とあるブルーのセーブデータ





「…またここか」
ブルーはふうと溜め息を吐いた。
クーロンの自然洞窟に踏み込んで早数時間、未だ目的の保護のルーンの場所には辿り着いていない。
右を見ても左を見ても、淡く青色に光る岩肌が見えるばかりで、そしてそれはつい先程通った覚えのある場所だ。
先へ進もうとしているのに、同じ場所をひたすら行ったり来たりしている……しかも、クーロンの裏通り及び下水道を散々迷った挙句のこの体たらくである。
「それはこっちの台詞だよ。あんた、ディスペアでもどんだけ迷ったと思ってんの」
アニーである。
「武王の古墳ではそうでもなかったんだがな」
と、これはルーファス。
「土地勘を伴っていない場所だからな、まぁ無理も無いだろう」
ヌサカーンもそう言えば、
「タンザーなんて案内あっても迷ってたわね。彼、基本的に方向音痴なんじゃないかしら」
ライザがさらりとこんなことを言う。
マジックキングダムの術士一人、妖魔一人、そして秘密組織グラディウスが三人。
何とも偏ったこんなメンツが、今現在ブルー率いるパーティのメンバーだった。
「方向音痴とは何だ、失礼な。俺は探索をしているうちに、道を誤っているだけだ」
「それを人は方向音痴っていうんだよ…」
弁解になっていないブルーの弁解に、アニーが呆れたように呟く。
「それに道を間違えるのも悪いことばかりじゃない。飛天の鎧を見つけただろう」
言いながら、ブルーはルーファスを見る。今ルーファスが身につけているそれは、防御力が高い上にモンスターの地震攻撃をも防ぐという優れ物である。
「とにかく、奥に進むぞ」
「ハイハイ」
アニーが肩を竦め、一行はまたブルーを先頭に歩き出す。
行く先々に魔物達が現れ、彼らに襲いかかってくる。戦い慣れた彼らの敵ではないのだが、しかし長い道程の中で少しずつ、体力が削られていく。
白衣をはためかせながらヌサカーンが言う。
「それにしても、主な回復方法が私の白衣だけとは、このパーティの回復手段は心もとないね。敵も奥に進むにつれて強くなってきているようだし」
「ブルー、陽術持ってないもんね。回復にしてもパワースナッチだけだし」
「のちのち心術の克己はお前達には身につけさせる、それでいいだろう」
(…この言い草…。何であたし、ディスペアの案内終わった後もこいつについて来ちゃったかな〜…いや確かに放っておけない奴であるのも確かなんだけど)
頭を抱えるアニーだった。
ちなみに、ブルーは心が二つに割れているとかで、心術の資質の習得は叶わないのである。
「だが、集団戦闘をする上で、他者を回復させる術があった方が有利なのは確かだ。よし、アニー」
「何よ」
「お前、しばらくは術に専念しろ」
「ええッ!?」
「何のために俺がお前に陽術の資質とスターライトヒールと太陽光線を持たせてやったと思っている」
ブルーは陰陽の術の資質はまだ取得していない(ルージュに先を越されない保険として、パワースナッチのみを購入した)。しかしアニーには先んじて、光の迷宮へと行って貰ったのだ。
ブルーが後に習得しようと考えている陰術では、他者を回復させることができない。だからその補助としてアニーには陽術を持たせた、というわけだ。
「あたし、剣が得意なんだけど…。まぁいいわ。回復手段は多いに越したことは無いものね」
些かの不満はありつつも、アニーは大人しく剣を鞘の中に収める。
そのアニーとは反対に、ブルーは荷物の中から取り出した別の剣を構えた。
「……何の真似」
「耐久力向上の為だ。術だけだとどうしても能力が偏るからな。目的地に着くまでの間くらい、剣を使うのも悪くは無い」
「そうね。今現在、ブルーのHPがこの中で一番低いものね」
流石は鉄の女。ライザが冷静に語り、痛い所をつかれたことにブルーが一気に不機嫌そうな顔になる。
こうして、ブルーとアニーの術士と剣士というそれぞれの役割を一時交換して、一行は更に自然洞窟の奥へと進んでいく。
そしてその道中の魔物達との戦いの中で、


