<第二十四章:それぞれの理由>
大した怪我もなく無事に南里家に戻ってきた聖達を見て、高瀬は嬉しそうに出迎えた。
「おお、よく無事に帰ってきたな」
「何とかね。それより・・・・」
聖は事情を説明した。高瀬はそれを、ふむふむと頷きながら聞いていた。
南里家の過去を調べたい、という聖の頼みを、高瀬は案外あっさり承諾してくれた。
「そうか。そういうことなら仕方ないな。お前さん達には、お嬢さんを救ってもらった借りもあるしな。
この家の裏に土蔵がある。その中なら、きっと探してる物が見つかるぜ」
「ありがとう」
聖がぺこっと頭を下げると、高瀬は照れた風に頭を掻いて。
「なーに、ほんの礼さ。・・・・旦那さまには、内緒だけどな」
聖達はもう一度丁重にお礼を言い、その土蔵に向かった。
南里家の裏庭に建っていた土蔵は薄暗く、ひんやりとしていた。一階にはそれらしいものが見当たらなかったので、二階へと上がる。埃を被った本棚の中に、それはあった。
「これかな・・・・南里家備忘録・・・・・」
聖は一冊の薄汚れた本を手に取った。沙織の父の日記のようなものだろうか。
ぺらぺらと頁を捲ったが、難しい漢字が多くて読めそうになかったので剣心に渡す。
「じゃあ、読むでござるよ。どれ・・・・・卯月十日、伊香保の森には、貴重な鉱物が埋まっているという。ぜひとも手に入れ、更なる資産とすべし。
・・・・水無月六日、土地の持ち主には売る気が無いよし。幸い、かの人物に微細なる借金があることを発見。うまく利用できぬものか・・・・・」
「・・・・何だか、あんまりいい人じゃないみたい」
剣心が読み上げた備忘録の内容に薫が眉を寄せた。聖も同感だった。
金の亡者。そんな印象を持った。
「・・・・文月十四日、かの人物の借金の証文を買い受ける。後はこれを盾に例の土地の受け渡しを迫ればよい。
・・・・長月三日、せっかく手に入れた土地なるも、鉱物が埋まっているというのは真っ赤な嘘であった。このような道、もはや使い道はない」
「おう、見つけたようだな。何か分かったかい」
階段を上がってきた高瀬に、聖はどう言葉を返したらよいのか、戸惑う。
「それが・・・・」
「まだあるでござるよ。・・・・神無月八日、かの人物が自殺したよし。二束三文の土地を押し付けられ、迷惑なのは我が方である・・・・・」
剣心がその一文を読み終えると、場はしんとなった。
薫がぽつりと、どこか非難するように。
「・・・・酷いわ。そんなことがあったなんて」
そしてそれに、高瀬がしんみりと答える。
「ここん家の旦那は、そうやって成り上がってったのさ。何人もの人を泣かせてる。けど、沙織お嬢さんは何も知らないんだ。俺とじいやで、そういうことを秘密にしてきたからな。お嬢さんには何の罪もないんだ」
その口調に、剣心はあるものを感じ、言った。
「沙織殿が、本当に大切なのでござるな」
「・・・・・ああ」
高瀬もまた、力強く頷く。南里家に雇われているから、それ以上に、きっと彼らは沙織のことが大事なのだろう。
「それにしても、あの幸吉っておじいさん、どうして私達にこんなことを知らせようと?」
「・・・・知って欲しかったんじゃないかな」
薫の疑問に、ぽつりと聖は答えた。
「どうして?」
「さぁ・・・・それは・・・・ぼくも、何となくそう思っただけだから」
聖の頭には、あの時の幸吉の言葉が引っかかっていた。
『お主ら、自分達だけが正義かと思うてか』
幸吉はそう言っていた。彼の言う通りに南里家の過去を調べたら、善とは言えない黒き事実が浮かび上がった。それが今十勇士とどう関係があるのかはまだ分からないが。
それでも、聖達が守ろうとした南里家に卑劣な過去があったことを、幸吉は知って欲しかったのではないのかと。聖はそう思えてならなかった。
「ん? 何か挟んであるようでござる。・・・・これは、割符?」
剣心は備忘録から割符を取り出した。美浦の渓谷、という場所が記されていた。渋川町の東に当たるようだ。皆がそれを覗き込む。
