目の前で繰り広げられている光景に、俺―――明神弥彦は眩暈がしそうな思いだった。
何故なら、神谷家の中庭で二人の男が洗濯に勤しんでいて、そのうちの一人・剣心・・・はまぁいいとして、もう一人があろうことか、あの志々雄真実の一番の側近だった青年だっていうんだから。






俺と彼とのこんな一幕






そもそも、何でこんなことになったのかというと、事の起こりはほんの三日前。
何の前触れも無く、神谷道場に一人の青年がふらりと訪れた。
終始にこにこ笑顔を浮かべていて、体つきは華奢で、人当たりのいい話し方をするそいつが、実は以前剣心から聞いたことがあった十本刀最強の剣客・瀬田宗次郎だって知った時は、俺はもうひっくり返りそうになったね。
想像以上にそいつが優男だったってのもあるけど(まぁ、剣心も大概人のことは言えんが)、何でそんな奴がいきなりここに来たのかって。
初めはいきり立った俺だったけど、何でもその宗次郎が言うには、志々雄一派の組織が瓦解した後は自分の真実とやらを探して旅をしてるんだそうで(俺には何のこっちゃな話だったが、どうやら剣心がそいつにそう諭したらしい。何というか、実に剣心らしい)、それでたまたま東京の方まで流浪れてきて、せっかく近くまで来たから剣心に顔でも見せに行こう、ということでわざわざ神谷道場を訪れたんだそうだ。
とりあえず、志々雄の仇討ちだとか、意趣返しをしようだなんて魂胆じゃなかったので、俺も薫もほっと胸を撫で下ろした。
それに、剣心と穏やかな笑顔をつき合わせて楽しげに世間話に興じているその様子を見てると、どーにもそいつが十本刀最強の剣客、というのに結び付かない。そいつが丸腰だったから尚更だ。
それで、話が進むうちに宗次郎は実は今路銀が底をついていて、宿どころか今日の飯を食うのにも困る有様だということが判明し、何と人がいい事にも剣心と薫は、路銀が貯まるまで神谷道場に泊まって行きなさいよーと提案し、宗次郎もそれをすんなりと受け取った(つい先月日本を出て行った左之助の心遣いが台無しになった瞬間である。そうは思いつつも見過ごすわけにはいかないので、俺もしばらく神谷道場にまた泊まることにした)。
まぁそんなわけで現在に至る。
流石に俺はすぐにその件を承知したわけじゃなく、当然反対したのだが、剣心にやんわりと諌められ、結局押し切られてしまった。曰く、「心配することないでござるよ」とのことだが、これが心配せずにいられるかっつーの。
剣心も薫もいかんせんお人好しだから、せめて俺だけでも目を光らせとかなきゃな、と、俺はもし宗次郎が少しでも怪しい素振りを見せたらすぐにでも追い出してやるつもりだった。
ところが、だ。神谷道場での宗次郎の暮らしぶりは、肩透かしもいーところだった。
宗次郎は驚くべきことに、剣心に負けず劣らず炊事洗濯何でもござれ、家事全般が大得意だったのである。仮にも日本転覆を狙った志々雄一派の大幹部の人間が、だ。平たく言えば悪の組織にいた人間が、だぞ。
これには剣心もびっくりしてたけど、いつの間にか仲良く二人で洗濯に取り組んでいる始末だ。
剣心が汚れ物を洗い、宗次郎がそれをすすいで物干し竿に干す、という息の合った連携・・・というか、順応し過ぎだろ二人とも。仮にも敵同士だったんじゃないのかよ。それでいいのか。
まぁいいんだろうな多分、剣心的には。
「弥彦ォ、そろそろ赤べこ行く時間じゃないの?」
「あぁ」
廊下の奥から響いてきた薫の声に、俺は生返事を返した。そう、もうすぐ赤べこに働きに行く時間だ。
「あ、もうそんな時間ですか。じゃあ、すみませんけど緋村さん、僕も行ってきますから、あとよろしくお願いします」
「助かったでござるよ、宗次郎。弥彦、宗次郎も励んでくるでござるよ」
俺と宗次郎の二人をにこにこと送り出す剣心を見て、俺は溜め息が出た。
・・・そうだった。こいつも赤べこで働き始めたんだった。当面の路銀が貯まるまで。
就職先まで世話してやるなんて、剣心も薫も本当にお人好し過ぎる。
雪代縁の一件で全壊したものの、つい先日ようやく新しい店舗が完成し、商売が再び軌道に乗ってきた赤べこ側としては、人手があるのは大助かりなんだそうだが。
