第二話
黒船の来航により、世情が大きく揺れ動くこととなった江戸時代末期、いわゆる幕末。
京都は政治活動の中心地となり、倒幕運動を推し進めようとする過激派志士達が集まり、治安は悪化の一途を辿っていた。そこで時の徳川幕府は、会津藩藩主・松平容保を京都守護職とし、京都の治安維持にあたらせる。
その会津藩のお預かりの身として活動していた組織が、新撰組である。
彼らは現在、京都の壬生村にある八木邸・前川邸に屯所を構えていた。
で、その八木邸の一室。
宗次郎はある意味豪華なメンツに、ぐるりと取り囲まれていた。
温厚そうな面持ちの中に、やはり威厳の見え隠れする新撰組局長、近藤勇。
真に新撰組を創り上げたとも称される、鬼の副長・土方歳三。こちらはあの四乃森蒼紫とどことなく似ている気がする。
それから、八番隊組長、藤堂平助。この場では一番若く、快活そうな顔立ちだ。
逆に落ち着いた空気を纏うのは、総長の山南敬助と、六番隊組長・井上源三郎の二人。
宗次郎をここに連れてきた男二人の正体は、槍を携えた方が十番隊組長・原田左之助で、刀の方が二番隊組長・永倉新八。
彼らは皆、新撰組創成期からの同志だ。もっとも、結成初期は壬生浪士組を名乗っていたのだったが。
そしてその原田と永倉は、後ろでニヤニヤしている。
「こいつが不逞浪士達に絡まれててよ、総司かと思って加勢したら別人だって言うんだもんな、驚いたぜ!」
原田は豪快に笑って己の膝をバンバン叩く。どうにも笑い上戸らしい。
「総司の奴がここにいないのが残念だぜ。早く帰ってこねぇかなぁ。きっともんの凄〜く驚くぜ!」
「あいつのことだから、また葛きりでも食べに行ってるんだろ。そのうち帰って来るさ」
原田に答えを返す永倉も、楽しそうな笑みを浮かべている。
そんな姿に、宗次郎は悟っていた。
あぁ、何だかんだ理由を付けてたけど、単に面白がってここに連れて来たんだなぁ…、と。
だがしかし、やはり間者と間違われて厳しい拷問を受けるよりは、ずっと良かった。それでも、新撰組幹部大集合、というこの状態では、尋問を受けているのとそう大差ない気もする。
初めて宗次郎を見た彼らは、皆やはり初めは驚いていた。沖田に瓜二つだ、と。しかし彼とは赤の他人だと分かると、今度は興味津々、といった風に宗次郎と相対しているのであった。「名前は?」「歳は?」「出身は?」から始まる質問の嵐である。
どこまでも冷徹なのは、土方くらいだ。
「しかし、見れば見る程総司にそっくりだ、驚いたなこりゃ…」
首を捻ってそう漏らしたのは近藤だった。沖田は幼少の頃から天然理心流の内弟子として近藤家に居候しているので、近藤とは最も古い付き合いとなるのだった。
「瀬田君。永倉君と原田君が言うには、君も相当の使い手だそうだな。どこの流派を修めているのかね?」
「えーと…」
剣客が相手の流派を問うことはままある。近藤は天然理心流の宗家を継いでもいるから尚更であろう。
しかし宗次郎はどこか特定の流派に属していたわけではない。
「道場とかで習ったわけじゃないんです。剣を教えてくれた人はいますけど」
「ホウ…その方も大層な剣客なのだろうな。何という御仁だ」
気さくに尋ねてくる近藤だったが、宗次郎にとってはやはり尋問に等しかった。
勿論、宗次郎の剣の師匠は志々雄なわけだが、この時代の志々雄は新撰組とは敵対する立場にあるのだ。
(そっか、志々雄さんや緋村さんもこの時代にはいるのか…)
もし本当に今が幕末の頃なのだとしたら、当然維新志士である彼らもどこかにいるわけだ。何だか不思議な気がした。当然、向こうは宗次郎のことなどこの時点では知る筈もないが。
ちなみに、新撰組所属な上に明治の世でも生きている斎藤は、巡察中なのか何なのか、この場にはいなかった。
少し思考が飛んでしまったが、志々雄が今の時点ではまだ暗躍すらしていないとしても、とりあえず下手なことは言わない方が良さそうだった。
「えー…と、真実さん、って方です。物凄く強い人です」
宗次郎は苦肉の策で下の名だけ言った。
これ以上詮索しないでくれるといいんだけど。そんな風に思う。
「まこと…と仰るのか。良い名だ」
近藤は穏やかに笑んだ。つられて宗次郎も笑ってしまう。
新撰組の掲げる志は『誠』。多分、近藤はそれと重ねたのかもしれない。
宗次郎が一応出されていたお茶を啜って一息ついていると、近藤は次にこんなことを言ってきた。
「特定の流派が無いのなら、どうだね。君も天然理心流を修めてみないか?」
宗次郎はその誘いにきょとんとして、ややあって困惑したような笑顔になった。
「ありがとうございます。でももう、剣は…」
これ以上習うのはいいんです、と宗次郎は続けようとした。
「あーもう、いつまで堅っ苦しい話をしてるんだ、近藤さんはよ!」
話の腰を折ったのは原田だった。今に限っては有り難かった。
原田はずずいと前に進み出ると、宗次郎の隣に座った。それから宗次郎の方へと勢いよく振り向いてくる。何故か目が輝いていた。