「幸吉という老人の仕業でござろうな。どうやら、会いに来いと言っているようでござるな」
「なら、行きましょうよ。真実を知らないままでいるのは嫌だわ」
薫の言葉に、聖も頷く。
南里家と今十勇士の関係、そして幸吉の真意がどこにあるのか、聖は知りたかった。
その日、南里家で聖達は一泊させてもらって、美浦の渓谷へと旅立った。
「何か困ったことがあったら、いつでも来てくれよ。気を付けてな」
と、高瀬は気さくにそう言って見送ってくれた。沙織はまだ寝込んでいたが、顔色も良くなってきており、あの分なら心配はないだろう。
さて、話は戻って美浦の渓谷である。
白石が敷き詰められた美しい川辺を通り抜け、聖達は滝の横にひっそりと口を広げていた洞窟へと足を踏み入れた。その中には、朽ちた屋敷が建っていた。
「油断は禁物でござるよ。あの老人は、恐らく忍び・・・・・」
剣心のその忠告は当たっていた。
その屋敷は、まさしく忍者屋敷とも呼べるほどの代物で、隠し通路や仕掛けのある扉など、カラクリに満ちていた。襲ってくる雑兵達もいずれも手錬の忍者だった。苦戦を強いられることもあったが、各々の技を駆使して打ち破って進んだ。
「何か迷路みてーだな・・・・」
何度も袋小路で行き詰まり、げんなりしたように弥彦が言った。
「そうだね。ホント忍者屋敷って感じ・・・・・」
聖も苦笑して壁に寄りかかる。
「オイ、気を付けろよ、何か仕掛けがあるかもしれねぇぞ?」
心配そうな弥彦に聖は笑い返す。
「大丈夫だよ。ただの壁だし・・・・」
がっこん。
「え」
ぱかっ。
「え゛」
お約束。
彼らの足下の床が開いた。
落とし穴だ、と気付いた時には、聖達はもう落下していた。
「ひ〜じ〜り〜〜〜〜・・・・」
「ごめんなさ―――い!!」
彼らは最下層まで落とされ、もう一度、今度こそ慎重に進んでいくことにした。
そうして屋敷の中で迷うことはや数刻、ようやく最奥の間へとたどり着いたのだった。
が。
入った途端、入り口の戸が閉ざされてしまう。
「閉じ込められた!? チクショー出せっ!」
弥彦がどんどんと扉を叩くが、びくともしない。
と、その背後に煙と共に忍び装束を着た女性と、雷太が現れた。聖達はそちらを振り向く。
「わたくしはくのいち紫乃。この部屋は、わたくしとこの雷太を倒すまで開きはしない。先に進みたければ闘うのです!」
紫乃はよく通る凛とした声でそう言い放ち、忍び刀を構えた。その瞳に篭もる意志には一片の曇りもなく、どうやら彼女の言葉通り、闘う以外に通してはくれなさそうだ。
雷太の方も、キッとこちらを睨んでいる。
「あの女の人の方は私が行くわ」
「雷太とかいう奴は俺に任せろ」
薫と弥彦がそう言い、神谷活心流の師弟が忍びの二人と闘うことが決まった。
まずは、紫乃と薫が向き合う。
紫乃は背が高く、体格も薫より一回りは大きい。反りのない忍び刀を構えて間合いを計っている。薫の方も踏み込むべき時を待つ。
先に動いたのは紫乃だった。俊敏な動きで、的確に薫の胴に向けて蹴りを放つ。薫はそれを後ろに飛んで避けた。が、すぐに紫乃の刀が追ってくる。薫は竹刀の刀身でそれを弾き、すぐさま柄で喉元を打った。同時に体を引いたのか、紫乃に攻撃は深く入らなかったようだ。けれど紫乃は膝をつき、ごほごほと咳き込んでいる。
それを見て、雷太が弥彦へと飛び掛っていった。こちらの方は体格はほぼ互角、年の頃も同じくらいだ。速さは僅かに雷太が上か。
素早く放ってきた雷太の斬撃を弥彦は体を半回転させてかわした。ちっと舌打ちをして、雷太はなおも追い討ちをかけてくる。受け止め、弾き返すと、弥彦は雷太を打ち据えた。紫乃と同じように、雷太も床に膝をつく。
「そこまで!」
辺りに制止の声が響いた。闘っていた者達も、見守っていた聖達もその声の主の方を見る。
がっしりとした体付きをした青年忍者が、大猿と共に立っていた。
「それ以上の手出しは許さぬ」
歳は三十代前半、といったところだろうか。その精悍な顔立ちと発せられる闘気に、剣心はこの青年が只者ではないと察知した。
