うたた寝



「…あれ?」
物珍しいものを見た気がして、は足を止めた。
縁側で洗濯物を畳んでいた筈の宗次郎が、近くの柱にもたれかかりうたた寝しているのだ。
足音をたてないようにしてそっと近付く。彼の周りには既に畳まれた洗濯物と、まだ畳まれていない物とが広がっている。胡坐をかいた足の上には畳まれてないままの手拭いがあり、そしてそれを掴んだまま器用にこっくりこっくりと眠っているようだった。
余程疲れているのか、それとも今日の暖かい陽気につられたのか…。少し縁側に立っているだけでもぽかぽかと温かく、眠気に抗わず素直に眠りたくなる気持ちも分からなくもない。実際、眠気の誘うままに眠りに落ちるのは何とも心地良いものだ。
そしてその当の宗次郎も実に気持ち良さそうに眠っていて、からくすっと笑いが漏れる。何となく近くで見てみたくなり、彼のすぐそばに屈んでみた。
こうして間近で見てみると、本当に整った顔立ちよね…と、そんなことも考える。普段生活の中で接しているといつしか慣れてしまってそうそう意識する機会も少なくなるのだが、やはりこうして彼の容姿を意識する瞬間になるとどきっとしてしまう。少年めいた幼さが残る、けれどれっきとした大人の男性の顔立ち。
さらりと流れる黒髪に、大きめの瞳を縁どる長めの睫毛。常時穏やかな笑みを湛えている口元もこの時ばかりはあどけなく弛緩している。年齢的には十分に大の男、と称せるのに、まるで子どもが昼寝をしているように目に映ってしまうのが、この瀬田宗次郎という青年の不思議なところである。
まじまじと観察しているうちに、は改めて宗次郎に見惚れてしまう。彼が起きている時にはこんなに真正面から見つめられないだろう…何といっても気恥しい。この遭遇はある意味、幸運だったかもしれない。
(でも、本当に気持ち良さそう…)
けれどが彼に見惚れてしまったのは、何よりその点が大きかったかもしれない。顔立ちに見入っていたのも確かだが、小さく寝息を立てている彼は、笑っているわけではないのだが実にいい顔で眠っているのだ。案外、何か楽しい夢でも見ているのだろうか。
―――と、そんなことをぼんやりと考えていると、宗次郎の口が小さく動いた。何やらもごもご言っている。その上、時々へらりと笑っている。
寝言?
何を言っているのかな、とは耳を宗次郎の口元の方へと寄せていき、そこで拾った文句に思わず噴き出した。
「ふふっ…もう食べられないですよぉ……」
まさしく子どものような寝言である。齢二十九にして何を言っているのか。しかしそうした発言が許されてしまう辺り、宗次郎は侮れない。
団子だとか饅頭だとか羊羹だとか、その辺りの甘味を食している夢でも見ているのだろうか。寝ながら笑っているのだから、やはり相当に楽しい夢なのかもしれない。
そんな呑気な様を見ていると、も遠慮なく笑いが漏れる。しばし忍び笑いをして、それからふと考える。
(起きたら、何か用意しておいてあげようかな…)
戸棚に頂き物の饅頭でもあればいいが。無かったとしたら、近くで何か買ってこようか。
そう思い立ち は腰を上げようとして、しかし丁度その時に柱に背を預けていた宗次郎の体が傾いた。あっ、と支えようとした時には遅く、宗次郎の体はそのままぽすんとの膝の辺りに着地した。
「………」
持ち上げた手の行き場がないままで、は赤面した。
の動揺も露知らず、また体勢を崩したにもかかわらず宗次郎は未だ能天気にすうすうと眠っている。の膝の上に頭と肩の辺りを乗せたままで。
二人の今の体勢は、俗に言う膝枕になっていた。
(ど、どうしよう……)
流石にこの事態は想定外で、は狼狽するしかない。勿論、宗次郎の頭が重いとかそういうのではない。
あの宗次郎が自分の膝の上で眠っている、その事態の方が余程重要なのだ。
起こすのも悪いし、でもこの体勢でずっといるのは心臓が持たない……内心物凄く困りつつ宗次郎を見下ろして、しかしその彼がやはり穏やかな寝顔をしているのを認め、毒気を抜かれたようにはは、と笑う。
(……まぁ、いいか、少しくらいなら……)
すぐそばの髪を撫でるとか、頬に手を添えるだとか、そんな大それたことはできないけれど、自分の身に触れている彼が落ち着いて眠っていること、それだけでも十分幸福な気もした。
着物越しに伝わってくる宗次郎の体温がくすぐったい。それなりの重みと、呼吸により生じる小さな動きが自分に接したままで行われているというそのことも、どうしようもなく照れ臭いことも確かだけれど、今周りには誰もいない。二人の秘密、だったら、まぁいいんじゃないかと、そんな風にも思う。
はおたおたするのをやめ、手をそっと両脇に下ろした。こちらから彼に触れるには、今はまだ度胸が足りない。そんなの葛藤もどこ吹く風で宗次郎は相変わらず太腿の上で優雅に寝こけているが、まぁぐっすり眠れているのなら良しとしようか。だってその顔はどこまでも穏やかで。
不意の事態とはいえ彼がそんな風に自分の近くで休んでいてくれるのが、やはりどこかで嬉しくて。
陽の柔らかな温もりを全身で受け止めつつ、は小さく微笑んで宗次郎の寝顔を見守るのだった。












おまけ


宗「ふわぁ〜あ……あれ、さん……?」
「あ、お、おはよう宗次郎君」
宗「…あれ? 何で僕、さんの上で寝てるんだろう…?」
「! あ、あの、それはね、成り行き上そうなったわけで、だから私からしたってわけじゃあないんだけど、でも起こしちゃうのも悪いかなって思ってそのままなだけで、だから深い意味は特になくて、でも、ええと、その…」
宗「あはは、おかしなさん」
「…あの、宗次郎君目が覚めたなら、降りる…?」
宗「う〜ん…もうちょっと。さんのフトモモ気持ちいいから♪」
「……!!」





おわり
























いつも宗次郎語りにお付き合い下さる葵さんからのリクエストで、『宗次郎の昼寝を目撃するヒロイン』でした。
書いているうちに手が滑って、膝枕までオプションについちゃいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうかw


しかしあれですね。
久々に甘いの書くと、こっ恥ずかしいですね(書いてる方が)


初稿:2014,2,5

2014,3,3