蛍は鳴かない







―――好きになんてなっちゃいけない。





だって、私は半分妖魔なんだ。
この体を流れる血の色は紫…もう普通の人間じゃない。
普通の人間同士だって、恋愛は思った通りに行かないことが多いのに、種族が違っていたら元から無理だ。
オウミの領主と、メサルティムのことを思い出す。
両者は相容れないんだ。どうしても。
だから、好きになんてなっちゃいけない。





それでも、私達の後方で術の詠唱をしているあの人に敵が襲いかかろうとしているのを見た途端、体が勝手に動いてしまう。
ディフレクトで、或いは身を呈してあの人を庇ってしまう。紫の血が勢いよく迸るけど構わない。痛みはあるが、どうせ次第にこの傷は塞がるのだから。
術士であるが故か、線の細いあの人が倒れるよりはいい…そう思って。
「何だか情けないな…これって立場が逆だよね」
傷ついた私を術で癒しながら、苦笑交じりにルージュが言う。こんなの放っておいても治ると言っても、この人はいつもこうして私を治癒してくれる。
翳された掌から放たれるスターライトヒールの光が暖かい。ルージュの銀髪も仄かに輝いて、綺麗だな、と一瞬見とれてしまう。
「何言ってるんだ。情けなくなんかないよ。ルージュはいつも私達の怪我を治してくれるでしょ。それに、ルージュが後ろから援護してくれるってだけで、凄く心強いんだ」
口にしたのは、偽りなく本心だった。
ルージュが後ろにいるから、私達は安心して前に出られる。強力な術で敵を散らしてもくれるし、こうして傷の手当てまでしてくれる。一つ一つの傷を丁寧に…傷痕すらも残さないように。
その心遣いに堪らなく気分が高揚し、同時に沈む。だって私は、あなたを。
「そんなに丁寧に治さなくても…そのうち、勝手に塞がるよ」
「そうかもしれないけど、僕が治してあげたいんだよ」
突っぱねたくて言った筈なのにそう返されて、私は言葉に詰まった。
そう、私は妖魔の力がある…この程度の傷、何でもない。なのに、あなたはそれを癒したいと言う。
穏やかな眼差しが嬉しく、切ない。
駄目だ。優しくしないで。あなたのような普通の人間達と仲間でいられて、共に旅ができて、共に敵に立ち向かうことができて。たったそれだけのことでも、私にとってはとても幸せなことなんだ。
実の叔母にすら、変わってしまったこの身を疎まれた。それなのに、あなたは、あなた達はそれを何でもないといった風に受け入れてくれている。
白薔薇がいなくなってしまった時だって…皆がいてくれたから、何とか立ち直れたんだ。
あなたも、温かい言葉をかけてくれたから。でも、だから、拒絶されてしまうことが、怖い。
今のままでいい、今のままで。
私は半分妖魔。……あなたとは、違う。
だから、これ以上好きになっちゃいけない。










―――好きになんてなっちゃいけない。




マジックキングダムでの常識は、他リージョンにおいては非常識であると、僕は旅に出て初めて知った。
兄弟殺し……それも双子の片割れを。そんなものは、最も重い禁忌の一つに含まれる。
でも、僕はそれを実行しようとしている。キングダムの為に、何より自分自身の為に。
そんなさもしい考え方しかできない僕が、君を好きになんてなっちゃいけないんだ。





高度な術を練り上げる間、どうしても僕は無防備になる。それに勘付いた敵が僕に向かってくる…詠唱は間に合わないし、防ぎようがない。
そんな時、いつも君は勇ましく敵と僕とを遮ってくれるんだ。体ごと投げ出すようにして、猛然と剣を振るって。時には間に合わず、その体から血が流れることもある。
君が忌み嫌っている紫の血。でも、その色とか、妖魔としての力で傷が治るだとか、そんなことは二の次だ。重要なのは、僕を庇って君がいつも傷ついているということ、その点だ。
その勇猛さが頼もしくも嬉しくもあり、同時に、君にそうさせてしまう自身のひ弱さが嘆かわしい。
「何だか情けないな…これって立場が逆だよね」
女が闘い男が癒す。性差別するつもりは無いけれど、通常、やはり男は女性を守るべきであるのだろう。
「何言ってるんだ。情けなくなんかないよ。ルージュはいつも私達の怪我を治してくれるでしょ。それに、ルージュが後ろから援護してくれるってだけで、凄く心強いんだ」
アセルスが力説する。翡翠のような色の瞳が真っ直ぐに僕を射抜いた。
僕を擁護してくれる発言が有り難く、切ない。
仲間というものの心強さ。それもまた、僕は旅の中で初めて知ったんだ。そして何よりも君が、そう言ってくれている。
いずれブルーを殺す為に磨き上げている力。その力が、頼もしい、と。
君達と一緒にいられる間は、この力も皆の役に立てることができる、改めてそれを実感し、どこか歯痒く思う自分もいる。
しかし今のこの場において、傷ついているのは君で、五体無事なのは僕だ。
せめて、とその傷を僕は治す。妖魔の強力な力は、既に自己修復を徐々に始めてしまっている。それでも委細構わずに…僕を庇って傷ついた君を、どうして僕が癒さずにいられるだろう?
「そんなに丁寧に治さなくても…そのうち、勝手に塞がるよ」
「そうかもしれないけど、僕が治してあげたいんだよ」
本心だ。
アセルスは妖魔としての力を嫌悪し、こうして自暴自棄な言い方をすることもある。でも、妖魔とか人間とか関係なく、今君が僕のせいで怪我を負ったのは事実だ。だからこの僕の手で癒したい。他でもない、君だから。僕のせいで傷ついて欲しくない。
……ああ駄目だ。またこんな風に感じている。君が君達が大切だ、と、自覚するたびに苦しい。
僕はこの先、双子の宿命が待っている。
たとえ勝ったとしても、血を分けた片割れを殺した僕と君達とではきっと、もう同じ道を歩めない。
それに、もし僕の方が負けたなら、君にまた喪失の痛みを味わわせてしまうのかもしれない。
僕の力で君達を援護して、皆が傷ついた時にはそれを癒す。
そんな旅路がもっと続けばいいのに、と、そんな風にも思う。
けれどそれは無理な話だ。術の資質を集めきったら、僕はブルーと殺し合う。
僕はキングダムの双子。その出自は覆せない。……君とは、違う。
だから、これ以上好きになっちゃいけない。













けれどもう―――遅いのかもしれない。













「…ルージュ、あの…」
「何? アセルス」
「ありがとう」
「こちらこそ」









そんな自制の文句を自分に言い聞かせなければならない程に。
(ルージュ、あなたを)
(アセルス、君を)









私は。


僕は。









END





















両想いルーアセCPも大好きなんですが、切ないのも大好物です。
両者共に複雑な事情もちなので、くっつくに至るまでも両者色々葛藤あるんだろーなと、そんな感じの妄想の末の小話。そこはかとなくポエム調。こんなに改行多いの、久々に書いた(笑)


妄想に留めて、小説化しようのはやめとこうかな…と思ってたのですが、せっかく浮かんだから書いてしまえ!という次第。
一つの物事を二人の立場から見る書き方、好きなんだけどあんまりうまく書けないのが悩みどころ。


妄想自体はアセルス人間ルート→好きだと言えると思ったのも束の間、ルージュ、ブルーに敗北(その後分離なし)でアセルス「そ、そんな…」と愕然、くらいまで飛躍していたのですが、考えてて切なくなって(というか余力がなく)小説はここまでにしてみた(オイ)

2013,6,24






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