思い人だから、という贔屓目を抜きにしても、瀬田宗次郎は見目麗しい。
穏やかな物腰に丁寧な態度。そりゃあ、ちょ〜っと(いや、かなり?)抜けてるところもあったりして、掴み所もなく不思議な人だとは思うけれど、十分に魅力的な男性なのだ。
だから自分以外に彼を慕う人がいたっておかしくは無いと、常々思っていた筈なのに―――、
何故だろう、実際にそれを目にすると、苦しくて苦しくて堪らないのは。





春一番






天気は至って良好、気温も程良い温かさで過ごしやすい、絶好のお出かけ日和。
春も半ばに差しかかったそんなある日、と宗次郎とは連れ立って買い物へと出かけていた。
夕餉に使う食料だとか、手拭いなどの日用品だとかを一通り買い揃えさあ帰ろう、となった時、はふと、小間物屋の店先に並べてあった櫛や手鏡といった物に目を奪われてしまった。年頃の少女がそういっためかしこむための小道具に惹かれてしまうのは、今も昔も変わりない。
「わぁ、可愛い…」
は感嘆の声を上げながら、櫛の一つを手に取ってみた。歯の部分の細かさもさることながら、表面に描かれた桜の花の文様も見事なものだ。見比べるように、隣の櫛も持ち上げて見る。こちらは鼈甲でできた上品な代物で、濃褐色の模様が美しい。
思わずあれもこれも、と目が移ってしまい、はここでようやく隣でにこにこ笑ったままの連れの存在を思い出す。
「ご、ごめんなさい、私だけ楽しんじゃって」
ばつが悪そうに、は素直に謝る。しかし宗次郎は、変わらず明るく笑ったままだ。
「いえいえ、気にしなくて大丈夫ですよ。さん、普段は忙しいんですから、こんな時くらい楽しまないと」
軽く言って貰えて、は嬉しいの半分、気恥ずかしいのが半分、そういった気分になった。は勿論普段から身綺麗にするよう心掛けているが、診療所という多忙な職についている以上、どうしても外見になりふり構わずにいられない時もある。そういった姿は宗次郎には今までの暮らしの中でさんざん見られているわけだが、やっぱりどうしたって、それを指摘されたことに羞恥は隠せない。
しかしその反面、こんな風に小物をじっくり吟味する、という機会がなかなかないということも確かなわけで、それを肯定してくれた宗次郎に対して、やはり嬉しい、という気持ちもあるのだ。乙女心は複雑である。
「僕のことは気にしなくていいですから、ゆっくり見てて大丈夫ですよ」
「本当に…、大丈夫?」
恐る恐る、といった風に確認するであるが正直、本当にゆっくり品定めをしてもいいというのであれば、願ってもない申し出である。
「嫌だなぁ、さっきから言ってるじゃないですか。せっかくなんだし、ごゆっくりどうぞ」
「ありがとう、宗次郎君!」
は宗次郎の申し出に素直に甘えることにした。彼の方がせっかく勧めてくれているのだ、断ってしまったら何だか申し訳ないような気もした。そして色々な意味で嬉しい。 浮き浮きした気持ちで、は品物を見回し始めた。今見ていた櫛も素敵だが、向こうにおいてある髪留めも気になる……。奥の棚に並んだ香水の瓶は彩り豊かで、眺めているだけでも楽しい。
店の女将さんもあれこれ見て回るに品物を無理に勧めてくることも無かったおかげで、心置きなく見ていられた。帯留めに巾着、そういった物も春らしい色合いで鮮やかだ。
桜色の巾着を一つ持ち上げようとして、その時気付く。宗次郎がいない。つい先程まで一緒に店の中にいたはずだが、その姿はどこにも見えない。
あんまり夢中になり過ぎたから、退屈になって他のお店でも見てるのかな…。少し申し訳なく思って、は小間物屋の軒先から出て通りを見回す。
見慣れた水色の着物は、すぐに見つかった。三軒ほど離れた先の、甘味処の店先だ。団子好きな彼らしい、とその点にはすぐに合点がいったのだけれど、の顔がさっと曇ってしまったのは、
その宗次郎が、見知らぬ女性と親しげに話し込んでいたからだ。
(……誰?)
