<第十八章:笑顔と涙>
「行くぜ!」
左之助はダッと畳を蹴り、フーディニに向かっていった。対するフーディニは拳を構えて、腰を落とした。左之助を迎え撃つつもりなのだ。
そうと分かっていながらも、左之助は敢えて真正面から突っ込んでいく。下手な小細工無しでも、勝つ自信があるからだ。
「ウラァッ!」
左之助の拳打は、フーディニの左手によって防がれた。フーディニはにやりと笑って、空いた右手で左之助の顎に向けて拳を繰り出す。
だが左之助は、その技が決まる前にフーディニに足払いをかけていた。体勢を崩したところを、力を込めて殴りつける。
フーディニは思いっきり吹っ飛び、懐からハンカチを取り出して、降参、とでも言うようにひらひらと振った。
同じ頃、若彦と聖の闘いも展開されていた。
独楽を飛び道具として使い、軽快に動く若彦。ひょいひょいと聖の刀を避け、なかなか攻撃を当てさせてくれない。
「くっ・・・」
(どうすれば、若彦に一撃を入れることができる?)
刀を振るいながら、聖は考えを巡らせていた。こうしている間にも、若彦は飄々と攻撃をかわしていた。
こちらから行っても当てられない、だったら。
聖は刀を手放した。否、うっかり落としてしまった、そんな振りをした。
「戦いの最中に武器を落とすとは、愚かですねぇ! 行きますよっ!」
流石の若彦も、その隙を見逃すはずはない。逃げの手から一転、攻撃へと移った。その瞬間こそ、彼が聖に最も近付く時!
「ハッ!」
飛び掛ってきた若彦に、聖は下段から拳打を入れた。落ちてきたところで、もう一度、今度は鳩尾に力一杯、拳を叩き込む。
若人はぐうっと呻き、そのまま畳の上にうつ伏せで倒れた。彼が顔を上げた時には、聖達が周りを取り囲んでいて、そして更に、いつの間にかフーディニの姿が消えていた。どうやら、どさくさに紛れて逃げてしまったらしい。
「フーディニ・・・・わ、私を置いていくなんて・・・・!」
愕然と若彦は呟く。
逃げ場を失った彼に、宗次郎を支えたままの剣心が静かに尋ねた。
「さぁ、答えて貰おうか。化け物がいた場所に落ちているのは、何の容器の破片かを・・・・」
「ううっ」
若彦は後ずさったが、その後ろには弥彦が立っていて、それ以上は下がれない。
剣心の言葉に、聖は先程まで化け物がいた場所を見た。成程、確かにそこには、一軒目の家で見たのと同じ何かの容器の破片が散らばっていた。宗次郎が気に掛かっていて、今まで気付けなかったけれど。
答えない若彦の代わりに、剣心が自分の考えを述べる。
「容器の中に入っていたのは、恐らく、強力な幻覚剤・・・・。拙者達は、化け物だと信じ込み、幻覚と闘っていたのでござろう」
それで、ようやく聖は合点がいった。
言われてみれば、化け物は皆自分が思い描いていた姿をしていた。唐獅子が炎を纏っていたのは・・・・聖自身は覚えていないが、深層意識で抱いている、過去の出来事の恐怖からだろうか。
「そうか、だからみんな見えたものが違ったんだ。ぼくは唐獅子、薫さんは天狗、左之さんは化け狐っていった風に。そして、宗次郎さんには・・・・・」
自分を殺そうとした、義理の家族達。
殺されかけた恐怖が、心の傷が、幻覚剤によって実体となって、宗次郎を苦しめたのだ。
「なめた真似してくれるじゃねぇか。町人を怖がらせて、世情を不安定にしようって腹かよ」
「そんなことでひっくり返るほど、明治政府はヤワじゃないわよ!」
左之助と薫の言葉に、若彦は鼻で笑って。
「ふふっ、それはどうですかねぇ。化け物騒ぎで浮き足立ったところに、秘薬で操った一般人共が、暴動を起こしたとしたら・・・・・明治政府は、それを押さえつける事ができるでしょうか?」
「何だと?」
「権力で叩き潰すなら、それはそれでこちらの思う壺なんですよ。操られているだけの者に、暴力を振るうところを見れば、政府に不満を感じる人々も増えるってもんです」
十勇士達のやり口に、薫は改めて怒りを覚える。
「そんな・・・・なんて汚いの」
「力押しだけで、政府を転覆させられると思う程、おめでたい集団じゃありませんから」
