mirror
「あんたはさ、怖くないわけ?」
エミリアからの問いかけに、ブルーは表情も声色も何一つ変えないままで淡々と聞き返す。
「何がだ」
「だからさ、あんたの双子の弟さんとの対決。負けたら確実に死んじゃうんでしょう? それが怖くないの」
流石に唐突な質問だと思ったのか、エミリアは諸々を補足してもう一度訊く。
シュライクの宿のロビーには、二人以外に人影は無かった。フロントの係員は、奥の部屋で成った電話を取りに引っ込んでしまっている。だから物騒な会話をしたとて、何ら支障は無かった。
エミリアはロビーの片隅の椅子に腰かけ、セットのテーブルに肘を乗せている。ブルーはその対面に座るわけでもなく、エミリアから少し離れた場所の壁に背を預けていた。
そしてブルーは、事もなげにこう言った。
「俺があいつに劣る筈など無いからな。恐怖など感じるわけがないだろう」
「あ、そ」
不遜な物言いに、エミリアは頬杖をついたままの姿勢で溜め息を吐いた。
何故に、この男はいつもこうなのだろう。
仲間になったばかりの頃こそ物腰柔らかで丁寧にこちらに接してきたものだったが、エミリアがブルーの本性を知るのにそう時間はかからなかった。常に冷静で滅多に取り乱すこともない。計算高い性格で、旅の仲間を増やすことすら打算的。優先順位は何においても術の資質集め。一言で言えば、要はイヤな奴、なのだ。
しかしそれでも、長い付き合いの中で、そうでもないブルーの一面もまたたくさん見てきている。だからエミリアも、懲りずにこの偏屈な術士に付き合ってやっているのだったが…、
それでも生死をかけた戦いを控えてのこの自信。普通の感覚なら、自身の死の可能性に少なからず恐怖心を抱いていてもおかしくない筈なのに、ブルーはそんなことも無い様子で。
ブルーらしい、と納得する一方で、大いに呆れ返るエミリアだった。
「まーね、確かにあんたの術は凄いわよ。それは認めるわ。
でもさ、万が一〜ってなこともあるわけじゃない。そこは考えないの」
「俺はあいつとの勝負で負けるような修行をしてきたわけじゃない、だから考える必要も無い」
「……」
何でまたこいつはこーなんだ。
「はぁ…本当に大した自信よねぇ。ま、あんたらしいっちゃらしいけど……」
ここまで言い切られると逆に清々しい。
しかしエミリアも別に、迫りくる死に怯えるブルーを見たかったわけではないのだ。
ただ何となく気になった。それで聞いてみたくなった。それだけだ。
ブルーは涼しげな顔を階段の方へと動かした。ここでやっとほんの少し、不機嫌そうな感情が滲む。
「そろそろ他の連中も来るだろう。…まったく、支度一つにどれだけ時間をかけるつもりなんだ」
「支度に時間かけてるっていうか、寝起きでボーっとした頭でそのままでいるんでしょ…」
リュートにヒューズにゲン。揃いも揃って寝起きの悪そうなメンツだ。
メイクや髪のセットにそれなりに時間をかけるエミリアよりも、遥かに遅い男連中。毎度毎度のことだとはいえ、だからこうして彼らを待つ間、宿のロビーでブルーと二人で話す機会がエミリアは自然と多くなった。
それはそれとして、しかし同室である筈のブルーは彼らを起こさないのか。いや、起こしてはいるのかもしれないが、のんびりしている彼らに構わず一人でさっさと支度を済ませて出てきてしまうのだろう。まったく、本当に合理的な彼らしい。
とは言え、ブルーは彼らを宿屋においたままで勝手に資質集めに出立してしまうなどということは無かった。今だって悪態を吐きつつも辛抱強く待ってやっているのだろう、マイペースな同行者達を。
「……」
エミリアは頬杖をやめてブルーを見た。彼は壁に寄りかかったまま腕組みをして、階段の方をひたすらに見つめている。
「あのさ、さっきの話に戻るけど」