さざ波のような不安が一気に押し寄せた。
第一印象として、綺麗な人、だった。
大きな瞳に艶っぽい口元。胸元辺りまで伸ばした豊かな髪は、癖っ毛なのか毛先がくるんと跳ねていたが、明るい髪の色と相まって、彼女の印象をより活き活きとさせていた。
妙齢、というにはとうが立っているが、熟女と呼ぶには若々しい。童顔若作りの宗次郎もあれで二十九だけれど、彼女も恐らくそのくらいか、あるいは二、三年上だろうか。 深紅の着物はこの界隈で着て歩くにはいささか派手であるが、決して嫌味ではない。むしろ、すらりとした彼女には良く似合っていた。
同性であるが思わず羨んでしまう程の魅力を備えたその女性は―――にこにこと笑いながら宗次郎と接している。時折宗次郎の肩を軽く叩くような様も見られる。実に自然な様子で彼に触れているのだ。
ここからでは会話の内容は聞き取れないし、聞き耳を立てる趣味は無い。それでも、気になってしまうのは確かで、目がそちらに釘付けになってしまうのも、致し方なかった。
「―――っと、いっけない、ついつい話し込んじゃったわこんなトコで。大っぴらに再会を喜べる間柄でも無かったわね」
「大丈夫ですよ。僕だってこうして出歩いてますけど、普通のお巡りさんには呼び止められたことないですから」
「相変わらずの度胸の良さねェ」
そんな会話を宗次郎と女性は交わしていたわけだが、には聞こえていない。と、女性は宗次郎にひらひらと手を振って歩き出した。丁度、のいる小間物屋の方角へと。
不意に顔をこちらに向けてきた女性と、はばっちり目が合ってしまった。盗み見をしていた気まずさもあって、は誤魔化しにもならないが彼女から視線を外すことしかできない。そして、先程彼女を真正面から見た時に改めて思った。美人だなぁ、と。
そしてその美人は宗次郎の方に振り向き、言った。
「ま、積もる話はまたそのうちね。それじゃあね、宗ちゃん」
(……っ!?)
は伏せていた顔を思いっきり上げた。今の固有名詞を聞いて上げずにはいられなかった。
(いっ、今この人……!?)
女性はとっくに後ろ姿になっていて、からどんどん遠ざかっている。先程の衝撃的な一言で、彼女に対する印象が「あの人誰?」から「あの人何者!?」に一気に変わっていた。
宗ちゃん。
ちゃん付けときた。
遥か年上の人間を君付けで呼んでいるが言うのも何だが、“ちゃん”は更にその上をいっていた。
凍りついているの気も知らないで、宗次郎は実にのほほんとこちら側へと戻ってきた。
「いいの、見つかりました?」
「えっ!? う、うん、まぁ……」
宗次郎が時折見せる勘の良さからすれば、彼と先程の女性とが会話している様子をが伺っていたことに気付いていない筈がないだろう。にもかかわらず宗次郎のこの態度。すっとぼけているだけなのか、それとも、本気での視線に気が付いていなかったのか。
「あの……宗次郎君……」
「はい?」
「さっきの人…」
「あぁ、鎌足さんですか?」
さっきの人、で即答するあたり、やはり宗次郎はの視線には気付いていたらしい。
かまたり。なかなか聞かない、風変わりな名前である。
「昔の知り合いなんです。久し振りに会ったから懐かしくって、つい話し込んじゃいました」
「そ、そうなんだ…」
一言で昔、とはいっても、宗次郎にとっての“昔”は何かと訳ありだ。けれどは何となく、その訳あり時代の知り合いなんじゃないかと思った。
しかしまぁ、その事実は予想の範疇ではある。だから訊きたいことはもっと他にあったのだが。
「あの…」
「何ですか?」
『宗次郎君の知り合いなのは分かったけど、あんなに仲良さそうで、一体どんな間柄なの?』
続きが口から出てこなかった。このえびす顔を前にして、切り出せなくなってしまった。
やはり笑顔でさらりとかわされてしまうのが怖いのか、それとも、親しい間柄なのだと、肯定されてしまうのが怖いのか。
「―――」
恐らく、両方だ。
「……帰ろうか」
宗次郎とは反対に、は無理やり笑顔を作ってそう言った。気になっていた櫛や手鏡といった物の存在は、すっぽりと頭から抜け落ちた。
