Double Wind!
第一話
気が付くとそこは、幕末だった。
つい先程まで茶屋で団子を食していた筈の瀬田宗次郎(現在流浪人中齢十九)は、大きな目を一つ瞬いた。
「…あれ?」
手にしていた団子が消えている。しかも辺りのこの景色。格子のはまった窓に、同じような作りの建物がつらつらと並ぶ大通り―――。
見覚えがあり過ぎる京都の町並みだった。しかし問題なのは、今現在宗次郎を取り巻く状況にあった。
「よし、おいつめたぞ!」
「観念しろ、幕府の犬めが!」
宗次郎をぐるりと取り巻いた十数人の男達が口々に言う。宗次郎が戸惑ったのは、彼らの言動にではない。
まず目についたのは髪型―――何と皆一様にして、月代をそり上げたちょん髷だった!
加えて至極当然とばかりに帯刀している。しかも大刀と脇差、両方だ。
くすんだ色の着物と袴は、明治とてまだ良く見るもの。しかし、ちょん髷と帯刀に関しては、御一新後はとんと見ない。
一言でいえば、彼らは侍、だった。
お侍さん? 今時こんなにいるわけがない。
それじゃあ、ここは江戸の時代? …まっさかぁ。
疑問符が多過ぎて、一度に状況が整理しきれない宗次郎である。その上、その不埒な輩の一人が、宗次郎をさらに混乱の渦に巻き込む一言を言い放ったのである。
「新撰組一番隊組長、沖田総司! 同士の仇だ、覚悟しろ!!」
「…はい?」
宗次郎には改名した覚えはない。
しかもあの、新撰組とな。
「人違いじゃあないですか? 僕は、」
「黙れ! その容姿! その華奢さ! どこから見ても沖田じゃあ!!」
「そうだ! 髷を落として奇天烈な格好をしたところで、我らの目は誤魔化されんぞ!!」
「…えーと」
得意の笑顔もまるで通じなかった。
それどころか、すでに抜き身を携えた男どもはじりじりと間合いを詰めてくる。
「…参ったなぁ」
一体、何がどうしてこうなっているのか。
皆目分からない宗次郎であった。
しかし唯一分かるのは、このまま無抵抗でいれば人違いをされたまま斬られる、という現実である。
「覚悟―――ッ!」
宗次郎の正面にいた男が、刀を振り被って突進してきた。十分に速い攻撃だった、しかし宗次郎にしてみれば、ぬるい。
「っ、何!?」
一番手の男は動きを止めた。いや、止めさせられた。
唐竹の一撃は、宗次郎が慣れぬ真剣白羽取りをして見事に防いでいたのだった。
「先に仕掛けてきたのは、そっちですから…ねっ!」
宗次郎は両掌で挟んだ刀を捻った。柄を握っていたままだった男は、遠心力でぐるりとまわって地に伏せる。
「き、貴様っ!」
同志が打倒されたことに激高し、二番手、三番手と四方から攻撃が襲ってくる。宗次郎は敵から奪った刀をいち早く持ち替えた。ここでは斬らない、峰打ちにする。
旅を始めた時に、最初に自分に課した決まりごとだった。もうこの手で人を殺すのはやめてみよう、ということは。
「天誅!」
掛け声と共に繰り出される攻撃を、宗次郎は難なく避ける。わざと相手に突っ込んで行って、その横をすり抜けたり、即座に踵を返して一撃を見舞ったり。
一人、二人、宗次郎の攻撃が決まるたびに、地面に転がる男達は増えていく。三人、四人、足場が狭くなってきて、違う路地へと飛び込んだ。男達はまだ追い縋って来る。
「おのれ、沖田ぁぁぁ!!」
「だから、僕は沖田って人じゃないですってば」
言いながら軽く刀身を振る。峰での一撃が相手の腹に入る。それだけで相手はもんどりうって倒れる。
次の相手、また次の相手。一人ひとりの力量は、宗次郎とは比べ物にはならなかった。むしろ、手強かったのは。
(…斬る方が、楽だなぁ)
刀を振るう手に感じる違和感。相手を斬ることで勢いを流す斬撃と違い、いわば鉄の棒で叩いているような峰打ちは、使用者の手にかかる負担も大きい。衝撃がそのまま手に戻ってくる。
相手を生かさず殺さずで捕らえて拷問にかける必要があった時など、ごくごくたま〜に峰打ちを使ったこともあった。しかしやはり、慣れない。