ブルーがまたエミリアの方に顔を向けた。
それでエミリアは椅子から立ち上がって、ほんの少しだけブルーに近付いた。それでも何メートルかは間が空いた立ち位置。
「万が一、って話もしたけど、あんたがどんなに強くても、やっぱり私は万が一の可能性はあると思うのよね」
「だから俺は負ける筈など無いと、」
ブルーの反論を遮って、エミリアは続けた。
「万が一の可能性はあるけど、それでも私は、……あんたの方を応援するからね」
血を分けた兄弟で殺し合う。
何とも残酷で、血生臭い話だ。
勿論、その対決が避けられるのならばそれが一番良いに決まっているが、ブルーはそれを望まないだろうし、認めないに決まっている。ブルーがどれだけストイックに術を磨いてきたか。どれだけ術に拘っているか。エミリアはよく知っていた。そしてそんな術バカでも、長らく苦楽を共にした仲間に違いなかった、だからエミリアは会ったことも無い彼の弟とこの男とならば、当然、ブルーを選ぶ。
こんな男でも。こんな冷血漢でも。
こんな世間知らずで不器用の塊のような男でも、二分の一の確率で、生き残って欲しいのは。
エミリアがそんなことを考えながらじいっとブルーを見ていると、その顔が不意にそっぽを向いた。照れたのでは決してないだろう、その証拠に、ブルーの顔色は何も変わらない。それでもその深い青色の瞳だけが、半分下りた瞼に隠れて揺れていた。
(…ま、別にいいけどね)
エミリアは小さく笑みを浮かべて息を吐く。
あからさまな反応を期待していたわけではないし、そのうち訪れる対決の日の前にただ言っておきたかっただけだ。
言えたから、とりあえずエミリアは満足だった。この男がどう受け取ったのかは、よく分からないままだけれど。
「…遅い」
「遅いわね」
そしてまた、旅路の中の何気ない日常の一つのように、ブルーとエミリアは未だ起きてこない仲間達を待っていた。
「ルージュはさ、怖くないの」
ブルー一行がいる場所とは遠く離れたリージョンに、その片割れであるルージュはいた。
仲間である半妖の少女は、奇しくもルージュにそんな疑問を投げかけていた。
「何が?」
「何って、その、君の双子の兄弟との対決。残る術の資質はあと一種類なんだから、もうすぐでしょ。
その対決はさ、負けた方は確実に、し……死んじゃうんだろ」
アセルスの語尾はほんの少し震えていた。
双子のままでは未完成。だからその片割れを殺すことで完璧な術士となる。
術至上主義のリージョン・マジックキングダムの掲げる戒律は、対決で敗北した方には避けられぬ死を提示していた。
妖魔の君から血を与えられ、眠っていた十二年間……その間とその後に様々なものを失っていた彼女は、新たなる仲間をも失われてしまうことを恐れている。
自分がこんなことを彼に訊く理由。分かっている。
本当は、彼に彼の半身と戦ってなど欲しくないのだ。
「うーん、確かに怖いんだけどさ…」
肯定するルージュはしかし、困ったような微笑だった。
「ブルーに会えるのは、少し楽しみかもしれない」
「楽しみ?」
思ってもみなかった返答に、アセルスは訝しげに聞き返す。
「だって、僕達は双子だけど、生まれてからずっと別々の場所で暮らしてきたんだ。顔や声は自分に似てるだろうから見当つくけど、それ以外は何も知らない。変な話だよね、双子なのに。
だから、そのブルーに会えるのは少し楽しみなんだ。その後に殺し合いがあるって分かってても。ブルーはどんなに強くなったんだろう、どんな術を使うんだろう。…どんな人なんだろう。もしかしたら僕は、そんな好奇心の方が大きいかもしれないね。恐怖よりも」
分かるような、分からないような、何とも奇妙なルージュの心境だった。
けれどアセルスは、不思議と納得してしまった。
「…そっか。何だかルージュらしい答えだね」