ヒ゜コーン 切り返し
ヒ゜コーン 天地二段
ヒ゜コーン 飛燕剣


剣士じゃないのに、剣の閃き絶好調のブルーだった。
「短期間で閃き過ぎじゃない…?」
「なかなか筋がいいな」
その戦いぶりにアニーとルーファスが感想を漏らし、ブルーもまんざらでも無さそうに剣の柄を握り直している。
「慣れてくると剣もなかなかいいものだな。JPの消費を抑えたい時や、術の効かない敵とあった際に役立ちそうだ」
「でも、肝心のHPとかVITの伸びがイマイチね」
「元が貧弱だしね」
「黙れ。これでも前よりはマシだろう」
容赦ないコメントの主は、ライザとアニーだ。
彼女らを冷たく睨み返すブルーに、ヌサカーンがおもむろに言う。
「それはそうと、そろそろ最下層につきそうだよ」
指し示されたのは、岩肌にぽっかりと空いた穴ぐらだ。
ブルーは奥から伝わって来るルーンの波動に満足そうに笑む。
「ようやくか。思った以上に時間がかかったな」
「誰のせいだと思ってんのよ…。同じとこぐるぐる回って…。素直にヴァジュイールに飛ばして貰った方が良かったんじゃ」
「何をぶつぶつ言っている。さて、そろそろ茶番は終わりだ、剣を出せアニー。ディスペア、タンザー、武王の古墳と強力な魔物がルーンの石を守っていた。ここも恐らくそうだろうからな」
「ハイハイ」
「一応スターライトヒールは持っていろ」
アニーに指示を出しながら、ブルーも剣を治め本来の術士に戻る。
いよいよだ。この先にあるルーンの石に触れれば、印術の資質を習得できる…!
そんな高揚感がブルーの中を満たしていた。それに突き動かされるまま、ブルーは穴ぐらの中に歩を進める。潜った先は広い空間が広がっていて、大きな蚤のような生き物が、そこら中に蠢いていた。
「やはりか」
さして驚かずにその事実を受け入れるブルー達の前に、ひときわ大きい四体の蚤が飛び出してきた。
その中でも一番巨大な、背から花を咲かせた昆虫系の魔物―――クエイカーワームが、小刻みに体を揺らし出した。連動して、洞窟中にも揺れが起こり出す。ブルー達の足元も激しく揺れる。地震攻撃だ。
しかしブルーはその影響を何ら受けず、涼しい顔をして立っている。むしろ、不敵な笑みすら浮かべる程に。
「成程、最近クーロンで地震が頻発しているのは、こいつらのせいというわけか。
だが残念だったな、その対策としてジェットブーツは既に購入済みだ。もっとも、俺は既に拾い物のそれを履いているがな。
皆、反撃に移るぞ! ……ん?」
仲間達の反応が無い。
ブルーが後ろを振り向いて見れば、飛天の鎧を装備しているルーファス以外のメンバーが地に倒れ伏している。
土埃に塗れたアニーがよろよろと立ち上がり、恨みがましげにブルーを睨む。
「あんた…ジェットブーツを買ったはいいけど、あたし達に装備させてないでしょ…」
「今更交換するのは、無理よね。戦闘に入っちゃったし」
ダメージを受けながらも気絶は免れたライザが、冷静に判断を下す。
そう、ブルーは確かにジェットブーツを人数分購入した。購入したのだが、地震対策の無いメンバーにそれを装備させるのをすっかり忘れていた…!
「そうか、俺としたことが迂闊だったな」
とブルーはここで一度反省して、
「だが全滅するほどのダメージではなさそうだな。戦闘を続行するぞ。ヌサカーン、アニー、とっとと回復だ」
「……まったく、あんたって奴は……。スターライトヒール!」
アニー、ヌサカーンによる回復で体勢を立て直した一行は、クエイカーワーム達に猛攻を仕掛ける。
しばしの戦闘の後無事に撃破に成功し、地脈で描かれたルーン文字を見つける。ルーンの光がブルーの中に吸い込まれ、新たな力が己の身に宿ったことをブルーは悟る。
「何はともあれ、これで印術の資質は得た。次は陰陽の術だな」
「君はどちらを取得するつもりなんだい?」
ヌサカーンの言葉に振り向いたブルーは淡々と答える。
「陰術だ。ダークスフィアは連携攻撃に組み込みやすいし、シャドウサーバントも強敵相手には重宝しそうだ。そういうわけだから、早速ルミナスへ行くぞ」
「ちょっ…せめて宿屋で休んでから…」
「さてゲートの触媒は…と」
「あああ、もうバックパック見始めてる…」
メンバーの中でも特に疲弊の激しいアニーが声を上げるが、資質を会得して一人元気のブルーは知ったこっちゃない。
「フフ…なかなか面白い人ね、彼。ねぇルーファス、しばらくは任務も無いのでしょう? 私ももうしばらく彼の資質集めに付き合ってもいいかしら」
「好きにすればいい」
「相変わらずね、その言い草…」
「ライザ君の意見には私も同感だな。私も同行させて貰おう」
「何をごちゃごちゃ言っている? さて、行くぞ」
この先もこのメンバーで進むことがほぼ確定する中、ブルーはゲートの術を唱えて次の目的・ルミナスへと向かう。