「何だ、てめぇ」
思わず喧嘩腰になる左之助をすっと手で制し、剣心は前に進み出た。
「お主の相手は、拙者がいたそう」
青年も、剣心の剣気を感じ取ったのか、いいだろう、と不敵に笑む。
「行ってくるでござるよ、聖」
「うん、気を付けて」
聖も、青年の気がかなりのものである事を察していた。剣心の剣気も交じり合って、それを感じ取った聖の指先がぴりぴりと痛む。
一方、それを感じない宗次郎は相変わらずニコニコして。
「そういえば、あの幸吉とかいう老人の姿が見えませんねぇ」
「そうだね。でも・・・・」
「でも?」
「あ、いや何でもない」
聖は首を振った。
あの青年と、幸吉が何だか似たような雰囲気がする、と。
聖は何故かそんな気がしたのだが、当てのない予感だったので、言わなかった。
そしてそんな彼の目の前で、剣心と青年の闘いは始まろうとしていた。
「時代遅れの剣客、か。お主は何のために闘う?」
「・・・・・・・・」
青年の問いに、剣心はぴくっと反応した。
鋭い目つきのまま逆刃刀を抜刀し、答える。
「この目に映る人々を、守るためでござるよ」
剣の時代は終わった。確かに時代遅れと言われても仕方がない。
それでも、この剣と力で、守るべき人々がいる。
多くの人が苦しんでいる、傷ついている。どんな理由があれ、そんな人達を放っておくことなど剣心はしたくない。
神や仏ではない、ただの剣客、だからこの世のすべての人を救うだなんて事はできないけれど、それでも、自分の目に映る人々は守ってみせる。
だから剣心は逆刃刀を振るうのだ。それが彼の、見い出した道だから。
「・・・・そうか」
青年は静かに頷き、己の刀を上段に構えた。太刀のように太い刃だった。重さも相当あるだろうに、青年は軽々と扱っている。
剣心がじり、と踏み出すと、床が軋んで音を立てた。それを合図にしたかのように、青年は剣心に向かってきた。足を目掛けて横薙ぎに払うが、剣心は高い跳躍で避けていた。そのまま空中で逆刃刀を振り上げ、剣心は十八番の飛天御剣流の技を繰り出す。
「龍槌閃!」
だが、それを青年は刃で受け止めた。ガキッと金属音が鳴る。
「!」
「うおおおおおおっ!」
青年はそのまま刃を払い、剣心の軽い体を跳ね返す。剣心は飛ばされながらも体勢を整え、無事に着地した。そんな彼を見て、青年はニッと笑う。
「いい技だな。だが、私も上段の技を持っている。果たしてお主のような華奢な体躯で、この技を受け止められるかっ!?」
青年から裂帛の気合が放たれた。ダンッと力強く床を蹴って青年は突進してきた。
刃を振り上げ―――そう、それは彼の鬼斬り刃と呼ばれる技だった。その名の通り鬼をも切り裂く程の威力を持った技。その刃が剣心に振り下ろされる。真っ向に受けては、確かに剣心は受け止めきれないだろう。
だから剣心は、その刃が届く前に床を蹴った。
「龍翔閃!」
刀の腹で青年の喉を打ち上げる。勢いのままに青年は宙に舞い、そして床に叩きつけられた。しばしの間、仰向けで茫然としたまま、青年は自分を見下ろしている剣心を見た。そうして、ふっと笑う。
「・・・・・やるな」
ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。
「お主達は強い。それを認めざるを得ないようだ」
龍翔閃の後遺症が、かすれた声で、けれどしっかりした声で青年は言った。その瞳が真摯に聖達を見据える。
「しかし・・・・その力は何のためだ。お主らは、何のために闘う。何故、我ら今十勇士と敵対するのだ。我らを悪だと見極めての事か? 実際に南里の過去を知り、何故、奴の味方をする」
「・・・・・・・・」
何故青年がそんなことを聞くのか、聖は不思議に思った。
聖は、幸吉は南里家の過去のことを自分達に知って欲しかったのではないかと、そんな気がした。現に自分達は南里家の過去を知り、それが決して褒められることではないことを知った。
そしてこの青年は、そんな聖達が何のために闘っているのか、それを知りたいのだろうか?