「成程。それでニセ十勇士を名乗っているというわけでござるか」
剣心の言葉に、皆彼の方へ目を向けた。若彦も、驚愕の表情で剣心を見上げている。
「ニセ十勇士って・・・・・本物の真田十勇士じゃないって言うの?」
そう言った聖を一瞬見遣って、剣心は若彦に向き直った。
「戦国時代の人間にしては、明治の世に通じすぎているでござる。大方、名を借りて同情を引こうとしたのでござろう」
若彦は、今度は感心した風に目を見開いた。
「へぇ・・・・こりゃ驚いた。あんた、ただの剣客さんじゃないですね。
でも、ニセ十勇士は酷いなぁ。正式には、今十勇士。この腐り切った世を正し、本来あるべき姿に戻すのを目的とする、素晴らしい集団なんですから」
「素晴らしい集団・・・・でござるか。なら、その素晴らしい集団は、こんな風に人を傷つけても、何とも思わぬのか?」
幾分か、顔色が戻ってはきているが、未だ沈んだ表情をしている宗次郎。その肩は、剣心が支えたままだ。
「世を正すには、多少の犠牲は仕方がないでしょう。大体、明治政府だって、多くの犠牲の上に成り立っているんですから」
「ふざけたこと言うんじゃねぇ!」
弥彦が怒鳴りつけると、若彦は肩を竦めた。
「はいはい、じゃあ黙りますよ。どうせ、あんた達に話す事は無いですからね」
それっきり、本当に口を噤んでしまった若彦を見て、左之助は溜息をつきながら、
「こいつ、どーするよ。逃がすわけにはいかねぇし、警察にでも突き出すか?」
「うん、それがいいかも」
「じゃあ、行くでござるよ」
若彦を後ろ手に縛って、聖達は警察へと連れて行った。その間も、宗次郎は剣心の着物の裾を掴んで、彼の後ろを力無く歩いていた。
化け物の正体が分かっても、心の傷の疼きは、簡単には止まない。
「町を騒がせた犯人を捕まえて下って、ありがとうございます。ご協力、感謝するであります」
「いやいや、いいのでござるよ、駐在殿」
牢屋に若彦が入れられたのを見届けて、聖達はその場を去ろうとした。が、背を向けた聖達に若彦は忠告のように。
「今十勇士を、単なる偽者だと思ってると、痛い目に合いますよ」
聖が振り向くが、若彦は知らぬ存ぜぬといった顔で、独楽を回して遊んでいた。何かを尋ねたところで、もう答えてはくれないだろう。
気に掛かる一言だったが、とにかく、聖達はその場を後にした。
「すみませんでした・・・・・色々と、迷惑かけちゃって」
北の広場に着いた時、宗次郎は俯いたままそう言った。
空は晴れ晴れとして、気持ちのいい青空が広がっているのに、彼の心は晴れない。
「気にするな。お主が悪いわけではないでござる」
剣心の穏やかな言葉に、宗次郎の目が一瞬、切なさを帯びた。
「・・・ありがとうございます。もう、大丈夫ですから」
宗次郎は、剣心の着物の裾から手を離した。
顔を上げて、皆の方へ向き直った顔には、笑みが浮かんでいた。一目で、明らかに無理して笑っていることが分かった。
多分、宗次郎自身は、無意識だったのだろうけれど。
その様が痛々しくて、聖は思わず言った。
「宗次郎さん・・・・辛い時にまで、無理して笑う必要は無いんじゃない?」
宗次郎が、はっとしたように目を見開いた。
その顔が泣きそうに歪んで、それでもまた笑顔になって。
「・・・・嫌だなぁ、無理してなんか・・・・・」
「聖の言う通りだ。もうお主には、感情を封じ込める理由は無い・・・・。
泣きたい時は、素直に泣いていいのでござるよ」
剣心のその言葉に、宗次郎は笑った。
「参ったなぁ・・・そんなこと言われたの、初めて・・・・・・
―――・・・っ!!」
最後はもう、声にならなかった。
大粒の涙が零れ落ち、それからは、後から後から、宗次郎の目から涙が溢れてきた。
殺したくなかったのに、殺さなければ生き延びられなかった、過去の自分を思って。ずっと笑顔で閉じ込めてきた、悲しさ、苦しさ、辛さを堪えきれず。
ずっと張り詰めていた糸が、ぷっつりと切れたかのように・・・・嗚咽を上げて泣きじゃくる宗次郎の背を、剣心はそっと、支えていた。
―――どのくらい、そうしていただろうか。