「あれ? 買わなくていいんですか?」
が購入した痕跡が無いのに気付いたのだろう、宗次郎がそんなことを言う。―――そういったことは、変に目敏いのに。
「うん、いいの。手持ちも、そんなに無いし……」
不安を通り越して、悲しくなってしまった。だからやはり何とかそれだけを言って、は店から出た。
帰り道は、何となく、互いに言葉が少なかった。







好き、と伝えて、彼も同じように返してくれた筈だった。
比重は違うかもしれなくても、互いを想う気持ちは確かにある、そう思っていた。改まって言葉にすることは少なくても、日々の暮らしの中や、語り合いの中で、そういった物は存在しているのだと。
それなのに―――たった一人の出現で、これだ。
(……鎌足さん、か……)
家に帰ってからも、彼女の姿が頭から離れない。荷物を置きに自分の部屋に行ったまま、はそのままそこから出られずにいた。
昔の知り合いだと宗次郎は言っていた。久し振りに会った、とも。
だから予期せぬ再会に彼女はあんなに嬉しそうで、宗次郎はいつになく楽しげで、……しかし単なる知り合いではなかったら? あまり考えたくは無いが、考えられる上での悪い予想……が知らない、彼の懇ろな相手だった可能性もあるのだ。何といっても、呼称がちゃん付けである。
はぁ〜〜〜…。
実に盛大な溜息を吐く。自分がこれほどまでに彼に惹かれているのだ、他に彼を慕う人がいたって、まったくもっておかしくは無い。おかしくは、ないのだけれど……。
「……苦しいな」
ぽつりと、漏らす。良く知りもしない女性に対し嫉妬するのも、宗次郎にはっきりと問いただすことができない臆病さも。色んな物が綯い交ぜになって、胸の奥が苦しい。
畳の上に力無く座り込んだままで、はもう一度重い溜め息を吐いた。
その時、部屋の外の廊下の方から、とたたたたんという軽快な足音が聞こえてきた。
さん、大丈夫ですか?」
からり、とこれまた軽く障子戸を開け放って、宗次郎が部屋の中へと入ってきた。びっくりして固まっているには構わずに、宗次郎はそのまま向かい合うようにして腰を下ろした。
同時に独特の匂いが漂ってきて、はその時初めて気が付いた。行儀よく正座している宗次郎の膝の上に、盆に乗った湯呑みがある。
「それ、薬湯…?」
色からしてみても間違いはなさそうだが、しかしどうしてだろう、という疑問は浮かぶ。
に湯呑みを差し出しながら、宗次郎は答えてくれた。
「だって、さん帰り道も何度か溜め息ついてたでしょう。何だか元気もないし、顔色も悪いみたいだったし、具合が悪いのかなぁって。さっきだって、苦しい、って言ってましたよね?」
「それで…わざわざ煎じて持ってきてくれたの?」
湯呑みを受け取りつつ、は目を丸くする。宗次郎があげた症状は、どれもこれも体調が悪いせいではないのだが、それでもそのことに彼は気付いてくれて、こうして薬湯まで用意してくれたのだ。
「見様見真似ですから、うまく淹れられたかどうかは分かりませんけど、飲まないよりはマシだと思いますよ。
あぁ、安心して下さい、毒になるような組み合わせじゃないですから、多分」
しかしそれでは、本当に安心していいものかどうか。
宗次郎の言い回しが何だか可笑しくて、は思わずくすくすと笑ってしまった。
「ありがとう。でも大丈夫、具合が悪いわけじゃないから」
「そうなんですか?」
今度は宗次郎がきょとんと目を丸くする番だった。それからややあって、宗次郎は少しばかり真面目に目を細めた。
「僕がまた、昔の知り合いの人に会っちゃったから。だからそれでさん心配し過ぎちゃって、具合が悪くなっちゃったのかなぁって」
宗次郎の推測は半分は外れである。かつての知り合いだからといって心配したわけではないのだ、今回は。
手にした湯呑みからじりじりと熱さが伝わってくる。まるで今の、揺らいでいる胸の内のようだ。
「ううん、それは……ちょっと違うの。心配なのは本当なんだけど、あの……」
だから何と切り出せばいい?