ルミナスの陰術の館から行くことができる陰のリージョン・オーンブルにて、滞りなく陰術の資質を得たブルー一行は、ドゥヴァンへと移動した。
以前、ブルーは神秘的な雰囲気を持つ巫女の少女に空術についての情報を聞いていた。そしてその空術の資質を手に入れるために、再び彼女を訪れたのだ。
妖魔らしき彼女の力により、ブルー達は不思議な空間に飛ばされた。お化けカボチャに観覧車、メリーゴーランド…パステルカラーのそれらがごちゃ混ぜになってくっついているような場所。楽しそうに遊んでいる子ども達。
その場所の奥でブルー達は、空術の資質を持つという生き物―――麒麟からの試練を受けることになった。これまた不可思議な、お菓子やらプレゼントボックスで構成された迷路を抜けるように、と。
ワッフルやビスケットの並ぶ床を、ブルーは足早に歩いていた。確かに奇妙な空間ではあるが、道なりに進んで行くうちに大よその構造も分かってきた。途中、鍵が必要な場所があったり、体を縮めて進んだりする仕掛けもあったが、今回、ブルーが迷うことは少なかった。
「こんな下らん迷路などで俺を試そうとは、肩透かしもいいところだ」
宙に浮かんだ星やリボンのモニュメントを冷ややかに見ているブルーに、アニーも率直に感想を漏らす。
「あんたにしては珍しく短時間で抜けたわねー」
「タンザーの訳のわからん内部よりよほど分かりやすかったぞ。あのハゲめ、もっと分かりやすく案内すればいいものを」
「あ…根に持ってたんだ」
一気に仏頂面になるブルーにアニーはタンザーでのことを思い出す。
フェイオンという弁髪の男にタンザーの内部を案内されたわけだが、視界は悪い上に、迂闊に蠢く内臓の側に近付けば吸い込まれてしまうというこれまた難解なところで、ブルーは迷いに迷っていた。やっとスライムプールの近くに来たら来たで、滑り落ちる場所を間違え、何度もやり直したのはいい思い出……ではない、決して。
「とにかく、これで空術の資質を手に入れることができる」
ブルーは最奥のひときわ大きな扉を見据えた。察するに、あの先に麒麟がいる筈だ。
ブルーは扉を開くと、躊躇なく先へと進んで行った。予想していた通り、そこに麒麟はいた。空色をした空間の中央、穏やかにブルーを見ている。微笑んでいるようにも見えた。
「御見事です。御約束通り、御話を伺いましょう」
そう切り出す麒麟に、しかしブルーはにべも無くこう返した。
「その必要は無い。お前を倒して、資質を含めた空術のすべてを私が譲り受けるからな」
ブルー以外の全員の顔つきが変わる。
ブルーの目的を知った麒麟は少々の沈黙の後に、威嚇するような眼差しを一行に向けてきた。
「そうですか、あなたの狙いは資質ですか。確かに空術の資質を持てるのはただ一人。私を倒さない限りあなたは資質を得られない。しかし、私もあなたに譲る気はありませんよ!」
「来るぞ。構えろ」 突如麒麟から放たれる凄まじい威圧感にブルーは身構える。
麒麟を倒して、資質を奪う―――元よりその決意があったブルーはともかく、まさか彼がそこまでして資質を手に入れるとは思ってもみなかった一同は、戸惑いつつもそれぞれの得物を手にした。
「空術の資質を得る方法って、本当にこれしかないわけ? 何かちょっと気が進まないけど…」
「仕方ないわ、パーティーリーダーの決定だし、事こうなっては私達も同罪よ」
「はぁ…まぁ今更だしね、腹をくくるしかないか」
罪悪感はあるが、ブルーの旅へとついてきた以上、やはり彼の行動指針には従うしかない。アニーとライザも戦闘の構えを取る。そういう事情ならいた仕方ないとばかりにいち早く冷静さを取り戻していたルーファスとヌサカーンは既に臨戦態勢だ。
「ヴァーミリオンサンズ!」
少しでも早く資質を得たいのか。ブルーが早々に魔術系統最強の技で麒麟を仕留めにかかった。紅玉の起こす風に煽られ、麒麟は空高く舞う。しかし麒麟はひらりと着地すると、空術を唱える。
「リバースグラビティ!」
ブルー達全員の体がふわりと浮き上がる。反転した重力に、ブルー達は容赦なく地面に叩きつけられた。そして誰も立ち上がれない。




暗転。





「……ふっ……流石は空術、凄まじい力だ……」
思いっきり全滅をかましておいて、それでもブルーは負け惜しみを欠かさない。
「この力、ますます欲しくなった。もう一度行くぞ」
「えー…もうやめた方がいいんじゃ…」
「ええい黙れ。対抗策はある」
あまり気の進まなさそうな様子のアニーを一瞥し、ブルーは体勢を立て直してもう一度麒麟の方へと向かって行く。
麒麟の方もまた前足を踏みならしてそれに備える。
初手でブルーはサイキックプリズンを仕掛ける。相手の術を封じ込める高位魔術。これで麒麟は空術を使えない。先程のようにリバースグラビティ一撃で全員やられはしないだろう。
ブルーは不敵に笑む。
「…よし、これで空術は封じ込め…」
「聖歌」
「「「「キ゛ャー」」」」
しかし術を封じられた麒麟は音波攻撃に出た。
こいつはこんなこともできるのかとブルーは少なからず驚くが、けれど動じるまでには至らない。
「残念だったな、俺は精霊銀の鎧を装備しているからそんなのは効かな…」
「お連れの皆様方はそうもいかないようですよ」
「何…だと……」
ブルーが振り向くと背後の皆は死屍累々。
そして残されているのは、回復する術を持たないブルーただ一人。活力のルーンはあるが、それは対象者が気絶していると使えない。イコール、この先は一人で戦わなければならないということだ。
一気に窮地に立たされたブルーは、それでも徹底抗戦の構えだ。
「くっ…ならば俺一人でもお前を打ち破ってみせる! ヴァーミリオンサンズ!」
一人でも麒麟を倒して空術の資質を得る。その意志がブルーの体を突き動かす。
しかし、術でダメージを与えても、麒麟は場の特性の効果で毎ターンHPが回復してしまう。
「ウェイパーブラスト!」
「ぐあっ! …くっ、サイキックプリズン!」
麒麟のHPが1000回復。
「リバースグラビディ」
しかしバックファイアで麒麟に術のエネルギーが跳ね返る。術の効果が消えたので、ブルーはもう一度空術を封じにかかる。
「サイキックプリズン!」
麒麟のHPが1000回復。
「聖歌」
「だからそれは効かぬといった筈だ! インプロージョン!」
けれどダメージは小さい。
そしてまた麒麟のHPが1000回復。
「く…このままでは埒が明かん! 何よりJPが持たない…!」
「突進!」
「あ」
ジリ貧状態の末に、ブルーは麒麟の物理攻撃に沈む。




