<第十二章:そして、再び出逢う>
小さくとも、とても大きく見える頼もしい背中。
薫は心から嬉しそうに、弥彦は喜びに目を輝かせ、左之助は安堵したようにニッと笑い、宗次郎はどこか懐かしい気持ちを感じて―――その背中を見つめていた。
当の剣心は、鋭い眼差しで海野達を見据えている。無言で、静かな威圧感を与えながら。
「馬鹿な・・・・飛んできた小柄を叩き落すなんて?」
攻守逆転だった。海野は狼狽した様子で筧に目を遣った。
「まずいですね。これ以上新手が増えては、こちらが不利です」
あくまでも余裕の表情を崩さずに筧は言うが、その言葉は自分が考えていたものと同じだった。
「ひとまず引くか・・・・由利!」
「・・・・・・・・」
由利は薄く笑って肩を竦めた。
三人は、倒れている結城を素早く回収すると、そのまま去っていった。
彼らの姿が完全に見えなくなると、ようやくその場の緊張も解けた。剣心は、険しい表情から一転、穏やかな笑顔になり、薫達の方に振り向いた。
「みんな、無事でござるか?」
「剣心!」
久しぶりに会えた笑顔に、薫は満面の笑顔になる。
ただ笑って此処にいてくれるだけで、こんなにも自分は心満たされる。そんな風に、薫は感じていた。
剣心も、柔和な笑みを浮かべたまま薫達の方へ近付く。
血を流し、こと切れている左近児を見た時は、少し胸が痛んだが、もう一人、倒れている人影に目がいった。
「この少年は・・・・」
「ああ、一緒に行動してるんだ。記憶喪失で、自分の名前しか覚えてないんだけど」
弥彦が聖の事をそう説明していると、左之助が横から口を挟んだ。
「そいつはどうかな。さっきの技・・・咄嗟に出たにしては完成されすぎてる。何かを思い出しかけてるんじゃねぇか」
「そうかもしれないけど、今は恵さんの所に連れて行くのが先よ。頭が痛いみたいだったし・・・・どこか怪我したのかもしれないわ」
「そうでござるな」
左之助が言う事も気にはなるが、確かに今は気を失ったままの聖の方が心配である。左之助が聖を担ぎ上げ、行こうとすると、
「あの、左近児君も連れて行きませんか? こんなところに放っておいたままじゃ、何て言うか、その・・・・・」
左近児の亡骸を抱えた宗次郎が呼び止めた。彼はそこで口を噤んでしまったが、もしもその後に続くとしたら、”可哀想”という言葉が相応しいだろう。本人は、その思いを自覚していなくても、きっと意識のずっと奥底で、左近児へそういう感情を向けているはず。
皆は知る由もなかったが、それはきっと、宗次郎と左近児の境遇がどことなく似ているせいだったに違いない。
「宗次郎・・・・」
「お久し振りです、緋村さん」
あの京都での闘い以来、久方振りの再会の言葉を、ようやく二人は口にした。宗次郎はともかく、剣心の方は、こういった形で彼と再会するとは、思ってもみなかっただろう。何せ、どういった経緯があったかは知らないが、彼は自分の仲間達と行動を共にしていたのだ。
そして今の彼は、あの闘いの時とは、何かが確かに違う。
左近児を見つめる物憂げな視線に、剣心は宗次郎の心が動き出しているのを感じ取っていた。
「そうだな。何があったのかは知らぬが、その子も・・・・きちんと葬ってあげないとでござるな」
「ありがとうございます」
宗次郎は小さく笑って軽く頭を下げた。
「さぁ、じゃあ一旦東京に戻るか!」
そうして一行は、工場を後にした。
深い闇の中に堕ちているのを、聖は感じていた。
・・・・ここは、どこだろう?
