※社会人設定。磯カル同棲してます。




酔月夜







 社会人になると、学生の頃とは色々勝手が違って。社会人1年目の現在、仕事に関してのあれこれでストレスを感じることも多い。
 それは公務員であるカルマも同じらしく、週末になると二人で酒を飲む機会が増えた。どこかの店で飲むこともあるけど、家で酒盛りをすることがほとんどだ。「ウチで飲む方が安上がりだし、磯貝が作るおつまみの方が酒進むしね〜?」…なんて、カルマは嬉しいことを言ってくれる。
 今夜もそんな具合に、リビングでローテーブルを挟んで差し向かいで座って、一緒に缶ビールや発泡酒を飲んでいた。カルマは酒に強くて、俺よりも早いペースで次々に缶を空けていく。

「カルマ、もうちょいペース落とした方が…」
「へーきへーき」

 心配して声をかけたところでこの通りだ。頬を少し赤らめながらも、カルマは確かに平気そうな顔付きで缶に口をつけてる。
 前髪を分けて、きちっとスーツを着こなしている仕事モードのカルマは格好いいけど、今みたいに家で寛いでる時の、スウェット姿で昔のように前髪を下ろした緩いカルマも、違った魅力があるって思う。酔ったカルマは色気も増すから、尚更だ。
 カルマは酒が入ると、にこにこ機嫌良く最近の出来事や、主にE組の思い出話をする。酔いが回り始めた俺も、ふわふわするようないい気分で相槌を打つ。カルマと話をするのが、凄く楽しい。
 その後は段々と、仕事の愚痴に突入する。「“メガネモグラ”が俺のしよーとすることにいちいちケチつけてきてさぁ」とか、「あの“今時バーコード”、マジ融通利かなくてイライラするんだよね〜」とか。
 上司や先輩を固有名詞じゃなくあだ名で愚痴るのは、守秘義務を違反しない為のカルマなりの配慮(?)…なんだろうけど、酒のたびに大体同じあだ名が飛び出してくるから、俺はすっかりそのメンツを覚えてしまった。
 官僚ってのもあって流石のカルマも一筋縄ではいかない奴らを、俺はカルマの話やあだ名を元に『こんな感じか?』と勝手に姿を想像してる。社会に出れば、君より上はやはりいる―――もうずっと前に殺せんせーに言われた言葉をふと思い出して、何だかしんみりして、俺も新しい缶を開けて煽った。

「組織的には俺、一番下っぱじゃん? だからってなかなかやりたいことできねーの、本当つまんねー」
「そうだな。上司や先輩に、何かと気を遣わなくちゃいけないことも多いしな」
「意見一つ通すにしても面倒臭ぇ。俺の案の方が絶対、効率いいのにさぁ」
「カルマも苦労してるよな、お疲れ様」

 意見をうまく通せなかったり、仕事中に上司に理不尽な言いがかりをつけられて内心憤慨したり、といったことは俺も経験あるから、カルマの不満はよく分かる。カルマが持つ缶に、労いの思いを込めて俺の缶を軽くぶつけた。

「…あ〜あ、学生ん時はマジ楽しかったよなぁ…」
「そうだな…」

 カルマはしみじみ呟く。そこは俺も同感だった。仕事は仕事でやり甲斐があるし、慣れれば楽しさも増すんだろうけど、今はまだ単純に学生の頃が…特にE組だった頃が懐かしい。
 色々あったけど毎日が楽しくて、殺せんせーの暗殺に夢中になってたあの頃。あの日々があったから、俺もカルマもこうして目標の職に就けた。

「あのタコさぁ、絶対酒に弱そうじゃね?」

 遠い目をしていたカルマが表情に強気を取り戻して、言った。黄色い担任を思い浮かべつつ、俺は答える。

「だろうな…殺せんせーの性格とか考えると」
「酒飲ませて暗殺、ってのもやってみれば良かったね〜」
「いけそうだな。たとえば、酒でできた池に落とす…だったら、弱点複数突けるし」
「いーねそれ。じゃあ周りにエロ本ばら撒いてタコおびき出すとかどぉ? 『酒池肉林』作戦」
「ははっ…罠だって勘付いてても殺せんせー、引っ掛かりそうだな」
「でしょ? なぁんであの頃やんなかったんだろ。何だかんだで俺らガキだったからかな〜?」
「俺らといる時は、殺せんせー仕事中だからな。流石の殺せんせーも、勤務時間内に飲酒はしないって考えてたんじゃないか?」
「つってもあのタコ、休み時間っても勤務中に、グラビア見入ってたじゃん〜」

