<第二十二章:一方その頃・・・>


「遅ぇな・・・・・」
南里家の大広間では、左之助が手持ち無沙汰にうろうろと歩き回っていた。
買い物に行くだけにしては妙に時間のかかっている沙織と聖達に、じいやと高瀬も焦りを募らせている。
「もしかして、沙織お嬢様に何かあったのでは・・・・・ああ、やはり行かせるのではなかった!」
「おいジイさん、いい加減な事言ってんじゃねぇ!」
頭を抱えるじいやに左之助は声を荒げる。まだそうと決まったわけではないのに勝手な事を言われては無理もない。
「しかし、それにしても遅いぞ。やはり何かあったのでは・・・・・」
高瀬も何かを考え込むような神妙な顔になる。と、そこへ、
「ただいまー」
「遅いじゃないか! 沙織お嬢さんは!?」
丁度聖達が帰ってきて、高瀬はそちらへとすっ飛んでいく。剣心が気を失った沙織を抱えているのを見て、高瀬は目を丸くした。
「おい、どういうことだ! 沙織お嬢さんはどうしたんだ!?」
剣心から沙織をひったくった高瀬は、剣心の肩を掴んで揺さぶった。
「おろろろろろ・・・・・」
体重の軽い剣心は揺らされるがままになって目を回している。
「ちょっとちょっと!」
「やめてください!」
聖と薫が慌てて止めに入り、剣心の揺れは収まった。
「ふう・・・・沙織殿は無事でござるよ。気を失ってはいるが、怪我は無いでござる」
「一体何があった?」
幾分落ち着いた風に尋ねる高瀬に聖は言葉を返した。
「十勇士の一味が、彼女をさらいに来たんだ。とりあえず引き上げていったけど・・・・何だか、執拗に彼女を狙ってるみたいだった」
「何か心当たりは無いのかよ?」
弥彦のその一言に、じいやと高瀬はハッとした顔をした。やはり何かあるらしい。
「・・・とにかく、沙織お嬢様を休ませよう。これ、誰か!」
じいやは使用人を呼ぶと、沙織を彼女の自室に運ばせた。じいやもそれについていく。
残された高瀬は、ふうと息を吐いた。
「心当たりか・・・・無いわけじゃあないが、はっきりしないな」
「どういうこと?」
「それは・・・・」
言いにくそうに高瀬は腕を組む。言葉の続きを待っていると、開け放たれた窓から何かが飛び込んできた。
「な、何?」
「・・・・鴉?」
普通の鴉より一回りも大きいその鴉は部屋中をばさばさ飛び回ると、剣心の頭に止まった。
「おろ?」
「あれ、この鴉・・・・足に何かついてるよ」
聖は鴉の足に結び付けられていた物をそっと解いた。どうやらそれは手紙のようだった。聖が手紙を手にしたのを見て、鴉は飛び去っていった。
「何だったんだろう、あの鴉・・・・」
「とにかく、手紙を読んでみるでござるよ。どれどれ・・・・・」
剣心は手紙を広げた。皆に聞こえるように剣心は声に出してそれを読んだ。
「南里沙織は預かった。悪辣な父親の業により、何の罪科なき娘、処刑される。娘を助けるに値するは、悪漢南里の命のみ。娘がため命を捨つる決心あらば、伊香保の森に建つ廃屋に来るべし・・・・・と書いてあるでござる」
「何っ!? お嬢さんを預かっただと!?」
「で、でもたった今帰ってきたばっかりなのに・・・?」
聖達は急いで彼女の自室に様子を見に行った。沙織は豪華なベッドですーすーと小さな寝息を立てて眠っていた。
手紙と現実の食い違いに一同は困惑する。
「? おかしいね。沙織さん、ちゃんとここにいるよ?」
「それに、この手紙には旦那様の事が書いてあるが、旦那様は今旅行中なんだ・・・・・」
高瀬の言葉に場はしーんとなった。
聖はぽつりと一言、
「・・・もしかして、ちゃんと確認しないでこの手紙書いたんじゃ・・・・・」
しーん。
そしてまた場は静まり返る。
「十勇士って、案外、間抜け・・・・?」
「・・・何にせよ、この手紙を送った十勇士は、伊香保の森にいるでござる。行ってみよう」
「俺も行く。沙織お嬢さんを狙ってる奴らを放っちゃおけねえ!」
息巻く高瀬を剣心は諫めた。
「いや、お主はここに残って、沙織殿の側にいるでござるよ。拙者達が伊香保の森に行っている間、彼女を狙いに来る者がいるかも知れぬ」
「・・・・分かった。俺はここに残る。旦那様が不在な今、お前さん達が頼りだ。任せたぞ」
高瀬の託すような言葉に、聖達は力強く頷いたのだった。