暗転。




「くっ……空術の資質を目前にして引き返すとは……っ」
ブルーは握り拳をわなわなと震わせながら悔しがっている。慰めにもならない一言をアニーは言った。
「仕方ないじゃん、今のあたし達の強さじゃ無理だよ」
そもそも、ここまで術の資質を習得する以外の寄り道はほとんどしてこなかった。せいぜいシンロウ遺跡(右)に行ったくらいだ。単純に、麒麟に対抗するには力不足、といったところだろう。
「せめて精霊銀装備がもう一つあれば…。だがおかしいな、シンロウ遺跡で二つ手に入れられる筈だが?」
しかしブルーが持ち物を探ってみても、他に精霊銀のアイテムは見当たらない。
「回収し損ねたんじゃない?」
「そんな初歩的なミスをこの俺がするわけないだろう。シンロウ遺跡シンロウ遺跡……と」
「あーっ解体真書! あんたそれ、今回は反則…」
「まぁまぁ、特別に大目に見ましょ」
マップをぱらぱらと見るブルーをアニーが思いっきり指差し、ライザがそれを諫める。
ブルーの手元を覗き込んで、ヌサカーンは頷く。
「ふむ、やはり遺跡内に二つあるようだね」
「全部回った筈だぞ? ならば何故入手していない」
そう、確かにブルー達は遺跡の最奥部まで探索した。だから精霊銀シリーズは二つ揃う筈なのだ。
「回収し損ねているのは精霊銀のピアスの方か。ヴァルキリー姉妹の部屋にあるな」
「ヴァルキリーも確かに倒したぞ」
ルーファスの言葉にブルーは反論した。メンバーも揃ったばかりで、あれもなかなかに苦労した戦いだった。だからしっかりと覚えている。
「そうだよね、あたしもそん時に技閃いた覚えがあるし」
「まさか、とは思うけど。戦闘の後に宝箱を開けていないんじゃないかしら」
「そんな間抜けな真似を俺がしたと?」
ブルーはライザの一言に変な顔になる。しかし可能性はある。
自分がそんな初歩的なミスを犯しただなどとは認めたくは無かったが。
「…まぁいい、確かめれば分かることだ。麒麟め、首を洗って待っていろ」
ブルーは忌々しげに背後の麒麟を睨み、ゲートの術を展開し即座にシンロウへと向かう。
そうして遺跡で得た結論は、やはりヴァルキリー姉妹の部屋の宝箱を開け忘れていたという、初歩的なミスだった。
ブルーが皆から盛大に突っ込まれたことは言うまでもない。







