「死にたいと望んでいる人を死なせてあげるのは、悪いことなんですか?」
それはきっと、そう簡単には答えの出ない命題。
jesus.
京都での闘いから十年以上経ってから、瀬田宗次郎が神谷道場にふらりと姿を現した。木枯らしの吹く、ある冬の日のことだった。
かつての敵とはいえもう闘う理由は無く、となれば剣心にとっては紛れもない客である。
奥の座敷で、二人は座って向き合う。剣心は家長らしく胡坐をかいて、宗次郎は行儀よく正座をして。障子戸も襖もしっかりと閉め、火鉢を焚いていても部屋の中はまだ底冷えがする。
宗次郎は十年前と比べると少しだけ髪が伸び、体は却ってほっそりとしていた。まだ幼さを残してはいるが顔立ちはすっかり大人びている、しかしあの、印象的な笑顔は健在だった。
「本当に久し振りですね、緋村さん」
振る舞った茶を口にしながら、宗次郎が笑う。薫達には席を外して貰っていた。簡単に宗次郎の経歴を紹介したら、当然の如く驚き、同席したがった。
しかし宗次郎が断ったのだ。剣心と二人で話をしたいから、と。客なのに、しかも元は敵の癖に、と弥彦は憤慨していたが、剣心はそれを諫めた。そう望んだ宗次郎の眼差しは、剣心が初めて見るような真っ直ぐさがあったからだ。
「よもや、答えが見つかったのか」
「はい」
やはりそれ故に宿る輝きだった。
そうか、と頷き、剣心は宗次郎が答えを言うのを待つ。自分の生き方を肯定しながらも心の奥底で迷い、苦しんでいた青年は、長い年月のうちに一体どんな答えを見出したのだろう。
「始まりは、旅の途中で会った、一人の女の子でした」
宗次郎は語る。
志々雄一派瓦解の後、己にとっての真実を探しに流浪の旅に出た。あちこちを流離うその中で、一人の少女と出逢ったと。
「その子、不治の病に冒されていたんです。体中が痛くて痛くて、苦しくて苦しくて堪らないって」
人の苦しみを語っているのに、宗次郎の口元は依然穏やかな笑みだ。しかし剣心は何も言わないまま、ただじっと宗次郎の話を聞く。
「このまま死ぬまで、ずっと苦しいのは嫌だって。どうせ死ぬなら、苦しまずに死にたいって。死なせて、って」
少女の思いを代弁し、宗次郎はにっこりと笑う。
「だから僕が、斬りました」
何となく、想像がついた続きだった。それでもどうにもそれが苦くて、剣心は小さく唇を引き締めた。
「苦しんでいたんです、その子。でも僕が斬ったら、すうっと、全ての痛みが無くなったような安らかな顔して。僕が斬るんですから、死ぬ時に痛むようなことはありません。もしかしたらあの子は、僕が斬ったことすら知らずに死んだのかもしれない」
それを始まりとして、宗次郎は更に語る。
その後、流浪の旅の中で、死にたいと願う者に死を与えてきたこと。
病に苦しむ者だけではない。怪我に苦しむ者、飢えに苦しむ者、他者からの搾取に苦しむ者、生活困窮に苦しむ者、大切な誰かを亡くした痛みに苦しむ者…。
彼らに皆、大抵共通していたのは、苦しくて苦しくて早く死んでしまいたい、けれど自分では、怖くて死ねない、そういった点だった。
「寝たきりで起きられないお爺さんもいました。子どもを亡くして後を追いかけたがる女の人もいました。
皆さん死にたいのに死ねなくて、それじゃあ僕が殺してあげましょうかって言うと、ありがとうありがとうって、泣くんです」
だから宗次郎が代わりに、彼らに死を与える役を担った。死という形でこの世から逃げようとする者を、たくさんたくさん、苦しみから逃がしてきた。
彼らは斬られるその前に限りない賞賛と感謝とを宗次郎に述べた。それが宗次郎に再び人を斬ることを、肯定させた。
「緋村さん、それが僕の答えだったんです」
かつてより随分としっかりした顔で宗次郎が言う。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。けれど死ぬに死ねない、死にきれない者もこの世には多く存在すると、旅の中で知った。
死を望む者に死を与えること。それこそが宗次郎の答えであり、償いであると。
「……それでお主が、更に多くの罪を背負うことになってもか」
生きようとする意志は何よりも強い。剣心は身を持ってそれを知っていた。同時に、どんなに生を促しても立ち上がる気力がない者も多く存在しているとも知っている。この世は皆が皆、そうした強い人間ばかりではない。
宗次郎が旅の中で斬ってきたのは、まさにそうした者達なのだろう。
自らの死を願う者に、他者からの手で安らかな死を。
それは確かに、死を望む者には救いなのかもしれない。だが、その代わりに宗次郎には、そのたびにそのたびに罪が積み重なる。誰かを救うたび、殺すたびに、その手はまた血に塗れていく。
剣心は不殺で誰かを守ることを選んだが、宗次郎は殺すことで誰かを助ける道を選んだのだ。
「罪、ですか。もう沢山の人を殺してますから、そんなのとっくにいっぱいですし。それに、ねぇ、緋村さん。
死にたいと望んでいる人を死なせてあげるのは、悪いことなんですか?」
本人がそう望んでいる。宗次郎はそれを叶えるだけ。それも、ごくごく簡単に、あっさりとその者をこの世の責め苦から解き放つ。
人を殺めるのは罪。誰にも、それぞれの生がある。それを勝手に断ち切ってはいけない。人として許されざることだ。
ただ、自ら命を終わらせたいと願う者達、彼らの手伝いをすることが善か悪か、剣心は簡単には言えなかった。
この世にはあやふやなものが溢れている。その海の中で宗次郎が見出した、答え。生に苦しむ者に安らかな死を。強者の一つの役目として、弱き者への慈悲を。
苦しむ者にとってはまさにそれは、救済の道。
ただ、それを差し伸べる者は、彼らの分をも罪悪を背負いながら生きていく。
「お主に斬られた者は、皆満足そうだったか?」
「はい」
「……そうか」
彼らはその瞬間に安息を得た。もう何に苦しむことなく、ただ土へと還るのだ。
「お主も、満足か?」
「はい」
宗次郎はにっこりと笑う。
答えを贖罪と一緒に得て。更なる罪を重ねることと引き換えに。
だがそれは、果たして本当に罪なのだろうか。
「……そうか」
剣心は頷いた。何とも言い表せぬ苦さがあった。それは冬の凛とした空気の冷たさだけのせいではなかった。
宗次郎はまだ笑っていた。
ある種の、救い主の姿をして。
<了>
敢えて淡々とした雰囲気小説を目指してみたんですが…こういうのも難しいですね。
人を斬ることを是とした宗次郎、そのとある一つの答えを示してみたかった、というお話です。
やっぱり弱肉強食で、その摂理に則って生きていく…的な宗次想は二次で読んだことがあるので、じゃあ人を斬ることを選んだけどそれとはまた違うパターンだとどんなのかな、と。
贖罪でもあり新たな罪でもあり、でも斬られる人達にしてみれば救いの手、だという…作中でうまく書けたかどうかは分かりませんが;
ちなみに病の子を斬ったってのは、昔書いた「散桜歌」をマイインスパイアだったりする(話は繋がってませんが)。
タイトル重い気もしますが、これしか思い浮かびませんでした。
2015,3,2
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