 からから笑うカルマと、しばらく殺せんせーの話題で盛り上がる。大人になった今、殺せんせーとも酒飲んでみたかったな…とか思うけど、殺せんせーのことだから飲んだら大騒ぎして、騒ぐだけ騒いだらぐでって倒れちゃう気もする。

「E組の飲み会にタコが参加してるとこ想像してみなよ。一番飲んで一番騒いで、真っ先にヘロヘロになってぶっ倒れてるよきっと。凄ぇ迷惑」

 考えてることがカルマと被ってて、俺も笑う。
 そこから、また二人で色々話して。カルマの愚痴に付き合いながら、つまみを食べたり酒を飲んだりする。愚痴るだけ愚痴ったカルマは「どんな奴が相手でも、負けないけどね。殺す気になれば何だってできるし、最後に勝つのは俺だから」って笑うから、「ああ、その意気だよ。俺も頑張る」と返した。
 カルマと殺せんせーの話もしてたら、何だか元気が出てきた。愚痴と弱気を吐き出したら、また頑張らないとな。殺せんせーの教えに、報いる為にも。
 そうしている間にも空き缶は何本か増えて、顔や身体が熱くなってきた。頭も少しくらっとして、俺はこれ以上酒を飲むのは、もうやめた方がいいかもしれない。
 俺は先に飲むのをストップしたけど、カルマはまだ飲んでた。そのうち、カルマはローテーブルに両腕をのせて、そこに頬をつけて怠そうにぽわんとした表情をし始めた。
 流石に、カルマも限界っぽい。今日はいつもより飲んでるしな。

「カルマ、そろそろ飲むの終わりにしよう」
「ん〜…もうちょい…」

 なのにカルマはむくっと起きてビールを飲むから、ちょっと呆れた。カルマの隣まで移動して、「それ以上は体にもよくないからっ」って半分無理矢理にその手から缶を奪うと、カルマは俺にむくれた顔を見せてから、ぽてっと俺の肩に頭を預けてきた。

「磯貝のケーチ」
「や、だってカルマ、飲み過ぎだし」
「ま、磯貝がケチなのは前から知ってるけどぉ」
「ケチっていうか、心配してるんだけどな」
「それも知ってる〜」

 お互いに酒が入ってるせいで、カルマの声が普段よりずっと甘く聞こえる。俺に寄りかかったまま文句を言うカルマも何か可愛いな…とか思って、俺は手にしていたビール缶をローテーブルに置いて、カルマの肩を抱いた。
 あったかくて、ふわふわしてて、凄く心地いい。
 ここ片付けて、歯磨きもしてから寝なきゃ…って思うけど、ここでこのまま、カルマともっとくっついていたい。カルマがもぞ、と頭を動かして、髪が俺の首筋をくすぐる。それだけのことなのに心臓が忙しくなって、俺はカルマを抱く手に力を込めた。
 カルマが傍にいてくれる、そのことに安心する。酒は酒で気分が良くなって好きだけど、俺にとってはカルマの存在の方がずっと癒しだ。そんなカルマと酒を飲むから楽しいし、カルマの愚痴もできるだけ聞いて、気を楽にさせてやりたいって思う。
 酒の匂いを纏った息が、カルマの口からふーっふーって規則正しく吐き出されてる。…もしかしてカルマ、もう寝てる? カルマの顔が見えるように俺が体勢をずらすと、カルマの目がうっすら開いた。

「…渚は酔うと記憶無くすから、すぐに潰しちゃうんだけどぉ」
「うん」

 のんびりした声に相槌を打って、続きを待つ。
 カルマは時々、渚とも酒を飲む。その時にも仕事の不満を零してるのかもしれないけど、愚痴を吐いたことを、自分の弱い姿を、カルマは渚には忘れて欲しいんだろうな。

「でも…磯貝が相手だと、安心して酔い潰れることができるんだよね〜。俺が、さ」

 だからつい飲み過ぎちゃうんだぁ。そう甘く、挑発するように言ったカルマは、また瞼を下ろして薄い笑みを浮かべる。それは酔い任せの言葉だとしても、俺はかなり嬉しかった。カルマがそこまで気を許してくれてることに、頬が緩んで仕方なかった。

「…そんなこと言うなんて、カルマもう相当酔ってるだろ?」
「んー…まぁね」

 尋ねる俺の声も、相当に浮わついてる。カルマが完全に寝落ちする前にキスしようと顔を近付けたけど、カルマはぱちっと目を開けて、意地悪そうにニヤ〜ッとした。目元が特に赤らんでるのが色っぽくて、胸がざわめく。