精霊銀のピアスを今度こそ忘れずに入手し、シンロウから帰る途中、ブルーは冷静に自パーティーの戦力分析をする。
「麒麟戦で敗北した理由は精霊銀シリーズの有無だけではない。全体的に火力が足りん」
「それも一理あるかもね」
アニーは些か気まずそうに頬をかく。
今現在、アニーの覚えている最高位の技はせいぜい払車剣とベアクラッシュ。今一つである感は否めない。
加えて、武器も貧弱だ。クーロンで買った高周波ブレード。
雑魚的との戦闘なら充分だが、麒麟クラスの敵となると力不足だ。
「ライザは既にDSCを習得しているが、麒麟との戦闘ではスライディングが極まらず役に立たん。ルーファスの跳弾は強力だが、威力を底上げするために強い銃が欲しい所だ。ヌサカーンにもより強力なモンスターを妖魔武具に吸収して貰わねば」
ブルー一行のさしあたっての目標は、強い剣と銃の入手、ライザは投げ技以外の強力技を習得、ヌサカーンの妖魔武具の強化、ということになった。
その為に向かったのはまずオウミ。
無人だという領主屋敷で宝物を漁り(「泥棒じゃん」とアニーが突っ込むが、ブルーは「持ち主のいなくなった物を俺が有効活用してやるというだけだ」という理論で押し切った)、ついでに地下室に巣食っていた巨大イカ・デビルテンタクラーをヌサカーンの妖魔の小手で吸収、強力技タイガーランページを入手した。
さらに各リージョンを回り、全体的な強化を図った末に、ブルー達は再び麒麟の空間へと戻ってきた。
麒麟のいる扉の前、ブルーは黒い笑みと共に呟く。
「リーサルドラグーンも買ったし、これで準備は万端だ。クレジットが足りず精霊銀装備までは揃えられなかったのは心もとないが、聖歌が来る前に決着をつけられれば問題ないだろう。
デッドエンドに三角蹴り、タイガーランページと強力な技も揃ったし、済王稜を荒らして入手した草薙の剣、秘術にも片足を突っ込んで黒竜との壮絶な死闘の末に手に入れたレアアイテムの数々と戦力も大幅にアップだ。
今度こそ見ていろよ麒麟め……!」
「…な〜んか目が据わっちゃってるねブルー」
「麒麟に完敗したのが余程悔しかったんでしょうね」
背後でひそひそしているアニーとライザには構わず、ブルーは勢いよく扉の向こうに突っ込んで行った。
「さぁ勝負だ麒麟! 空術をよこ「あなたの御用は空術ですね? 少々試させて頂きますよ」
用件を言う前に、ブルーは再びあのお菓子の迷路へと飛ばされた。甘い香りの漂う空間の中に、ぽつんと放り出された一行。
速攻で出鼻をくじかれたことに、俯くブルーの肩が震えているのが分かる。
「……どこまでも人をおちょくりやがってあの偶蹄類……!」
「もしもーし、ブルー?」
「こんな迷路に俺の行く手を阻まれてたまるか―――っ!!」
度重なる障害にすっかり口調も変わってしまったブルーは、猛ダッシュで麒麟の迷路を抜けていく。ある程度の道順は(彼にしては珍しく)覚えているらしい。
アニー達はそんなブルーの後を追いかけていく。黙々と迷路を進んで行くブルーは鬼気迫っている表情で、色んな意味で怖い。
そうして再度迷宮を突破した先に、麒麟は控えていた。今まで二度、辛酸を舐めされられた。今度こそ負けるわけにはいかない。ブルーの瞳に闘志が宿り、皆に鋭く指示を出す。
「最初から全力だ。すぐに終わらせるぞ! サイキックプリズン!」
仲間達も二度全滅しているので必死である。アニーは新たに閃いたデッドエンドで、麒麟は投げ技無効なのでライザは三角蹴りで、ヌサカーンは件のタイガーランページで、ルーファスはリーサルドラグーンによる跳弾で、開幕から各々の最強技を繰り出す。
麒麟も流石にタフですぐに倒れはしないものの、三度目の正直のブルー一行の猛攻の前に、次第に敗戦の色が濃厚になってきた。
サイキックプリズンの多用でJPが尽きかけたブルーが、万一の為に、と装備していた剣で麒麟を斬りつける。更にアニーが攻撃を加え、ついに、麒麟は終焉の時を迎えた。 資質と共に体に流れ込んできた空術の感覚に、ブルーが満足そうに頷く。
「ここまでして資質を取らなきゃいけないの」
あまりに容赦ないやり口に(自分も手を貸したけれど)、そして麒麟がいなくなったことで消えていく子ども達の姿を見て、ライザが本音を漏らす。
「これでいい、これでいいんだ」
ブルーは自分に言い聞かせるように呟く。
「これでルージュと対決できる」
遂に来ようとしているのだ。この時が。