再び、顔を上げた宗次郎は、泣き腫らして赤い目をしていたが、いっそ清々しい表情をしていた。
「本当に、ありがとうございます。今度こそ、大丈夫です」
剣心から離れて、宗次郎はにっこりと笑った。その顔は、いつもの宗次郎と同じだった。
「久しぶりに思いっきり泣いたら、却ってすっきりしちゃったな、あはは」
頭を掻きながら、あっけらかんと笑っている。
その様子に、無理しているところは見られない。聖は、ほっとした。
「自分で、恐ろしいと思っているものが見える・・・か。まさか、あの人達の姿が見えるなんてね。
もう十年も経ってるのに―――あの人達は、結局、僕があの時殺したのに」
宗次郎の独白を遮るように、一陣の風が吹いた。落ち葉を巻き上げ、それを空へと運んでいく。
何となく、皆はそれを見上げた。空は、どこまでも吸い込まれそうに深い。
「心の傷は、そう簡単には癒せない。誰しも、心の中に抱えている傷というものはあるでござるよ。ただ―――」
剣心は、聖を見て、次に宗次郎を見た。その瞳は限りなく真摯で、そして優しさを含んでいた。
「それを、一人で抱え込まなくてもいい。もう、一人ぼっちではないでござるからな」
薫も、弥彦も、左之助も、それに聖も。
皆頷いて、温かい笑顔を浮かべて、宗次郎を見つめていた。
その言葉が、笑顔が、嬉しく思える。
自分を封じなければ、生きてこられなかった。
けれど、今は違う。あの闘いで剣心が言ったように、自分の本当の答えを探して歩いている今は。
もう、心を隠さなくてもいい。思うままに、生きていい。
「はい・・・・・!」
宗次郎は微笑った。
それはきっと、彼の心からの笑顔に、違いなかった。
第十九章へ
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筧編、前半終了。読んで頂ければ分かると思いますが、ほとんどオリジナルに突っ走っています。
書きたくて書きたくて仕方なかったシーンでした。これらの三章はあまり客観的に見ないで、がーっと一気に書くことができました。客観的に見ると、苦しんでいる宗ちゃんを書くのは、やっぱり辛かったけど。
「弱肉強食」の理念が間違っていたとは言わない。あの言葉があったから、宗次郎は生きる事ができた。
でも、本当は人を殺したくなくて、本当はあの時、誰かに助けて貰いたくて、そうすれば自分は人を殺すことなく生きられたのに。
その想いが、宗ちゃんのあの「あの時あなたは、僕を守ってくれなかったじゃないですか」の言葉に込められてると、私は思っています。
自分の本当に行きたい道とは違っていても、その違う道を選ばなければ生きられなかった。だから、その道が間違いでないと、信じていたかった。
宗次郎と剣心の闘いをみると、そんな風に感じます。特に、アニメ版は深く盛り下げてあって(しかも、剣心が宗ちゃんの本当の心を見抜いていてくれて!!)、嬉しい事この上ないです。
他の宗次郎ファンの方々が、どう思っているのかは分かりませんが、私はあの闘いで宗次郎を救ってくれた剣心に、本当に感謝しています。
本当は、「あの時」に救えていたなら、もっと良かったのだろうけれど・・・・まぁ、それは言っても仕方がないですね(^^;)
志々雄が全部間違っていたとは言わないけれど(だって「弱肉強食」の理念で宗次郎が生き延びられた事に変わりはないんだし、十年一緒にいられて、宗次郎自身も楽しかったと思うし)、それでも、剣心は、宗次郎に再び歩き出すきっかけをくれた。だから感謝なのです。
ああ、その辺に関しては、思っていることが山ほどあるのに、うまく言葉で表せない・・・!!(汗)
罪を償いながらも、自分にとっての本当の答えを探して。
要は、とにかく宗ちゃんには、幸せになって欲しいのですよ、ハイ。
とまぁ、長々と書き連ねましたが、筧編の後半は、ゲーム通りの展開に戻ってくる・・・・かな?
感想など、掲示板に頂けると嬉しいです。
2004年9月20日
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