宗次郎にとっての利点は相手を殺さずに済むことと、血が吹き出ないことくらいか。
「ぬ、ぬぅ…!!」
見当違いに宗次郎に襲撃してきた男達の数は、今や三人にまで減ってしまっていた。残りはすべて地面に這いつくばり、みっともなく呻いている。
まだ両足で立っている彼らは、健気にも青眼に構えたまま宗次郎と相対している。けれど仲間が破れたという事実と、宗次郎の隙のない動きの前に、じりじりと後退するしかない。
「どうします? 続けますか? 僕は別にどっちでもいいんですけど…」
「な、舐めるな、若造が!!」
敗色濃い最中でもひるまず向かってくるのは、流石は侍、といったところだった。しかし気合いだけでは、元十本刀筆頭、天剣の宗次郎には勝てない。
煌めく白刃に、しょうがないなァ、と宗次郎は柄を握り直した。しかし、その次の瞬間。
「加勢するぜ、総司―――ッ!!」
豪快な遠吠えが突如として乱入した。呆気に取られる宗次郎の真横を、槍を構えた男が素早く駆け抜けていく。そのままその男は、穂先を侍に突き刺した。侍は穿たれた脇腹から血を溢れさせ、力を失ってがくっと崩れ落ちる。
残る二人の侍は、闖入者を見てさっと青ざめる。
「き、貴様は、十番隊組ちょ…!」
「おおっと、俺もいるぜ」
粋でいなせな声が響き、宗次郎はそちらを見遣る。前髪を残して髷を結い上げた凛々しい青年が、笑みを浮かべて刀を構えていた。
「あ、ああ…二番隊組長、永っ…!」
最後まで言わせずに、あとから来た男は刀を一閃させた。三日月のような剣閃が相手の体にそのままの赤い弧を描き、一刀のもとに斬り伏せる。
「…へぇ〜っ」
宗次郎は素直に感嘆した。この二人、相当の使い手だ。一撃の鋭さにそれが分かった。凄いものは素直に褒める、それは彼の長所である。
宗次郎が呑気に感想を抱いている間に、最後の一人が突っこんできた。最早破れかぶれ…いや、悲壮な覚悟だった。
しかし、宗次郎は涼しげな笑みのまま、脛に刀身を叩き込んで、相手の勢いを利用し転ばせた。もんどりうった侍の首筋にとどめを叩き込んで、敢え無く気絶させる。
ともあれ無事に、宗次郎はこの一幕を乗り切ることができたようだ。
「不逞浪士を捕縛。ふん縛って奉行所に連れてけ」
「全員捕らえられたか、上出来上出来。誰か、屯所に行って局長と副長に報告してきてくれ!」
宗次郎が借り物の刀をぽいと投げ捨てている間に、先程の乱入者達はいつの間にか集まってきている大勢の男達に指示を出している。宗次郎に突然襲い掛かってきた不埒な輩は、皆縄で縛られて、男達に引っ立てられていく。
槍の男と刀の男を含めて、彼らの格好は皆同じ。浅葱色で袖口に白くだんだら模様の入った羽織。そして旗持ちが翳すのは、朱に誠一文字の旗。
これは、もしかしなくても、かの噂に名高い―――
「おい、総司」
「はい?」
その光景を見遣ってぼんやりしていた宗次郎は、槍を構えた男の声に意識を引き戻される。
真正面にその男はいた。前髪はつんと逆立ち、後ろの黒髪は紐で結わえてある。精悍な顔立ちは、京都でほんの少しばかり面識がある、相楽左之助に雰囲気が似ている。
「いくら非番だからってその格好、浮かれ過ぎじゃねェのか?」
「え?」
そう言われ、宗次郎はふと自分の姿を見遣る。着慣れた水色の着物の書生姿に、手甲、脚絆。袴の裾を脚絆に巻き込んでいないとはいえ、ごくごく普通の旅姿だ。
「それに、髪も切っちまったのか? それはそれで似合うがよ…一体どういう風の吹きまわしなんだ?」
もう一人の男も会話に加わってきた。生真面目そうな顔をしているが、口調は砕けていて、親しみやすい印象を受ける。
しかし先程侍達に絡まれた時もそうだったが、どうにも自分は人違いをされているらしい。
「どうした、総司?」
槍の男が馴れ馴れしく呼びかけてくる。そうじ。そういえばさっきも呼ばれた。
「変なところで区切らないで下さい。僕の名前は宗次郎です」
これは宗次郎からしてみれば、ごくごくまっとうな反論だった。
しかし二人の男は一瞬顔を見合わせると、それから盛大に笑ったのだった。
