Songs.





それは、今から15年前の話―――。





漆黒の空に、銀の光を放つ満月が浮かんでいた夜。
スフォルツェンド城内に、赤ん坊の泣き声が響く。
何が哀しくて泣いているのか、母親の腕の中で、大粒の涙をこぼしている。
母親―――ホルン女王は、困った顔でその赤ん坊を―――フルートをあやしている。
コン、コン。
と、不意にノックの音。
「どうしたの・・・?」
ドアから顔を覗かせたのは、その赤ん坊の兄、リュートだ。
「どうしてかは分からないけど、フルートが泣き止まないのよ・・・」
そっとフルートを揺すってみても、泣き声は止まらない。
リュートも困惑した表情でその様子を見ていたが、ふと、その場から一、二歩下がった。
そして、



よろこびよ 美しい神の火花よ
楽園に生まれた少女よ





ベートーヴェン作曲交響曲第九番・・・歓喜の頌歌を歌い始めた。




われわれは情熱的に酔い
その柔和な翼の下で
すべての人々が兄弟となる
よろこびをもって
英雄が 勝利の道を歩むように・・・





不思議と、その歌を聴くと、フルートは安らかな表情になり、やがて眠りについた。
リュートがその歌を歌い切る頃には、すっかり夢の世界へと行っていたのである。
「第九・・・素敵な歌よね、私も好きだわ」
ホルンは微笑みながら、眠っているフルートにハミングで、歓喜の頌歌を聞かせる。
「好きなんだ・・・この歌。フルートの未来を暗示してるみたいで」
リュートも柔らかい笑みを浮かべる。
その日から、フルートが寝付かない夜には、二人は歓喜の頌歌を子守唄に歌うようになった―――。








それから15年後・・・。
勇者のバイオリンに合わせて、一人の少女が第九を歌った。



よろこびよ 美しい神の火花よ
楽園に生まれた少女よ

われわれは情熱的に酔い
その柔和な翼の下で
すべての人々が兄弟となる
よろこびをもって
英雄が 勝利の道を歩むように・・・



「驚いたな・・・。お前、よくこの歌知ってたな・・・」
勇者が少女に問いかける。
「えっ? あっ・・・ううん、そのね、知ってたわけじゃないんだ。ただ・・・」
旋律が耳に蘇ってくる。
懐かしい、歌声が。
誰が歌っているのかは、分からないけれど・・・。



「何となく・・・自然と口から出てきて・・・なんでかな・・・」



それはきっと、心の片隅に残っていた記憶。
母と兄が、幼い自分に歌ってくれた、子守唄―――・・・。




                                                                <fin>










原作で、フルートが、知っていたわけではないのに歓喜の歌を歌ったとき、絶対にリュートやホルン様が子守唄に歌ってたんだ!と思ったのですが、結局何で知っていたのか明かされず終いで残念でした。
でも、私は二人が子守唄に歌ってた説を押しています(笑)
そんなわけで、小説というよりはちょっと散文的なイメージで書いてみました。

2002年9月21日