その頃、伊香保の森では。
「っくしゅん! ・・・・誰かがあたしのこと噂してるのかしら」
例の廃屋で由利がそんなことを呟いていたりしてた。
「さて、そろそろ松風と千鳥が帰ってくる頃ね、あの娘を連れて・・・・。手紙はもう送ったから・・・・フフ、大事な娘を奪われて焦っているアイツの顔が思い浮かぶわ」
高笑いをする由利の後ろでガタンと音がした。由利は振り向き、松風と千鳥の二人と、そして大猿の姿を認め、妖艶な笑みを浮かべる。
「ただいま戻りました、由利様」
「お帰り松風、千鳥。あの娘はどこ?」
「・・・・それが・・・・」
言い辛そうに千鳥は目を泳がせる。松風が進み出て、
「申し訳ありません。奴らが現れて、娘を取り戻されてしまいました」
「な、何ですって!?」
由利は悔しそうにギリ、と歯を食いしばる。
奴ら、というのは勿論、今十勇士の計画をことごとく邪魔している聖達の事である。先日は筧をも倒したと聞いた。という事は次に訪れるのは、由利の縄張りである日光の地。それが分かっていたから急いで事に当たっていたのだ。あともう少しで望みが叶いそうだったのに、だから余計に悔しくて由利は感情的に声を上げた。
「よくもあたしの邪魔を・・・・! 許せないわ、あいつら!」
「申し訳ありません! 私達の力が至らなかったばかりに・・・・!」
千鳥は心底すまなさそうに頭を下げる。それを見て、由利の怒りも少しは収まったようだ。邪魔をした聖達は憎くても、任務を果たせなかった可愛い部下の事を由利は責めたりはしない。
「いいのよ、千鳥。自分を責める事は無いわ。悪いのは奴らだもの。あなた達は力を尽くしたんでしょ? ねえ、松風」
「・・・・・・・・」
松風は黙っていた。まさか状況が不利だったとはいえ、自分達からあっさりと退いたとは言えない。まして敵に、教えなくとも良い事を教えたとあっては。
松風自身、どうして聖にあんな事を言ってしまったのか分からなかった。ただ、聖の真っ直ぐな瞳を見ていたら、言わずにはいられなかった。聖を守るために、彼の兄が最期まで闘ったことを知っていたからだろうか。恐らく、告げた事で彼の怒りや悲しみを煽ったに違いないのに。
千鳥も松風のそんな気持ちを分かっているのか、黙っていた。
「それにしても、あのフーディニとか言う男、ちっとも役に立たなかったんだね」
由利はちっと舌打ちした。
主であった筧を亡くし、すがってきたフーディニを仕方なく由利は部下にしたのだが、まったく使えなかったと知ってほぞをかんだ。
「まぁいい、また娘を奪いに行くまで・・・・って、
あーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
「ど、どうしたのですか由利様!?」
何か気付いたように声を上げる由利に松風もびくっとして声をかけた。
由利は、引きつった笑顔で。
「手紙、もう南里家に送っちゃった・・・・・」
しーん。
松風と千鳥も言葉を失った。
「キ―――っ! とんだ恥かいちゃったじゃないのさ! 畜生、どれもこれも全部あいつらのせいだ!!」
完全な責任転嫁である。
「ゆ、由利様。多分、奴らはじきにここに来ます。そうしたら、我らで迎え撃てばいいではないですか!」
「そうですよ!」
喚き散らす由利を必死になだめる松風と千鳥。その甲斐あってか、何とか由利は落ち着いてくれた。
「・・・・そうね。奴らを消せば、もう邪魔者はいない。・・・・あたしの邪魔をした罪は重い。血祭りにあげてやるわ!」
武器を手ににやりと笑みを浮かべる由利に、大猿がキィ、と鳴いた。
「ああ、お前もご苦労だったね。もう大丈夫だから、幸吉のところへお帰り」
大猿はその言葉が分かるのか、踵を返して部屋を出て行った。入れ替わりに、外で見張りに当たらせていた由利の部下が駆け込んできた。その報告を聞いて、由利は紅を引いた唇の端を吊り上げた。
「どうやら、奴らが来たようね。返り討ちにするわよ、松風、千鳥!」
主のその言葉に、松風と千鳥は揃って頷いた。







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