夢幻


北の都には、一人の少女がいる。
名はサイザー、大魔王ケストラーの実の娘。
パンドラの箱を開ける者として、魔族の中で育てられる天使。


その少女を見るたびに、ベースの傀儡と化したリュートは、冷えた瞳の奥で思う。
妹は・・・フルートは無事でいるだろうかと。
今、何処でどうしているのだろうと。

妹と歳の近いその少女に、面影を重ねずにいられなかった。





それはいつのことだったか。
時の流れもほとんど感じられない、閉鎖的で澱んだ北の都で。
封じられた心で月日を数えていたリュートが、フルートの誕生日に気付いたのは。
ふと、涙を流したのは。


大切な存在を想う、
その一瞬だけ、リュートはベースの支配から逃れる。



昨日のことのように、リュートの脳裏に彼がまだ純粋に彼であった頃のことが蘇る。
フルートが生まれるのを、心底心待ちにしていた自分。
月満ちて生まれた彼女に逢えた時、どれほど嬉しかったか。
どんなに、妹を守りたいと思ったか―――。



突如、魔族達がスフォルツェンドに攻め込んできた際。
リュートは懸命に戦った。
彼は強かった。
人よりも、むしろ魔族に近いと、他ならぬ魔族に言わしめてしまう程に。

彼は結果的に、祖国と国民、そして何よりも、彼の大切な者達を守ることができた。
けれど、その代償は大きかった。
大切なものと引き換えに、彼自身の心と体を、冥法王に奪われることになったのだから。


たとえ己の命が尽きたとしても、かけがえのない存在を救えたなら、彼は満足だったろう。
彼は自分より他を優先する、そういう人だ。
そんな彼が”聖杯”となってしまうなんて、死ぬよりも何と残酷なことなのだろう。何という皮肉だろう。




もう、ベースの操り人形でしかないリュートに、自由はない。
ただ思考のみが、行動には反映せずに働き続けていた。
自らが引き起こす悲劇を、嫌でも享受せねばならなかった。
目を背けたくても、それは彼にはできなかった。


優し過ぎる故に、罪がなお重くのしかかる。
いっそ感情がすべて無くなっていたら、彼はこんなにも苦しむことはなかっただろう。
けれどそうしたら、ベースの中のリュートは、リュートのままでいられない。

想えることは、幸か不幸か。
それは彼のみぞ知る。






フルート。


呼びかける。心の奥底で。
密やかに、それでいて、切ない程に強く。


君の誕生日が来たら、君が喜んでくれたあの魔法を、また見せるつもりだった。
毎年、心を込めた贈り物を捧げるつもりだった。
それから、言うんだ。
「フルート、誕生日おめでとう」
って―――・・・。


叶わなかった夢。叶えたい夢。

それが可能ならば。




今は想うことしかできないけれど。
きっと、いつかは―――・・・。



そう、いつか。
その時が来ればいい。





だからその祈りこそが。

ボクからのバースディプレゼント。







                                      <END>












フルートに思いを馳せるリュート(兄ベース)小説。
思いつきで書いたので意味不明な話かもしれません。
それにしても・・・暗い(汗)
切ない系を目指したんですが・・・。
こんな話ですが、キリ番5555を踏んでくださった、夢人さんに捧げます。

2002年 12月25日