天国は常春だ。
実際に来てみて分かったことだが、まさに天国とは人が思い描く楽園そのものであるらしい。
青い空は清々しく広がり、そよ風が頬をくすぐる。野には色とりどりの花が咲き乱れ、どこか甘い香りが漂う。
魔族として、かつて多くの悪事に手を染めていた自分がこうして天国にいることがオカリナには不思議に思える。短い期間ではあったが勇者一行に手を貸したことで、或いは主君であるサイザーを命をかけて救ったことで、少なからず赦されたのだろうか…。
そしてその自分が、その天国の象徴ともいえる草原・ヴァル原でこうしてのどかにお弁当を広げているということも。ましてそれが一人ではなく、隣に人がいるというのだから尚更だ。
「おいしいねっ! オカリナは料理が上手なんだね」
「あっ、その、そんなに上手いわけじゃ…でも、褒めて下さって嬉しいです、リュートさん」
満面の笑みでストレートに褒められて、オカリナは思わず照れてしまう。初めて出逢った時にも感じたことだが、この少年は実に柔らかに笑うのだ。
『あの…いい天気だから、お弁当作ってみたんです。一緒に食べませんか?』
その誘いに快く頷いてくれたこの少年の名は、リュートという。
この天国で知り合ったが、実はずっと前から面識があった。冥法王ベースの新しい肉体として駆使されていた冷たい瞳の術者、その正体が彼だった。
第一次スフォルツェンド大戦の遠征に、オカリナは参加していなかった。だからその作戦の全貌も知らず、ベースの新しい肉体がそのスフォルツェンドの王子だということも、長い間知らなかった。
冷徹で表情を凍てつかせていたあのベースとしての彼と、こちらの朗らかな本来の彼とではあまりにも違っていて、そのギャップに戸惑いも覚える。
けれどそのリュートとの初対面の際、昼寝中に起こしてしまったのに怒るでもなく笑って許してくれた彼に、惹かれてしまっている自分がいた。そのことにもオカリナは驚く。生前は縁の無かった感情…。サイザーやフルートがライエルやハーメルに向けていた気持ちも、こんな淡い甘さだったのかな、とぼんやりと思う。
爽やかな蒼の色をした頭髪に優しげな風貌、神職者であることを伺わせる白い法衣、そういったリュートの容姿も、ベースの頃の黒一色の彼とは正反対と言えるほどに異なっているが、無論こちらが真の彼の姿なのだろう。そしてこの方がずっと、やはり彼には似合っているような気がしてならない。リュートと改めて出逢って以降、不思議なことに、その彼の笑顔がふとした瞬間に脳裏をちらついて、それがまたオカリナを困惑させた。
わざわざ早起きして弁当を作ったことに下心が全くないといえば嘘になるが、ただ単純に笑顔が素敵なこの少年と花咲き乱れる野原で一緒に食事をしたら楽しいだろうな、と、オカリナはそう思ったのだ。そして自分にそんな行動力があったことにも、オカリナは驚く。この辺り、魔族といえどやはり自分は女なんだな、と自覚してしまう。もしかしたら心のどこかに、サイザーやフルートを羨ましく思う気持ちもあったのかもしれない。
地上でも大魔王ケストラーがその勇者達一行の手により封印され、平和が戻っていた。天国ならば尚更憂いがない。まさに絶好にピクニック日和だった。
「でも大変だったんじゃない? こんなに作るの」
「あはは…ちょっと作り過ぎちゃって。でも、料理は嫌いじゃないですから」
「そっかぁ。でも誰かの手料理なんて本当に久し振りだから嬉しいよ。ありがとう、オカリナ」
「いえ、そんな…」
臆面も無く感謝を述べるリュートに、オカリナはまた照れてしまう。こんなにも喜んでもらえると、こちらも頑張った甲斐がある。お弁当の中身はおにぎりにサンドイッチ、ウインナーに卵焼きにカボチャの煮物、そして色どりにミニトマト…とごくごく簡単なものばかりだが、それでもそれを美味しいと言って食べて貰えることが嬉しい。
風が流れ、花弁が空に舞う。太陽の光の下花弁が舞い上がる風景は、まさに天国ならではだ。何となく、オカリナもリュートもその光景に見入る。ここに存在する空気はどこまでも柔らかい。
「いい天気だね」
「そうですね」
リュートの何気ない呟きに同意しつつ横顔を伺うと、その瞳にはどこか郷愁が宿っていた。