それに、宗次郎は顔立ちも整ってるもんだから、何より妙さんの受けがいい(『まるで沖田総司が錦絵から浮き出てきたようやわ〜v』とか言ってる。何のこっちゃ)。
宗次郎目当ての女性客も大勢いるそうだ。男性客も少なからずいるらしい。・・・・って、オイ。
「どうしたんです? 難しい顔しちゃって」
隣を歩く宗次郎が、不意に俺に話しかけてきた。こいつは相変わらずのニコニコ顔だ。
俺が短く「別に」とだけ答えると宗次郎は、
「ふぅん・・・。何だか弥彦君って、いっつも不機嫌そうですよねぇ。何か悩みごとでもあるんですか?」
・・・・・。
諸悪の根源はお前だっつーの!!
「あのな。あの志々雄の側近だった奴と、そんなすぐに仲良くできるかってんだ! 剣心と薫が変わりもんなんだよ」
「へぇ、そうなんですか? お二人とも、僕にすごく良くしてくれて助かってますけど」
のほほん、と宗次郎はそう言ってのける。更に、
「まぁ、薫さんの料理の味にはびっくりしましたけどねー。今まで色んなものを食べてきたけど、あれほど珍妙な味に出会ったのは初めてですよ。
それに、緋村さんが家事全般得意っていうのにも驚いたなぁ。志々雄さんが知ったら大笑いしますよ、それ。緋村さん、あんなに強い人なのに不思議ですよねぇ」
それをお前が言うか。
あんまり呑気過ぎてて、怒りを通り越して最早呆れてくる。
本当にこいつ、十本刀最強なのかよ。何か自信無くなってくる。その肩書きさえなけりゃ、ちょっと世間知らずのお坊ちゃん程度の認識で俺も納得してたのに。
「・・・・あのさ、一つ確認していいか?」
「はい?」
「お前、本当に一度は剣心と引き分けた程の剣客なんだよな?」
「ええ、そうですよ」
宗次郎は迷うことなく即答。
だが俺は、どーにもこーにもそれが信じられない。こいつが剣を振るうところを一度でも見たらそんな認識は変わるんだろうが、何故かこいつは帯刀してないし。
訝しがる俺に、宗次郎はさらっと一言。
「緋村さんと闘ってなかったら、僕は今ここにいませんよ」
にこっと子どもみてーな笑みを浮かべて、宗次郎はあくまでも軽やかに言う。それなのに変に説得力があるのが何か不思議だった。
そんな話をしてるうちに、いつの間にか赤べこに着いていた。
「あらまぁ、いらっしゃい、宗次郎君、弥彦君!」
店の裏手に回ると、ちょうどそこにいた妙が細い目をさらに細めて声を掛けてきた。何で俺の方が後に呼ばれるんだ、くそ。
そんな妙に不満を覚えつつ、俺と宗次郎は仕事についた。俺はいつものように裏方の力仕事、宗次郎は店内で接客だ。
あいつも細っこいとはいえ剣客なんだから、力仕事も十分こなせるはず・・・・なんだが、何せ妙が売り上げを重視しているのだから仕方ない。
何かしらの用があって店内の方に行くと、宗次郎が実に慣れた様子で、
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。こちらのお席へどうぞ〜」
なんて、にこやかに応対していやがる。とてもじゃねぇが、宗次郎のこの様子からは剣心から後ろを取った程の男、という事実に結びつかねぇよなぁ・・・・。
と俺が再び溜め息を吐いた、その矢先だった。
「きゃあっ!」
店内に、突如少女の悲鳴が上がる。その声が燕のものだったので、俺は慌ててその声の方に向かった。
「ちょっと相手してくれって言ってるだけなんだぜ?」
「何も逃げるこたねェだろうよォ」
燕の困ったような声の他に、粘着質そうな男の声が複数聞こえる。その雰囲気から察するに、燕はどうやら酔っ払いに絡まれているらしい。こういう変態が時たまいるから困る。
「おい、おっさん! 燕はそんな真似できねぇし、ここは牛鍋を楽しむ店なんだ。そういうことはよそでやりな!」
俺は燕とその酔っ払い三人の間に割り込むとそうタンカを切った。燕が「弥彦君っ」と小さく叫んで俺の後ろにさっと姿を隠す。
ったく、燕の奴震えてんじゃねぇか。臆病なこいつを怖がらせるなんざ、許せねェっての。
「何だてめぇ」
「ガキは引っ込んでやがれ!」