ブルーとルージュ。宿命の双子の決闘は、月下の下で行われることとなった。
仲間達が見守る先の石山で、ブルーとルージュはついに邂逅を果たしていた。
夜風にブルーの長い金の髪が靡く…向かい側にいるルージュの髪も同じように。赤い法衣、結わえていない銀の髪、姿は違えど顔立ちは同じ自身の半身。
ブルーは両手に魔力を集中させる。ルージュが身構えた。動いたのはルージュが先だった。
「行くよ、ブルー!」
「来い! ルージュ!」
どんな術でも受けて立ってみせる―――そう意気込んでいたブルーだったが、ルージュは予想の斜め上の行動に出た。
「食らえ精霊石!」
「!!」
ルージュが投げつけてきた石から様々な色の魔力が放たれ、ブルーに襲いかかる。赤青緑とカラフルな色彩に目眩がした。そのままブルーは地面に倒れそうになる、しかし結界の力が作動し、ブルーは強制的に目覚めさせられていた。
何故か得意げなルージュに対し、ブルーは猛然と食ってかかる。
「なっ…何をする貴様! 早々に俺のLPを削ったな…それも精霊石で! 術士なら術で勝負したらどうだ!」
術ならまだしも、それ以外の物で倒れるだなどと、屈辱以外の何物でもない。
「小手調べだ、インプロージョン!」
「なかなかやるね…太陽光線!」
「サイキックプリズン!」
「精霊石!」
「貴様…二度も……! ヴァーミリオンサンズ!」
「甘いよ、サイキックプリズン!」
ルージュは手持ちの精霊石が尽きたのか、それ以上石を投げつけてはこなかった。サイキックプリズンと術の応酬がひたすらに繰り返され、そして互いにじわじわと削られていくLP…。
果たしてどちらが勝つのか。見守っている仲間達にも緊張感がたち込める。
「そろそろ決着をつけさせて貰うよ……オーヴァドライブ!」
「!」
ルージュの体から凄まじい量の魔力が迸った。時間を操る術・時術の本領発揮といったところか。それによりブルーとルージュの時の流れは分断される……歪められた時の中で、ルージュは幾度も術を唱えていく。
「太陽光線×8!」
「ぐっ…! ……というかお前、全部太陽光線じゃないか……」
陽の光に焼き尽くされてLPも一つ減りつつ、けれどオーヴァドライブを使った割に大して威力の無かった攻撃にブルーは肩透かしを食らった気分だ。
(さてはJP切れか…!)
こちらに余力はあるが、ならば一気に勝負を決めてしまった方が得策というもの。
ブルーは装備していた剣を抜き放つと、ルージュを鋭く斬りつける。
「そっちだって、剣、使ってるじゃないか……」
信じられない、といった表情でルージュがくずおれていく。地面の上に倒れ伏したルージュは、ぴくりとも動かない。
どうやら今のがとどめになったらしい。
「………」
ブルーは無言でルージュを見下ろした。宿命の対決に幕が下りた筈なのに、酷くさっぱりしない気分だ。
それは剣でとどめを刺したからではない。ルージュが煮え切らない攻撃ばかりしてきたからでもない。多分。
倒れているルージュの姿がまるで空気に溶けるようにして消えた。そして、ブルーは悟る。
「俺達は……元々一人の人間だったんだ……」
ルージュの意識が自分のそれと混じり合うような感覚。何らかの理由があって、一人の人間がブルーとルージュという二人に分かたれた。対決を経て、負けた方は勝った方へと吸収されるようにと仕組まれていたのだ。……何の為に?
『帰ろうブルー、キングダムへ!』
ブルーの中に取り込まれたルージュの意識がそう訴え、ブルーも頷く。いずれにせよ、一度キングダムに帰る必要がある。
『それにしてもブルー』
「何だ」
『君、ちょっと術さぼり過ぎじゃないか? 何で僕の方は術オールコンプなのに、君の方は印術さっぱりなのさ』
そう、ルージュの指摘通り、この時点においてブルーは、まだ印術を勝利・活力の二つしか習得していなかった…!
しかも活力は店で買ったものという体たらくだ。
「煩い。負けた分際で愚痴愚痴言うな」
『その言い草…! それじゃあ僕も言わせて貰うけどね、まともに術も覚えていない君にどうこう言われる筋合いは無いよ!』
「何だと!? ルージュ貴様…!」
「ちょっとちょっとブルー、さっきから一体どうしちゃったわけ?」
ブルーとルージュの対決が終わったことで結界も消え、見守っていたメンバー達がブルーの元へと駆け寄って来る。アニー始め、皆不思議そうな顔だ。
成程、ブルーとルージュの状況も良く分からない者からすれば、独り言を喋っているだけのように見えるらしい。
「実はな……」
この不思議な現象の当事者でない者達に説明しても、事態を理解してくれるかどうかは分からなかったが、ひとまずブルーは現状を説明した。
初めは驚いていた彼らも、実際にルージュの亡骸が消え失せたのを目の当たりにしていたので、すんなりとはいかないが納得してくれた。
「元々一人の人間を二人に…か。面白い。実に興味深い」
ヌサカーンは医師らしい感想を述べる。
「俄かには信じられないけどね。でも、何だってそんなこと…」
「それは俺達も知りたい。だからキングダムへ行く」
戸惑うアニーへと返事を返しながら、ブルーはゲートの触媒を用意する。
「これは俺の…いや、俺達の問題だから、これ以上は介入して貰わなくとも構わない。今まで世話になった。例を言う」
珍しく神妙なブルーの態度に残り一同は顔を見合わせ、しかし何かを決意したように頷く。
「あのねぇ。ここまで付き合わせておいてハイさようならってのはちょっとつれないんじゃない?」
「良かったら見届けさせてくれないかしら。あなた達の行く末を」
ルーファスとヌサカーンはこれといった言葉はブルーにはかけなかったが、表情を見るに、アニーとライザと同じ気持ちのようだ。
『いい仲間を持ったね、ブルー』
「ああ、そうだな……」
ルージュに言われるまでも無く、ブルーは感じていた。旅をしていて初めて。
自分は良い仲間を得た、と。
色々と悶着はあったけれど、それでも。
「行こう……キングダムへ」
そうして彼らは、マジックキングダムへと向かう。







