Dandelion
アダージョからスフォルツェンドへと続く街道を行くハーメル一行。
舗装されていないその道の両側には、芽吹いたばかりの新緑が広がっている。ところどころには小さな花も咲いてるが、その中でも一際目立つのは、茎の長い、太陽のような黄色の花。
「わぁ、タンポポがたくさん咲いてるわね」
感嘆の声を上げ、フルートがその花の一つに近付く。目を細めてタンポポを眺める彼女の側に、トロン、ライエル、オーボウもやって来た。が、ハーメルだけはてんで興味無しといった様子である。
「そういえば、こんなジンクス知ってるかい?」
タンポポのすぐ横で風に揺れている、綿毛の茎を手折りながらライエルが言った。
「ジンクス?」
トロンが聞き返すと、ライエルはふうっと息を吐いて綿毛を飛ばしてみせた。ふわふわと舞い散ったそれらは、大体が風に運ばれていったが、ほんの少しだけは吹き飛ばされずにライエルの手元に残った。
「こうやって綿毛を飛ばしたとき、一息で全部飛ばせたら、願い事が叶うんだってさ」
「ほう、それは面白いのう」
フルートの肩にとまったオーボウがしきりに頷く。
「でも、本当なのかよ?」
「うーん、ジンクスだからね。必ずしも叶うってわけじゃないと思うけど」
笑ってトロンに答えるライエルだったが、いつのまにか皆の近くにやって来ていたハーメルが横槍を入れる。
「けっ、叶うわけねーだろ、こんなもんで」
「ハーちゃん! 何で君はそんなにひねくれてるんだ! 確かに、叶わないかもしれないけど、このジンクスを信じて一途に願いごとをするというロマンが君には分からないのか!?」
「んなもん、分かんねーし分かりたくもねーよ」
「ハーちゃん、君って人は・・・」
「あーもー、やめなさいってι」
フィーネでのサンマの一件よろしく、またしょーもないことでライエルが精霊を出してまで怒るほどの大騒ぎになっては困るので、フルートは二人の仲裁に入った。
が、
「フルートちゃん、君はこのジンクスを信じてくれるよね?」
涙目で訴えてくるライエルにフルートはわずかにたじろいで、困ったような笑顔をする。
「そりゃ、私だって信じたいけど、ジンクスだから本当に叶うかどうかは―――あ、」
答える途中で何かに気付いたらしいフルートは、すっとしゃがむと一本の綿毛のタンポポを手に取った。そんな彼女に皆は首を傾げる。
フルートはにっこりと笑って。
「そのジンクス、私達で立証してみましょうよ。みんなそれぞれ叶えたい願い事を言って、綿毛を飛ばすの」
「それはいい考えだよ、フルートちゃん! ボクもやってみるよ」
「しょーがねーな、オレ様も付き合ってやるか」
ライエル、トロンもそれぞれ綿毛を手に取る。オーボウは、鳥の姿では吹くのが難しい、ということで辞退。
「じゃ、まずはオレからな。オレは、もっと強くなりたい!」
トロンは息を大きく吸い込んで、思い切り吹いた。
綿毛は見事に全部飛んでいった。
「すごいわ、トロン!」
「へへっ、それほどでもねーよ」
「じゃ、次はボクだね」
ライエルもトロンと同じように勢いよく吹き飛ばした。
すると、彼の場合も一息ですべての綿毛が舞い散っていった。
「ライエルさんもすごいわね。ねえ、ライエルさんは何をお願いしたの?」
「ふっ・・・それはもちろん、愛しのサイザーさんにボクの愛が届くようにさっ!!」
「「無理だな。」」
キラキラ効果を背景にしょって叫ぶライエルに、ぴったり声を揃えて言い切るハーメルとトロン。
「お前なー少しは身の程を知れよ」
「そーそー。キスされたからっていい気になってんじゃねーぞ。やっぱこのジンクス当たんねーよ」
「ぐっ・・・そんなことないやーい!!」
「二人とも、ライエルさんをからかうんじゃないの!」
フルート、本日2度目の仲裁。
「フルートちゃん・・・ボクの味方は君だけだよ!」
