ぼくはまだなにもしらない






誰も、僕に何も与えてはくれなかった。




僕を産み落としたあの人だってそうだ。
僕を満足に育てもしないまま逝ってしまった。
抱きしめてくれた時の温もり? 柔らかな声?
それは確かにあったのかもしれない、だけどもう、そんな形のないものは忘れた。
振り下ろされる拳とか容赦なく蹴飛ばしてくる足とか、そんなものの方がずっとずっと多くなって、思い出をじっくりと思い出す間もなく、消え失せた。
それに、僕が困っている時、痛い時、その手を差し伸べてはくれないじゃないか。だったら無いも同然だ。
形のないものなんて、何の足しにもならない。何の助けにも、ならなかった。
無責任ですよねぇ。僕を産むだけ産んでおいて、親としての責任を碌に果たしもしないまま死ぬなんて。
そんなの親とも呼べないですよね。そういえば、あなたもとてもか弱い人だった。
そうか、だからあなたは簡単に死んだんですね。






志々雄さんから貰った脇差。
あれは、覚えている限り、僕の人生で初めての“贈り物”だった。
僕の手には重すぎた、鋼の塊―――
そうだった筈なのに、いつの間にか僕はそれを軽々と振り回せるようになっていた。
そう、軽々、と。
「ぎゃあああああ」
断末魔の叫びが上がる。名も知らぬ男が事切れる。
あぁ、命ってなんて呆気ないんだろう。
つい先程まで動いていた者がもう、動かない。それが可笑しくて、楽しくて仕方がない。
ほら、血がこんなにいっぱいだ。これだけのモノが人の体には詰まっているんだもの、不思議だよねぇ。
ふと、触れてみる。まだ生温かった。だけどどうせ、すぐに冷たくなっちゃうんだよねぇ。だってもう死んでいるんだから。
ね、人の命なんてこんなにちっぽけなものだ。握り潰すように血の塊を手にしていると、自然と笑い声が込み上げてくる。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
死ぬ。
死ぬ。
死んでしまう。
弱いことは、悪いことだ。僕は身を以ってそれを知っている。
弱いのなら、すぐに死ぬのは当然ということも。
『弱肉強食』…脇差と共に、志々雄さんが僕にくれたもの。
初めて、僕にはっきりとした言葉と態度で“教えて”くれた人。
誰も、僕に何も教えてはくれなかった。
お義理で僕を育ててくれたあの人達は、ただ自分の中にある怒りとか暴力とかを僕にぶつけていただけ。
教えて貰ったことは、とにかく笑っていればいいって、その位じゃあないかなぁ。
だから、その言葉は本当に大切だったんだ、本当に。
こんなに僕が強くなれたのも、いつもこんな風に晴れ晴れとした気持ちでいられるのも、全部そのおかげ。
強ければ生き、弱ければ死ぬ。
僕は死にたくない。
もう痛いのも苦しいのも御免だ。それから逃れるにはどうしたらいい?
簡単だ。僕が強くなればいいんだ。そして僕は、強くなった。
強くなったんだから、何をしてもいいよね? だって、強いっていうのは、正しいことだ。弱いことは罪。だから強者が何をやっても構わない。
だから弱い人間を踏みしだいて、踏み台にして、僕は僕達は生きていく。それが正しいんだ。それこそが正しいんだ。そうでしょう、志々雄さん。
もう僕は痛くも無いし苦しくも無い。強いって素敵なことだな、ただただ楽しい。
だから僕は笑うんだ。








……だけど、ねぇ、志々雄さん。







僕、気付いちゃったんです。
もしかしたら、それは全部間違いだったのかもしれない、って。






苛められていたのは僕が弱いからじゃなくてあの雨の日の痛みも笑い顔も全部嘘いつわりでしかなくて
僕が人を殺したこともそうまでして生き延びたことも生き延びた後でたくさんたくさん人を殺してきたことも
正しいと思っていたこと間違っていないと思っていたこと
今までしてきたこと組み上げたもの全部もしかしたらそれは凄く間違っていたのかもしれなくて
それでも正しいと思っていたかったのにそうとは思えなくもなっちゃって何だか頭の中がぐちゃぐちゃになって良く分からなくて
だけどやっぱり僕は間違ってたんじゃあっていう迷いが振り切れなくて
でも正しいとか間違ってるとかじゃなくそれは自分でこれから見つけ出せばいいなんてそんな風にも言われちゃって
そしてそれが自分でも驚く程すとんと僕の中に落ちてきちゃってだからこそ今まで歩いてきた道それがひどく迷走していたのかもしれないって