「別に、南里って奴の味方なんてしてないぜ。会ったことも無いしな。だけどお前らのやってることは、絶対に正義じゃねぇ!」
弥彦が威勢良く答える。その言葉に、青年はゆっくりと瞳を閉じた。
「・・・・我らはただ、我らが元住んでいた世界を取り戻したいだけだ」
「元住んでた世界だと?」
左之助が聞き返すと、青年は瞼を上げ、ゆっくりと静かに語り始めた。
「我らは忍びの者。闇の中に潜みつつも、確実にこの国のあり方に影響を及ぼしてきた。
だが、明治の世になった途端だ。権力者達は、まるで我らを汚物のように見下し、切り捨てようとした・・・・・。隠れ里は襲撃され、女や子どもが大勢死んだ。雷太は、その時の生き残りよ・・・・。
我らは明治の世を憎んだ。我らの住処を焼き、追い立てた者共を憎んだ。そして、我らの築いた平和の上で、あぐらをかく無知な民共を憎んだのだ」
「・・・・・・・・」
剣心も、幕末の頃は歴史の陰で暗躍した存在だった。そうしてその存在が邪魔になり、消されそうになったこともある。自分は勿論、あの志々雄もそうだった。
自分達がこの平和の世を作ったのだと、驕るつもりは無かったが、青年の憤りは分かるような気が、した。
「・・・・今十勇士とは、追い詰められた忍者の集まりなのでござるか」
「無論、違う。南里家の備忘録を見ただろう。土地を奪われ自殺したのは、由利の父親だ」
「・・・・・!」
聖達の頭の中で一本の線が繋がった。彼女が執拗に沙織を狙っていた理由。それは、父親の敵討ち、或いはその無念を晴らすためだったのか。
「幕末に活躍した志士もいる。廃仏毀釈がきっかけで、放浪を始めた僧侶共もいる。我らは皆、この明治の世に弾き出された半端者よ」
「それが・・・・今十勇士」
聖は呟いた。
今まで、ずっと追って来た今十勇士達の真の姿とその目的を、今ようやく垣間見たような気がした。
聖は、人々を苦しめる彼らを放っては置けないと、そう思って闘ってきた。そしてその今十勇士達にも闘う理由があったのだ。この青年のように明治政府に憎しみを持ち、だから壊そうとしている者もいるのだろう。
けれど。
「でも・・・・・それでも、あなた達がやってるのは、悪いことだ」
真っ直ぐに青年を見据えて、聖は言った。
世を正すためといって、人々を操ったり、さらったり、殺したり。そうして悪事を重ねる彼らが正しいとは、やっぱり聖には思えなかった。
聖の言葉を聞いて、青年は彼に目を止めた。
「お前は・・・・・神爪の者か。そうか、お前達の里は、先走った由利達に燃やされたのだったな。怒るのも無理はない」
「・・・・怒ってるんじゃない」
聖は静かに首を振り、答えた。
怒りが理由で闘っているのではない。記憶が無い、それを抜きにしても。
明治の世が憎いからといって戦国時代に戻す、そうなれば再び世は乱れ混沌とし、また多くの人達が苦しむ。今を平和に生きる人達のためにも、それは止めなければいけない。
だから、聖は闘うのだ。
「ただ、ぼくはあなた達今十勇士を、止めたいだけなんだ」
青年はじっと聖を見た。また年端も行かぬというのに、この力強く、そして澄んだ目。
「ほう・・・・怒らない、というのか。恨まれて当然のお前から、そんな言葉を聞くとはな。心に堪えたぞ・・・・・」