「そんなことより、どうだ、お前。新撰組に入らねェか!?」
……そう来たか。
「は、原田君、そんないきなり」
「だってよう、こいつ腕は確かだし、近藤さんだって加入して欲しいって思ってんだろ?」
「う、うむ、しかし物事には順序というものがだな…」
「こないだの池田屋以降、長州の奴らは俺達と幕府を目の敵にしてる! いつ戦がおっ始まってもおかしくねェ、今は一人でも多く優秀な人材が欲しい、そうだろ、近藤さん!」
及び腰の近藤に対し、原田は勢い良く言い募っている。周囲の人間はやれやれ、といった顔をしているが、原田と同意見の者もいるのだろう、誰も諫めようとしない。
「な、お前も行くあてが無いんだろ!? だったら入隊しちまえよ! 仲間が増えるのは大歓迎だしよ」
「最初に散々沖田さんと勘違いした挙句、間者の疑いまでかけてくれたのはどこのどなたでしたっけ?」
後者は永倉だったが、そんなことはどうでもいい。
色んな意味で厄介な原田に、宗次郎は爽やかに辛辣だった。
「それに、行くあてはないと言いましたけど、目的が無いわけじゃないんです。いつまでもここに留まっているわけにもいきません」
穏やかな笑みは変わらずだったが、宗次郎の口調は真剣だった。
「…それは、新撰組にいては果たせない目的なのかね?」
「……」
近藤の静かな問いに宗次郎は口を噤む。どうだろうか。宗次郎が流浪しているのは、真実の答えを探すため。勿論、政府の追手から逃れるためでもあったし、色々な場所へ行って色々なものを見聞きして、何より自分自身の足で歩んでいくため。答えが見つかる兆しがあるのなら、別にそれが一つの場所でも、いいのだろうか?
いやそれよりも何よりも、一人放り出された幕末で、まずこれからどうすればいいのか? 果たして元の時代に戻れるのだろうか? 一体どうやって?
引っ掛かることが多過ぎて、宗次郎は笑顔のまま口を開けずにいた。
「…もういいだろう、局長、原田」
ここまで来て、ずっと黙っていた土方が口を挟んだ。見た目と違わず、どこまでも冷静な声だ。
「俺達新撰組は入隊に出自は問わんが、本人に入隊の意志が無いのに無理に引き入れてどうする」
「ちょっと待った! 確かに最初は面白半分で連れて来たけど、こいつの腕は本物だぜ! 勿体ねェよ土方さん」
永倉だった。
しかしその意見を流し、土方は宗次郎に視線を向ける。
「組の者が失礼をした。迷惑をかけてすまなかった」
「いえ、分かって下さったのなら、それで十分ですよ」
非礼を詫びる土方に、宗次郎はにっこりと笑った。話が分かる人がいて良かった。
「しかし、戦力が増えるのはこちらにとっては願ってもない。君がその気になって入隊してくれるのを待っている。共にこの国の為に闘おうじゃないか」
「……」
前言撤回だった。
真顔で結局は勧誘してくる土方に、宗次郎は愛想笑いを返すしかなかった。
「な、やっぱり入隊しちまえって! 今だったら池田屋の報奨金で隊の財政も潤ってるし、手当てもいいぜ!」
「ひとまず君の剣を直に見てみたい、どうだね、道場へ行ってみないか?」
「あぁ、いっそ俺達全員を倒すまでここから帰れない、って条件つけりゃいいんじゃねェか? んで、見事俺達全員を倒せたら、破格の待遇でご入隊って事で!」
「原田君、条件の主旨が変わっているよ…」
「山南さん、細けぇことは気にすんな!」
「そうだ君、今日の宿は決まっているのかい? 良かったら屯所の一間に泊まっていったらどうだい?」
「あぁ源さんそれはいいな! そのままずっと居ついてくれても構わないぞ」
「永倉と原田はとりあえず落ち着け。何にしても、二人がそこまで引き入れたい程の剣才には実のところ俺も興味がある。どうだろう、やはり一度その腕を見せて貰えないか?」
「何だかんだで土方さんも惜しんでんじゃねーか…」
「あははは…」
完全にお暇するタイミングを見失った宗次郎は乾いた笑い声を上げる。
さて、どうしたものか。
入隊する気は無いけれど、あちら側がそう簡単には見逃してくれなさそうだ。
宗次郎が思案する間もそうした勧誘の声は止まず、
「―――あれ、今日はずいぶんと賑やかですね」
涼しげな声が、ふとその喧噪を遮った。
新撰組幹部達の目線が一斉にその声の主の方へと動き、宗次郎もそちらを見る。
あ、と宗次郎は目を丸くした。
ごくごく静かに開けられた障子戸の間から、その宗次郎自身と同じような顔がこちらを覗いていた。
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例によって例の如く考証が甘くてすみません…。
そして新撰組の面々のノリが変で御免なさい…。
まぁ、この作品7割くらいはギャグですから(言い切った!!)
初稿:2012,12,31
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