周りも、底無しの足下も真っ暗で何も見えない。
ただ一つ見えるのは、上から差す光。水の中から太陽を見たときのような光・・・ただし、今聖が見ているのは真っ赤な炎のような輝きだったが。
手を伸ばすが届かない。もう少し、もう少しで掴めそうなのに・・・・。
尚一層、手を伸ばそうとして、そこで聖は目が覚めた。
「気が付いたのね。大丈夫?」
薫のほっとした表情が目に飛び込んできた。夢の余韻は、一瞬ですっかり消え失せている。
聖がゆっくりと身を起こすと、見覚えが無い部屋ではあったが、周りにはいつもの面々がいた。薫と、弥彦と、左之助と、宗次郎。そして、もう一人。
「・・・ここは?」
「ここは、恵さんが助手をしてる診療所よ。それで、」
「すごかったぜ。あんな技を持ってるくせに、隠してやがって!」
状況を把握する前に、弥彦が身を乗り出して尋ねてきた。
「あの技、一体何なんだよ。一体どこで覚えたんだ?」
「・・・・・・?」
弥彦が言っている事の意味が分からない。
結城に対して、激しい怒りを燃やしたことは覚えている。けれどその後は、その後はどうしたんだろう? 頭が真っ白になって、それで、それで・・・・・。
「大丈夫?」
顔を覗きこんでくる薫に、聖は首を横に振ることで答えた。
「分からないのね・・・いいのよ、無理しないで」
「す、すまねぇ」
弥彦が心底申し訳なさそうに謝る。
「ううん、ぼくの方こそ、倒れて皆さんに迷惑かけちゃって。・・・・あの時、ぼく、結城に何かしたの? よく覚えてなくて・・・・」
落ち着いてきたのか、今度は聖の方が皆に尋ねる。
「ああ、お前が結城に、すごい技を放ったんだよ。体が勝手に動いたって感じだったぜ」
左之助が言うと、薫も、
「あの動きは、古武術の一種だと思うわ。見たこともない型だったけど・・・」
と推測を述べる。
「同感でござるな。だがまぁ、今はそれより、聖の方でござる。体調は、もう大丈夫でござるかな?」
「!」
皆の間に驚きが走る。聖をここに運んできたり、色々とばたばたしたりしていたので、未だ剣心に彼の事を話してはいなかった。なのに、今ごく自然に剣心の口から彼の名が滑り出たからだ。
「何で名前知ってるんだ?」
「いや、ちょっとした事情があるのでござる。聖、拙者を覚えているでござるか?」
聖は頷いた。
忘れるわけがない。体中傷だらけで憔悴しきっていた自分が不良達に絡まれた時、助けてくれた流浪人さんの事を。印象的だった出逢いのはずなのに、何かを恐れるようにして、彼の前から逃げ出してしまった事も。
剣心が、自分のことを覚えていたと知って、嬉しく、そして、少し申し訳なくなった。
「あの時はごめんなさい。助けてもらったのに、お礼も言わず逃げちゃって・・・・」
「気にしなくてもいいでござるよ。それにしても、こんな形で再会しようとは、思わなかったでござるよ」
謝る聖に、剣心は温かな微笑を向ける。確かに男性なのに、どこか女性的なその顔は、見ているだけで心が安らいだ。
「剣心は前に言った、うちの居候なの」
薫が簡単に紹介する。
その言葉でやっと結びついた。今まで、薫達が何度か口にしていた彼の話題。それは、この流浪人さんの事なのだと。
「しっかし驚いたなぁ。二人が知り合いだったなんて」
弥彦の言葉に、聖も笑って同意する。
「うん、ぼくも驚いたよ。また会えるとは思ってなかったから」
けれど、実際こうして会うことができて、本当に良かったと思う。薫達が話題にしていた彼にも会ってみたかったし、あの流浪人さんにももう一度会いたかったから。図らずとも、その両方がいっぺんに叶ってしまった。
こうして改めて彼と向き合ってみると、表面は限りなく優しげで、穏やかそうなのに・・・内側から、彼の凄まじい強さが静かに、しかし確かに、滲み出ているような、そんな気がした。
「それはそうと、お前ェ、どこ行ってたんでぇ?」
左之助が尋ねると、剣心は湯飲みから茶を一口飲んでから、話し始めた。
「近頃、不穏な輩が増えてきたようでござったのでな。ちょっと調べていたのでござる。まさか薫殿達も、同じ事件を追っていたとは・・・・しかも、宗次郎も一緒なんて、正直驚いたでござるよ」
剣心は宗次郎に微笑む。おおよその経緯は薫達から聞いたが、それでも弱肉強食の理念に縛られていた宗次郎が、こうして人を助けるために行動しているのが、何だか嬉しかった。
あの闘いの時、一度自分が壊してしまった彼の心の事を、内心案じていたので余計に。
「まぁ、半分成り行き、もう半分は、あなたが言っていた答え探しですよ。どちらかって言うと、そっちの方が大きいかもしれませんけど」
宗次郎も柔らかく笑った。かつては敵として相対していたのに、殺してやりたいとまで思ったのに・・・・・今、自分は彼のおかげで、自分自身の道を探そうとする事ができている。
何だか不思議だなぁ・・・と、宗次郎は思わずにいられなかった。
「そうか・・・・」
剣心が頷くと、弥彦がはた、と気付いたように声を上げた。
「って、ちょっと待てよ。もしかして、俺達を助けたのって偶然なのか?」
剣心の言葉からすると、同じ事件を調べてるとは知らなかったようだし、となるとあの工場に彼がいた事もたまたまということになるだろう。
まぁ、偶然にしても何にしても、互いに無事で何よりだったが。
「すまぬな。あの工場が、何やら怪しい薬を作っているようだったので、調べていたのでござるよ」