ブルーとルージュが久方振りに戻った故郷は、見るも無残に壊滅していた。
破壊し尽くされた町並み、そこかしこに倒れている死体、そしてあちこちを徘徊している魔物達…。
魔物を倒しながら進んで行ったキングダムの学院の最深部で、ブルー一行は衝撃的な真実を知ることとなる。
キングダムは、地獄という凶悪なリージョンを秘密裏のうちに封印していたということ。
その封印が破られ、キングダムはこのような状態になったのだということ。
地獄を封じ続けるためにはより強力な術士が必要で、それ故に魔術的処置で一人の人間を人為的に双子にしていたのだということ……。
あまりの事実に、ブルーは憤りすら覚えた。今まで信じていた何もかもが、あっさりと覆されたかのような気分だった。それでも―――
ブルー達はキングダムを、ひいてはリージョン界すべてを、そして残された子ども達を守るために、地獄へと足を踏み入れた。
「…ここが、地獄」
ライザがらしくなく、驚いたように目を見張る。
「とても綺麗なところだわ。一見、凶悪な空間には思えない…」
「ああ。だが、ここに満ちている空気は酷く禍々しい…」
ブルーも単純に、美としては称賛できる場所だと思った。しかし、肌で感じるここの空気は重い。膨大な魔力、妖気……それも悪しき者の、そういったことが嫌でも伝わってくる。
「油断はするな。さっそくお出ましだ」
侵入者の存在に気付き、空を舞っている羽の生えた生物―――ヨークランドの伝承では天使というらしい―――が、たちまち本性を現し、恐ろしい魔物の姿へと変貌すると牙を剥いて飛びかかって来る。
この空間の空気がそうさせているのか、剣術や技の効き目は薄い。それでもいく手を阻む天使達を倒しつつ、ブルー達は奥を目指し進んで行く。
最奥にいる筈の、地獄を統べる者……ブルーは敏感にその気配を感じ取っていた。恐らくはもうすぐだ。螺旋階段を登りながら思う。
不意に、新たな魔物が出現した。
「オーガロードか」
オーガの上位種。隆々とした筋肉の持ち主であり、見るからに腕力が強そうなことが分かる。
「ヌサカーン、妖魔武具に吸収できるか?」
吸収によりヌサカーンの腕力が上がれば、小手による攻撃・タイガーランページの威力増加も望める。
「やってみよう」
ヌサカーンが頷き、妖魔武具を構える。
ブルーやアニーらがオーガロードにダメージを与えている合間を見て、ヌサカーンも妖魔武具で攻撃をする。
何度目かの攻撃の後に、オーガロードはヌサカーンへと吸い込まれていった。
「よし、これでタイガーランページの威力増だ」
地獄の統率者との戦いの前に、大きなアドバンテージを得たとブルーは思った。
しかしヌサカーンは眼鏡を指で押し上げながら、こんなことを言う。
「すまない、ブルー。誤って小手で吸収してしまったよ」
「……」
「……」
それの意味することを理解しつつも、ブルーは確認するようにヌサカーンに聞き返す。
「…つまり、小手で吸収していたデビルテンタクラーの能力は上書きされてしまった、と?」
「そういうことになるな」
「……」
「……」
「……タイガーランページが……」
戦力増、どころか、大幅に戦力ダウンだ。最奥を目の前にしてのこれは、かなり痛い。
がくりと肩を落とすブルーに、他のメンバーも「あーあ…」という顔をしている。
「仕方ないね。またあのイカが出てくるのを期待しようじゃないか」
しかし、ヌサカーンのその期待もむなしく、イカに遭遇することも無く、一行は地獄の最奥へと辿り着いてしまった。
巨大な卵のようなものの周囲を、天使達が舞っている。卵の殻がぺりぺりと剥がれ落ち、異形の者が姿を現す。ひときわ濃くなった禍々しい気と、奴から発せられる威圧感―――戦士達は察する、あの者がこの地獄の統率者……君主とも言い現せる、倒さねばならぬ敵なのだと。
「……初めに言っておく」
戦いの構えを取りながら、ブルーは重々しく口を開いた。
「俺はタイムリープは使わない」
「えっ? 何でよ、だって強力な術でしょう?」
『本気かい、ブルー? 無謀だと思うよ?』
意外そうなアニーの声と、ブルーの内にあるルージュの意識の思考が重なった。
そう、時術の一つタイムリープは、敵をターン終了まで行動不能にするという強力な術だ。
「実は双子対決の後にマジックキングダムには直行しないで、生科研でちょっと修行してたりしたけど、その時何度もけっちょんけちょんにやられた最下層の地竜に勝てたのだって、タイムリープのおかげじゃない」
「長い説明台詞だったがその通りだな」
アニーの言葉にルーファスが頷く。
マジックキングダムへ―――とか言いつつブルーは素直にそちらに帰らず、まだ未踏の地であったシュライクの生命科学研究所へと足を踏み入れた。
最下層の地竜にこてんぱんに三回も負けて、最後の手段であるタイムリープを用いて、辛くもそれを打ち破っているのである。
「だから、だ。またタイムリープを使おうものなら、俺がタイムリープ要員になるのが目に見えている」
「それも一理あるわね」
ブルーの意見に同意したのはライザだ。術を使わせればパーティー随一の強さを誇るブルーが、タイムリープ要員になって攻撃・回復に参加できないとなると、かなり痛い。 「ひとまずはタイムリープなしで奴に挑んでみる」
そうした決意の元、ブルーパーティーは地獄の君主に戦いを挑んだ。
いつもより薄い効果ながらも、一行の攻撃は確かに君主に通じていた。しかし、七支刀、イルストームといった強力な全体技、更には形態を変化させての高温ガスや冷気、電撃といった地獄の君主による攻撃は凄まじく、ブルー・ヌサカーンによる回復も間に合わない。
タイムリープなし、という時点でかなりフラグが立ってはいたが、案の定一行は全滅した…。
そんなわけで。
「前言撤回。タイムリープは使う」
「……」
「……」
「…まぁ、ブルーの好きにすればいいよ…」
元々、負けず嫌いのブルー。最後の最後のこの局面でまたしても敗北を喫してしまったことが、相当に悔しいらしい。
「一度戦ったことで攻撃パターンも見えた。次こそは負けない、行くぞ!」
『来イ…キングダムノの者ドモヨ』
地獄の君主がざらついた声を吐き出し、凍てついた空気が迸るようだった。再びの、戦いの幕開けである。そして今度は、ブルーは勿論即効、
「タイムリープ!」
地獄の君主の時を歪め、その動きが止まった隙に残りのメンバーで総攻撃を仕掛ける。
アニーの剣術、ライザの体術、ルーファスの銃技…それぞれの最大威力の技を繰り出し、地獄の君主の体力を削っていく。
ちなみにタイガーランページを失ったヌサカーンは、幻夢の一撃で攻撃したり補助術を使ったり、回復役に回ったりしていた。
「タイムリープ!」
「十字砲火!」
「神速三段突き!」
「DSC!」
「幻夢の一撃」
「タイムリープ!」
「跳弾!」
「神速三段突き!」
「DSC!」
「盾」
「タイムリープ!」
「跳弾!」
「神速三段突き!」
「DSC!」
「幻夢の一撃」
「タイムリーry
実に見事なワンサイドゲームだった。
しかし、素早さがそんなに高くは無いブルーは必ずしも先手を取れるわけではなく、時には君主の手痛い攻撃を食らうこともあった。加えて、怒涛の攻撃の末に、技力も徐々に尽きてきた一行……。
唯一余力があるのはそう、案の定タイムリープ要員になってしまったブルーだけだ。
「一か八か、この攻撃にすべてを賭ける…!」
ブルーが両の掌を掲げ、全魔力をそこに結集させる。時術の最強の術、あの対決でルージュも用いたオーヴァドライブ……!
ブルーはまず、命術サクリファイスで皆を回復させた。こうしておけば、自分の力が無くなっても、彼らはまだ戦える。
それから繰り出すのは、陽術最強の術、超風だ。凄まじい熱量がブルーの手の内から生み出され、身動きを止めた君主の体を幾度も容赦なく貫いていく。
すべての攻撃が終わった時、オーヴァドライブの効果も終わる。一気に体に脱力感が押し寄せ、それでも気力だけでかろうじて立っていた中、ブルーは辺りに荘厳な鐘の音が響いたような、そんな幻聴を聞いていた。
地獄の君主の体が朽ち果て、ボロボロと崩れ落ちていく。黒い灰となって消えていった。
地獄の最奥、最強最後の敵を倒したのだ。
「勝った、の…?」
術者とその対象者以外は、オーヴァドライブ中は切り離された時間の中にあった。
気が付けば地獄の君主は倒されていて、今一つ勝利の実感に欠ける中、だからアニーはそんな風に呆然と呟いていた。
「ああ…勝った……」
皆に振り向いて、ブルーは言う。
「勝てたのは、皆の力があったからだ。俺一人では無理だった」
これは正直な本音だ。
タイムリープは強力な術だが、一対一で使っているうちは意味を為さない。時を止めている中で攻撃を加えてくれる協力者がいて初めて、成立する術だ。
それに、決定打を下したオーヴァドライブも、超風も、元はルージュの術だ。命術も、ルージュと融合したからこそ使えるようになった超高位術だ。
一人ではきっと、この結果には辿り着けなかった。
「……礼を言う」
超絶自己中で常にゴーイングマイウェーなブルーがそんな殊勝なことを言ったことに対して、残りのメンバーは少なからず驚く。
ほんの一瞬顔を見合わせて、そして各々が徐に口を開く。
「なーによ、今更畏まって。世話になったのはお互い様でしょ」
アニー。
「色々あったが、なかなかに楽しかったよ」
ヌサカーン。
「勝てたのは、あなたの力もあってこそよ」
ライザ。
「そうだな」
ヌサカーン。
紆余曲折ありつつも、旅の最後まで付いて来てくれたこの四人。
『帰ろう、ブルー』
そしてルージュが、またその言葉をブルーへと告げる。
ブルーはごく自然に、小さく笑みを浮かべていた。
「あぁ、そうだな……」
頷き、ブルーは歩き出す。
仲間達と地獄を後にし、キングダムへと戻る為に。