昔、恋仲だったりしたの? …いやそんな直接的なのではなく。
どういった関係だったの? …うん、普通にお仲間だったんです、とでも答えられてしまいそうだ。
訊きたいのに訊き方が分からなくて、先程とは違う意味でがうんうん唸っていると、宗次郎がひょい、と顔を覗き込んできた。上からではなく下から見上げるようにして、がどきっとする間もなく、どこか悪戯めいた笑みで、言う。
「もしかして、悋気ですか?」
「えっ!? あ、あの、その……」
はうっかり湯呑みを取り落としそうになった。思わず答えに詰まったが、のこの反応では図星ですよ、といっているようなものだ。
真っ赤な顔で口をぱくぱくさせているに構わずに、宗次郎は一人ごちるように、
「そっかぁ、さんでもそういうことあるんですね〜。由美さんと鎌足さんが志々雄さんを巡ってやり合ってた時、お二人のそういうのは見たことありましたけど、さんのはなかなか貴重ですね。何か珍しいもの見ちゃった、って気分だな。いやぁ、眼福ですねぇ」
「か、からかわないで欲しいんだけど……」
としては至って真剣だっただけに、宗次郎にこうも軽口を叩かれてしまうと却って恥ずかしい。頬がとんでもなく熱い。
それはそうと、今宗次郎は“志々雄さんを巡ってやり合って“と言っていたか? それの意味することはつまり?
「拗ねてる結さんも何だか可愛いですね。あぁ、安心して下さい、鎌足さんああ見えても立派な男の人ですから」
「可愛っ……えっ、男――――――ッ!!?」
色んな意味で衝撃的な宗次郎の発言で、纏まりかけていた筈のの思考はあっけなく弾き飛んでしまった。
湯呑みだけはかろうじて死守した。







結論として。
宗次郎が楽しげに会話をしていた相手、本名・本条鎌足は外見上は女性でも性別はれっきとした男性。
鎌足は宗次郎と同じく志々雄真実の一派に属していて、これまた宗次郎と同じく組織内の精鋭中の精鋭、十本刀にも名を連ねていた程の実力の持ち主だという。
何でも組織が瓦解した後は、明治政府との裏取引により恩赦を受け、諸外国を探る諜報員をしているらしい。この辺りの事情は宗次郎も初めて知ったそうだ(何せ十年以上も会うことが無かったのだから当然と言えば当然なのだが)。
彼の事情含め、驚いたのは確かだが、しかし何よりを驚かせたのはあの外見で男。 これに尽きる。
そしてここからは後日談。
(だってすっごい美人さんだったし、仕草とかだって女らしかったし……)
件の騒ぎから数日後、は彼女、訂正、彼のことをぼんやりと考えながら、表門の前に打ち水をしていた。このところ雨が全く降らず、乾いた風で土が巻き上げられ埃っぽくて仕方ないのだ。喉にも当然宜しくないので、夏でもないがこうして朝一で桶に汲んだ水を柄杓で撒く。
舗装されていない砂利道はすぐに水を吸い込んで、黒い模様を描いていく。と、誰かがこちらに来る気配がして、は手を止めた。
「あらぁ、ここ貴女の家だったの」
「あ…」
女性にしてはやや低い、しかし蠱惑的な響きもある独特な声だ。はそちらへと目を向ける。
今日は目の覚めるような若草色の着物を身に纏っているが、そこにいたのは紛れもなく今しがた思い浮かべていた人物だった。
「なーんてね。宗ちゃんに聞いてたのよ。今ここに住んでるって」
のずっと背後にある家屋を見据えるようにして言った鎌足は微笑んではいたが、どこか憂いを帯びた色が眼差しにあった。
その理由はには計りかねたが、やはり鎌足のその面差しは、本当の女性と見紛う程の美しさだ。うっすらと施した白粉や紅といった化粧も、よく似合っている。
思わずまじまじと見つめてしまったが、……本当に本当にこれで男性なのだろうか?