聖もまた苦難を味わってきたのに違いないのに、それを乗り越えたというのか。
そしてそれは、彼一人だけの力ではないのだろう。
彼の後ろに控える仲間達を見て、青年はふ、と笑んだ。
「我らはただ、我らが元住んでいた世界を取り戻したかった。我らと同じような境遇の者を増やしたかったわけではない。それなのに、いつの間にか憎しみに急き立てられ、闘いに明け暮れていたのだ・・・・。
今こそ我らは、ここを去ろうぞ」
意外な言葉に、聖達の間に驚きが走る。
「本当?」
「ああ、ここまでバラバラになって十勇士でもあるまい。恨み辛みを忘れて、静かに生きよう・・・・・」
青年のその言葉に、紫乃も笑顔で頷いた。
「わたくし達もついてまいります。ねぇ、雷太」
「アイ!」
大猿も、同意するようにキィキィと鳴く。青年は嬉しそうに目を細めた。
「そうか・・・・ありがとう。では、旅立つ前に元の姿に戻ろうか」
青年の姿が瞬時に煙に包まれ、煙が晴れた時には、あの幸吉の姿があった。
一瞬の変わり身に、聖達は目を丸くする。
「ばっ、化けた!?」
薫が声を上げると幸吉はこほんと咳払いをして。
「失礼なことを言うな。これも忍術じゃよ」
「不思議ですねぇ。一体どうやったらそんな風に若返るんですか?」
一同の疑問を代表したかのように宗次郎が訊いた。幸吉はふぉっふぉと笑って。
「秘伝の技じゃ。教えられんな」
そうして、すぐに眼光に鋭さが戻る。ぐるりと聖達を見回した。
「それより、覚えておくのだな。残っている十勇士は、純粋な怒りと恨みで凝り固まっている。特に、首領の真田様を敵に回せば、鬼神を相手取るようなものじゃろう」
「・・・・・・・」
聖はごくりと喉を鳴らした。今十勇士達を束ねる首領・真田。その姿は未だ目にしてはいないが、一体どんな男なのだろう。そしてその男は、戦国時代に生きた武将の真田のように、鬼神のごとき強さを誇るのか。
「へん! んなもん、怖かねぇよ」
けれど怖いもの知らずの弥彦がそう言うと、幸吉はうむと頷いた。
「そうか・・・・それならば東へ行け。鎮守の社に、地下へ通じる道がある」
幸吉は踵を返しかけ、しかし何かを思い出したかのように足を止めた。
「そうだ。お前にこれを渡しておこう」
幸吉が懐から取り出したのは、鞘に納まったままの短刀だった。手渡された聖はそれを抜き放ち、その刀身を見る。澄んだ美しい刃が目に映った。一点の曇りも無いその青い輝きは、どこか神々しく、そして凄みを帯びていた。
「これは・・・・・?」
「神爪の里で見つけたものだそうじゃ。わしよりも、お前が持つに相応しいだろう」
「・・・・ありがとう」
聖の言葉に、幸吉は笑みを浮かべた。
「では神爪の里の者よ、無事を祈るぞ」
そうして彼らは、忍びらしく煙幕と共に姿を消した。ほぼ同時に閉ざされていた扉が開く。
剣心が静かに言い放った。
「・・・・鎮守の社に行くでござるよ。この割符を託してくれた、あの者達の好意に応えるためにも」
「―――うん!」
今十勇士の暴走を止めるためにも。
聖は改めて、幸吉から譲り受けたその刀を見た。
心の底に残る故郷のだからだろうか、よく手に馴染んだ。
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