END









条件が条件とはいえ、へっぽこなプレイヤーのせいでへっぽこな旅をする羽目になってしまったブルーとその仲間達。
そんなダメダメな状況を、彼ら目線でストーリーとして整合性が取れるように綴ったらどうなるか?
それがこの『とある〜』を書き始めたきっかけです。


クーロンの裏通り〜洞窟内まで迷いまくったのも、ジェットブーツ皆に装備させ忘れたのも、メインストーリーしかほぼやってなかったせいで麒麟にめっためたにされたのも、ルージュが何故か精霊石ばっかり投げてきたのも、君主直前でタイガーランページ上書きしたのもその他諸々、全て実話です(笑)
君主との一戦目、タイムリープなしで挑もうとしたのは、単にタイムリープなしでも勝ちたいという私の意地だったのですが(それまでタイム〜なしで君主に勝ったことがなかったため。開発二部含む)、あっさり撃沈でした…。
しかし二戦目で皆がWP付きかけた中、ブルーが小説内でも書いたよーにオーヴァドライブ+超風で君主を仕留めたのは、なかなか感動的でしたねー。


この小説じゃコミカルに仕上げるために、敢えて融合後ルージュに脳内会話させちゃってます。
ホント、術コンプのルージュに対しルーン二つしか覚えてなかったブルー…駄目駄目です。
いや真に駄目なのはそんなプレイをした私なんですが。


しっかしラスト数行だけ無駄にシリアスだ…!


2013,4,21

初稿:2013,3,3






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