「やぁっだ〜! そんなに見つめないでよう、照れるじゃないv」
「あっ、す、すみません!」
今度はからからと笑って掌を上下させる鎌足に対し、は慌てて謝る。ほぼ初対面に等しい相手にこの態度では、失礼にも程がある。
しかし今度は、鎌足の方がの顔をじいっと見つめてきたのだった。
「やっぱり、若いっていいわねぇ。肌にも艶があって、お化粧しなくっても十分に愛らしくって。宗ちゃんったら、こういう子が好みだったのね〜」
「あ、あの……鎌足さんの方が、私よりずっとお綺麗ですよ」
世辞ではない。本心である。
自身、十人並だと思っている自分の容姿より、鎌足の方が余程整った美貌の持ち主のように思うのだ。
「あらヤダ。謙遜しなさんな。女は磨けば磨く程輝くものよ。でも、こういった純朴さが、宗ちゃんは却っていいのかしらねェ」
時々挟まれる宗次郎評に、は反応に困ってしまう。素直に喜んで良いのやら、いや、鎌足が言っていることが事実ならば十分に嬉しいのだけれど。
…あ、そういえば。
「あ、あの、宗次郎君呼んで来ましょうか?」
もしかしたら鎌足は、宗次郎に会いに来たのではないだろうか?
今更そう思ったが、しかしやはり鎌足はひらひらと手を振る。
「いーのいーの。もう行かなきゃだし。私、結構忙しいのよね」
口調も完全に女性のそれだが、今しがた初めて会話した相手に、こんな風にざっくらばんとした態度を取る彼。彼が普段からこういった性質だというなら、成程、宗次郎と親しげに会話をしていたのもうなずける。それにしたってちゃん付けは凄いけれども。
そして宗次郎の名がの口から出たからだろうか、鎌足はこんなことを言い出した。
「宗ちゃん、何かいい男になったわよね。相変わらずニコニコ笑ってるけど、昔とはちょっと違うように感じるし。この十年で色々あったんでしょうけど、ね」
「……」
口元は笑いながら、それでもどこか遠い目をして言った鎌足に、は無言を返すしかなかった。
この人も知っているのだ、の知らない、昔の宗次郎を。
先日の悋気に似ていて似ていないものをほんの少しだけちりりと感じる。
神妙な顔になってしまったとは対照的に、鎌足は相好を崩し、茶目っ気たっぷりに片眼を瞑ってみせた。
「だからね、私は今でも志々雄様一筋だからいいけどォ、いつ悪い虫が寄ってくるか分からないワケ! だから―――」
そうして、の鼻先あたりに人差し指をつきつけて、忠告するように言う。
「しっかりとっ捕まえてられるように、あなたももっと女を磨きなさいな」
「鎌足、さん……」
呆気にとられたように唇を開くに対し、鎌足は黙って笑みを深める。それからさっと踵を返すと、颯爽と歩いていってしまった。ぴんと背筋を伸ばして歩く様は、凛々しいの一言だ。
「あれ、もしかして今鎌足さん来てました?」
大分出遅れたが、宗次郎が門の内側からひょこっと顔を出した。そのままの目線を追って、鎌足の後ろ姿に気付く。
「もう行くんですか? 鎌足さん、お元気で。縁があったらまた会いましょうね」
その場で声をかけた宗次郎に対し、鎌足はくるっと振り向いた。距離はそれなりに開いてしまっていたけれども、鎌足の方もまた、少しばかり声を張り上げるようにして返す。
「宗ちゃんもね! 何かと大変なこともあるでしょーけど、元気でね!」
ぶんぶんと大きく手を振って、それから鎌足はもう振り向かずに歩いていった。その姿はやがて、道の向こうに見えなくなる。
二人揃って見送って、それから宗次郎はくるりとの方に向き直った。
「何話してたんです? 鎌足さんと」
「え〜と、それはね……」