「い〜そがい」
「わっ…」

 見惚れてるうちにカルマは俺を振りほどいて、反対に体重をかけて覆い被さってきた。咄嗟に床に手をついたから押し倒されるまではいってないけど、不自然な体勢で結構辛い。カルマはそんなことは気にもせずに俺に更に体重をかけてきて、その上ぎゅうぎゅう抱きついてくる。

「重いって…カルマ」

 酒のせいでも、カルマがこんな風に思いっきり抱きついてくれるのは嬉しい。重いのは確かだけど、俺の文句の内訳の大半は照れ隠しだ。
 俺をがっしりホールドするカルマは、次に頬や耳に何度も唇を落としてきた。しかも、わざとちゅっちゅって音を立ててる。背中がざわっとした。

「ちょっ…」
「ふふっ。磯貝、顔真っ赤。おもしれー」

 一旦、俺から離れたカルマは、俺を見て本当に楽しそうに笑う。困惑しつつも興奮し始めてもいる俺がカルマに今度こそキスをしようとすると、カルマが両手を伸ばして俺をぐいっと押し退けるから、また出鼻を挫かれる。しかもカルマの力と勢いに負けて、俺は床の上にばたんっと仰向けに倒されてしまった。
 こっちは背中が痛いっていうのに、カルマは構わず俺の上に乗ってきて、満足そうにニッてして、唇に唇を重ねてきた。

「ん…」

 触れるのが唇同士になってもさっきと同じだった。カルマは軽く、浅く、何度もキスをしては離してを繰り返す。
 のし掛かられて、やっぱり重い。でも俺はカルマの背中に腕を回して、その淡いキスに合わせた。互いの吐息に熱とアルコールが混じっている、それがキスの度に口の内側に閉じ込められる。
 深いキスに誘うように、カルマの唇を舐めてみる。カルマはびくっと身体を揺らして、お返し、とばかりに俺の唇を甘噛みしてきた。またぞくってした。ヤバい。堪らなくて、カルマの唇に吸い付く。

「…っ、…」
「は、ぁ…」
「…ん、…ッん…」

 二人分の甘ったるい声がぼんやりと耳に届く。すっかり酔いが回った頭でカルマとの触れ合いに思うのは、『気持ちいいな…』とただそれだけだ。大人になってからいつしか覚えていた、アルコール味のキス。アルコールを抜きにしても、キスが深まるにつれて、酔いが深まるようだった。
 全身が熱くて、もっとカルマが欲しくなる。だけど、カルマから与えられるキスを受け止め、受け入れる、その状況に満足している自分もいる。カルマが俺を求めてくれてるのが、嬉しいから…。

「いそ、がい…」

 吐息の合間に俺を呼んで、カルマは柔らかなキスを緩慢に続ける。俺は何だか夢心地で、気持ち良くて幸せだった。そう、カルマの緩やかなキス…それが次第にのろのろして、やがては止まった。カルマの顔がかくっと傾く。

「……カルマ?」

 呼び掛けても返事は無い。規則的な、すーっすーっという息だけだ。甘く穏やかな快感が止まって気が付いた、いつの間にかカルマの身体からは力が抜け、その全体重が俺にかかってることに。…重い。
 どうもカルマは、本当に寝落ちしたらしい。嘘だろ…あれだけ飲んでたとはいえ。正直、これじゃ生殺しだ。けど…。

「……」

 カルマがこんな風に、安心し切ったように俺に身体を預けて寝入っている。だからカルマを無理に起こすことはしなかったし、ある意味幸福な重さだよなと思うことにした。
 俺はふっと笑って、息を吐く。しばらく髪を撫でて、カルマを労った。それからカルマを起こさないようにそっと下から抜け出して、寝室から毛布を持ってきてカルマにかけた。カルマは気持ち良さそうに眠っている。すっかり夢の中だ。

「おやすみ、カルマ」

 聞こえてないだろうけどそう言って、カルマの頬にキスした。俺もリビングを軽く片付けたら、カルマの隣で眠って幸せな夢を見ることにしよう。








END














ユウム様からのリクエストで、『酔って磯貝に甘えるカルマ』でした。
自分でリクエストを申し出ておきながら、大っっっ変に遅くなり申し訳ありません!!(土下座)
タイトルは完全に造語です。

このリクエストを受けた際に、真っ先に思い浮かんだのが『酒を飲んで仕事のことを磯貝に愚痴るカルマの図』だったので、こんな話になりました。ちゃんとリクエストにお応えできていますでしょうか…(ドキドキ)
そして完全に甘い話になりきらないのが私の悪い癖です。
お読みになって、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
ユウム様、リクありがとうございました!


UP&微修正:2018,6,12
初稿:2018,3,27



※ブラウザのバックでお戻り下さい