四方八方から古の魔物達が押し寄せる。
そんな修羅の巷でも、共に戦う者がいることは幸運だと思ってしまったんだ。
Opposite side of the same coin.
そこかしこに蓮の花が咲き乱れ、温かく柔らかな光に満たされたその場所はさながら楽園だったが、しかしその実態はまさしく地獄だった。
どれだけ倒しても、後から後から魔物達は湧き出てくる。
空から急襲する魔物はインプロージョンで撃ち落とし、地を這う魔物はエナジーチェーンで動きを封じる。美しい景観に続々と魔物の躯が転がるが、それを乗り越えるようにしてまた新たな魔物が現れる。とんでもない所ね、と、同行者の女性の一人が言った。
「これだけの空間をよく封じていたものだ」
感心するようにか、或いは呆れたようにかブルーがそう口にする。
幻想的とも評せるこの場所は広大だ。加えて、その雰囲気とは相反する邪悪な空気が充満している。封印、と一言で言っても、それが容易でないことはブルーにはすぐに分かった。
そうだね、と同調する声があった。
ルージュだ。
「余程、強い力が必要だったんだろうね。それこそ手段を選んではいられないような」
「キングダムのやり方を正当化するような物言いだな」
「そんなつもりはないよ。ただ、キングダムがあんなやり方をしたことにもこれだけの理由があったんだな、って、そう納得しただけで、だからって人道的に許されるやり方じゃないってのは分かってる」
ルージュのしんとした横顔は、ブルーのそれと良く似ている。
当然だ。彼らは双子だ。
本来なら、この場にこうして二人で立っている筈はない。立つ筈ではなかったのに、今ここにこうして二人でいる。
すべては、あの対決の日の番狂わせからだ。
巨大な月が見下ろす、宿命の戦場。
命を削り合うその戦いの中、ついにブルーは優勢に立った。
あと一撃でとどめを刺せる。
そう思ったのに、ブルーは最後の最後でその一撃を下すことに躊躇した。
全身から血を流し、地に片膝をついたルージュ。もうほとんど余力は無いだろう。そう、あとほんの少しで確実に殺せる。自分はそのためにここまで旅を続けてきた。なのに―――。
今の今になって躊躇うことに、ブルー自身良く分からなかった。攻撃の術を紡ごうとして突き出した手は訳もなく震えるばかりで、不思議と魔力は集まってこなかった。
ここまで来て、肉親の情などというものにほだされているとでも? まさか!
けれど、ルージュを殺して完全な術士になりたいと願う一方で、とある疑問がブルーに湧いたことも確かだった。
ルージュは強かった。
身に付けた術のすべてはどれも鋭く研ぎ澄まされており、ブルー自身の体をも幾度も容赦なく抉ってきた。攻守共に優れ、ここまで追い詰めるのにブルーが相当手こずったのも確かだ。ただ、戦いの流れがこちらに向いて、今立っているのがブルーというだけで、どちらが残っていてもおかしくは無かった。
自分自身と同様、ルージュもそれだけの力を有しているというのに…。
ブルーは改めて掌を開いた。ルージュがそれで覚悟を決めたかのように静かに目を伏せる。
しかしブルーから放たれたのは攻撃術ではなく、対象者を癒すスターライトヒールだった。
降り注いできた仄かな光にルージュは目を見開き、どうして、と言いたげな顔をブルーに向けた。
『…これだけの力を片方無くすのは惜しい。そう思わないか』
『ブルー…』
『双子である限り、完全な術士にはなれないという。だから俺もお前を殺して、完全な術士になろうとした。
だが、不完全なままであっても、俺達はここまで力を高めることができた。何故キングダムはそこまでの力を潰し合わせて、もっと強い力を欲する? ―――その理由が知りたくなった。殺し合いをするのは、それからでも遅くは無い』
『……そう、だね。どうしてキングダムはここまでのことを強いるのか? 僕達は、それをまるで知らなかったね。知らないままで、ただ教えだけを鵜呑みにして、殺し合おうとしていたんだ』
