Sympathy
今、部屋には三つの人影がある。
大きなベッドに寝かされた赤ちゃんと、その側の椅子に腰掛けて赤ちゃんを覗き込んでいる女性と。
そして、オロオロオロと落ち着きなく歩き回っている少年。
「少しは落ち着きなさい、リュート」
「だって、だってボクのせいでフルートが・・・」
そう言って少年―――リュートはオロオロしたままベッドに近付き、赤ちゃんの顔を見る。赤ちゃんはすやすやと眠っているが、顔は赤く、額にはうっすらと汗が滲んでいた。
この赤ちゃんこそ、リュートが猫っ可愛がりしている妹、フルートだった。言うまでもなく、側にいる女性はホルン女王である。
「ごめんね、フルート。熱があって辛いよね・・・ああっ、ボクが代わってあげられたらいいのに・・・!」
リュートは一人頭を抱えて、またオロオロと歩き回る。そんな息子の様子を、ホルンは苦笑しながら見つめていた。
人類の守護神と謳われる程のリュートが、ここまでうろたえているのには訳がある。
リュートはこの歳の離れた妹が、可愛くて可愛くて可愛くて仕方がない。フルートをとにかく喜ばせたくて、色々な魔法を披露して見せるが、いかんせんセンスが無いため、すべてが失敗に終わっている。フルートは喜ぶどころか、怖がり、怯え、あろうことか命の危機にまでさらされ、そんなこんなのストレスが溜まりに溜まって、こうして熱が出てしまった、というわけなのだ。
フルートを喜ばせようとしてしたことが、結果的に苦しませるだけとなってしまい、リュートは落ち込み、ただただ申し訳なくて、罪滅ぼしに必死に看病している。
とは言っても、彼も大神官で多忙な身、なかなかフルートの側にいてあげられない。ホルンもこの点は同じなのだが、こんな時くらいは、と政務もお休みしてつきっきりフルートの看病に当たっている。
穏やかに微笑みを浮かべたホルンとは対照的に、リュートはひたすら狼狽の表情。ごめんね、ごめんね、と話しかけながらフルートの汗を拭いてやっているが、終始わたわたした様子のリュート。
ホルンはふ、と笑みを漏らして、息子に語りかけ始めた。
「リュート、あなたがそんな調子じゃ、いつまで経ってもフルートの熱は下がらないわよ」
「え?」
母の言葉の真意を掴みかねてリュートは振り向いた。ホルンはそのまま続ける。どこか、歌うように。
「赤ちゃんてね、不思議なのよ。こんな風に具合が悪い時・・・お母さんが心配だな、心配だなーって態度でいると、赤ちゃんも落ち着かなくて、なかなか元気になれないの。
でもね、」
ホルンはフルートの髪をそっと撫でた。
「でもね、お母さんが赤ちゃんの力を信じて、きっと大丈夫、すぐに良くなる、って思ってると、その想いが通じるんでしょうね、赤ちゃんも安心して元気になれるの」
そのままその手を握り締める。とてもとても、小さな手。
「あなたがフルートのことが心配なのは良く分かる。でも、フルートも今、精一杯頑張ってるの。この子の力を、信じてあげなくちゃ」
「母さん・・・」
「ね、お兄ちゃん」
「・・・・・」
リュートは黙ってフルートに目線を移す。規則正しい寝息、でもそれは時々、少し苦しそうで。
だけど生きてる。頑張って生きてる。
「・・・そうだね。何たってこの子は、ボクの妹だもんね・・・」
フルートに毛布をかけ直してあげながら、リュートは呟く。
「頑張れよ、フルート。お兄ちゃんと、お母さんがついてるからね」
リュートの顔に力強い笑みが戻る。ホルンも、安堵の表情を浮かべた。
そうしてリュートは、不思議そうに。
「ところで母さん、さっきの話って、本当なの?」
「本当よ。・・・あなたも昔、そうだった」
少し懐かしそうな顔をしながら、ホルンは窓越しに空を見た。
今日は満月の夜だった。
<END>
ホルン様が語った話は本当です。職場の先生(子育て経験有り)が言っていた話を参考にして書いたのが今回のお話。お母さんが怖い表情をしていると赤ちゃんは落ち着かないし、笑顔だと赤ちゃんも笑みを返してくる。そういうこともあるそうです。お母さんと赤ちゃんて、やっぱり心でも繋がってるんですね。だからフルートも、心の奥で憶えてたんだろうな。
2004年1月12日
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