「ぎゃーっはっは!! お前、それ、何年前の話だよ!」
「えっ?」
「宗次郎ってのは、お前の幼名だろ。今は総司に名を改めたじゃないか」
「……」
その間違われている相手とは、顔だけでなく名前も似通っているのか。
新撰組の、沖田総司。一番隊組長らしい。
そういえば凄腕の剣客だった、と志々雄に聞いたこともあったかもしれないが、知っているのはそのくらいだ。
「…とにかく、人違いです。僕は瀬田宗次郎。当てのない旅をしている者です」
「お前、もしかして酔っぱらってんのか? 真っ昼間から。隊規を乱すと鬼副長がおっかないぜぇ」
槍の男はひゃっひゃっひゃと笑いながら宗次郎の肩をバンバン叩いた。
…駄目だこいつ、早く何とかしないと。
「僕は、せ・た・そ・う・じ・ろ・うです!」
瞬間最大風速のイラつきと共に、宗次郎は一文字一文字区切って名乗った。
このまま縮地で逃げても良かったが、一方的に勘違いをされたままでは気分が悪い。
「! …もしかして、本当に別人なのか?」
ここでようやく、刀の男の方が気付いてくれたらしい。じ〜っと宗次郎を見て、逆に感心したように言う。
「顔や背格好が似てるだけじゃなく、剣も相当の使い手とは…凄いな」
「まさか声まで同じって言いませんよね? 目と耳のお医者さんに行った方がいいですよ、お二人とも。それじゃ」
笑顔で毒を吐いて、やれやれ、やっと解放されたと宗次郎はその場を去ろうとする。
しかし、である。
「ちょ〜っと待った」
槍の男が、宗次郎の行く手を遮る。まだ何か用でもあるのか、と宗次郎は首を傾げる。
「何です? 何度も人違いだって言ってるじゃないですか」
「ただのそっくりさんにしては総司に似過ぎてる。それに、相当に強い」
「偶然でしょう、そんなの」
しつこくからんでくる槍の男を、宗次郎は爽やかな笑みで一蹴する。
そう、偶然なはずだ。
沖田総司が親類にいた、という話など聞いたこともない。
「ここまで似てるってことは、俺達新撰組を貶めようとしてる奴らが用意した替え玉だったり、間者だったりする可能性もあるな」
「え…」
ここで刀の男も参入してきた。
間者、平たく言えばスパイのことである。味方を敵地に潜入させたり、逆に敵側がこちらへと送りこんだり、諜報活動を行うには欠かせない存在だ。
「嫌だなぁ、僕には何の関わりもないことですよ」
話が変な方向に流れてきた。
事実無根の言いがかりを、宗次郎はにこやかに否定する。しかし二人の男達はがっしりと、宗次郎の脇を固めてしまう。素早い。
「言い訳は屯所の方でゆっくり聞かせて貰うぜ」
そのまま宗次郎は連行されるようにして歩かなければならない羽目になった。逃げようにも、用意周到に平隊士らしき男達が周囲をぎっちりと固めている。
(…何だか妙なことになっちゃったなァ)
一体何の因果でこんな目に、と思わなくもない宗次郎だったが、まぁ自分が新撰組とは何の関わりもないのは確かだし、きちんと話をすれば疑いは晴れるだろう、と例によって例の如く楽観的に考えてもいた。
観念して大人しく歩く宗次郎を捕まえている二人の男は、どこか意味ありげな笑みを浮かべていた…。
第二話へ
るろ剣のPSPゲーム「完醒」の対戦モードで宗次郎対沖田戦をやると、どちらが勝っても勝利時に「あなたとは他人という気がしませんね」というよーな台詞と言ってくれるのです。
そこからあれよあれよとネタが浮かぶ宗次郎と沖田のそっくりさんネタ…。
物凄く今更感のあるネタだし、我ながら色モノだとは思いましたが、とりあえず書いてみた次第です。
新撰組は好きなのですが、勢いで書いたので時期設定などはいい加減です(←オイ)
「試衛館仲間の沖田を、原田と永倉(バレバレですよね)が間違うわけない!」という方もいらっしゃるかとは思いますが、そこはその…ギャグということで見逃して下さい(土下座)
初稿:2012,9,7
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