うるうると目を潤ませて感動するライエルだったが、
「ライエルさんも多分本気で言ってるんだから、いくら無謀そうな恋でも、いじめちゃかわいそうでしょ」
グサッ。
フルートの悪気はない言葉に撃沈。
「ひどいやひどいや、フルートちゃんまで・・・」
「あ、その、そういうつもりで言ったんじゃないんだけど・・・ごめんなさいι でも、このジンクスが本当なら叶うかもしれないんだし、元気出して、ライエルさん」
いじけるライエルにフルートはフォローを入れると、自分の顔の前に綿毛を持ってきた。
「それじゃ、今度は私がやってみるわね」
ふうっ。
フルートの息に乗って綿毛は高く舞い上がった。彼女の綿毛も全部一息で飛んでいった。
それを見てハーメルが言う。
「何だよ、三人とも成功してんじゃねーか。願い事が叶うジンクスの割に、簡単そうじゃんか」
「そうでもないわよ。一息で飛ばすのって、案外難しいのよ」
「フルート姉ちゃんは何をお願いしたの?」
「えっ・・・。・・・私はねぇ、秘密」
トロンが尋ねると、フルートはほんの少しだけ目をそらして答えた。顔には曖昧な笑みが浮かんでいる。
「えー、教えてよ」
「あははは・・・まあいいじゃないの」
「ずるいよ」
「か、叶ったら教えるわよ」
フルートとトロンのそんなやりとりを黙って見ていたハーメルは、やがてぐっと握りこぶしを作って言い放った。
「分かった、胸がでかくなるようにだ!!」
「アホか―――いっ!!!」
フルートの天罰の十字架が見事ハーメルにクリティカルヒット。
その側ではライエルがさり気に鼻血を出していたりする。胸、と言う単語に反応したらしい。
「そんなことお願いするわけないでしょ! 何考えてんのよ」
「なんだ、違うのか」
「違うわよ! もっと別のことよ。・・・ほら、次はハーメルよ」
フルートは足元の綿毛を摘むと、ハーメルの前に突き出した。
「オレもやるのかよ?」
「当たり前よ。みんなやってるんだから」
「ち、仕方ねぇなぁ」
ハーメルはぽりぽりと頭を掻くと、息を大きく吸い込み、吹いた。しかし。
「あれ、全部飛ばねーな」
「だから言ったでしょ、難しいって」
「くっそー、もう一回」
ハーメルは先程よりもっと息を吸い込んで、一気に吹いてみた。
今度は綿毛はすべて飛んでいった。
「お、全部飛んだぞ」
「ハーちゃんは何をお願いしたんだい?」
立ち直ったライエルが問うが、ハーメルは、
「そんなんお前らになんか教えっかよ」
とあかんべーをする。
皆の一連の行動を見守ってきたオーボウは、ここでにっこりと破顔した。
「ほっほっほ・・・みんな、それぞれの願いが叶うといいのう。じゃが、願っているだけじゃいかんぞ」
「どーいうことだよ、オーボウ」
トロンが尋ねると、オーボウは彼の肩にとまって、言った。
「願い事が叶うように、努力することが大切なんじゃ」
「なるほど・・・確かにそうね、オーボウ」
フルートが納得すると、ライエルも同意する。
「ボクもそう思います。よーし、サイザーさんにボクの愛が伝わるように一層努力して・・・」
「「だから無理だって。」」
「くっ・・・、ハーちゃん、トロン、重ね重ねの屈辱、許せない! 出でよ、精霊―――っ!!」
「「ギャ〜〜〜!!」」
「もう、やめなさいってば―――!!!」
「やれやれじゃのう・・・」
綿毛を乗せた、暖かい風が吹いていく。
それは彼らの願いも連れて、遠く、遠く、空の彼方へ。
アナタノ願イ事ハナンデスカ?
<fin>
タンポポが満開に咲いていた頃、タンポポを見てそのジンクスを思い出して、思い付いた話。
このジンクスが当たるかどうかは分からないんですが、一息で綿毛を全部飛ばすのって結構難しいんですよ。恋占いにも使うみたいです。
フルートとハーメルの願い事はご想像におまかせしますv
2002年6月12日