傷の癒えたルージュが立ち上がる。穏やかに微笑む。
表情は違う、けれどよく似た二つの顔がようやくまともに向かい合った。
そして、ルージュは言った。
『帰ろう、ブルー。キングダムへ―――』
瓦礫と化した王国で、二人はその理由の全てを知った。
何故双子が殺し合いをさせられるのか。そのシステム、その出生すらも作為的なものだったということ。キングダムで長らく隠蔽されてきた影の部分。すべては、地獄という凶悪なリージョンを封じるために。
胸に込み上げ体を突き動かすのは、使命感ではなく、正義感でもない。怒りにまかせて、と言えば近いが、決してそれだけではない。
二人はそうして幾人かの仲間達と共に地獄に乗り込み、こうして魔物を蹴散らしながら進んでいる。方々から襲いかかってくる魔物達に対し、しかし無条件で背中を合わせて戦えたのは、不思議と長い道中を共にした仲間達ではなく、死闘を演じた相手とだった。
「気を抜くな。この先にもまだまだ凶悪な奴がいる」
「分かってる」
ひとまず魔物を退けた後の、戦いと戦いの合間の短い応酬。相手の表情は互いに見えない、それでも幾ら数多くの魔物がいようとも、決して弱気なそれなど浮かべはしないだろうと、不思議とそう感じる。
皮肉にも、全てをかけて殺し合いをしたことで、相手の力量も痛い程よく分かる。そして事こうなってしまった今においては、互いが唯一にして最大の、同じ境遇に立たされた者同士だった。
国に背いてとどめの一撃を避けたのは、是だったのか、非だったのか。
キングダムにとっては、恐らく後者だろう。それ故に生まれる筈だった完全無比な術士は、誕生しそこなった。地獄に対しての最後の切り札、とも呼べる存在が。
それでも、ルージュは思うのだ。
あの時、ブルーは最後の一撃を下さなかった。そのおかげで今こうして二人でいられる。
掟には造反する結果だったけれど、それでも真実を知ったその時に、一人ではなく二人で良かった、と。
同じ立場で、同じような怒りや憤りを感じた者同士だから、今でこそこんなに近く、こうして背中を預けて戦うことさえもできるのだ、と―――。
ブルーの本意をルージュは無論すべて分かっているわけではないけれど、それでも少なくとも背を任せてくれている辺り、その推測は遠く離れてはいないような気もした。まぁ、それもまた希望的観測だけれど。
『お前達は本当の』
地獄に飛び込む直前に言われた。
あの言葉の続きは何だろう?
お前達は本当の双子だ、だろうか。人為的なものではなく、正真正銘の双生児だとでも。
……いや、真偽の程は分からない。どちらにしても、もういい。
今、ここにこうして二人でいる。
それだけで、この先もずっと戦える気がした。どんなに恐ろしい敵が待ち構えているとしても。
「何だ。何を笑っている」
「いや…」
知らぬ間に、笑い声が零れていたらしい。何でもない、と誤魔化すルージュに、ブルーは顔を向けないままで呆れた奴だな、と呟く。
魔物達の来襲を告げる声が仲間達から上がった。ブルーとルージュは再び身構える。
手の内に集結されるのは同じ質の魔力。魔力の波動に金と銀のそれぞれの髪がふわりと舞う。青と赤の法衣が翻る。
等しい響き、しかし微妙に異なる声色のそれが二つ重なるようにして、その術の名は紡がれた。
「「ヴァーミリオンサンズ!」」
END
有り得ないと分かりつつ、いや有り得ないと分かっているからこそブルー・ルージュの共闘妄想は燃えます。
ゲーム内でも二人が一緒に戦うところを見てみたかった…!
宿命の対決時、ルージュのLP残り1でとどめを刺すか刺さないかの選択肢が出たら。
そんな感じの話。
2013,5,31
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