言いかけて、は鎌足が言っていたある一言を思い出す。
『私は今でも志々雄様一筋だから……』
彼はとうの昔に故人の筈だ。そして由美という連れ合いがいたこともは宗次郎から聞いて知っていた。
その事実だけ見れば鎌足の横恋慕のようにも思えるが、詳しい事情は結には分からない。或いは叶わぬ片恋を知りながらも、想いを寄せていたのか……。
いずれにせよ、それでもそんな相手を、その人のことだけをずっと想っていると言い切った鎌足のことを、はとても一途な人だと思った。男であろうと、女であろうと、そういった想いは尊いものだ、と。
「…まぁ、色々」
「へぇ?」
の返答に宗次郎は可笑しそうに首を傾けた。
それでもやんわりと笑む。思えば、まったく見当違いの焼きもちを鎌足に対して焼いていたわけだ。そのことを考えると恥ずかしい。
自信が無くてぐらついたり、他の誰かに嫉妬を覚えたり、情けないことばかりだ。それもすべては、この人を好きな故。どのくらいそれが強いか、なんて、自分じゃあそれは証明できないけれど―――、
さん」と穏やかに名を呼んでくれるこの人の傍に、ただずっといたいと思うのだ。
『しっかりとっ捕まえてられるように、あなたももっと女を磨きなさいな』
「女を磨く……か」
耳に残る一言を、そのまま口に出してみる。鎌足が女性よりも女性らしいのは、せめて女性らしくなろうと自身を磨いたためなのだろうか。その努力には頭が下がる。
「あのさ、宗次郎君。今日、またあの小間物屋さんに行ってもいいかな……?」
小道具一つで女らしくなれるとは思わないけれども、せめてもの第一歩。
「いいですよ。何なら僕が見立ててあげましょうか?」
嫌な顔一つせずにっこりと頷いてくれた上に、思いも寄らなかったこの一言。
それが嬉しくて、もまたふわりと笑った。

















111111ヒットキリ番リクエスト小説、さくら様のリクエストで「宗次郎が流浪人になってからの夢小説で、甘い話」でした。
これまた大っっっっ変お待たせして申し訳ありませんでした!!(土下座)
数年越しの消化で誠に済みませんでした…!!



宗次郎が流浪人になってから、という指定だったので、宗次郎が十年の流浪の末にとある家に居ついて、という設定でお送りしました。
というかデフォネームで御察しかもしれませんが、某長編夢の設定を採用しております。
(この短編においてはその辺オミットしてるので、独立した話として読んで頂いても結構でございます)
本編のどっかで入れたかったけど入れられそうになかった鎌足のエピソードを書かせて頂きました。



甘い話、というリクエストでしたが、甘い…か、これ…??(自問自答再び)
ちょいちょい、甘めの会話は差し込んでみましたがどうでしょうか…。
鎌足さんは書いてて楽しかったです。彼もなかなかにシリアスな人ですが、この話ではあえてその辺は深く触れずにおきました。
明るく楽しいドタバタ…を書けたら良かったのですが、すみません…力不足でした…。


非っ常〜にお待たせした上に未熟な品で申し訳ありませんが、この作品をキリ番111111を踏んで下さったさくら様に捧げます。
リクエスト、ありがとうございました!
重ね重ね、遅くなってしまって申し訳ありません(汗)。少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


2013,4,21







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