ただの酔っ払いかと思いきや、どうやらそいつらはヤクザ崩れだったのか、短刀やら仕込み杖やら、危ないもんを持ち出してきやがった。当然、店内は騒然となる。相手が酔っ払ってる分大事になるかもしれないと思って、とりあえず燕を店の奥に下がらせた。
客と揉めるのはまずいよなぁ、と思いつつも、俺はともかく相手の方が収まりつきそうにない。
「生意気なガキが、痛めつけてやる!」
男の一人が抜き放った仕込み杖を手に俺にじりじりと近付いてきた。生憎、俺は丸腰で、この程度ならどうにかできる、という自信はあったものの、できれば得物が欲しいところだった。
ちょうど、店の隅に立てかけてあった竹箒が目に入ったので、俺はそれを手に取った。
「うらぁ!」
男が仕込み杖を振り回してきた。俺は竹箒でそれを受け止めるも、箒の部分が重いのと店内の通路の狭さのせいか、うまく立ち回れない。
再び仕込杖が振り下ろされ、俺は壁際に後退した。後ろからさらに残りの二人の男達がにじり寄ってくる。くそ、どうすれば―――。
「弥彦君、遮蔽物の多い室内で闘う時はね、」
ふと、宗次郎の涼しげな声がした。
そう思った時には、奥に見えていた二人の男が、呆気に取られたような顔をして崩れ落ちていた。その背後にいたのは、落ちていた仕込み杖の鞘をいつの間にか手にしていた宗次郎。それを片手で持って肩にトントン、と打ちつけている。
「突きが有効なんですよ。振り上げると鴨居とかに当たっちゃうし、置いてあるものに刀が引っかかっちゃったりしますからね」
あっけらかんと言い放つ宗次郎に、俺も最後の酔っ払いもぽかん、と目を丸くしていた。
が、正気に戻ったのは男の方が一歩早く、そいつは仲間を倒した宗次郎に標的を変えて、仕込み杖を腰だめに構えて宗次郎に突っ込んでいった。
宗次郎は身動きもしないで待ち構えている。
「おい宗次郎、危ねェ!」
思わず俺は声を上げていた。けど、宗次郎は実に滑らかな動きで鞘を構えると、男の切っ先がその身に届くよりも早く、鞘を突き出していた。
それは男の脇腹にすうっと吸い込まれるような、神技めいた一撃だった。たった一撃なのに的確に急所を捕えていて、その男もまた呆気無く倒れ込んだ。
途端、わあっと歓声が上がる。
「いいぞ、兄ちゃん!」
「あんた強いんだな、見直したぜ!」
「きゃー、素敵〜!!」
・・・・完全に宗次郎に見せ場を取られた気がする。
いや俺は別に目立ちたくてやってたわけじゃあないんだが、何だか無性に悔しい。
宗次郎は客の歓声にひらひらと手を振って答えながら、俺のところまでやってきた。
「いやぁ、久しぶりに剣を振るったからちょっと心配だったけど、何とかなって良かったですよ」
「・・・・久しぶりって動きじゃなかったぞ、お前・・・・」
飄々と言い放つ宗次郎だったが、あれはどう見ても、洗練された達人の動きだった。相手がヤクザ崩れだったしこいつは実力のほんの一部も出しちゃいないんだろーが、少なくとも俺はこいつが十本刀最強と呼ばれた剣の腕のその片鱗を垣間見た。
やっぱりこいつは強かったのか。一見、とてもじゃねーがそうは見えないのに。
くそ、こうもこいつの力を見せつけられたんじゃ、俺も黙ったままじゃいられねぇ。
「おい、宗次郎」
「何です?」
「今日神谷道場に帰ったら、俺と勝負しろ!」
「えぇ? 一体なんです、突然・・・・」
「結果的に燕のこと助けてくれたし、お前が強いってことも分かったから、だから勝負しろ!」
「何かよく分からないですけど・・・・まぁ、いいですよ、弥彦君がそう言うなら」
「よっしゃ!」
宗次郎は困ったように笑ってるが、何にせよ約束は取り付けた。
実際、こいつの本当の剣の実力が気になったってのもあるし、挑戦してみたいってのもあるけど、何より、こいつは実はそんなに悪い奴じゃないんじゃないか、と何となくそんな気もしたからだ。
だからってこいつのことをすぐには認められねーけど、ちょっとは見直してみてもいいんじゃねーかって、そんな風にも思えた。
けど、剣心はこいつのそんなとこはとっくにお見通しだったっていうわけだ。流石は洞察力に定評のある剣心。自分の小ささを見せつけられたようでちと悔しい。
宗次郎は何も知らずににこにこ笑ってる。いい気なもんだぜ。