弱肉強食、あなたはそれを教えてくれた。
でも、僕は違う人からもう一つ、教わっちゃったんです。
志々雄さんと同じように幕末を駆け抜けて、そうして正反対の生き方をしている人。
「もしそれが手遅れでなくば、今からではやり直しは効かぬのか」
「真実の答えはお主自身が今まで犯した罪を償いながら、勝負ではなく自分の人生の中から見出すでござるよ」
……もしその言葉が、弱肉強食の言葉よりもどこか尊く思えた、なんて言ったら、志々雄さん、どうします?
生まれて初めての形のある贈り物で、僕は生き長らえることができた。それは本当。
だけど、もしかしたら、形のないものの方がずっと、大事だったのかもしれないな……例えば、緋村さんが僕に示してくれた闘い方だとか、それこそそう、その言葉のように。
誰も何も教えてくれなかった、と思っていたけど、誰もが僕に何かを教えてくれていたんですね。
いつの間にか。知らず知らずのうちに。
ただ、初めてきちんとした形で教えてくれたのが“あなた”だったというだけで。
志々雄さん。僕はもう、一人で生きられるようになっていたみたいです。そこまで、あなたが強くしてくれた。
だけど、弱肉強食、あの時みたいにその言葉に頼らなくても、僕は多分、大丈夫そうです。
僕にはもう、弱肉強食の言葉はいらない。
もう志々雄さんがいなくてもいい。志々雄さんなんていらない。
僕が僕として生きるには。
あなたに拘る必要、無くなっちゃったみたいです。
きっとそのくらいに強くなったから、もう簡単に死ぬ子どもでもないから。
「強ければ生き弱ければ死ぬ」?
確かに、それはそうでした。だけど急に霞がかったように、その言葉が色褪せて見えたんです。
志々雄さんが見つけた真実だから、なんだろうか。僕は借りていただけだからかな。
変ですよね。
だけどまぁ、事実ですから。







あぁ、緋村さんの奥義の正体を由美さんに託したんですから、今までの恩返しとしては、それで十分ですよね?
最終局面においては、結構重要だと思うんですよ。それをどう使うかは、あなた次第。あとは闘いの流れに任せるまま…志々雄さんが勝っても緋村さんが勝ってももうどちらでも構わない、そんな気もする。
だってもう、僕は一人で進んでいけますから、―――そうそう、あの脇差もあなたに返します。
必要が無くなったなら、元の持ち主に返すのが筋ですよね?
十分役に立ちました。だけど、あんなちっぽけな刀なんかなくたって誰かの命を奪うなんて今の僕には簡単なことだし、あなたがそれも教えてくれたわけだし、何より本当に僕が“やり直し”をしようとするには、まぁそれを持っていなかった頃と同じようにするのがいいと思うんですよね。
あなたからは色々なことを学んだ。たくさんのことを教わった。
だけど、自分の目と耳で見聞きしていくっていうのも、存外悪くないんじゃないかって思うんですよ。
何だかこの先はもっともっと、楽しいことが見つかる気もする。
不思議だなぁ、どうしてこんなにすっきりした気分なんだろう。まるで、長いこと背負っていた重い荷物を下ろした時みたいな、
……良く分からない。でもまぁ、いいや。
どうにかなるよね、きっと。










今までありがとうございました。
そしてこれで、さよならです。










後ろを振り返らぬまま、僕は未だ黒煙を上げるその山を後にした。






















何というかこう、ウェッティなのではなく乾いた感じに壊れてる宗次郎、を書きたかったのですが、見事に玉砕…(泣)
ヤンデレって難しいんですね…宗次郎だと尚更…。


そんなわけで色々と不服な点もあるので、もしかしたらUPした後もちょいちょい直すかもです;





2013,11,27








戻る