It’s beautiful sunday



ある日、が宗次郎の部屋に所用で入った時のこと。
「・・・あれ」
宗次郎の姿を認めて、はふとそんな声を漏らした。
座布団の上に座っている宗次郎は、抜き身の愛刀を手にしていた。すらりとした刀身を顔の前に寄せ、じっとそれを見つめている。食い入るように、じっと。
「宗次郎君?」
「あぁ。さん。どうかしたんですか?」
振り向いた宗次郎は顔を綻ばせ、一旦刀を下ろした。声をかけるまで、の存在には全く気付いていなかったらしい。
のほほんとしているようで存外勘のいい彼にしては珍しいな、と思いつつ、は宗次郎の隣に腰を下ろした。
「今日で退院した田崎さんの奥様から、大福を頂いたの。あっちでお茶の用意をしたから、宗次郎君もどうかなって思って」
「うわぁ、大福ですか。いいですねぇ」
子どものように無邪気に破顔して、宗次郎は小さく歓声を上げる。けれどすぐに「あ、でも、」と口籠った。
「天衣の手入れがもう少しで終わるんです。それが済んでからでもいいですか?」
刀の手入れをしていたのか、とはようやく思い至った。よくよく宗次郎の周りを見れば、油や打粉、拭い紙といった刀の手入れ道具が並んでいる。
明治生まれのは刀については疎かったが、定期的に手入れをしないと使い物にならなくなってしまうことくらいは知っている。まして、宗次郎の大事にしている刀だ。
「う、うん、もちろん」
「すみませんね」
そう言って宗次郎は再び天衣を持ち上げた。宗次郎は実に慣れた手つきで刀身を打粉でポンポンと軽く叩いていく。それが済むと拭い紙で刀身を拭い、また打ち粉で叩いていく・・・の繰り返しだ。
宗次郎は口元に穏やかな笑みこそ浮かべているものの、目はいつになく真っ直ぐに刀を見ている。そういえば、宗次郎がこうして刀の手入れをしているところに出くわしたのは初めてだ、とは思う。
宗次郎につられて、は天衣を見る。抜き身の天衣をまじまじと見たことはあまり無かったけれど、こうして澄んだ刀身を見ていると、何だか吸い寄せられるような感覚を覚える。闘うための武器、人を殺傷するための道具だと分かっていても、日本刀そのものの姿形はとても美しい。武士の魂、とかつて喩えられたのも頷ける。鋭く、凛呼として、斬ることに特化した洗練されし武具。
「不思議と、落ち着くんですよね、こうして刀の手入れをしていると」
「へぇ?」
手を休めないままで宗次郎は言った。意外だった。いつも泰然自若とした宗次郎でも、心が落ち着くこともあるのかと。
「一心に刀に向かっていると、何ていうか、無心になれるって感じで」
「へ、へぇ・・・」
これまた意外だった。いつも能天気で何を考えているのかわからない宗次郎にも無心になる瞬間があるのか。
一瞬、とっても失礼なことを考えてから、はいやいやいやと思い直す。
「そ、それだけ一生懸命手入れしてるってことじゃないかな。ほら、誰だって何かに夢中になる瞬間ってあるもの。宗次郎君にとっては、愛刀の手入れがそうなんじゃないかな?」
多分、良くも悪くも宗次郎が刀と長い時間を共にしてきたからだろう。本人の意識がどうであれ、やはり彼は剣士なのだ、と、こういった時改めて思い知る。
もっとも宗次郎の場合、ただ単純作業にのめりこんでしまっているだけだという可能性も否めないが。
「そうかもしれませんね」
宗次郎はにっこりと笑うと、また刀と向き合う。いずれにしても、宗次郎にとっては刀と真っ向から向き合う貴重な時間であることに変わりは無い。「もう少しで終わりますからね」と言った宗次郎の横顔をはじっと見た。ぴんとした背筋。軽やかに動く手。どことなく真剣なその表情を見ていると、好きな人の、普段はなかなか見られない姿を見るのはなんだか新鮮、といった心地になって、は少し赤くなった。
どこか楽しそうに刀の手入れを続ける宗次郎の隣で、もしばらく楽しそうにちょこんと座っていたのだった。





END







ショートショート以上小説未満。
久々に書いた代物なので出来が・・・orz
ただ単に宗次郎が刀の手入れをしてるとこにヒロインが来て会話、ってのをやりたかっただけなのですハイ。
もっとさらっと書こうと思ったのに、ついつい長くなるのは私の悪い癖(だから長さが中途半端・・・)


2009年11月1日





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