―――そんでもって、その夜。
台所では着物をたすき掛けにした剣心と宗次郎が、実ににこやかな様子で夕飯作りに励んでいる。
「今日の夕飯、何にします?」
「昨日貰った大根を煮つけにするでござるよ」
「じゃあ、僕お米とぎますね」
「あと、酢の物も作るでござるよ」
「いいですねー」
・・・・何だ、この周りに花でも舞ってそうな和やかな会話は。
剣心は大根を持って上機嫌だし、宗次郎もしっかり腕まくりをして準備も万端だ。
大の男が二人揃ってする話じゃねぇ、と思いつつも、二人とも女顔なものなんだから妙にハマってしまっている。つーか台所に立っているその姿に違和感がなさすぎる。
俺は未だかつて、この二人ほどおさんどんと大根の似合う剣客を見たことが無い。
「何かいいわねぇ、あの二人」
薫なんぞ、呑気にそんなことを言ってやがる。おい、頬を染めるのをやめろ。
思いっきり苦虫をかみつぶしたような顔をしていたであろう俺に、薫はくるっと向き直って一言。
「だって、平和ってことでしょう?」
そのままもう一度にこっと笑って、薫は再び剣心達に視線を戻す。
確かに、言われてみればそうなのかもしれない。一度は命を懸けて剣を交わした者同士が、敵同士だった二人がこーして肩を並べて夕飯を作っている、などという光景は平和そのものだ。
いささか妙なものはあるけれども・・…。
まぁ、まだ何か腑に落ちないところはあるが、とりあえずはもう少し見守ってみるか、と俺も思った。
 
 
 
 
 
 
ちなみに、俺と宗次郎との勝負は、本気のほの字も出していない宗次郎に俺が一方的に翻弄されて終わった。ちくしょう、次は勝ってやる。
そしてこれまた悔しいことに、宗次郎と剣心の作った飯と大根の煮つけと酢の物は冗談抜きで美味かった。
おかわりまでしちまったのは、ここだけの話だぜ。
 
 
 
 
<END>










ターナーさんのキリリク小説で「神谷道場の面々と宗次郎の日常」でした!
ターナーさん、かな〜〜〜り前にリクエストを受けていたのにも関わらず、大っ変遅くなってしまって申し訳ありません!!
しかもなんだかアレな出来で・・・・(切腹)


こんな小説でよかったら貰ってやって下さいませ;;;
リクエスト、ありがとうございました!!





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