「やっぱり、そうだったんだ・・・」
自分達の推測は間違いではなかった。聖はそれを確信し、剣心に続きを促す。
「で、どんな薬なの?」
「うむ。暗示に掛かりやすくする薬でござる。言葉や光の信号等と合わせて使えば、人を思うまま操れる・・・という」
「根津達の使っていた薬だ・・・・」
一連の事件が、一本の線に繋がりつつある。そして、十勇士という、その敵も。
考え込んでいる聖を見て、剣心は凛と言葉を紡ぐ。
「相手の姿が、ようやくはっきりと見えてきたようでござるな。拙者の力、使ってくれぬか?」
「―――こちらこそ、よろしくお願いします、剣心!」
剣心のまっすぐな瞳に、しっかりと頷いた聖だったが、言ってすぐに己の失態に気付いて、かぁっと顔を赤くする。
「? どうしたでござる?」
「いや、あの・・・・ぼくより年上なのに、薫さん達につられて呼び捨てにしちゃって・・・・」
剣心は一瞬目を丸くして、しかしすぐに笑みを漏らす。
「構わないでござる。それより、拙者の事を受け入れてくれて、ありがたいでござるよ。
改めて自己紹介するでござる。拙者は緋村剣心。及ばずながら、お主の力になりたい。良いかな?」
謙遜気味に言う剣心の横から、ぴょこっと薫と弥彦が顔を出して、
「剣心がいれば百人力よ!」
「オウ、その通りだぜ!」
「ハハハハハ・・・・」
そのやり取りに、この人達は本当に信頼し合っているのだなぁと、聖は思う。
現に、聖は剣心をとても頼もしく感じたし、彼が今後同行してくれることが心強かった。
「そういえば、奴ら、”神爪の里”とか言ってたな」
「神爪の里?」
左之助が呟いた言葉を、聖が鸚鵡返しで聞き返す。今度は宗次郎が説明した。
「聖君が技を出した時に、海野さんが言ってたんですよ。神爪の里の生き残りがどうこうって」
「生き残り・・・・」
それは自分のことなのか。そして、それは何を意味する?
神爪の里―――いくら記憶の糸を手繰っても、その言葉には聞き覚えがなかった。けれど、十勇士達がそう言っていたのなら、自分はその神爪の里と何かしらの繋がりを持っていたのだろう。それは、十勇士とも因縁がありそうだ。
「聖の失くした記憶に関係あるかも知れねぇな。調べてみるか?」
「うん・・・・何か、手がかりになりそうなことなら、調べたい。ぼくも、思い出したいし・・・」
知りたい。思い出したい。
自分の過去を。自分自身を。
迷いは無かった。
そう、その記憶が、たとえ辛いものだったとしても。
「決まりだな。とりあえず、この中で神爪の里について知ってる奴は?」
左之助の問いに、誰も何も答えない。
「恵さんにも訊いてみましょう。隣の部屋にいるし、手当てのお礼言わないと」
薫の提案に、六人は揃って恵のところへ向かった。
「神爪の里? 聞いたことがあるような気がするわね。新聞社に、時川さんって知り合いがいるの。連絡しておくから、明日にでも新聞社に行って、調べて御覧なさい。あそこには、膨大な資料があるから」
「ありがとうございます」
情報と、手当てについてと、二つの事にお礼を言って、一行は小国診療所を出た。
広がるのは青天。清々しい風に、聖は目を細める。
と、聖はある事を思い出した。
「あの、左近児君はあの後どうしたの・・・?」
済んだ空とは裏腹に、聖の表情は沈む。十勇士達は逃げ去ったという話は聞いたが、ならば捨て駒にされた左近児を、奴らが連れ帰ったとは思えない。彼の屍は、まだあの工場に置き去りなのかな・・・と、聖は浮かない顔をしたが、
「ちゃんとお墓を作って、埋葬しましたよ」
「ほら、先生が塾をやってる寺子屋の奥・・・・無縁仏のお墓も多いから、そこにね」
宗次郎と薫の言葉に、少しばかり、救われたような気持ちになる。本当は、左近児も死なせずに、救いたかったけれど。
「そう・・・・」
それでも、これで少しは彼も、浮かばれるのだろうか。
今度は幸せに、生まれてこれるだろうか。
「ねぇ、今から、そこに行って来ていいかな?」
ほんのちょっとでも、彼の魂が安らぐように。綺麗な花を、供えに行きたい。
聖のその気持ちを汲んだのか、皆静かに、頷いてくれた。
十三章へ
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海野編はまだ終わりではないのですが、キリがいいところで一旦後書きを入れます。
剣 心 登 場。
もう、ゲーム中でも大っ好きなシーンです。でも、あんまりかっこよく書けなくてごめんよ剣心・・・・。
そして相変わらず、オリジナルシーン多いですな。左近児君、死なせちゃってごめんなさい(土下座)。でも、書いてるうちにそういう流れになっちゃったんだよーぅ・・・・せっかく宗次郎が助けたのに・・・・結城、お前という奴は(怒)。けど、結城の外道っぷりや、ヘタレっぷりは書いてて楽しかったです(オイ)
剣心がようやく書けて嬉しいですv 何が嬉しいって、聖や宗次郎との絡みを書くのが楽しいvv(そして宗次郎相手だと他の所より明らかに多くなる地の文・・・・)
メンバーがようやく揃った事で(特に剣心と宗次郎が再会した事で)、これからもどんどんオリジナルなシーンが出てくるとは思いますが(汗)、それでもお付き合いしていただけたら幸いです。
それでは次からは神爪の里の話へ突入です。
2004年8月15日
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