彼と自分とが長い間過ごした北の都は、この天国とは真逆だった。空には常に暗雲が立ち込め、空気も冷たく重々しかった。魔族の咆哮、酷使される人間の奴隷の呻き声に溢れ、禍々しさしか存在しない。
それでもオカリナは偵察やサイザーの遠征のお伴で遠出することもあったし、魔界軍を離反してからは人間界の空気も知った。けれど彼は十五年前に連れ去られて以降、ほとんどを北の都で過ごし、たまに外界に出たとしても大抵は炎と死に包まれる戦場だった。どこまでも抜けていく青い空を見ることも無く、再び故郷の土を踏むことも無く、彼はこの天国に召されたのだ。
それでも普段のリュートからはそんな悲しさは微塵も感じられない。むしろ、どこまでも明るい。それは彼の心の強さの表れでもあり、スフォルツェンドの王子だとか、冥法王の傀儡だとか、そういった一切の軛から解き放たれ自由になったことの表れでもあるのだろうか…、オカリナは何となくそんな風に感じてもいた。
だから今の何気ない一言だって、リュートの中にはもっと複雑なものが渦巻いていたのかもしれない、返答してから気が付いて、次は何と返したらいいのかとオカリナが思いあぐねていると、リュートは次にこんなことを言ってきた。
「…今まで、たくさんの魔族と会ったり、戦ったりしてきたけど」
そうして、オカリナの方を見てリュートは微笑む。どきっとする間もなく彼は続けた。
「オカリナみたいな優しい魔族は初めてだ」
「えっ…」
「魔族がみんなオカリナみたいだったら、世界はもっと平和だったんだろうなぁ」
優しい、というのは魔族には褒め言葉にならない。むしろ残虐さとか凶暴さ、そういったものが賛辞の対象だ。
けれどこの時オカリナは、リュートにそう言って貰えて嬉しかった。自分は優しくなんかない、だって幼少の頃のサイザーを助けられず、苦難の道に追いやってしまった、そういった負い目も未だある、それでも嬉しかった。
「私は…優しくなどありません。でも、もしリュートさんがそう思うなら、それはきっと父上やサイザー様のお陰です。サイザー様という庇護の対象を経て初めて…サイザー様が私を慕ってくれているのを見て初めて、こんな風になれたんだと思うんです。
今にして思うと、父も魔族らしさの少ない魔族でした。でも、だから私も、あまり魔族らしくないのかもしれませんね」
オカリナもへらっと笑う。魔族らしくない魔族、それもまた褒め言葉ではない。むしろ種族としての理には反しているといっていい。それでも今は、そんな自分がどこか誇らしかった。
「魔族らしくは無いけど…リュートさんにそんな風に言って貰えると、何だか光栄です」
こんな風に平穏を楽しむ、それもまた実に魔族らしくない。
けれど、彼とこんな風にのんびりと過ごす時間はとても楽しい。彼の纏う空気が好きだ。
出会ったばかりだし、まだ恋とは呼べないかもしれない、それでもただこの人と一緒にいたい。話がしたい。この人のことをもっと知りたい…。そんな風にも、思っている。
「さ、堅苦しい話はお終いにして、お弁当食べましょう! まだまだいっぱいありますし、デザートもありますから!」
「そうだね。せっかくオカリナが作ってくれたんだし…。じゃあおにぎりもう一つ貰おうかな。何の具が入ってるの?」
「ええっと、こっちが昆布で、こっちが鮭で…」
「それじゃあ昆布にしようかな」
「はいっ、どーぞ、リュートさん」
二人の明るい声が野原に木霊する。
天国は常春だ。
明日からもこんな風に穏やかな日々が送れるといい。








END

















何でしょうかねこの甘ったるい話は…w
でも甘々になり切れず、シリアス要素も混じっちゃうのが実に私らしい。


もうね、この二人微笑まし過ぎます。
生まれ変わるの確定だからそう長い時間は一緒にいられないだろうけど、末永く爆発すればいいと思うよ。
そんな自分は無論リューオカは肯定派です。
そしてヴァル原とか言っちゃうみっちーのこういったセンス。大好きです

割と前に書いたのに、UPするまで時間がかかっちゃいました;

2014,3,15
初稿:2014,2,5