「そう?」
「うん。うまく言えないけどなんか…ルージュらしい」
率直な感想はそれだった。
アセルスは抱えていた膝を抱え直す。
緑と水の豊かなリージョン、ヨークランド。今、二人が並んで腰をおろしている土手は、アセルスの髪の毛の色よりもずっと自然な色の新緑に覆われている。これもまた、失われてしまったものだ。
「…でも、私はやっぱりルージュには死んで欲しくないよ」
これも正直な本音だった。
単に彼に死んで欲しくなかった。
温厚で優しいルージュ。戦闘で幾度も窮地を救ってくれたルージュ。術のこととなるとどこまでも真剣なルージュ。どんな彼でも大切だった。
その彼が失われてしまうことなど、考えたくない。
ブルーの方はどうだか知らないが、ルージュが戦うのはきっと、私怨の為ではないのだ。
だから、そんな対決なんか無ければいいのにと、アセルスは思わずにはいられない。
しかし、当のルージュはそう考えてはいない。国の定めもその理不尽さも享受して、来るべきその日を待っている。だからこそもどかしくて。どうにもならないのが歯痒くて。
けれど彼には生きていて欲しい。その裏には彼の片割れの死がある、それでも。
「そう言って貰えると、ほんの少し救われるよ」
アセルスの言葉に、ルージュは今度は苦い笑みを浮かべる。
「キングダムが求めているのは、不完全な二人より完全な一人。だからどうしても、どちらかは消えなくてはならない。そしてそれは、僕かもしれない。
ブルーもキングダムの教えを受けて旅立ってる以上、何が何でも相手を倒そうとする筈……僕と同じように。僕の半身なら、きっと」
淡々と語るルージュに、アセルスはまた悲しくなった。
マジックキングダムの絶対的な不文律。必ず訪れるどちらかの死。
ルージュは、そして恐らくはブルーも、その前提を受け入れた上で、己の生存をかけて対決を果たすのだ。
「だから、さっきみたいなアセルスの言葉は、嬉しいよ」
国が求める者としてでなく、宿命づけられた者としてでもなく。
ルージュという、たった一人の個人に対して、そんな風に言ってくれるのは。
ルージュの穏やかな紅の瞳が、声に出さずとも雄弁にそう語っていた。アセルスはそれを何となく感じ取って、少しだけ、微笑んだ。
この上ない我儘に返してくれたその言葉に、救われていたのは自分の方かもしれなかった。
「そんなところでいつまで無駄話をしている。そろそろシップの時間だぞ」
「無駄話とは何だ。大事な話だよ。まったく、イルドゥンはいつだってそう朴念仁なんだから…!」
「まぁまぁアセルス。確かにそろそろ時間だね。行こうか」
突如として背後に出現した同行者の妖魔にアセルスは猛抗議をして、ルージュもそれをやんわりと諫めつつ立ち上がる。
ヨークランドのどこまでも青い空の下、彼らの旅も再び始まる。
できれば戦いなどして欲しくは無い。二人で生きてくれれば、それが一番良い。
しかしそれが無理な話で、決して叶わないのなら。
―――願わくば、あなたの生存を。
<END>
冒頭のエミリアとブルーとのやり取りがぽむっと浮かんで、そこから書いていった話。
サガフロ話を書くのは久しぶりです。某ニコ動でとある方のサガフロ動画を追っかけて見ていて、サガフロ熱が再燃→自分も久しぶりにプレイで熱がさらに盛り上がってる状態。
サガフロ二次をなさっている他の方の小説の影響もありますが、ブルーとエミリアのコンビも結構、好きです。
タイトルの『mirror』は、鏡合わせのようなのは二人よりもむしろ、仲間達の方かもしれない、というような意で(分かり辛いよ…!!)
2013,2,18
初稿:2013,1,23
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