とか出口へと辿り着き、修道院の外へと出た。
久方振りの太陽が眩しい。けれどそれで、ようやく外に出られたことを実感したのだった。
「出られたわ!」
「助かったのね、姉さん!」
「梢、ありがとう!」
梢と静、シスターはぴょこぴょこ飛び跳ねて喜んでいる。
嬉しそうな声を聞きつけたのか、外で待っていた左之助と弥彦もやって来た。
「おう、どうやらうまくいったみてーだな!」
「うん! おかげで姉さんを助けられたわ、ありがとう!」
梢は心底嬉しそうににっこりと笑う。静も聖達に深々と頭を下げた。
「助けて頂いて、どうもありがとうございました」
「いえいえ。梢ちゃん、お姉さんに会えて良かったね」
「うん!」
聖の言葉に、梢はもう一度満面の笑みで頷く。
「ところで・・・・あなた達には驚きましたわ」
「え?」
聖は静に聞き返す。
実は自分達は男だ、ということが、やっぱり分かってしまったのだろうか?
「皆さんは、女性の身でありながら、たいそうお強いですのね。尊敬いたしますわ」
だああっと聖達はずっこけた。ば、バレてない。
「しかもとっても可愛らしいし、羨ましいわ」
「あは、あははは・・・・・」
聖は笑うしかなかった。
左之助と弥彦は、その後ろで必死に笑いを堪えていた。










こうして、偽修道院事件は解決した。
シスターの格好で皆を騙していた男達の一味は逮捕され、女性達は無事に解放された。静も家に戻り、これからは梢と二人、力を合わせて暮らしていくことだろう。
「・・・・でも、ぼく達が最後まで男だって見抜かれなかったの、喜んでいいやら悲しんでいいやら・・・・」
「おろ・・・・複雑な気分でござるな」
「まぁいいじゃないですか。終わりよければすべてよし、ってことで」
「うん、まぁ・・・・そうなんだけどね・・・・・」
ようやくいつもの格好に戻れたものの、何だかどこか釈然としない聖だった。
まぁ、でも、事件が解決したのだからよしとしよう。
そう思い、聖は傾いた太陽に照らされて輝く海を眺めた。
無人となった修道院は、その側でひっそりと佇んでいる。








第二十八章へ








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いや、何かもう、ほんと・・・・・・
すみません(土下座)。
女装イベントなんてふざけたものを・・・・しかもタイトルまでなんかアレだし(汗)
しかもこの修道院イベント、本来なら輝固有イベントなんですよね。でも、聖と剣心と宗次郎が修道院に女装して忍び込むという展開を思いついてしまいまして・・・・ハイ、書いてしまった次第です。
私自身は書いててすごく楽しかったのですが(オイ)。でもほんと、女装しても違和感無いだろうなこの三人・・・・・。

さて、次章からは再び才蔵編の本筋に戻ります。もしかしたら、区切りを入れずそのまま望月・真田の章へと突入してしまうかもしれませんが、お付き合い頂けたら幸いです。



2005年1月10日




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